鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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黒竜討伐4

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「ふぅん。黒の塔に雷竜ですか」

 領主の別荘のサロンでは、ニールが長い脚を組み、優雅にお茶をしていた。

「おそらく、Sランクまでには至っていないかと。AAAあたりですね」

 ルーファスが付け加えた。

「黒の塔なら魔術伯爵ですね。まぁ、あの塔は人外が多いですが」
「『ジーン・ライデッカー』さんだと、自己紹介されてました」

 レイは、ニールが用意してくれたショートケーキを頬張っていた。朝から討伐の後方支援に出てへとへとだったため、甘い物が染みるようにおいしく感じる。思わずバクバクと口に運ぶ。

「ライデッカー魔術伯爵がそうでしたか。うちの商会と取引は無かったはずですので、気づきませんでしたね。そのぐらいのランクであれば、ルーファス殿にお任せしてしまっても構いませんか?」

 ニールはルーファスの方に視線をやった。

「ええ。あちらも偶然、今回の討伐に参加しただけで、こちらに危害を加える気はなさそうですし」

 ルーファスも相槌を打つ。

「それにしても、黒の塔の魔術師を派遣するとは。ドラゴニアも本気ですね」
「竜をそのまま放置すれば、隣国の二の舞ですからね」

 ニールとルーファスは、そのまま他愛もないおしゃべりを続けていた。

(ニールもルーファスも竜なんだけど……)

 レイは、二人へのツッコミの言葉は、紅茶と一緒に飲み込んだ。


***


 黒竜討伐作戦二回目。

 銀の不死鳥メンバーは、王国騎士団と魔術師団に混じって関所前に集合していた。
 冒険者ギルドから前線への応援は、銀の不死鳥パーティーだけである。


「ルーファス、そのローブはどうしたんですか? 初めて見ました」

 レイは見慣れないルーファスの姿に、素直に尋ねた。

 ルーファスはぶかぶかなローブを羽織り、目深にフードを被っていた。

「黒っぽい竜は、ニール様を竜だと認識していたっぽいからね。擬態用だよ」

 ルーファスにそう囁かれ、レイが目に魔力を込めて改めてローブを見てみると、非常に高度で複雑な、人間に擬態するための魔術が施されていた。

「ここまでするんですね……」
「ニール様からお借りしたんだ。これでも直感系のスキル持ちだと一瞬でバレるけどね。無いよりマシだよ。……それで、レヴィはいつまでそうしてるの?」

 ルーファスは呆れて、レヴィを見た。

「これから戦闘態勢に入りますからね。いつでも(剣型に戻って)レイの力になれるように、今から準備してます」

 レヴィは両手をがっしりとレイの肩に置き、ガッツリとレイの背後をキープして立っていた。

 聖剣レーヴァテインは、剣型の時はその長さのため、レイが腰に佩くと剣先を引き摺ることになる。
 このため、レイが聖剣レーヴァテイン(剣型)を持ち運ぶには、背中に背負う一択になるのである。

 レヴィとしては、やはりご主人様に剣として振ってもらいたいのである。
 そして、黒っぽい竜討伐で、いつでも剣型に戻ってレイに振ってもらっても良いように、彼女の背後にスタンバっているのである。

 ただ、今の聖剣レーヴァテインは人型をしていた。

 外から見た時、少女の背後をガッシリとキープし続けるガタイの良い青年、引いては、討伐作戦前に恐れをなして少女の背後に隠れてなんだか頼りなさげな男の図ができあがっていたのであった。

 討伐作戦にそぐわない、年端もいかない少女
 そんな少女の背後に隠れている(隠れきれていない)ガタイの良い青年
 何やらぶかぶかのローブを羽織った怪しい男

——王国騎士団や魔術師団の制服を着ていないという点もあるが、銀の不死鳥パーティーは、完全にこの場で浮いていた。

 王国騎士たちはレヴィが剣聖候補ということもあり、非常に気にはなっていたのだが、彼らのこんな様子に、ひたすら目線を合わせないようにしていた——もはや不審者扱いである。


 そんな不審者三人に、声をかける者がいた——銀の不死鳥を前線にスカウトした張本人、ライデッカーだ。

「ああ、良かった。来てくれたか」

 ライデッカーは一瞬怪訝そうな顔を覗かせたものの、ほっと息を吐いて三人のところにやって来た。

「本日はよろしくお願いします」

 ローブ姿のルーファスが挨拶をすると、レイとレヴィもぺこりとお辞儀をした。

「そうそう。こいつは黒の塔の魔術師ジャスティン・アスターだ。こう見えて、うちの塔の第一席の実力者だ」

 ライデッカーが親指を立てて指し示すと、ライデッカーの後ろに控えていた魔術師が、硬い表情でぺこりと小さく頭を下げた。
 緩く三つ編みにされた長いヘーゼル色の髪が揺れ、彼の胸元で小さく跳ねた。その結び目は、魔力制御ビーズ付きのリボンで留められていた。


 レイたちの作戦班のメンバーは、銀の不死鳥の三人と、王国騎士からは第二騎士団のドレイクとその従騎士のローガンで編成された。

 ライデッカーとジャスティンは自由行動らしく、どこの班にも属さないらしい。
 黒の塔の魔術師は、王国騎士団にも魔術師団にも指揮命令権が無いそうだ。

 今回は、銀の不死鳥もいるこのチームが「一番黒竜を討伐する確率が高い」と、ついて来るようだ。


「黒竜はかなり攻撃的だそうだ。前回もねぐらに近づいている最中に、いきなり襲われたらしい。向こうから王国騎士に突撃して来たそうだ」

 作戦地点へ向かう最中、ドレイクが話してくれた。

「黒竜は岩竜特有の頑丈な鎧鱗と、ワイバーンに似た大きな羽を持っています。風魔術も使用したので、ハーフだと考えられてます。かなり厄介です」

 ローガンも歩きながら、補足説明をしてくれた。

 静かに、気配を消して、じりじりと作戦班は、黒竜のねぐらを目指していった。

 不意に、探索魔術をかけられたような、こちらを探ってくるような嫌な魔力が放たれた。

「……探索魔術?」

 レイが眉を顰めて呟いた。その時——


「上だっ!! 黒竜だ!!」

 ローガンが叫び声を上げた。

 レイたち作戦班の上に黒々とした大きな影が落ち、見上げれば、ギョロリとこちらを睨め付ける竜の恐ろしげな瞳とかち合った。

 黒竜は何かを口に溜め込むように、胸を異様に大きく膨らませた。

「いきなりブレスか!!?」

 ドレイクが大声で警告した。

「結界!」

 レイは、銀の不死鳥と王国騎士たちを覆うドーム状の結界を展開した。

 ゴオオォオオォォッ……と結界の向こう側では、礫混じりの嵐が吹き荒れている。

「……鈴蘭の香り……」

 ジャスティンが不意に、ボソリと呟いた。

「おいっ! ジャスティン、よそ見をするなよ!」

 ライデッカーが、ボーッとしているジャスティンに声をかけた。

「レイ、そのまま結界を維持できる?」
「いけます!」

 ルーファスに確認され、レイは力強く頷いた。

「ライトニングアロー!」

 黒竜の上に巨大な光の柱がいくつも降り注いだ。結界内にいる人間もろともだ。

「ギャギャッ!!」

 右羽に穴が空き、黒竜がドシンッと地に落ちた。

 結界が解除されたと同時に、レヴィと王国騎士たちが飛び出す。

 次々と首や心臓などの急所を狙うが、黒竜の鎧鱗を少し砕いただけだった。

 黒竜が起きあがり、力強く四肢を踏ん張った。

「まずいっ!!」
「結界!!」

 レイが黒竜の前に再度、大結界を展開した。

 黒竜が勢いよく回転し、鎧鱗がついた太い尾を棍棒のように振り回す。

 だが、結界で止められて、黒竜の尾は弾き飛ばされた。

 結界の向こう側では、グルグルグル……と不機嫌そうな黒竜の唸り声が低く響いている。


「全員、耳を塞げ」

 ライデッカーの言葉に反応して、ジャスティンと王国騎士たちが慌てて耳を両手で塞いだ。
 レイたちも、その異様な慌てぶりに倣って、耳を塞ぐ。

「雷撃」

 ライデッカーの手から、黒竜に向けて雷の閃光が放たれたかと思うと、ドドォーーンッと腹の底を揺るがすような爆音が轟く。

「グギャギャッ!!」

 黒竜は大きな羽をバタつかせ、後方によろめいた。
 喉から腹にかけての鱗が黒く焦げて剥がれ落ちた。

 黒竜は大きな羽を広げ、空に舞った。
 右羽には大きな穴が空いてはいるが、風魔術で補助をして浮き上がっているようだ。

「ゲギャッ!!」

 黒竜が大きな口をあけると、その前に大きな魔術陣の光が浮かび上がった。
 魔力を溜め込むように、どんどんと魔術陣の光が強くなっていく。

「大魔術か!?」

 ドレイクが大声を上げる。

「また結界を……」
「僕も手伝うよ」

 レイが結界を展開しようとすると、ルーファスがレイの手を掴んだ。

「いや、これで終いだ」

 ジャスティンは、今にも魔術を練り上げようとしている竜の前、上空に転移すると、その首元に杖を向けた。
 レヴィが鎧鱗を砕いて、ライデッカーの雷撃で鱗が剥がれ落ちた部分だ。

 ジャスティンの杖の先から、高密度な魔力が放たれる。
 レーザービームのような青白い真っ直ぐな光が、黒竜の喉を貫いた。

 黒竜は鳴き声を上げることもなく、ズドンと地面へと落ちた。
 衝突と共に地面が揺れ、森が揺れ、そして静かになった。

 ジャスティンは転移魔術で、難なく地面に着地した。

(……これが、黒の塔の魔術師の第一席……)

 レイはごくりと喉を鳴らした。

「「ウオォオォオッ!!!」」

 王国騎士たちは勝鬨をあげた。


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