鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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黒竜討伐3

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「これは酷いな」

 ジャスティンは、思わず顔を顰めた。

 黒の塔の魔術師であるジャスティンとライデッカーは、黒竜討伐作戦に参加するため、転移魔術で西ロムルとの国境沿いにある関所に飛んで来ていた。

 すでに関所は負傷した王国騎士や領所属の騎士、魔術師で溢れ、治癒師が忙しなく働いていた。

「街の治癒院には、より重症な者が収容されてます。今回の討伐で、半数以上の王国騎士と領の騎士が動けなくなりました」

 王国騎士のラルフ・ドレイクは、黒の塔の魔術師が現れると、すぐさま彼らの元に駆け付けた。

 ドレイクは厳しい表情で、ジャスティンたちを見つめていた。

「……そうか。黒竜の特徴は?」

 ライデッカーがドレイクに尋ねた。

「黒竜は岩竜のような硬い鎧鱗を持ち、風魔術を使用しました」
「ハーフか、変異種だな」
「翼の形から、岩竜とワイバーンとのハーフかと目されてます」
「正反対の魔力性質……一番制御が難しいタイプだな」
「……はぁ?」

 ライデッカーがぼそりと呟くと、ドレイクは気の抜けた返事をした。

 ジャスティンはライデッカーの隣で「鎧鱗か。何に使うか……だが、ハーフなら標本に取られてしまうか?」と、早くも研究に思いを馳せてぶつぶつと呟いていた。

「ジャスティン。一人で出るなよ」
「なぜだ。研究資材の傷を最小限にするには、少数で討伐する方がいいだろう?」
「正反対の魔力性質を持った竜は、特に荒れやすい。使用する魔術も複雑で、何をしてくるか分からない」

 ライデッカーが釘を刺すと、ジャスティンは仕方がないなと、肩をすくめた。

「前線の人員が足りないな。冒険者で目ぼしい奴をスカウトするか」
「それでしたら、今、剣聖候補がこの街にいます」
「何?」

 ライデッカーが、ドレイクの方を振り向いた。

「剣聖候補はどこに?」
「……おそらく、冒険者ギルドに……」
「案内してくれ」
「はっ!」

 ライデッカーは、ジャスティンを関所に残して、ドレイクの後について行った。


***


「ルーファス、遅いね」
「ええ。リーダーは、持ち場の再編成で呼ばれてますからね」
「冒険者の方にも、結構、怪我人が出ちゃったからね……」

 レイとレヴィは、冒険者ギルドのロビーの端に座り込んで休んでいた。

 ロビーは、負傷した冒険者で溢れかえっていた。
 魔物との戦闘で負傷した者もいれば、黒竜が撃った広範囲のかまいたちに巻き込まれた者もいる。

 ギルド所属の治癒師や職員が、領から特別に配られたポーションや医療品を使って、彼らの手当にあたっていた。


 その時、深紅の騎士服をまとった王国騎士と、真っ黒な魔術師の制服とケープをまとった男が、冒険者ギルドの扉を開けて堂々と入って来た。

 王国騎士は誰かを探すようにキョロキョロとギルド内を見回した後、真っ直ぐにレヴィの元に向かって、ズンズンと歩いて来た。

「レヴィ様、こちらでしたか。少しよろしいでしょうか?」
「ドレイク様。ええ、大丈夫です」

 ドレイクに連れられて、レイとレヴィはギルドの外に出た。

 レイは頼りなさげにレヴィの袖を引っ張った。

『あの人、竜かな?』

 レイは、ドレイクが連れて来た魔術師の方に、チラリと目線をやった。レヴィに念話で不安な気持ちを伝える。

『レイがそう感じるなら、そうかもしれませんね。竜でなくても、彼は強いです』
『やっぱり……ルーファス、呼ぼうか?』
『ええ。お願いします』

 レイは今度はルーファスに念話を飛ばした。

『ルーファス! 王国騎士様と魔術師に話があるって言われて、連れてかれてるんですけど……』
『えっ!?』
『一緒にいる魔術師が、竜みたいなんです』
『……分かった、少し抜けられないか訊いてみる』
『うん、お願いします!』

 レイがホッと一息つくと、背後から魔術師に声をかけられた。

「お嬢さん、念話は終わった? それ、近場でやられると耳がキーンってなるんだよね」
「えっ、あ、はい……」

 レイがびっくりして振り返ると、ケープのフードで少し隠れたオレンジ色の瞳と目が合った。そのまま余裕たっぷりに、目が細められた。

(……ヤバい。結構ランクの高い竜かも……騎士様の話が終わるまでに、ルーファスが間に合えばいいけど……)

 レイは祈るように胸元で手を握り締め、ルーファスの到着を待った。


 冒険者ギルド前の広場で、ドレイクは人の少ない所を選んで立ち止まった。
 彼が連れていた魔術師が、瞬時に防音結界を張った。

 ドレイクの方から話があるのかと思えば、口を開いたのは魔術師の方だった。

「私はジーン・ライデッカーと申します。黒の塔で魔術師をしてます」

 ライデッカーはケープのフードを脱いだ。見事な山吹色の髪が覗く。騎士と言っても通用しそうながっしりとした体格の美丈夫だ。
 彼は、レヴィとレイの実力を検分するかのように、まじまじと見つめた。

「今朝の討伐で、かなりの騎士や魔術師が負傷しまして、人員不足なんです。それで、剣聖候補の君にも前線に出てもらいたい」

 ライデッカーは単刀直入に、レヴィをスカウトした。

「レイ、どうしましょうか?」

 レヴィがレイの方をチラリと見た。

「それから、そこのお嬢さんも是非、前線に」

 ライデッカーはレイを真っ直ぐ見据えて伝えた。

「しかし、ライデッカー卿、彼女はまだ子供……」

 その提案には、ドレイクがすぐさま反論を上げた。

「魔術師は幼くても強い者が多い。見た目に騙されてはダメですよ。お嬢さんの魔力量は、非常に多い。その指輪もケープも、魔力量を抑えるためのものだ」

 ライデッカーは、目を細めてレイの指輪を見た。彼の眉間に、薄らと皺が寄る。

 レイが今日羽織っているのは、リリスの形見分けでもらったネイビーの魔術師用のケープだ。このケープは、三大魔女でも中級魔術師に擬態できる優れものだ。
 指輪も、フェリクスの魔石を使った魔力量を調整できるものだ。

(たぶん、ライデッカーさんは私が彼の本性を見抜いてることに気がついてる……高階位の者と交渉するなら気をつけろってニールに言われたばっかりだし、どうしよう……)

 レイが考え込んでいると、冒険者ギルドの方からルーファスが駆けつけて来た。

「ごめんね、話し合いが長引いちゃって……」
「ルーファス!」

 慌てて駆けて来るルーファスを見て、レイはパッと顔色を明るくした。

 ライデッカーはルーファスを見た瞬間、一瞬顔が強張ったが、何事もなかったかのように表情を整えた。

「銀の不死鳥のリーダーのルーファスです。後方支援の冒険者が何人も負傷してしまって、再編成の会議に出てました」

 ルーファスは愛想良く笑って挨拶しながら、さりげなくレイを自分の背中に庇った。

 ライデッカーは目を見張って、その様子を眺めていた。

「それでしたら話が早い。銀の不死鳥のメンバーは、全員、前線に出てもらいたい」
「それは……」
「あなた様がいらっしゃるなら、そのお嬢さんがいても、特に問題ないでしょう?」

 ライデッカーとルーファスは、たっぷり数十秒は互いにじっと見つめ合った。
 二人の間に、緊迫した空気が流れる。

「今回の竜はかなり荒れているようですし、せめて彼女だけでも……」
「ですが、そのお嬢さんもかなりの実力者でしょう? 前線には、一人でも手練れの者が必要です。それに、これ以上長引かせるのはよろしくないでしょう?」

 ライデッカーは、チラリと冒険者ギルドの方に視線をやった。
 治療待ちの負傷者がギルド前にまで溢れていた。

 次で黒竜をどうにかできなければ、もっと人手が足りなくなって、討伐もままならなくなるだろう。

 ルーファスは肩を落として溜め息を吐いた。そのままレイの方を振り返って、ガシッと、その小さな両肩に手を置く。

「レイ、いざとなったら結界を張って自分の身を守れる?」
「そのぐらいなら大丈夫です」

 こくりと、レイは小さく頷いた。

「決まりだな」

 ライデッカーはにやりとほくそ笑んだ。


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