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黒竜討伐1
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「宿が一杯、ですか?」
ニールが色鮮やかな黄金眼を丸くして、先ほど言われた言葉を呟いた。
「そうです。この先に黒竜が出た影響で、商人も旅人も皆、この街に足止めされているようです」
リンダは少し息を荒げて躊躇いがちに答えた。手分けして、何軒も宿屋を当たってくれたようだ。
「そうですか。私もここは素通りして次の街で滞在予定でしたので、この街の宿に予約は入れてませんでしたね……」
「申し訳ございません」
「リンダのせいでは無いので、謝らなくて結構です」
リンダが頭を下げようとすると、ニールはそれを制止した。
ニールは「そうだ」と何か思いついたようで、
「少し出ますので、リンダたちはキャラバンの護衛をお願いします。宿の方はもう探さなくて大丈夫です」
と新たにリンダに言いつけた。
「……ですが……」
「私にも当てはありますので、そちらを確認して来ます。もし不安なら念のため、野営場所を決めておいて下さい」
ニールはにっこりと口角を上げて微笑んだ。
「かしこまりました」
リンダは一つ頷くと、他の商隊兵の所へ駆けて行った。
ニールは自身の馬車の中を覗き込んだ。
馬車の中には、ルーファス、レイ、レヴィが待機していた。
「レイ。俺は少し出掛けて来るから。ルーファス殿とレヴィから離れないように」
ニールはレイにそう言うと、ルーファスに視線を移した。
ルーファスは「任せて下さい」と言うかのように、目線で相槌を打った。
「それから、この馬車も使うから、少しこの街を散策してきたらどうかな?」
「いいんですか?」
「危ない所には行かないことと、ルーファス殿の言うことをよく聞くこと。いいね?」
「分かりました。ニールも気をつけて行ってらっしゃい!」
「ああ。レイたちも気をつけて」
ニールは目尻に皺を寄せて、ポンッとレイの頭に手を載せた。
彼は少し身なりを整えると、馬車に乗ってどこかへ行ってしまった。
「会長はどこへ?」
そこへ、商隊兵に指示出しが終わったリンダがやって来た。
「さぁ……ただ、出かけてくると。私たちは、街でも散策して来るように言われました」
ルーファスが、銀の不死鳥のリーダーとして代表して答えた。
「そうか。困った方だ……うちの商人たちは市場の方で少し商いをするそうだ」
リンダが「理解できない」といった風に、肩を窄めた。
「こんな時でも商売ができるんですね……」
(黒竜が近くにいて、ここも安全とは限らないのに。商魂たくましすぎる……)
レイは驚き半分、呆れ半分で目を丸くした。
「会長に躾けられてるからね。全く、こんな非常時でも商売するなんて、バレット商会の商人の鏡だわ。あたしたちは積荷の警護と、今夜の野営場所を探してくる」
「手伝いは……?」
ルーファスがリンダに尋ねた。
「不要だ、と言いたい所だが、あまり遅くならないうちに戻って来て欲しい。まだまだこれからもこの街で足止めされる人数は増えるだろうし、いつも以上にトラブルも起きやすいだろう」
リンダはぐるりと周囲を見回した。
早くも、この街で足止めされて宿にありつけず広場の端に座り込む旅人や、家に帰ることもできずに途方に暮れている近隣の街や村の住人たちが、ちらほらと出始めていた。
「分かりました。軽く食事でもしたら戻って来ますね」
「ああ。よろしく頼む」
ルーファスがそう告げると、リンダは小さく頷いて、他の商隊兵の元へ戻って行った。
レイたちは、リンダを見送った後、街の大通りへ向かった。
「さて。散策と言っても、そこまで大きい街じゃないからね。どうしようか?」
「この街にギルドはあるんですか? 黒っぽい竜の討伐依頼が出てないか確認したいです」
ルーファスが尋ねると、レイがすかさず彼を見上げて答えた。
「そうだね。まずはギルドに行こうか」
ルーファスはにこりと微笑んで、レイの手を引いた。
冒険者ギルドの扉を潜ると、ロビーに設置された依頼ボードの前に、人だかりができていた。
「黒竜討伐だってよ。やっぱ、Bランク以上の冒険者かパーティーが対象か。相手が竜だもんな」
「ランク足んねーーーっ! せっかくうちのパーティーの名を上げるチャンスなのにっ!!」
「後方支援とか書いてあるが、本当か? 前線に送られたりは無いよな? 怪しくねぇか?」
「うちはパス。命の方が大事。それより、王都から王国騎士様が来るんでしょ? そっちの方が大事よ!」
でかでかと貼られた黒竜討伐の依頼票を見ては、冒険者たちが口々におしゃべりしていた。
「うぅっ。人が多すぎて、依頼票が見れないです……」
レイがぴょこんぴょこんと飛び跳ねて悲しげに呟くと、レヴィが「これで見えますか?」と抱き上げてくれた。
「ありがとう。『黒竜討伐。依頼内容は、王国騎士団および魔術師団の後方支援。Bランク以上の冒険者またはパーティーが対象』だそうです。ギルドの受付で申し込めるみたいですよ」
レイはレヴィにお礼を言うと、依頼票を読み上げた。
「それじゃあ、早速、申し込みに行こうか」
ルーファスがレイたちに声をかけると、一斉に、依頼ボード前にたむろしていた冒険者たちが振り返った。
「おい、あいつらどこのパーティーだ?」
「ここいらじゃ見ねぇ顔だな」
「足止めくらったどっかの高ランクパーティーか?」
「子供もいるじゃねぇか。本気で受ける気か?」
ひそひそと話し合う声が、ギルドのロビーに響いた。これだけの大人数がヒソヒソ話をしているのだ。その声は潜めているはずなのに、却って響いてしまい丸聞こえだった。
(聞こえてるんだけど……)
レイは居心地悪くみじろぎをした。ぎゅっとレヴィにしがみつく。
見られている。それも、今ここにいる冒険者ほぼ全員からだ。
レヴィは淡々といつも通りの表情で、気にしていないようだ。
ルーファスも普段は光の大司教をしているためか、人に見られることには慣れているようで、全く歯牙にも掛けていなかった。
「黒竜討伐の依頼を受けたいのですが」
ルーファスは受付の女性に話しかけた。
受付の女性は、「はいぃ!」と声を裏返らせて返事をした。ルーファスを見つめる瞳は潤んでいて、頬だけでなく耳にまで赤みが差していた。
「ぼ、冒険者証を確認させてください」
ルーファスだけでなく、レイもレヴィも冒険者証をカウンターの上に出した。
「っ!」
受付の女性は、レヴィの冒険者証を見ると、顔色を変えた。
彼女は「少々お待ちください」と言って、どこかに確認に行った後、「こちらへどうぞ」と別の部屋に銀の不死鳥メンバーを案内した。
部屋の中には、かなり大柄な男性が、大きくてくたびれたソファにどかりと座っていた。
彼は元冒険者のようで、顔に大きな傷があり、隻眼だ。
大柄の男性に、小指の欠けた大きな手で対面のソファに座るよう促され、リーダーのルーファスを真ん中に、レイとレヴィが彼を挟み込むように腰掛けた。
「俺はここのギルドマスターのティルソンだ。銀の不死鳥の剣士レヴィが来たら、王都に向かうよう伝えてくれって言われてたんだが……」
「もう関所の方で王国騎士様から話は伺ってます。ただ、黒竜が出たので、出立できない状態です」
ルーファスが説明した。
「そうか、やっぱりそうだよな。あと、もしレヴィが黒竜討伐依頼に手を挙げたら、配属は王国騎士と同じ前線の方にしてくれと言われているんだが、どうだ? 指名依頼ではないし、竜は危険度が高い。断ることも可能だ。もちろん、前線は後方支援よりも危険だからな。その分、功績ポイントも報酬も多く出させてもらう」
ティルソンの説明に、全員がレヴィの方を振り向いた。
「レイ、どうしましょうか?」
レヴィは、ルーファス越しに覗き込むように、レイに尋ねた。
ティルソンは、大の大人のレヴィが、小さな少女に意見を求める姿に、ズルッと脱力するように大きく肩を落とした。
「もしレヴィが前線に配属になった場合は、同じパーティーの私たちはどうなるんでしょうか?」
レイはまだ判断材料が足りてなかったので、レヴィの方には答えず、堂々とティルソンに質問した。
「……あぁ、その場合は前線でも後方支援でもどちらでも構わない。ただ、前線の指揮は王国騎士団が執るし、お嬢ちゃんも参加するなら後方支援の方を俺はお勧めする。王国騎士団はこの国の精鋭だ。作戦はかなり過酷なものになるだろう」
ティルソンは気を取り直して、説明を続けた。
「分かりました。う~ん、それなら、私たちは後方支援にしましょうか。……どうでしょう、ルーファス?」
「後方支援で、僕もいるからレイを守れるし、レヴィは好きな方でいいよ?」
レイとルーファスが、回答を求めてレヴィの方を振り向いた。
「それなら私も後方支援にします。私はレイの剣ですから」
レヴィは真っ直ぐにティルソンを見つめて、キリリと真面目な顔で言い切った。
「はぁっ!? …………何だ、そういうことだったのか。それなら、まぁ、仕方ない……のか?」
ティルソンはびっくりしすぎて、ソファの上だというのに転けそうになった。その拍子にガタタッとテーブルの角を蹴り飛ばす。
レヴィは「聖剣レーヴァテインの持ち主はレイだ」という意味で「私はレイの剣」と発言したのだったが、もちろんティルソンが知る由も無かった。
その後はつつがなく、銀の不死鳥は全員が後方支援ということで、討伐依頼の受付が完了した。
部屋を出る時には、レヴィはティルソンにポンッと肩を叩かれ、「……まぁ、いろいろあるかもしれんが、頑張れよ。冒険者は自由だ」となぜか慰めの言葉をかけられていた。
冒険者ギルドを出た後、ルーファスはガシッとレヴィの肩を掴んだ。笑顔のはずなのに、口の端はヒクヒクと引き攣っている。
「レヴィ、後で反省会ね。『私はレイの剣』は人前ではダメね。それ、騎士が主やお姫様に言うセリフだから。かなり誤解を受けるから。特に異性を対象に言う場合はね」
「えっ! でも、事実じゃないですか!?」
レヴィはルーファスを見つめ返した。その目線は「理不尽だ」と訴えている。
「レイ? これ、どうなってるの?」
ルーファスは困惑してレイの方へ振り向いた。
「諦めてください。一つずつ教えていかないといけなんです。こういうところは何も知らない子供と一緒です」
レイはすでに達観していた。この中で一番レヴィと付き合いが長いだけはある。
聖剣であるレヴィは、まだまだ人の心の機微には疎いのであった。
***
レイたちがキャラバンの野営予定地に戻って来ると、すぐにニールも戻って来た。
「ニール! お帰りなさい!」
「レイ、宿が決まったよ」
レイが笑顔で迎えると、ニールはにこりと本日の成果を教えてくれた。
「えっ!? 空きが出たんですか?」
「ここの領主に少しポーションや装備品の援助を申し出て来たんだ。領からも騎士団を出すようだし、必要になるだろう? そうしたら、領主がこの街のすぐ近くに持ってる別荘が今空いてるから、そこで良ければしばらく滞在していい、と許可を下さったんだ」
「わぁ! ニールすごいです! 領主様に交渉してきてくれたんですね。ありがとうございます!」
「ふふっ。頑張った甲斐があったな」
レイが手放しで賞賛すると、ニールは満更でもなさそうに、珍しくふにゃりと蕩けるように笑った。
(!? ニールが、か、かわいい!?)
レイは、ニールが普段しないような隙のある笑顔に、キュンッと胸が鳴った。
レイの後ろでは、信じられないものを見たかのように、ルーファスとキャラバンのメンバーたちが驚愕の表情で凍りついていた。
ある商人が「あの笑顔で商売をすれば……」とポロリと言いかけた時、「余計なことは言うな!」と両隣にいた商人から口を塞がれていた。
ニールが色鮮やかな黄金眼を丸くして、先ほど言われた言葉を呟いた。
「そうです。この先に黒竜が出た影響で、商人も旅人も皆、この街に足止めされているようです」
リンダは少し息を荒げて躊躇いがちに答えた。手分けして、何軒も宿屋を当たってくれたようだ。
「そうですか。私もここは素通りして次の街で滞在予定でしたので、この街の宿に予約は入れてませんでしたね……」
「申し訳ございません」
「リンダのせいでは無いので、謝らなくて結構です」
リンダが頭を下げようとすると、ニールはそれを制止した。
ニールは「そうだ」と何か思いついたようで、
「少し出ますので、リンダたちはキャラバンの護衛をお願いします。宿の方はもう探さなくて大丈夫です」
と新たにリンダに言いつけた。
「……ですが……」
「私にも当てはありますので、そちらを確認して来ます。もし不安なら念のため、野営場所を決めておいて下さい」
ニールはにっこりと口角を上げて微笑んだ。
「かしこまりました」
リンダは一つ頷くと、他の商隊兵の所へ駆けて行った。
ニールは自身の馬車の中を覗き込んだ。
馬車の中には、ルーファス、レイ、レヴィが待機していた。
「レイ。俺は少し出掛けて来るから。ルーファス殿とレヴィから離れないように」
ニールはレイにそう言うと、ルーファスに視線を移した。
ルーファスは「任せて下さい」と言うかのように、目線で相槌を打った。
「それから、この馬車も使うから、少しこの街を散策してきたらどうかな?」
「いいんですか?」
「危ない所には行かないことと、ルーファス殿の言うことをよく聞くこと。いいね?」
「分かりました。ニールも気をつけて行ってらっしゃい!」
「ああ。レイたちも気をつけて」
ニールは目尻に皺を寄せて、ポンッとレイの頭に手を載せた。
彼は少し身なりを整えると、馬車に乗ってどこかへ行ってしまった。
「会長はどこへ?」
そこへ、商隊兵に指示出しが終わったリンダがやって来た。
「さぁ……ただ、出かけてくると。私たちは、街でも散策して来るように言われました」
ルーファスが、銀の不死鳥のリーダーとして代表して答えた。
「そうか。困った方だ……うちの商人たちは市場の方で少し商いをするそうだ」
リンダが「理解できない」といった風に、肩を窄めた。
「こんな時でも商売ができるんですね……」
(黒竜が近くにいて、ここも安全とは限らないのに。商魂たくましすぎる……)
レイは驚き半分、呆れ半分で目を丸くした。
「会長に躾けられてるからね。全く、こんな非常時でも商売するなんて、バレット商会の商人の鏡だわ。あたしたちは積荷の警護と、今夜の野営場所を探してくる」
「手伝いは……?」
ルーファスがリンダに尋ねた。
「不要だ、と言いたい所だが、あまり遅くならないうちに戻って来て欲しい。まだまだこれからもこの街で足止めされる人数は増えるだろうし、いつも以上にトラブルも起きやすいだろう」
リンダはぐるりと周囲を見回した。
早くも、この街で足止めされて宿にありつけず広場の端に座り込む旅人や、家に帰ることもできずに途方に暮れている近隣の街や村の住人たちが、ちらほらと出始めていた。
「分かりました。軽く食事でもしたら戻って来ますね」
「ああ。よろしく頼む」
ルーファスがそう告げると、リンダは小さく頷いて、他の商隊兵の元へ戻って行った。
レイたちは、リンダを見送った後、街の大通りへ向かった。
「さて。散策と言っても、そこまで大きい街じゃないからね。どうしようか?」
「この街にギルドはあるんですか? 黒っぽい竜の討伐依頼が出てないか確認したいです」
ルーファスが尋ねると、レイがすかさず彼を見上げて答えた。
「そうだね。まずはギルドに行こうか」
ルーファスはにこりと微笑んで、レイの手を引いた。
冒険者ギルドの扉を潜ると、ロビーに設置された依頼ボードの前に、人だかりができていた。
「黒竜討伐だってよ。やっぱ、Bランク以上の冒険者かパーティーが対象か。相手が竜だもんな」
「ランク足んねーーーっ! せっかくうちのパーティーの名を上げるチャンスなのにっ!!」
「後方支援とか書いてあるが、本当か? 前線に送られたりは無いよな? 怪しくねぇか?」
「うちはパス。命の方が大事。それより、王都から王国騎士様が来るんでしょ? そっちの方が大事よ!」
でかでかと貼られた黒竜討伐の依頼票を見ては、冒険者たちが口々におしゃべりしていた。
「うぅっ。人が多すぎて、依頼票が見れないです……」
レイがぴょこんぴょこんと飛び跳ねて悲しげに呟くと、レヴィが「これで見えますか?」と抱き上げてくれた。
「ありがとう。『黒竜討伐。依頼内容は、王国騎士団および魔術師団の後方支援。Bランク以上の冒険者またはパーティーが対象』だそうです。ギルドの受付で申し込めるみたいですよ」
レイはレヴィにお礼を言うと、依頼票を読み上げた。
「それじゃあ、早速、申し込みに行こうか」
ルーファスがレイたちに声をかけると、一斉に、依頼ボード前にたむろしていた冒険者たちが振り返った。
「おい、あいつらどこのパーティーだ?」
「ここいらじゃ見ねぇ顔だな」
「足止めくらったどっかの高ランクパーティーか?」
「子供もいるじゃねぇか。本気で受ける気か?」
ひそひそと話し合う声が、ギルドのロビーに響いた。これだけの大人数がヒソヒソ話をしているのだ。その声は潜めているはずなのに、却って響いてしまい丸聞こえだった。
(聞こえてるんだけど……)
レイは居心地悪くみじろぎをした。ぎゅっとレヴィにしがみつく。
見られている。それも、今ここにいる冒険者ほぼ全員からだ。
レヴィは淡々といつも通りの表情で、気にしていないようだ。
ルーファスも普段は光の大司教をしているためか、人に見られることには慣れているようで、全く歯牙にも掛けていなかった。
「黒竜討伐の依頼を受けたいのですが」
ルーファスは受付の女性に話しかけた。
受付の女性は、「はいぃ!」と声を裏返らせて返事をした。ルーファスを見つめる瞳は潤んでいて、頬だけでなく耳にまで赤みが差していた。
「ぼ、冒険者証を確認させてください」
ルーファスだけでなく、レイもレヴィも冒険者証をカウンターの上に出した。
「っ!」
受付の女性は、レヴィの冒険者証を見ると、顔色を変えた。
彼女は「少々お待ちください」と言って、どこかに確認に行った後、「こちらへどうぞ」と別の部屋に銀の不死鳥メンバーを案内した。
部屋の中には、かなり大柄な男性が、大きくてくたびれたソファにどかりと座っていた。
彼は元冒険者のようで、顔に大きな傷があり、隻眼だ。
大柄の男性に、小指の欠けた大きな手で対面のソファに座るよう促され、リーダーのルーファスを真ん中に、レイとレヴィが彼を挟み込むように腰掛けた。
「俺はここのギルドマスターのティルソンだ。銀の不死鳥の剣士レヴィが来たら、王都に向かうよう伝えてくれって言われてたんだが……」
「もう関所の方で王国騎士様から話は伺ってます。ただ、黒竜が出たので、出立できない状態です」
ルーファスが説明した。
「そうか、やっぱりそうだよな。あと、もしレヴィが黒竜討伐依頼に手を挙げたら、配属は王国騎士と同じ前線の方にしてくれと言われているんだが、どうだ? 指名依頼ではないし、竜は危険度が高い。断ることも可能だ。もちろん、前線は後方支援よりも危険だからな。その分、功績ポイントも報酬も多く出させてもらう」
ティルソンの説明に、全員がレヴィの方を振り向いた。
「レイ、どうしましょうか?」
レヴィは、ルーファス越しに覗き込むように、レイに尋ねた。
ティルソンは、大の大人のレヴィが、小さな少女に意見を求める姿に、ズルッと脱力するように大きく肩を落とした。
「もしレヴィが前線に配属になった場合は、同じパーティーの私たちはどうなるんでしょうか?」
レイはまだ判断材料が足りてなかったので、レヴィの方には答えず、堂々とティルソンに質問した。
「……あぁ、その場合は前線でも後方支援でもどちらでも構わない。ただ、前線の指揮は王国騎士団が執るし、お嬢ちゃんも参加するなら後方支援の方を俺はお勧めする。王国騎士団はこの国の精鋭だ。作戦はかなり過酷なものになるだろう」
ティルソンは気を取り直して、説明を続けた。
「分かりました。う~ん、それなら、私たちは後方支援にしましょうか。……どうでしょう、ルーファス?」
「後方支援で、僕もいるからレイを守れるし、レヴィは好きな方でいいよ?」
レイとルーファスが、回答を求めてレヴィの方を振り向いた。
「それなら私も後方支援にします。私はレイの剣ですから」
レヴィは真っ直ぐにティルソンを見つめて、キリリと真面目な顔で言い切った。
「はぁっ!? …………何だ、そういうことだったのか。それなら、まぁ、仕方ない……のか?」
ティルソンはびっくりしすぎて、ソファの上だというのに転けそうになった。その拍子にガタタッとテーブルの角を蹴り飛ばす。
レヴィは「聖剣レーヴァテインの持ち主はレイだ」という意味で「私はレイの剣」と発言したのだったが、もちろんティルソンが知る由も無かった。
その後はつつがなく、銀の不死鳥は全員が後方支援ということで、討伐依頼の受付が完了した。
部屋を出る時には、レヴィはティルソンにポンッと肩を叩かれ、「……まぁ、いろいろあるかもしれんが、頑張れよ。冒険者は自由だ」となぜか慰めの言葉をかけられていた。
冒険者ギルドを出た後、ルーファスはガシッとレヴィの肩を掴んだ。笑顔のはずなのに、口の端はヒクヒクと引き攣っている。
「レヴィ、後で反省会ね。『私はレイの剣』は人前ではダメね。それ、騎士が主やお姫様に言うセリフだから。かなり誤解を受けるから。特に異性を対象に言う場合はね」
「えっ! でも、事実じゃないですか!?」
レヴィはルーファスを見つめ返した。その目線は「理不尽だ」と訴えている。
「レイ? これ、どうなってるの?」
ルーファスは困惑してレイの方へ振り向いた。
「諦めてください。一つずつ教えていかないといけなんです。こういうところは何も知らない子供と一緒です」
レイはすでに達観していた。この中で一番レヴィと付き合いが長いだけはある。
聖剣であるレヴィは、まだまだ人の心の機微には疎いのであった。
***
レイたちがキャラバンの野営予定地に戻って来ると、すぐにニールも戻って来た。
「ニール! お帰りなさい!」
「レイ、宿が決まったよ」
レイが笑顔で迎えると、ニールはにこりと本日の成果を教えてくれた。
「えっ!? 空きが出たんですか?」
「ここの領主に少しポーションや装備品の援助を申し出て来たんだ。領からも騎士団を出すようだし、必要になるだろう? そうしたら、領主がこの街のすぐ近くに持ってる別荘が今空いてるから、そこで良ければしばらく滞在していい、と許可を下さったんだ」
「わぁ! ニールすごいです! 領主様に交渉してきてくれたんですね。ありがとうございます!」
「ふふっ。頑張った甲斐があったな」
レイが手放しで賞賛すると、ニールは満更でもなさそうに、珍しくふにゃりと蕩けるように笑った。
(!? ニールが、か、かわいい!?)
レイは、ニールが普段しないような隙のある笑顔に、キュンッと胸が鳴った。
レイの後ろでは、信じられないものを見たかのように、ルーファスとキャラバンのメンバーたちが驚愕の表情で凍りついていた。
ある商人が「あの笑顔で商売をすれば……」とポロリと言いかけた時、「余計なことは言うな!」と両隣にいた商人から口を塞がれていた。
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特別賞受賞 書籍化決定!!
応援くださった皆様、ありがとうございます!!
望月奏(中学1年生)は、ある日車に撥ねられそうになっていた子犬を庇い、命を落としてしまう。
そして気づけば奏の前には白く輝く玉がふわふわと浮いていて。光り輝く玉は何と神様。
神様によれば、今回奏が死んだのは、神様のせいだったらしく。
そこで奏は神様のお詫びとして、新しい世界で生きることに。
これは自分では規格外ではないと思っている奏が、規格外の力でもふもふ相棒と、
たくさんのもふもふ達と楽しく幸せに暮らす物語。
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