鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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関所

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 噂の黒竜と遭遇してから数日後、一行は、西ロムルとドラゴニアの国境地帯にたどり着いた。
 サハリアへ向かった時とはまた別の関所を通って、ドラゴニアに入る予定だ。

 グレーの石が高く積まれた堅牢な関所には、ドラゴニア王国に入国するための長い行列が二つできていた。

 バレット商会のキャラバンは、一般人用ではなく、キャラバン向けの大扉を通る列に並んだ。
 馬車ごと、少しずつ列に従って進んで行く。

 バレット商会の順番になり、コンコンッとニールの馬車の扉が叩かれた。

「身分証を確認させてください」

 関所の役人が声をかけてきた。

 ニールは商業ギルドの商人証を、他のメンバーは冒険者証を役人に見せた。
 役人は、レヴィの冒険者証を確認すると、瞬時に険しい顔をした。

「レヴィ様にお話がございます。そこまで来ていただけますか?」

 役人が、関所にある詰め所の方を指し示した。

「おや? それなら、私も一緒にお話を伺ってもよろしいでしょうか? 今現在、彼を護衛に雇ってるので、急に抜けられては困ります」

 ニールはすかさず商人らしい笑顔を湛えて、役人に話しかけた。

 役人は一瞬渋ったが、「現在の雇い主なら、一緒に話した方が良いか」とニールも一緒に連れて行くことにした。

「レイ、ルーファス殿。関所を抜けた所で待っていてください。少ししたら戻りますので」
「レヴィをよろしくお願いします」

 ニールに指示され、ルーファスとレイは小さく頷いた。

 ニールとレヴィが降りると、馬車はゆっくりと入国の列を進み始めた。


***


 ニールとレヴィは関所内にある応接室に案内された。
 そこには簡素な木製のテーブルと椅子があり、ここで待っているよう指示された。

 すぐさま深紅の制服をまとったドラゴニアの王国騎士が、ドカドカと応接室に入って来た。
 ブラウンの短髪に、短い顎髭を生やしたがっしりと大柄な騎士だ。

「私は第二騎士団所属のラルフ・ドレイクと申します。もし関所に剣聖候補が現れたら、王都まで護衛するよう言いつかってます。……それで、そちらは?」

 ドレイクはドカッと椅子に腰掛けると、自己紹介を始めた。そして、この場になぜかいるニールの方に視線を移した。

「私はバレット商会のニール・バレットと申します。今回、彼を旅の護衛に雇っている者です」

 ニールは隙なく丁寧に自己紹介をした。

 ドレイクは「ああ、あの大店の……」と納得したように頷いた。

「レヴィ様は剣聖候補として、王宮に出向くよう王命が出されています。つきましては、我々が護衛して、王都までお送りしたいのですが」

 ドレイクはテーブルの上で手を組み、重々しく伝えた。

「そうですか。それでしたら、バレット商会も王都を目指しておりますので、一緒に向かいませんか? 特に期限に決まりはないのでしょう?」
「……そうですね。ただ、可能な限り早くとは指示が出ています」
「我々も特に寄り道をする予定はございませんので、問題ないかと思います。それに、今回は冒険者ギルドを通して正式に彼に護衛依頼をしております。ここで下手に依頼を反故にして、ペナルティで彼の経歴に傷がつくのは、あまりよろしくはないのでしょう?」

 ニールはにやりと色鮮やかな黄金眼を煌めかせて、ドレイクを見つめた。

 ドレイクは「ゔ……」と声にならない音を漏らして、微かに身じろぎした。

 レヴィには剣聖候補として期待がかかっているが、剣聖に選ばれた暁には、ドラゴニアの第一王女との婚姻もほぼ内定している。
 王族と婚姻を結ぶのであれば、できるだけ経歴に傷が無く、身綺麗な方が望ましい。

「……それでは、王都まで我々も同行させていただきましょうか」

 ドレイクは口の端をひくつかせながら、了承した。

「ええ。よろしくお願いいたします」

 ニールはにっこりと営業スマイルをキメた。


「ただ、一つだけ問題があります。我々としては、王都にすぐさま向かいたい所なのですが……」

 ドレイクはこほんと一つ咳払いすると、話を切り替えた。

「黒竜ですか?」

 ニールが淡々と尋ねる。

「そうです。数日前、黒竜が現れました。幸いこの関所は襲われませんでしたが、ドラゴニア国内に黒竜が入ってしまった……しばらく王都への道を閉鎖することになりました」
「そうですか」
「近々、黒竜の討伐部隊が到着します。一人でも多くの手練の者が必要となりますので、冒険者ギルドにも募集をかけます」

 ドレイクはレヴィをじっと見つめた。
 言外に、ギルドの黒竜討伐依頼に参加して戦果を上げろ、ということだ。

「レヴィ?」

 ニールも隣のレヴィを流し見る。

「それについては、パーティーメンバーにも相談したいです」

 レヴィは、淡々と端的に答えた。

「一度、馬車に戻って確認してもよろしいでしょうか? 竜の討伐はおおごとですから、彼もメンバーとしっかり話し合った方が良いでしょう。私もキャラバンに騎士様が同行することを説明しなければなりませんし」

 ニールは、レヴィが言わんとしていたことをまとめると、ドレイクの様子を窺った。

「……分かりました。私はこの関所におりますので、詰め所の方に声をかけていただければと思います」

 ドレイクもこれには相槌を打った。


***


「黒竜の討伐?」
「レイにはそんな言葉を口にして欲しくないかな」

 レイが目を丸くして呟くと、ニールはあからさまに悲しそうな顔をした。

 影竜王であるニールは、黒っぽい色の竜の総称である「黒竜」にも当てはまる。大事な主人に「討伐する」と言われるのは、たとえ別の竜を指しているのだとしても、少し気分が悪い。

「それなら、『黒っぽい竜』の討伐は大丈夫ですか?」
「……それなら構わないよ」

 ニールは渋々OKを出した。

「先日見た感じですと、黒っぽい竜はAマイナスぐらいのランクでしょうか?」

 ルーファスは思い返すように目線を下げて言った。

「Aランクに上がりたてでしょう。だからこそ、余計に気が大きくなっているのかもしれませんね」

 ニールも彼に同意して、やれやれと肩をすくめた。

「見ただけでランクが分かるんですか?」
「何となく分かるものだよ」

 レイが小首を傾げると、ニールはポンッとレイの頭の上に手を置いた。

「それで、討伐依頼はどうしましょうか?」

 レヴィが、ぐるりとメンバーを見回して尋ねた。

「黒っぽい竜の討伐が終わるまではキャラバンを動かせないから、銀の不死鳥が新たにギルドの依頼を受けるのは構わないよ」

 ニールが護衛任務の雇い主の立場から許可を出した。

「レイはBランク冒険者を目指してるんだよね? 依頼内容にもよるけど、今回の討伐依頼は受けておいた方がいいと思う。僕がいる間はレイを守ることができるし、これだけ大きな討伐依頼は滅多に無いから、経験しておくといいよ」

 ルーファスが冒険者の先輩としてアドバイスをしてくれた。

「……そうですね。でも、ルーファスはいいんですか? 一応、同じ竜族ですよね?」
「うん? ああ、そこは気にしなくて大丈夫だよ。竜の思春期でやらかして、討伐されるのはよくある話だしね。知ってる子ならともかく、知らない子だしね」
「……そういうものなんですね……それなら、この依頼を受けましょうか」

(ルーファスが気にしないのであれば……)

 こちらの世界は、レイの元の世界以上に弱肉強食な所がある。特に魔物は力を重んじることが多い。
 レイは、ルーファスのいつも通りの表情を見て、「それならば」と頷いた。

 レヴィの方を見ると、彼も深く頷いていた。

 こうして、銀の不死鳥は黒っぽい竜の討伐依頼を受けることになった。


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