鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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流行性の恋7〜Revenge〜

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 恋の精霊が逃げて来たのは、中央広場だった。

 広場の噴水前には、妖精や人間だけでなく、あらゆる種族の女の子たちの人だかりができていた。きゃあきゃあと、黄色い声で非常に盛り上がっている。
 中には、幸せそうな顔で失神している女の子も続出していた。

 女の子たちの騒ぎの中心には、十二代目剣聖の姿に変身したレヴィがいた。

 淡い金髪は太陽の光のように輝き、淡いアクアマリンの瞳は、花の妖精たちが好む澄んだ水のように清らかだ。レヴィが微笑めば、フロランツァの花々にも負けないほどの麗しさだ。


「ルーファス、もうどの人がターゲットか分からないのですが……」

 ぽそりと周囲の女の子たちに聞こえないように、レヴィが囁いた。

「それは僕が見とくから大丈夫だよ。それよりも、レヴィは他の女の子対応を頑張って!」

 ルーファスは、愛想笑いを引き攣らせながら囁いた。

「……よりにもよって、この姿にならなくても良かったんじゃないの?」

 アイザックも、女の子をいなしながら、呆れた声を出した。
 途中でルーファスとレヴィに出会って合流していたようだ。

「レイが言うには、『最終兵器』だそうです」
「……それ、なんか嫌だね……」

 レヴィが淡々と伝えると、アイザックはじと目で彼を見つめた。

「レヴィ。左斜め前。微笑んで」

 ルーファスが何かを見つけて、小声で指示を出した。

 レヴィが少し首を傾げてにっこりと微笑んだ。

 バタバタと女の子たちが倒れていく。その先には、恋の精霊が頬を真っ赤に染め上げて、目を見張ってレヴィを見つめていた。

「……いい……」

 恋の精霊は、腰砕け状態で、ぺたりと地面に座り込んだ。
 口元を両手で抑え、うるうると大きな瞳を潤ませて、ぽつりとそれだけ呟いた。

 そこへ、黒歴史の精霊が追いついた。

「……っ!!?」

 黒歴史の精霊は、恋に落ちた瞬間の恋の精霊を見つけて、頭を掻き毟った。

「いい加減にしてよ! 君がそんなに軽い女だったなんて!!!」
「えっ!? 黒歴史!? こ、これは違うの!!」

 恋の精霊は、非常に驚いた表情で黒歴史の精霊の方を振り向いた。

 恋の精霊がさらに言い訳しようと口を開きかけた瞬間、黒歴史の精霊は突然叫び声を上げて、泣きながらどこかへ走り去って行った。

「うっ……恋のばかぁーーーっ!!!」
「え、待って! 黒歴史!!」

 恋の精霊は、地面に座り込んだまま、片手だけ黒歴史が去った方に力無く伸ばしていた。

 恋の精霊は、恋の愚かさをも司っているのだ。


「……あれ? 私、一体……?」
「あら? どうして私こんな所に?」

 レヴィたちの周りを囲んでいた女の子たちの一部は、正気を取り戻し始めた。

 黒歴史の精霊の逃亡により、悪夢のC型は収束することになった。
 あとは通常の流行性の恋に移行するようだ。


「おや? もう終わったのかい?」

 フェリクスとレイが食事を終えて、転移して来た。
 フロランツァ料理をお腹いっぱい堪能したレイは、少し動きしづらそうにフェリクスに寄りかかっていた。

「……そのようですね」

 呆気ない終わりに、ルーファスも半信半疑で答えた。


 恋の精霊はそのまま保護されることになった。
 しばらくはユグドラで傷心を癒すことになる。

 黒歴史の精霊は、これ以上はもう流行性の恋に関わることは無いだろうと判断され、このまま放って置かれることになった。

 恋の精霊は、知らせを受けたウィルフレッドとダリル、ユグドラに戻ろうとしているアイザックによって、ユグドラに連れて行かれた。

(そういえば、今年はほとんど義父さんと観光デートしてるだけだったかも……まぁ、いっか!)

 レイはフェリクスの腕に寄りかかりながら、ぼーっと考えていた。満腹であまり頭が回っていないということもある。

「黒歴史の精霊も逃げたし、恋の精霊も確保できたし、シェリーのお土産を買いに行きましょうか?」

 ミランダがレイたちに声をかけてきた。彼女もこちらに転移して来ていたようだ。

「サン・フルール薬局ですよね! ……義父さん?」
「うん、いいよ」

 レイが隣を見上げて、許可をもらうように尋ねると、フェリクスは朗らかに微笑んだ。


***


 サン・フルール薬局は、フロランツァに古くからある老舗薬局だ。
 初めはフロランツァ産の花々を使った花薬だけを作って販売していたが、あまりにも芳しい香りから人気が出て、今では、香水やキャンドル、ポプリ、石鹸、化粧水など、さまざまな商品を取り扱っている。

 店はフロランツァの街並みに馴染む白い壁に、オレンジの瓦屋根のかわいらしい建物だ。
 店の裏手には、花薬や化粧品などの原材料を育てる、サン・フルール薬局専用の花畑が広がっている。

 店内は老舗薬局らしく、背の高い木製の薬品棚が壁際に並び、そこには花薬だけでなく香水や化粧品などの商品が置かれ、独特な落ち着いた雰囲気をしていた。

「これなんかシェリーっぽくない?」

 ミランダに勧められ、レイはサンプル品の香りを嗅いだ。

「わぁ、いい匂い~。ほのかに甘くて、優しい感じですね。ハニーサックル?」

 香水瓶は薬品瓶のようなシンプルなものだ。瓶の首元には白いリボンが結ばれていて、ラベルには、小さく可憐な花の絵が描かれていた。

「いいですね! これにしましょうか?」

 レイが香水瓶と代金の半分を手渡すと、ミランダは「お会計してくるわ」と笑顔で受け取った。

「レイ。はい」
「義父さん? これは?」

 ミランダを待っている間、レイはフェリクスにサン・フルール薬局の紙袋を渡された。

「鈴蘭の香水だよ。フロランツァの香水は質が良くて有名だしね。きつ過ぎないから、いいよ」
「ふふっ。ありがとうございます! 大事に使いますね」

 レイはフェリクスからの思いがけないプレゼントに、ほこほこと胸のあたりがあたたかくなった。
 彼女がにっこりと笑って見上げると、フェリクスは心から嬉しそうに笑顔を綻ばせた。

「……あ。義父さんは何か欲しい物はないですか?」
「う~ん、特に無いけど……どうしたんだい?」
「私だけもらってばかりなので……」

 レイがもじもじと言い淀むと、フェリクスはレイの頭を優しく撫でた。

「僕は今日一日、レイと一緒にいられただけでも十分だよ。フロランツァには今まで何度も来たことがあったけど、今日が一番楽しかったよ」
「むぅ……それじゃなんだか不公平です」

 ぷっくりとかわいらしく頬を膨らませたレイを見て、フェリクスは柔らかく苦笑した。「全く、レイには敵わないな」と小さく呟く。

「? 義父さん?」
「それじゃあ、次に出かけた時にお願いしようかな」
「約束ですよ?」
「ふふっ。いいね。約束だ」

(あぁ。こういう困らされ方なら、悪くない……)

 フェリクスは、今日一番の収穫に、心からあたたかな笑みを浮かべた。


 ミランダとは「まだもう少し買い物をしてくわ」と、サン・フルール薬局で別れた。
 お土産は、彼女の方からシェリーに渡してくれるそうだ。

「さて。次は花織りを見に行こうか」
「はいっ!」

 フェリクスとレイは手を繋いで、中央市場の方に向かって歩き出した。


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