鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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流行性の恋5〜Revenge〜

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 ここはフロランツァの街が一望できる丘の上の広場だ。
 広場にはジャスミンの白い花が咲き乱れていて、甘い香りが風に乗ってふわりと立ち込めていた。

 広場の休憩スペースには、白いラウンドテーブルとチェアがいくつも置かれており、裏方作業を担うウィルフレッドとミランダが控えていた。

 そこに、ダリルが憔悴しきった表情で転移して来たのだ。


「おめでとう。『恋の祝福』だな。世界中の女の子が欲しがるやつだ」

 鑑定した後、ウィルフレッドはさっさとダリルの手を放した。その表情は、もはや虚無だった。

 本日のウィルフレッドは、お手伝いエルフのシェリーのコーディネートを断固拒否したため、裏方に回されていた。
 花と妖精の国には似つかわしくない、旅をしまくって、くたびれまくった冒険者のような服装をしている。
 人間以外も多いこの国では、エルフの長い耳は隠していないようだ。

「……やはり、そうか……」

 苦渋の表情で、ダリルは眉間を指で揉んだ。

「何であんたがそんなものをもらってるのよ?」

 ミランダがじと目で、ダリルを見つめた。

「そもそも、お前たちがこのメガネに『恋のおまじない』を付与したせいだ!」

 ダリルは乱暴に伊達メガネを外した。抗議でダンッとテーブルを強く叩く。

「おっほ……本当だ。しかも、何この強固な隠蔽魔術? 俺でも言われなかったら分からんぞ」

 ウィルフレッドは、伊達メガネにかけられた魔術を確認すると、口元を手で押さえて含み笑いをした。

「そのおかげで恋の精霊と接触できたんでしょ?」

 ミランダはやれやれと、肩をすくめて言い放った。

「ああ。それで何を勘違いされたか、俺は恋を求めてるように思われたんだ」

 ダリルはじとりとミランダを睨みつけた。

 その時、テーブルの上に置いていた青い通信の魔道具がピカピカと光った。

「おっ。連絡だな」

 ウィルフレッドは、通信の魔道具を起動した。

『アイザックだよ~。さっき図書館で恋の精霊と接触したんだけど、逃げられちゃって……目撃情報とか無い?』
「恋の精霊なら、中央市場方面に向かった」
『あれ? ダリル? 裏方に回ったの?』

 アイザックの不思議がる声が、魔道具から漏れ聞こえてきた。

「ダリルは傷心中だ。恋の精霊から『恋の祝福』を貰って、途方に暮れてここに来た」

 ウィルフレッドが適当に答える。

『え、何それ。面白いんだけど』
「おいっ……」
「えーっ、だって本当のことじゃん?」

 ダリルがぎろりと、ウィルフレッドを睨みつけた。
 ウィルフレッドは、からからと笑っている。

「『恋の祝福』の感じから、去年よりも恋の精霊の力が強まってるみたいなの……花の妖精たちもやけに影響を受けてるみたいだし、気をつけてね」

 ミランダの言葉に、はたとウィルフレッドとダリルはいがみ合いをやめた。

『う~ん、そうなんだよね。女の子たちのアプローチが激しすぎて、なかなか進めないんだよね』
「他のチームにも共有するか。アイザックはそのまま中央市場の方に向かってくれ」
『了解~』

 ウィルフレッドの指示を軽く了承すると、アイザックはプツリと通信を切った。

「さて。他のチームはどうかな?」

 ウィルフレッドは、再度、通信の魔道具に手を伸ばした。


***


 ここは花の女神フローラを祀る花の聖堂だ。花の聖堂の隣には、フロランツァの時を告げる鐘楼がある。
 どちらの建物も、白、薄いピンク、淡いグリーンの大理石で作られており、優しい色合いが美しい。
 窓や柱、ステンドグラスなどには花をモチーフにした模様が彫り込まれていて、繊細かつ華やかだ。


「あれ? レイ?」
「!? ……レヴィ、とルーファス……?」

 見知らぬ男性に声をかけられ、レイは目をぱちくりさせて尋ね返した。姿は全く違うが、声がよく見知ったレヴィだったのだ。

「ああ。ちょっと妖精たちがしつこかったからね。幻影魔術で姿を変えてたんだ。レイたちもでしょ?」

 隣にいた小男が軽く指先を振ると、いきなり淡い金髪と瞳の、まるで王子様のようなルーファスが現れた。
 彼の隣には、くすんだプラチナ色の髪にエメラルド色の瞳の十代目剣聖の姿に変身したレヴィが現れた。
 幻影結界の中に、フェリクスとレイを入れてくれたようだ。

「よく分かりましたね?」

 レイが二人の変身っぷりにびっくりしていると、

「ええ。私はレイと聖剣契約があるので、姿形が変わっても分かります」
「僕も加護をあげてるからね。分かるよ」

 レヴィもルーファスも、にこにこと当たり前のように答えていた。

「元々、花の精霊は恋や愛の性質を持つものだけど、今年の恋の精霊は、随分と力が強くなってるみたいだね」

 フェリクスが、困ったように曖昧に微笑んだ。

「恋の精霊自体も、彼氏ができて恋してるからでしょうか?」
「それもあるかもね」

 レイがなんとなく思いついたことを口にすると、フェリクスは彼女の頭をよしよしと撫でた。

「レイたちはこれから見学かな?」
「そうです! ルーファスたちは……?」
「僕たちは、さっき見終わったばかりだよ」
「そうなんですね」

 ルーファスとレイが和やかにおしゃべりしていると、

「おや? 連絡が来たね」

 フェリクスが空間収納から通信の魔道具を取り出した。

『よう、フェリクス。今大丈夫か?』
「ウィル、どうしたんだい?」
『今どこにいる? 恋の精霊は中央市場に向かってるみたいなんだ』
「それなら僕たちが向かいますよ」
『……ルーファス殿?』
「ちょうど、花の聖堂前で会ったんだ」

 フェリクスが応答する。

「僕とレヴィで中央市場に向かいますね」
『ああ。お願いします』

 そこまで連絡すると、プツリと通信の魔道具が切れた。

「フェリクス様とレイは花の聖堂を楽しんできてください」
「いいのかい? ありがとう」

 ルーファスの言葉に、フェリクスは穏やかに微笑んだ。


 ルーファスたちが中央市場に向かうのを見送った後、レイたちは花の聖堂へと向かった。

 花の聖堂に一歩足を踏み入れると、ふわりと春の花々の甘やかな香りに包まれた。
 アーチ状の天井はかなり高く、建物自体はがっしりと壮麗な造りだ。

 高い天窓から日の光を取り入れているのもあるが、色とりどりの玉型の花の精霊たちが、まるでキャンドルのように優しい灯火のように瞬いていて、建物内でも全体的に明るくなっている。

 床には、さまざまな色の大理石がモザイクのように敷かれ、簡素ではあるが状態保存の魔術陣を描くように組まれていた。

 壁には女神フローラや花の妖精をモチーフにした美しい絵画が掛けられ、通路脇にもさまざまなが彫像が展示されていた。

 聖堂奥のドーム屋根の天井には、女神フローラと花の妖精たち、そして色とりどりの花々が咲き乱れる見事な天井画が描かれていた。

 天井近くの丸窓には色鮮やかなステンドグラスがはめられ、午前の眩い光を受けてキラリと煌めいている。

 奥の祭壇には、女神フローラを象った大きな石像が壁際に据えられ、今朝採れたてなのか、春の花々で飾り立てられていた。
 その周りを、花の精霊たちが蛍のように淡い光を放って、浮かび遊んでいる。

 全体的に花をテーマにしているためか、線が柔らかく、色鮮やかで美しい空間だ。


「わぁ……すごいですね。それに、とってもいい匂いがします」
「この国は花と芸術と共に発展してきたからね。描かれている妖精たちは、過去の偉人みたいだね。花の栽培や花織りでこの国に貢献したようだよ」
「花織り! ずっと気になってたんです!」

 花織りは、花の妖精だけが紡げる特殊な布だ。花の色を宿した織物は自然な美しさがあり、世界中の女性たちの心を掴んで離さないこの国の名産品だ。
 花の種類によっては特別な効果も付与されるらしく、織り手の熟練度によっては、かなり高額で取引されることもあるようだ。

「それじゃあ、帰りに買って帰ろうか」
「やった!」

 レイはぴょこんと跳ねて、フェリクスの腕に飛び付いた。


 花の鐘楼は、花の聖堂の隣にある、かなり縦に細長い塔のような建物だ。
 この街で一番高い建物でもあり、百段以上ある階段を登ると、鐘楼の天辺から、フロランツァの街並みを一望できるという。

 もちろん、この街の時を告げる役割も果たしていて、鐘撞き人用に、一人分の転移の魔術陣もひっそりと端の方に設置されているそうだ。


「はぁ……やっと、登り終わった……」
「なかなかいい眺めだね」
「……義父さんは大丈夫なんですか?」
「うん、このぐらいは平気だよ」

 レイは息も絶え絶えに隣の義父を見上げた。
 フェリクスは息一つ乱さず、涼しげに鐘楼からの眺めを堪能していた。

(冒険者もしてるし、サハリアの訓練でかなり体力がついたと思ったのに……)

 転移の魔術陣は、鐘撞き人用のため、一般の観光客は使用できないようになっている——この鐘楼を登りきる苦労がより一層、ここからの眺めを素晴らしいものにしてくれる、とのことだ。

「ほら、見てごらん。とても綺麗だよ」
「……わぁ……」

 青空に映える——
 白い壁の家々とオレンジ色の瓦屋根
 あちらこちらで咲き乱れている春の花々
 街並みが統一されているためか、独特な美しさがそこにはあった。

 街の上空では花の妖精や精霊たちがふわふわと飛び交っては遊んでいる——人間が多い国ではあまり見ることのできない風景だ。

「……この街自体が、絵画みたいですね。とても綺麗です」
「うん、そうだね」

(登り切るまでは大変だったけど、頑張って良かったかも)

 レイは見惚れるように、鐘楼からの眺めを堪能した。


 花の聖堂と鐘楼を堪能した後、フェリクスとレイは近くのレストランに向かった。
 白い壁にはおしゃれなドライフラワーのブーケが飾られ、白いテーブルクロスの上には、小さな一輪挿しに鈴蘭の花が生けられていた。

 昼時ということもあり、店内はたくさんの客で賑わっている。

「義父さん、ちょっとお手洗いを借りてきますね……」
「うん。いってらっしゃい」

 レイはメニューを注文した後、こっそりとフェリクスに耳打ちすると、そそくさとトイレの方へ向かって行った。


「ふぅ……」

(たまには義娘と一緒に旅行っていうのも、いいものだね)

 フェリクスは、レストランの窓から外を眺めた。
 花馬に引かれた花馬車がカラカラと街道を通り、ヒラリヒラリと花びらを降らしていく。
 観光客や街の人々は、賑やかにおしゃべりしながら、楽しそうに歩いていた。

 フェリクスは、この国に今までも何度も訪れたことがあり、もちろん花の聖堂もこのレストランにも来たことがある。
 それでもレイと一緒だと、何を見ても色鮮やかに見え、以前来た時よりも心弾んでいる気がした。

(……これが、家族というものなのかな……)

 魔王は、生まれた時は魔王種として、同族とは全く別の生き物かのように育ってきた。
 生みの親やきょうだい、親族もいるが、生まれながらに持った圧倒的なランク差から、崇められ、恐れられ、特別視されてきた。そこには、血の繋がりも何も関係が無かった。

 フェリクスが物思いに耽っていると、急に声をかけられた。

「突然すみません! あなたのファンです! 良かったら、握手してください!!」

 ハフハフと頬を上気させ、ずいっと右手を差し出してきたのは、今回の旅の大本命、恋の精霊だった。


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