鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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流行性の恋3〜Revenge〜

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「わぁ! 義父さん、すごくかっこいい!!」

 レイはぴょこんと義父フェリクスの腕に抱きついた。
 フェリクスも、嬉しそうに目を細めて、彼女の頭を撫でている。

 レイのおねだりを快諾してくれたフェリクスは、現在、いつもの四十代ぐらいのおじ様の姿ではなく、二十代前半ぐらいの青年の姿に変身していた。

 緩くウェーブのかかった柔らかい白銀色の髪は、いつもよりも短く整えられ、穏やかな微笑みはいつものままだが、若い分、引き締まった顔立ちをしていて、凛とした雰囲気の美青年になっていた。
 今日はシンプルな白いシャツを着て、春用のジャケットを羽織っている。

 ユグドラの樹、上層階にあるフェリクスの部屋の隅では、着替えを手伝ってくれたお手伝いエルフのシェリーが、フェリクスの色気にくらりとよろめいていた。


「レイも少し背が伸びたのかな? キリッとしてて格好いいね」

 フェリクスは、姿見に一緒に映ったレイを見て、そのまま感じたことを口にした。
 レイは褒めてもらえたことは嬉しいものの、男の子ではないので、少し複雑だ。苦笑いで誤魔化す。

 レイは、シェリーに男の子らしく着飾ってもらった。
 今回は、魔術師見習いの少年のような格好だ。
 長いストレートの黒髪は、上等なリボンで低めの位置に結び、どこかの貴族の子息風だ。白いドレスシャツに、魔術師見習い風のベストを合わせている。

「二人とも素敵だわ!」

 ミランダが二人の格好を見て、にっこりと笑顔で褒めた。

「私たちはフロランツァの街をうろうろしていればいいんですよね?」
「ええ。前回みたいに、餌役をやっている風を装ってね。今年は、他の捕縛員が本命だからね」

 ミランダはパチリとウィンクをした。

「それから、これは念のため」
「捕縛玉ですね!」
「もし、レイたちの方に恋と黒歴史の精霊が現れたら、よろしくね」

 ミランダは、淡いグレー色の玉型の魔道具を手渡した。
 レイも捕獲玉を受け取ると、フェリクスと半分こに分けて、空間収納にしまった。


「どこに行こうか?」
「花の聖堂と鐘楼は絶対に観ましょう! あと、フロランツァ料理も食べたいです! それから、ニールにおすすめを紹介してもらったんですが、サン・フルール薬局が有名なんですよね?」

 レイは、ガイドブックの該当ページをフェリクスに見せながら話した。

 色鮮やかなガイドブックには、おすすめの観光スポットや、とっても美味しそうな料理やスイーツ、お土産情報などがイラスト入りで掲載されていた。

「サン・フルール薬局って、花薬が有名な老舗薬局よね? フロランツァの花々を使った香水や化粧水も人気なのよね。私も行きたかったから、後で一緒に行きましょうか?」

 ミランダもガイドブックを覗き込んで尋ねた。

 彼女は、そっとレイの耳元に赤い唇を寄せると「一緒にシェリーのお土産を選びましょ?」と囁いた。

 レイは、ミランダの大人の女性の艶っぽさにちょっぴりドキドキしながらも、「もちろんです!」と元気よく笑顔で答えた。

「じゃあ、サン・フルール薬局は後で合流しようか?」
「ええ。お願いします」

 若いフェリクスに確認され、ミランダも少し頬を赤らめて、笑顔で答えた。

「美術館も気になるんですが、さすがに今回はやめておいた方がいいですよね……」
「今回はお仕事だから、美術館はまた今度にしようか。こっちの花畑は近くていいんじゃないかな? 春に咲く花が集まっているみたいだね」
「スプリング・ガーデン! これは今のうちに行っておいた方がいいですね!」 

 フロランツァでは年中どこかで花が咲いているが、特に各季節ごとに咲く花々を集めた花畑が人気のようだ。
 スプリング・ガーデンは、春に咲く花々を集めた花畑で、やはり春が見頃だそうだ。

 フェリクスとレイは一緒にガイドブックを覗き込みながら、ああでもない、こうでもないと、どこを回るかを相談していた。

「じゃあ、また現地でね。私は先に行ってるわ!」
「はい! また現地で!」

 ミランダは先にフロランツァ入りして、恋と黒歴史の精霊の動向を探るようだ。
 レイも小さく手を振って、彼女が転移していくのを見届けた。

 今回は捕縛員が多いため、恋と黒歴史の精霊にバレないように、全員がバラバラに現地入りする予定だ。

「僕たちも少ししたら行こうか。ミランダたちとは別の場所から街に入った方がいいね」
「そうしましょう」

 転移するために、フェリクスの左手と手を繋ぐ。
 フェリクスの誕生日にプレゼントしたシグネットリングが、レイの手に当たって、ちゃんと身に付けてくれていることに、なんだかぽかぽかと胸のあたりがあたたかくなって、頬がにんまりと緩む。

「いってらっしゃい。気をつけてね」
「うん。行ってくるよ」
「いってきます!」

 フェリクスとレイは、シェリーに見送られ、フロランツァに向けて転移した。


***


 今回の悪夢のC型の流行地は、花と妖精の国フロランツァだ。

 四季折々のさまざまな花が咲き乱れ、花の妖精たちに愛された国だ。
 人口の半分近くが妖精で、さらには人間と妖精の混血も多い。

 花を愛でる者には芸術を愛でる者が多いのか、芸術の国としても知られ、花々に合うように整えられた美しい街並みや庭園、街の至る所に置かれた彫像や噴水が、ちょっとした都市ほどの大きさしかないこの小国を訪れた者たちを魅了している。

 そんなフロランツァに、未曾有の恋の季節が訪れていた——フロランツァの街のあちこちで、恋のハプニングが勃発しているのだ。
 元々、愛や恋の性質を併せ持つことが多い花の妖精には、悪夢のC型の影響は絶大だった。


「わぁ……去年の悪夢のC型より、熱烈です……?」

 レイは目をぱちくりと瞬かせた。少し引いている。

「花は恋人やパートナーへのプレゼントに選ばれたり、結婚式でもブーケや装飾に使われるよね? 花言葉は恋や愛に関するものが多いし、花の妖精は元々、恋や愛に絡んだ性質も持っている子が多いんだ」

 フェリクスは早速、花の妖精の女性たちに囲まれていた。「僕にはもう子供もいるし、パートナーは求めてないんだ」と曖昧に微笑んで答えた。
 妖精の女性たちは、あからさまにがっかりして、肩を落としていた。

「う~ん、幻影結界を張ろうか? こんなに声をかけられたんじゃ観光にならな……」

 フェリクスがレイの方を振り向くと、彼女は彼女で、花の妖精の女の子にバラの花を一本、プレゼントされそうになっていた。

「あなた、かっこいいし、とっても素敵な魔力ね。水魔力は私たちを生き生きとさせてくれるから好きよ。お付き合いしない?」
「え~と、ごめんなさい……」

 レイはたじろぎながら、ぐいぐいと迫ってくる妖精を、両方の手のひらで押し返そうとしていた。

「うちの子に何か用かな?」

 珍しく低いフェリクスの声音だった。
 一瞬だけ、ぞくりと背筋を駆け上がるような存在圧が放たれる。

「きゃーっ! ごめんなさいっ!」

 花の妖精の女の子は、大慌てで飛んで逃げて行った。

「……義父さん、ありがとう」
「うん。結界を張るからね。これで僕たちに言い寄って来る者はいなくなるから」

 フェリクスはさくさくと幻影結界を張った。これで周囲の者からは、フェリクスたちは興味を引かない容姿に見えるようだ。

「まずは、花の聖堂と鐘楼だったね。行こうか?」
「はいっ!」

 フェリクスとレイは手を繋いで、花の聖堂を目指した。


***


「むっふふふ。今年の流行性の恋は、過去最高ね! まさか、こんなに盛り上がるなんて思わなかったわ!」

 恋の精霊は、満足げに両腕を広げて胸を張った。

 中央広場の噴水の周りには、新たに恋人同士になったカップルが何組も座っていて、人目も憚らずにイチャイチャしていた。

 広場のあちらこちらでは、新たに恋に落ちてしまった住民や観光客たちが熱烈にアプローチを始め、キャットファイトや痴話喧嘩まで起こってしまっている。

 中には、広場に置かれている彫像に恋に落ちてしまった猛者まで現れ、勝手に花で飾り立てていた。

「本当に、ここの妖精たちには随分効くみたいだな……まさか、ここまでとは……」

 黒歴史の精霊は、流行性の恋の影響に、口角をひくつかせて若干引き気味だ。

「むむっ!? あっちから濃厚な恋の波動が!!」
「あっ、ちょ待てよ! 恋っ!?」

 黒歴史の精霊が呆れて広場を見回していた隙に、恋の精霊が何やら感知して、猛ダッシュでどこかへと駆けて行った。

 黒歴史の精霊も後を追おうとしたが、痴話喧嘩で押された男性にちょうどぶつかってしまい、倒れ込みそうになった。

「くっ……」

 黒歴史の精霊が体勢を整えて顔を上げると、すでに恋の精霊はどかへ行ってしまった後だった。

「もう。逸れちゃって、どうするんだよ?」

 残された黒歴史の精霊は、途方に暮れていた。


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