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流行性の恋2〜Revenge〜
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翌日、ニールにマーキングをしていたレイは、寸分違わずに、彼がいる馬車の中に転移した。
どしんとお尻から何かに着地して、着地の衝撃で瞑っていた目を開くと、そこには目尻に皺を寄せて満面の笑みを浮かべているニールがいた。
どうやら、ニールの膝の上に横坐りするような形で転移していたようだ。
(か、顔が近いっ!!)
突然、至近距離に現れたニールの美貌に、レイは息が止まりそうになった。
「ニ、ニール!? わっ……ご、ごめんなさい!」
「おかえり、レイ。別にそのままでいいのに」
レイは、わたわたと慌ててニールの膝から降りると、彼の隣の席に移動した。
自分の席に座ってハッと気がつくと、何やらじと目でこちらを見ているルーファスがいた。
レヴィは相変わらず、空気も読まずに淡々と「レイ、おかえりなさい」と挨拶していた。
「……ニール様、さっきのは……」
「おや? ルーファス殿はあのことを話されても?」
「…………」
「賢明ですね」
ニールとルーファスは何やら話し合っていたが、レイはびっくりしすぎて、胸がドキドキと鳴りすぎて、それどころではなかった。
「今回の管理者の仕事についてですが……」
レイは少し落ち着くと、改めて話し始めた。
むぎゅっとクッションを抱きしめて、先ほどの恥ずかしさの余韻でドキドキと高鳴っている心臓を鎮めている。
「何かな?」
ニールが代表して訊き返す。
彼の方は特になんともないようで、にこにこと余裕の笑顔を浮かべていた。
(うぅっ……私ばっかりドキドキしてるみたいで、なんだか悔しい……)
レイはちょっぴり悔しい思いをグッと堪えて、話し始めた。
「フロランツァで悪夢のC型が流行っているみたいなんです。そこに恋と黒歴史の精霊を捕まえに行くことになりました」
「フロランツァ? ここから結構遠いね」
ルーファスが淡い黄色の瞳を丸くした。
「それで、一日だけ護衛の仕事をお休みしてもいいですか?」
「そのくらいなら構わないよ」
ニールからはあっさりと許可が下りた。
「それから、もし可能なら、みんなにも恋と黒歴史の精霊の捕縛を手伝ってもらいたいんです」
「そんなに大変なの?」
ルーファスが優しく尋ねる。
「恋の精霊が、実は面食いでして……その、みんながかっこいいので、捕縛員を手伝って欲しいんです!」
レイはむぎゅぎゅっとクッションを抱き潰して、思い切ってお願いした。
「ふぅん。それなら、フーの街の滞在期間を一日延ばそうか」
「……いいんですか? ドラゴニアへの日程が押しちゃいますけど……」
「元々、フーの街での準備期間を一日に設定したのは、ちょっとスケジュール的に無理があるかなって考えてた所だったんだ。そこまで急ぎの旅でもないし、馬も休ませたいしね」
ニールは優しく微笑んだ。
「レイ、その仕事にはフェリクス様も関係してるの?」
「義父さんも捕縛員として参加します」
「……それなら、僕も出ないわけにはいかないね」
ルーファスはほろ苦く笑って、承諾してくれた。
「ありがとうございます! レヴィは?」
「レイも行くんでしょう? いいですよ」
レヴィは二つ返事で頷いた。
「ありがとう! ……ニールは……?」
「そうだな、一つだけ条件がある」
「条件ですか?」
レイは何を言われるのかと、少し身構えた。
フェリクスからレイを守るよう言われているルーファスも、少し表情を強張らせる。
「ドラゴニアの王都に着いたら、俺の一日秘書をやらないか?」
「ふぇっ? ニールの秘書のお仕事ですか?」
「そう。琥珀はいつもレイと一緒にいるだろう? 俺も同じ使い魔なんだから、たまには一緒にいたいな、って思って」
ニールは口角をにこりと上げ、窺うようにレイを見つめた。
色鮮やかな黄金眼は、どこか獲物を狙い定めるように煌めいている。
(う~ん、秘書のお仕事だから、特に変なものって無いよね……?)
レイが交換条件に面食らって考え込んでいると、
「レイ、こういうことは……」
ルーファスが小声で囁いた。かと思うと、すぐに姿勢を正して口をつぐむ。
ニールにじとりと圧を込めて睨まれたのだ。
「怖いこととか、痛いことは……?」
「そういうことは全く無いよ。本当に、ただの商会長の秘書のお仕事。お茶を入れたり、書類を整理したり、俺が仕事をしやすいように手伝ってもらうだけだから」
「……そういうことであれば、いいですよ?」
レイは、小首を傾げつつも了承した。
「ふふっ。交渉成立。約束だよ?」
ニールが念を押す。レイの手の甲に、ピッと指を差し示したかと思うと、魔術陣の光がペカリと一瞬光って消えていった。
「分かりました」
レイはこくりと頷いた。女に二言はないのだ。
「じゃあ、ここからはお説教だ」
「ふぇ?」
ニールの急な手のひら返しに、レイは目を丸くした。
「レイと俺との関係性は?」
「え~と、主従関係です?」
「なんで疑問形なんだ? まぁ、いい。主従関係なんだから、今回のことは俺に意見を確認せずに、命令すればいい」
「あっ……」
レイは呆気にとられて、ポカンと大きく口を開けた。
琥珀やルカとは半分ペットやお友達に近い感覚でいたうえ、ニールに対してもいつも目上の友人のような感じで話していたため、主従関係を意識したことはなかったのだ。
「俺の主人はまだまだ脇が甘いな。高位の存在と交渉するなら、今度からは自分の言動には気をつけること。そうじゃないと、余計な契約を負うぞ」
ニールは指先をくるりと回した。
彼の指の動きに連動して、先ほどレイの手の甲に施された魔術契約陣がピカッと現れる。
「あぁっ!」
「約束ですよ? ご主人様」
レイがびっくりしていると、ニールはとてもいい笑顔で念を押した。
***
「見て、すっごく綺麗な花畑! 相変わらず、恋をするのにぴったりな場所だわ!」
恋の精霊は、ぱっちりと大きなココアブラウンの瞳を輝かせた。その瞳の中には、文字通り、少女漫画の主人公のような星々が煌めいている。やや幼めの丸い頬は、ふわりと桜色に上気していた。
ワンピースは、愛らしいピンク色のチューリップ柄だ。花畑の中心でくるりと回れば、ひらりと長いスカートの裾が、春の風と遊ぶ。
「恋、はしゃぎ過ぎだ! 待ってくれ!」
彼女を追いかけるように、背の高い黒歴史の精霊が駆けて来た。
黒歴史の精霊は、黒いフード付きのローブを羽織り、黒いサングラスをかけていた。ズボンも靴も真っ黒だ。
一点だけ黒くないのは、ローブの下に着込んでいるTシャツだ——もちろん、彼女である恋の精霊の顔が描かれていて、真っ赤なハートマーク付きで「I♡エイミー」と書かれている。
なお、「エイミー」は恋の精霊の本名である。
恋の精霊と黒歴史の精霊は、花と妖精の国フロランツァに来ていた。
春に咲く花や木ばかりを集めたスプリング・ガーデンには、チューリップやバラ、ダリアやネモフィラ、マリーゴールドなど色とりどりの花々や、藤やハナミズキなど花をつける木々が満開の時期を迎えていた。
庭園の至る所では、カップルや家族連れが花を愛で、花を世話する妖精たちが行き交い、玉型の花の精霊たちが嬉しそうにチカチカと明滅して、みんな思い思いに過ごしていた。
「花の妖精や精霊は、恋と相性がいいのよ。花言葉は恋や愛にまつわるものが多いし、花は恋人へのプレゼントによく選ばれるでしょ? だから、この子たちは、特に私の影響を受けやすいみたいなの」
恋の精霊は、たまたま近くを通りかかった花の妖精に、指先でちょこんと触れた。
蓮華草の花束を抱えた花の妖精の女の子は、くらりと地面に落ちた。
「あっ! 恋、何をやってるんだ!?」
黒歴史の精霊が思わず、花の妖精の女の子を拾い上げた。
「花の妖精たちには、私の力が効きすぎて、暴走しちゃうみたいなの」
「……そうなると、去年みたいに、患者たちを差し向けるのは難しいか……」
黒歴史は、近くにいた別の花の妖精に、女の子を任せた。どうやら同じ花畑で働く妖精の男の子みたいだ。
妖精の女の子は目を覚ますと、ポンッと顔を真っ赤にして、蓮華草を差し出して熱烈にアプローチを始めた。妖精の男の子も少しびっくりしていたが、嬉しそうに微笑んでいる。
そのまま手を繋いで、花畑の向こう側へ並んで飛んで行った。
「そうね。でも、今年は去年とはひと味違うわよ!」
恋の精霊は、花の妖精たちが仲良く飛んで行くのを見届けると、黒歴史の精霊の方をきりっとした顔で振り向いた。
「そうだな!」
黒歴史の精霊も、恋の精霊の目をしっかり見て、力強く頷く。
「私たちのラブラブパワーを、管理者たちに見せつけてやりましょう!」
「「おーっ!!」
花畑の中心で、恋と黒歴史の精霊は、一緒に拳を高く突き上げた。
今年の恋と黒歴史の精霊は、とっても士気が高かった。
どしんとお尻から何かに着地して、着地の衝撃で瞑っていた目を開くと、そこには目尻に皺を寄せて満面の笑みを浮かべているニールがいた。
どうやら、ニールの膝の上に横坐りするような形で転移していたようだ。
(か、顔が近いっ!!)
突然、至近距離に現れたニールの美貌に、レイは息が止まりそうになった。
「ニ、ニール!? わっ……ご、ごめんなさい!」
「おかえり、レイ。別にそのままでいいのに」
レイは、わたわたと慌ててニールの膝から降りると、彼の隣の席に移動した。
自分の席に座ってハッと気がつくと、何やらじと目でこちらを見ているルーファスがいた。
レヴィは相変わらず、空気も読まずに淡々と「レイ、おかえりなさい」と挨拶していた。
「……ニール様、さっきのは……」
「おや? ルーファス殿はあのことを話されても?」
「…………」
「賢明ですね」
ニールとルーファスは何やら話し合っていたが、レイはびっくりしすぎて、胸がドキドキと鳴りすぎて、それどころではなかった。
「今回の管理者の仕事についてですが……」
レイは少し落ち着くと、改めて話し始めた。
むぎゅっとクッションを抱きしめて、先ほどの恥ずかしさの余韻でドキドキと高鳴っている心臓を鎮めている。
「何かな?」
ニールが代表して訊き返す。
彼の方は特になんともないようで、にこにこと余裕の笑顔を浮かべていた。
(うぅっ……私ばっかりドキドキしてるみたいで、なんだか悔しい……)
レイはちょっぴり悔しい思いをグッと堪えて、話し始めた。
「フロランツァで悪夢のC型が流行っているみたいなんです。そこに恋と黒歴史の精霊を捕まえに行くことになりました」
「フロランツァ? ここから結構遠いね」
ルーファスが淡い黄色の瞳を丸くした。
「それで、一日だけ護衛の仕事をお休みしてもいいですか?」
「そのくらいなら構わないよ」
ニールからはあっさりと許可が下りた。
「それから、もし可能なら、みんなにも恋と黒歴史の精霊の捕縛を手伝ってもらいたいんです」
「そんなに大変なの?」
ルーファスが優しく尋ねる。
「恋の精霊が、実は面食いでして……その、みんながかっこいいので、捕縛員を手伝って欲しいんです!」
レイはむぎゅぎゅっとクッションを抱き潰して、思い切ってお願いした。
「ふぅん。それなら、フーの街の滞在期間を一日延ばそうか」
「……いいんですか? ドラゴニアへの日程が押しちゃいますけど……」
「元々、フーの街での準備期間を一日に設定したのは、ちょっとスケジュール的に無理があるかなって考えてた所だったんだ。そこまで急ぎの旅でもないし、馬も休ませたいしね」
ニールは優しく微笑んだ。
「レイ、その仕事にはフェリクス様も関係してるの?」
「義父さんも捕縛員として参加します」
「……それなら、僕も出ないわけにはいかないね」
ルーファスはほろ苦く笑って、承諾してくれた。
「ありがとうございます! レヴィは?」
「レイも行くんでしょう? いいですよ」
レヴィは二つ返事で頷いた。
「ありがとう! ……ニールは……?」
「そうだな、一つだけ条件がある」
「条件ですか?」
レイは何を言われるのかと、少し身構えた。
フェリクスからレイを守るよう言われているルーファスも、少し表情を強張らせる。
「ドラゴニアの王都に着いたら、俺の一日秘書をやらないか?」
「ふぇっ? ニールの秘書のお仕事ですか?」
「そう。琥珀はいつもレイと一緒にいるだろう? 俺も同じ使い魔なんだから、たまには一緒にいたいな、って思って」
ニールは口角をにこりと上げ、窺うようにレイを見つめた。
色鮮やかな黄金眼は、どこか獲物を狙い定めるように煌めいている。
(う~ん、秘書のお仕事だから、特に変なものって無いよね……?)
レイが交換条件に面食らって考え込んでいると、
「レイ、こういうことは……」
ルーファスが小声で囁いた。かと思うと、すぐに姿勢を正して口をつぐむ。
ニールにじとりと圧を込めて睨まれたのだ。
「怖いこととか、痛いことは……?」
「そういうことは全く無いよ。本当に、ただの商会長の秘書のお仕事。お茶を入れたり、書類を整理したり、俺が仕事をしやすいように手伝ってもらうだけだから」
「……そういうことであれば、いいですよ?」
レイは、小首を傾げつつも了承した。
「ふふっ。交渉成立。約束だよ?」
ニールが念を押す。レイの手の甲に、ピッと指を差し示したかと思うと、魔術陣の光がペカリと一瞬光って消えていった。
「分かりました」
レイはこくりと頷いた。女に二言はないのだ。
「じゃあ、ここからはお説教だ」
「ふぇ?」
ニールの急な手のひら返しに、レイは目を丸くした。
「レイと俺との関係性は?」
「え~と、主従関係です?」
「なんで疑問形なんだ? まぁ、いい。主従関係なんだから、今回のことは俺に意見を確認せずに、命令すればいい」
「あっ……」
レイは呆気にとられて、ポカンと大きく口を開けた。
琥珀やルカとは半分ペットやお友達に近い感覚でいたうえ、ニールに対してもいつも目上の友人のような感じで話していたため、主従関係を意識したことはなかったのだ。
「俺の主人はまだまだ脇が甘いな。高位の存在と交渉するなら、今度からは自分の言動には気をつけること。そうじゃないと、余計な契約を負うぞ」
ニールは指先をくるりと回した。
彼の指の動きに連動して、先ほどレイの手の甲に施された魔術契約陣がピカッと現れる。
「あぁっ!」
「約束ですよ? ご主人様」
レイがびっくりしていると、ニールはとてもいい笑顔で念を押した。
***
「見て、すっごく綺麗な花畑! 相変わらず、恋をするのにぴったりな場所だわ!」
恋の精霊は、ぱっちりと大きなココアブラウンの瞳を輝かせた。その瞳の中には、文字通り、少女漫画の主人公のような星々が煌めいている。やや幼めの丸い頬は、ふわりと桜色に上気していた。
ワンピースは、愛らしいピンク色のチューリップ柄だ。花畑の中心でくるりと回れば、ひらりと長いスカートの裾が、春の風と遊ぶ。
「恋、はしゃぎ過ぎだ! 待ってくれ!」
彼女を追いかけるように、背の高い黒歴史の精霊が駆けて来た。
黒歴史の精霊は、黒いフード付きのローブを羽織り、黒いサングラスをかけていた。ズボンも靴も真っ黒だ。
一点だけ黒くないのは、ローブの下に着込んでいるTシャツだ——もちろん、彼女である恋の精霊の顔が描かれていて、真っ赤なハートマーク付きで「I♡エイミー」と書かれている。
なお、「エイミー」は恋の精霊の本名である。
恋の精霊と黒歴史の精霊は、花と妖精の国フロランツァに来ていた。
春に咲く花や木ばかりを集めたスプリング・ガーデンには、チューリップやバラ、ダリアやネモフィラ、マリーゴールドなど色とりどりの花々や、藤やハナミズキなど花をつける木々が満開の時期を迎えていた。
庭園の至る所では、カップルや家族連れが花を愛で、花を世話する妖精たちが行き交い、玉型の花の精霊たちが嬉しそうにチカチカと明滅して、みんな思い思いに過ごしていた。
「花の妖精や精霊は、恋と相性がいいのよ。花言葉は恋や愛にまつわるものが多いし、花は恋人へのプレゼントによく選ばれるでしょ? だから、この子たちは、特に私の影響を受けやすいみたいなの」
恋の精霊は、たまたま近くを通りかかった花の妖精に、指先でちょこんと触れた。
蓮華草の花束を抱えた花の妖精の女の子は、くらりと地面に落ちた。
「あっ! 恋、何をやってるんだ!?」
黒歴史の精霊が思わず、花の妖精の女の子を拾い上げた。
「花の妖精たちには、私の力が効きすぎて、暴走しちゃうみたいなの」
「……そうなると、去年みたいに、患者たちを差し向けるのは難しいか……」
黒歴史は、近くにいた別の花の妖精に、女の子を任せた。どうやら同じ花畑で働く妖精の男の子みたいだ。
妖精の女の子は目を覚ますと、ポンッと顔を真っ赤にして、蓮華草を差し出して熱烈にアプローチを始めた。妖精の男の子も少しびっくりしていたが、嬉しそうに微笑んでいる。
そのまま手を繋いで、花畑の向こう側へ並んで飛んで行った。
「そうね。でも、今年は去年とはひと味違うわよ!」
恋の精霊は、花の妖精たちが仲良く飛んで行くのを見届けると、黒歴史の精霊の方をきりっとした顔で振り向いた。
「そうだな!」
黒歴史の精霊も、恋の精霊の目をしっかり見て、力強く頷く。
「私たちのラブラブパワーを、管理者たちに見せつけてやりましょう!」
「「おーっ!!」
花畑の中心で、恋と黒歴史の精霊は、一緒に拳を高く突き上げた。
今年の恋と黒歴史の精霊は、とっても士気が高かった。
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