鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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護衛任務〜バレット商会〜

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 バレット商会のキャラバンとレイたち銀の不死鳥一行は、次のキャンプ地へ向け、淡いローズ色の砂漠を渡っていた。

 馬車の通りやすいキャラバン用の道を通っているためか、乾燥はしているが、地面の土は踏み固められ、道の端々には、背丈の低い草が生えている。時々、道端に低木が生えていることもあった。

 馬車内の進行方向を向く席には、奥側にレイ、その隣にニールが座った。
 レイの前にはルーファスが座り、ルーファスの隣でニールの対面にはレヴィが座った。
 琥珀は子猫サイズで、レイの膝の上にぐでんと伸びている。

 ニールの馬車は、外装は装飾が少なめで、盗賊たちに目をつけられないように簡素だ。
 一方で、車内は機能的だ。揺れ緩和の魔術付与が施してあり、整備されていない道でも中はあまり揺れない。
 たとえ揺れたとしても、レイの好きなふかふかのクッションがいくつも置いてあるので、大丈夫だ。
 強い日差しを遮るように厚めのカーテンが、馬車の窓にかけられていた。


「改めて、今回の旅の行程を確認するか」

 ニールが地図を広げた。経路を指差しながら話を続ける。

「まずはいくつかのオアシスや宿泊地点を経由して、サハリア砂漠を抜ける。フーの街に着いたらそこで一泊して装備を整え、シルクロードを通ってドラゴニアを目指す。レイたちには、基本的にこの馬車に乗って移動してもらう」

 ニールがメンバーを見回すと、全員が相槌を打った。

「護衛は本当に、盗賊や魔物に襲われた時の戦闘と、夜の見張りの交代のみで大丈夫ですか?」

 ルーファスがニールに確認した。
 護衛任務という割には、求められている業務内容が少なくて、破格の条件だ。

「ああ。商隊兵には、レイたちは俺の護衛と商隊兵のサポートのために雇ったと伝えてある。商隊兵は人外が多いし、自分の仕事に手を出されることや、積極的に関わられて正体を知られることを嫌がる者も多い」
「なるほど。分かりました。それなら、私たちはその通りにさせていただきます」

 ニールの説明に、ルーファスは頷いた。
 ルーファスも光竜だ。人外の気持ちはよく分かるのだろう。


 バレット商会のキャラバンは、ぐんぐんと何事もなく進んでいく。

 はじめはいつこのキャラバンが襲われても対応できるようにと、レイも気を張っていた。だが、何時間も馬車に揺られているうちに、こくり、こくりと舟を漕ぎ始めた。

「レイ、寝ててもいいよ」

 ニールが甘く囁く。

「うぅっ……でも、それじゃあ護衛失格です……」

 レイは、ハッと頭を持ち上げる。眠気を飛ばすようにプルプルと小さく頭を振るが、しばらくすると、またとろんと瞼が降りてくる。

「いざとなったら、僕たちが起こしてあげるから大丈夫だよ」

 ルーファスが甘い囁き第二弾を投下する。

「でも、いつこのキャラバンが襲われるか分からないですし、警戒はしないと……」
「バレット商会のキャラバンの守りは強固だからな。負けると分かって、手を出そうとする盗賊は少ない」
「えっ!?」

 ニールの言葉に、レイは目を丸くした。

(それって、私たち、いる?)

「馬車の窓から外を覗いてみな。後ろに他のキャラバンがくっついて来てるから」

 ニールに促されて、カーテンを少し捲って、馬車の後ろの方を見ると、バレット商会のキャラバンではない商人の馬車やキャラバンが後をついて来ていた。

「えっ、なんで……?」
「ああやって、うちのキャラバンにくっついて移動すれば、盗賊や魔物が現れても、うちの商隊兵がどうにかしてくれる。安全に積荷を運べる可能性が高くなる」
「えぇっ……それって、タダ乗りみたいじゃないですか?」
「まぁ、金や力が無くて護衛を雇えない所は、こういうことをよくやってる。バレット商会の商隊兵は特に屈強だから、わざわざうちのキャラバンの日程に合わせてくることも多い」
「えぇ……」
「あいつらが雇っている護衛もいるだろうから、余程のことがない限りは、襲われることはない……レイ?」

 ニールはそこまで説明すると、不思議そうにレイの様子を覗き込んだ。

「逆になんだか目が覚めました……」

 レイの目は、驚きでぱっちりと開いてしまった。


***


 本日はオアシスで野営だ。
 淡いローズ色の砂漠に、ぽかりとこの周辺だけ透明な泉とわずかな緑がある。
 夕暮れ時にはまだ早いが、ここで先に進んでしまえば、次のキャンプ地点に着くのは深夜になりそうだ。

 バレット商会のキャラバンが野営の準備を始めると、他のキャラバンや商人の馬車もここで野営するようで、馬の世話やテントの設置、夕飯の支度を始めていた。

「会長、少しいいですか?」

 ニールの馬車の扉が叩かれた。
 レヴィが扉を開けると、赤毛の女性の商隊兵がいた。よく日に焼けた乾いた肌に、つり目の焦茶色の瞳はきつくこちらを見つめている。

「おや? リンダ、何かありました?」
「あちらの商人が、会長にご挨拶したいと」

 リンダと呼ばれた商隊兵は、斜め後ろで待っている商人の方を流し見た。

「分かりました。ご苦労様です」

 ニールは商人らしい人好きする笑みを浮かべ、馬車を降りていった。

「あんたたちが会長の護衛? あたしはリンダ。今回の商隊兵のリーダーだ。商隊兵はあと二人いる。会長からは戦闘と夜の見張りを手伝ってくれるって聞いたけど?」

 ニールが馬車を離れると、リンダは値踏みするように、ルーファス、レヴィ、最後にレイを見た。

「それで合ってます」

 ルーファスが銀の不死鳥のリーダーとして答えた。

「見張りは三時間交代で、最低でも二人ずつなんだが……お嬢ちゃんもやるの?」

 リンダは訝しげにじろりとレイを見た。

「やりますよ」
「な~ん!」

 レイが頷くと、彼女の膝の上で伸びていた琥珀も返事をした。

「琥珀も一緒にやる?」
「にゃ」

 レイが自分の目線まで琥珀を抱き上げると、機嫌よく琥珀は小さく鳴いた。

「げっ、そいつは……」

 リンダはギョッとして、顔色悪く琥珀を見つめた。
 琥珀のオレンジブラウンの地毛に映える黒々としたロゼット柄は、小さいながらも凶暴なAランク魔物を彼女にイメージさせた。

「私の使い魔なので、大丈夫ですよ」

 レイが琥珀の頭をくりくりと撫でる。
 琥珀も満更ではなさそうに、喉をゴロゴロと鳴らす。

「……分かった。誰か一人は、うちのエドガーと一緒に一番最初に見張り。残りの二人は、その次の真夜中の時間帯の見張りを頼みたい」

 リンダは、警戒するように琥珀を視界におさめながら言った。

「分かりました。レイ、先に見張りする? レイはまとまった睡眠が取れた方がいいだろう?」
「いいんですか?」

 ルーファスの気遣いに、レイは目をぱちくりさせて訊き返した。
 レイとしても、見張りで途中に起こされるよりも、しっかり睡眠が取れた方が楽なのでありがたい。

「じゃあ、決まりで。まずは彼女が見張りにつきます。その次は僕たちで」

 ルーファスは、リンダの方を振り返って伝えた。

「分かった。それでいこう」

 リンダはそう頷くと、野営の準備の方へ戻って行った。


「さっきの子は、魔物と人間のハーフみたいだね。珍しい」

 ルーファスは馬車の扉を閉め、防音結界を車内に展開すると、話し出した。

「そうなんですか? レヴィ、分かった?」
「いいえ。私には分からなかったです」

 レイとレヴィは互いに首を小さく振った。

「匂いがね、魔物混じりなんだよね。魔物とのハーフの子は、人間から迫害されることが多いから、このことは内緒にしておいた方がいいかもね」

 ルーファスは、口元で人差し指を一本立てて、教えてくれた。
 光竜なので鼻が利くようだ。

「えっ、匂いで分かるんですか!? とにかく、このまま気づかない振りをしておいた方がいいですね」
「ドラゴニアの王都まで一緒だしね。そうしようか」

 三人はこっそりと頷き合った。


 夕食は、キャラバンのみんなで焚き火を囲んで取ることになった。
 今夜はチキンときゅうりのピタパンサンドと、トマトとスパイスで煮込んだマトンのスープだ。

 銀の不死鳥メンバーは、ここで初めて正式にキャラバンのメンバー全員と顔合わせとなった。
 レイたちはニールに紹介され、簡単に挨拶をした。

 夕食中は、ニールは上機嫌にレイの右隣に陣取り、アレコレと世話を焼いていた。
 初めて見る商会長の珍しい姿に、キャラバンの商人や商隊兵の男性たちは苦笑いを浮かべていた。


 夕食が終わって解散になった時、レイは空間収納内の通信の魔道具に、連絡が来ていることに気づいた。

「レイ、どうした?」
「どこからか連絡が来てるみたいです」

 レイが青く平べったい通信の魔道具を取り出そうとすると、ニールが瞬時に防音結界を貼ってくれた。さりげなく、ルーファスとレヴィも一緒に結界内に入れてくれている。

 急に結界が張られたので、商隊兵たちはチラリと四人の方を流し見たが、また視線を戻して元の作業に戻った。

『よう、レイ。今大丈夫か?』
「師匠! お久しぶりです!」

 師匠のウィルフレッドからの連絡だった。

『突然で悪いが、明日、ユグドラに来てくれないか?』
「えっ? 何かあったんですか?」
『ああ。詳しいことは、会議の場で話す』
「分かりました……今は護衛任務中なので、ニールに相談してからでもいいですか?」
『そうだったか、すまない。とにかく、管理者の仕事の件だ』

 ウィルフレッドの一言で、その場の空気に緊張が走った。

「レイ、管理者の仕事なら、早めに行った方がいいだろう。俺に転移のマーキングをすれば、キャラバンにも戻って来やすいだろう」

 ニールからはあっさりと許可が出た。自分自身を指差し、笑みを浮かべている。

「いいんですか?」

 レイは目を丸くして彼を見上げた。

 転移魔術の飛び先を指定するマーキングは、大抵はよく行く場所にすることが多いが、人に付けることもできる。
 ただし、相手が自分よりも魔術的に上位者である場合には、マーキングを外されてしまうことが多い。
 また、人にマーキングすることは、互いの同意が無ければ失礼に当たるため、場所にマーキングすることが一般的だ。

「レイなら構わないよ」

 ニールは、色鮮やかな黄金眼を緩めて、柔らかく微笑んだ。

「ありがとうございます」

 レイもにこりと微笑み、ニールに手を当てる。
 ふわりと彼の体に魔術陣の光が浮かび、消えていった。

「レイ、私はどうしましょう?」

 レヴィが心配そうに尋ねてきた。

「レヴィは、護衛任務を続けてくれる? 戻って来たら、会議内容を伝えるね」
「分かりました」

 レイは真っ直ぐにレヴィを見上げた。
 レヴィもしかりと頷く。

「そしたら、レイの分の見張りはどうしようか?」

 ルーファスが指先を顎に当て、考え始めた。

「私がレイの代わりに見張りに立ちますよ。私は本来、睡眠は必要がない体ですので」

 レヴィが淡々と返事する。
 本来の姿は聖剣レーヴァテインなので、いつもは寝ている振りをしているのだ。

「ごめんね。レヴィ、後はよろしくね」
「かしこまりました」

 レイは、レヴィが承諾したのを確認すると、転移魔術でユグドラへと戻って行った。


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