鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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閑話 彼と彼女の物語(イヴァン視点)

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「じゃあ、ベリアに行って来るわ! 人間の街なんて、久しぶり!」

 彼女はにこりと微笑んで、小さく手を振った。
 淡いローズ色の髪が、サハリア砂漠の風に揺れる。

 彼女は、もう待ちきれないというように、早々に転移して行った。

「ああ。気をつけて」

 私も小さく手を振り返して、彼女が転移していくのを見送った。

 後には、オレンジ色の砂漠に、ぽつりと佇む私がいるだけだ。


 いつも通り寸分違わずに、次にどのタイミングで、彼女がどんな表情で、どんな言葉を投げかけてくるのか、私には分かる。
 もう何回も、何千回も、何万回も繰り返してきたのだから。

 彼と彼女の物語。
 私の出番は、たったこれだけ——そう、これだけなのだ。

 たとえいくら私が妖精魔術の粋を集めて発動させた世界だとしても、残念ながら、この物語の主役は私ではない。

 あくまでも、私が愛する彼女と、彼女が愛する彼の物語なのだ。


***


 その日、私はこの世界で何やら加護が発動する気配を感じた。急いで現場に転移する。

——招かれざる客が四人。

 肩車された黒髪の少女——これほどの魔力量、魔力に乗った鈴蘭の香り——三大魔女か。なぜ、管理者がこんな所に?
 それに、グレー色の髪の男たちは、ラヒムの子孫だな。大柄な方は瞳の色が違うが、優男の方はよりにもよって「ラヒムの形代かたしろ」だ。
 あとは妖精らしき眼鏡の男。おそらく、妖精の羽は変身魔術で隠しているのだろう。

 よく見てみれば、三大魔女の少女には、どうやら我らが同族の妖精の縁が絡みついているようだ。だが、それにしても、やけに縁が薄い。


 私は彼らを、この世界での私の拠点に招待した。
 なぜ彼らがここにいるのか、事情を確認するためだ。

 ラヒムによく似たサディク王太子殿下の話では、「王宮での儀式の際に、こちらの世界に引き込まれた」だそうだ。
 確かに、毎年この時期にサハリア王宮内で砂竜の祭祀を行っていると聞く。

 彼らがここに引き込まれた原因は、三大魔女の少女の無限の魔力と、強い水属性の魔力がこの世界に呼応したからだろう。
 さらには、そこに都合良く血族という媒体がいたことも原因だろう。しかも、よりによって「ラヒムの形代」だ。彼は、この物語のメインの登場人物「ラヒム」と瓜二つだ。これほど強力な魔術媒体はないだろう。
 もう一人の王族と妖精は、おそらく、近くにいたための巻き添えか何かだろう。

 ふと、妖精魔術を巡らせて、この世界をチェックしてみれば……見事な大穴が空いていた。それも、二つも。

「なるほど。……どうやら、ここに落ちて来たのは、あなた方だけのようですね。その影響で、この世界に穴が空いてしまったようです」

 私は表面上繕いながら、彼らに告げた。

「イヴァンさんのお邪魔をしたくないですし、私たちがここから出るにはどうしたらいいのでしょうか?」

 三大魔女の少女は、早々にこの世界から退出したいようだ。
 管理者に、私のこの世界について何かしらケチをつけられるのではないかと少し身構えていたが、どうやらここへ落ちて来たのは偶然だったようだ。

「そうですね。穴を塞がない限りは、この庭から出ようとしても迷ってしまう可能性が高いですね。修復が終わるまでお待ちいただけますか? 終わりましたら、外の世界へお送りしましょう」
「すみませんが、よろしくお願いします」
「いえいえ」

 まぁ、とにかく彼らには早々にこの世界を退場してもらおう。ここはあまり他人に踏み荒らされたくない場所だ。


 こうして、私はこの世界に空いた穴を修復後、客人たちを元の世界へ送り返すことにした。


***


 客人の一人——妖精のクリフ殿と一緒に、一つ目の穴、王都周辺の森の中で修復作業をしていると、何やらこの世界が不穏な動きをしたのを感じた。

 嫌な予感に急いで三人の客人たちの元へ転移すると、案の定、やらかした後だった。


「あなたたち、自由にしてもいいとは言いましたが、何をしてるんですか?」

 ラヒムの子孫たちと三大魔女の少女は、応接室で私の対面に並んで座り、しょんぼりと反省のオーラを発していた。
 どうやら彼らは、この世界の物語の脚本を大きく書き換えてしまったようだ。


 私の庭で、今までこのようなことが起きたことは一度もなかった。

 彼女はワルダの庭園でラヒムに泣き付かれたから、戦場へ赴いたのに。
 ここから先は歴史にないことだ——全てがめちゃくちゃだ!

 彼女の最後の輝きを、何度でも見れるこの世界。
——この世界に引きこもってから、久々に最悪の気分だった。

「……とにかく、この世界の穴が塞がり次第、あなた方には即刻、出て行ってもらいます」

 私は当然のことを言わせてもらった。

 彼らは申し訳なさそうに、余計に縮こまっていた。


***


 クリフ殿と次の修繕箇所に向かう。彼らは王都の路地裏に落ちたようだ。
 人払いの魔術を発動し、丁寧に探索魔術を発動して、穴の空いている箇所を探し出す。

——その時、

「いきなり不躾に申し訳ない。あなた様方は、高位の存在だとお見受けする。お願いだ。私を、とある女性の元に連れて行って欲しい。対価なら、私にできることなら、何でも支払う」

 作業をする私たちに、ラヒムが声をかけてきた。ご丁寧に、護身用に魔術無効の護符を身につけているようだ。人払いの魔術も効かないわけだ。
 随分と覚悟を決めているようで、あまり見たことがない引き締まった顔付きをしている。

「おやおや、この国の王太子殿下とお見受けします。私に頼まれなくとも、国をあげて探せば、そのうち見つけ出せるのでは?」
「それでは遅いのです!」

 ラヒムはそこで一瞬、冷静になったようで、ハッと小さく気づくと、「大声を出してすまない」としおらしく謝ってきた。

 私は自分の奥底の方から、イライラとした感情がじわりと込み上げてきているのを感じた。——こんな奴のためにガザルは——

「……分かりました。あなたをその女性の元にお連れしましょう。ただし、対価として、彼女の心からの笑顔を所望します」
「なっ……」

 ラヒムが想定外の対価に目を丸くして固まった。

「もし、それが不可能でしたら、あなたの心臓でもいいですよ」

 どうせ、払えないだろう?

「イヴァン殿! それは……」

 クリフ殿が急に焦り始めた。

「クリフ殿は黙っていてください。これは、私と彼の契約ですから」
「……分かった。それで彼女の元に連れて行ってもらえるのなら」

 ラヒムは睨むほどに真剣な眼差しで、私を見つめてきた。

「殿下!!」

 クリフ殿が止めに入る。だが、ラヒムの瞳を見る限り、決して自分の意見を曲げそうになかった。

「ふむ。それでは契約完了です。私はその女性の元へあなたを連れて行きます。対価として彼女の心からの笑顔、または、あなたの心臓を受け取ります。いいですね?」
「ああ。それで構わない」

 ラヒムは力強く頷いた。

 クリフ殿は「全く、この血筋は……!」と頭を抱えて小さく悪態をついていた。

 この世界のラヒムは影のようなもの。たとえ心臓を差し出させたとしても、また次のループが始まるので問題はない。今回は元の物語からかなり内容が変更されているし、ただの戯れだ。


 私がクリフ殿とラヒムを連れて、彼女の元へ転移すると、ちょうど修羅場のようだった。

 ラヒムが転移早々、彼女の元へと駆けて行く。

「高位の存在なら、すぐに君を見つけられる。ガザルにまた会うためなら、どんな対価だって支払うよ」
「ばかっ!! そんなことしたら、いくつ命があっても足りないじゃない!」

 ラヒムの言葉に、彼女は非常に慌てていた。

「イヴァン、何を対価に取ったの?」
「おや? 相変わらず私にはお厳しい。それは秘密ですよ。契約事項ですから」
「イヴァン!」

 彼女は、私をギロリと睨みつけて、グルグルと低く唸るような竜の警戒音を漏らしていた。
 久々に見せた、私に向けられた彼女の怒り顔は、なんとも愛らしかった。

 この物語を始めて、物語から外れた彼女の表情を見ることは無くなった。
 彼女の焦り顔。彼女の怒り顔。それも、私に対しての。何百年ぶりだろう。いつもと違う彼女を見れたのは本当に久しぶりだ。

 たとえ怒った顔であっても、それが私が彼女の心を動かして与えられたものであれば、これほどの喜びはない。


 ラヒムが、彼女の手を取ってひざまずいていた。
 騎士が貴婦人に愛を乞う姿勢だ。

「ガザル、愛している。私と共に、逃げてくれるかい? 共に生きよう」

 ラヒムが震える声で紡ぐ。

「……いいの?」
「私よりも弟の方が優秀だ。むしろ、私よりも上手くやってくれるよ。もう、弟にも許可は取ってある」

 ラヒムがほろ苦く笑う。

「ラヒム!!」

 ガザルがぎゅっと、ラヒムに抱きついた。いつもの無理やり笑顔を取り繕うような泣き笑いとは違った、心からの泣き笑いだ。
 ラヒムも、ガザルをしっかりと抱き返す。

 この世界で初めて見たハッピーエンド。

 ああ。本当は、私は彼女に心からの相手と結ばれて欲しかったのかもしれない。
 愛するからこそ、身を退く。
 彼女を想うからこその、見守る愛。

 何回も繰り返してきて、やっと、自分の本当の想いが、何かが掴めたような気がした。


 気分がいい——これはただの気まぐれだ。

 ガザルとラヒムが去った後、私は三大魔女の少女を振り向いた。

「はじめはこのまま見て見ぬ振りをするつもりでしたが……これはお礼です。私は糸車の妖精。糸を紡ぐ者——縁の糸も紡げます」

 これだけ縁が薄ければ、この少女はきっと、別の誰かと結ばれてしまうだろう。
 名も顔も知らぬ同族だが、私のように愛に敗れるのではなく、是非とも成就させてもらいたい。

 それにきっと、無限の魔力を持つこの子がいなかったら、「ラヒムの形代」という最高の魔術媒体までいるという偶然が重ならなかったら、私はいつまでも自分の中の想いに気づけずに、ただただ「彼と彼女の物語」を愛でて過ごすだけだっただろう。

 そんな機会をくれたこの少女にも、心からの相手と結ばれてもらいたい。

 そんな想いを込めて、彼女の薄紅色の妖精の縁を強化した。


 水鏡で招かれざる客たちを元の世界へ帰す。
 一番最後に、三大魔女の少女を送り返す番になった。

「私の愛は、これはこれで満足です。ですが、是非あなたは、きちんと捕まえてください。せっかく私が縁を紡いだのですから……」

 初めて気づいたあたたかな満足感と、少しだけの、期待。

「はい! ありがとうございました!」

 三大魔女の少女はにっこりと微笑んで、元気良く、水鏡の向こう側の世界へと帰って行った。


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