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聖鳳教会ガザル支部
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今日は、レイとレヴィは聖鳳教会ガザル支部を訪れていた。
光の大司教ルーファスに面会を申し込んでいたのだ。
ルーファスに、正義の精霊女王マァトからの加護のことや、ここ最近の王宮での仕事について報告するほか、先日のお礼もする予定だ。
(ルーファスとはこの前会えたけど、いろいろ話せる状況じゃなかったしな~)
先日、レイもレヴィも、水の魔術師誘拐グループのアジト掃討作戦に参加した。
掃討作戦には、ルーファスもこっそり現れて手伝ってくれた。さらには聖剣の騎士オルドゥという強力な助っ人も連れて来てくれたのだ。
レイは、王都ガザルで有名な菓子店のクッキーを手土産に、意気揚々と聖鳳教会ガザル支部に向かった。
ガザル支部の聖堂は観光名所の一つにもなっていて、レイは朝からうきうきと浮き足立っていた。
聖鳳教会ガザル支部は、砂岩を積み上げて造られた聖堂だ。
どっしりと太い柱と厚い壁の表面には、教会らしい彫り物が施されていて、荘厳かつ優美だ。
オレンジがかった砂岩は、ベージュ~オレンジ~チョコレートブラウンの美しい縞模様の層が見え、聖堂に上品な味わいを加えている。
何十本もの太い柱が立ち並んぶ入り口を通り、本殿にたどり着くと、中では見上げるほどの砂岩の像がこちらを見下ろしていた。——どうやら、教会で崇めている聖神アウロンや、癒しの女神サーナーティア、光の神ルクシオの像のようだ。
光の魔術陣で柔らかく照らされた神像は、荘厳で非常に神々しい。
「……すごい。立派な聖堂だね。レヴィは、ここに来たことあった?」
「ガザル支部は初めてです。中も、広くてとても立派ですね」
レイとレヴィは感心して本殿内をぐるりと見回した。
そこここに、信徒や観光客たちがお参りをし、神官たちが忙しなく働いていた。
「受付に行けば良かったんだっけ?」
「そうですね。あっちみたいです」
レヴィが指差した方には、小部屋とカウンターがあり、何人か案内役の神官や聖騎士が控えていた。
「すみません。午後から光の大司教様とお約束があるのですが」
レイがカウンターで神官に声をかけると、一瞬、神官は訝しげにレイとレヴィを一瞥した。
レイは、バレット商会で買ったグレージュ色のマントを羽織り、アイザックの白いブーツを履いていた。長い真っ直ぐな黒髪は、ハーフアップにして、青色のリボンをしている。——どこにでもいる普通のお嬢さんだ。
レヴィもバレット商会で購入した服装一式でまとめていた。——庶民に多いブラウンの髪と瞳、誠実で無害そうな面持ちで、どこにでも紛れ込んでしまいそうな雰囲気のためか、もはや現地住民にさえ見える。
受付の神官は、手元の書類らしきものに目をやった後、
「レイ様とレヴィ様でよろしかったでしょうか?」
と躊躇いがちに確認してきた。
得体の知れない子供と一般人が大司教に会いに来たと告げたのだ。普通はそうそう簡単に大司教には会えないものだ。
「そうです」
レイがこくりと頷くと、神官は不安げにちらりと後ろを振り返った。
彼の視線の先には、聖剣の騎士オルドゥが壁にもたれ掛かって控えていた。
オルドゥは、聖騎士らしく背が高くがっしりとした体格をしていて、白髪混じりの癖のある短髪だ。鳶色の瞳は、レイとレヴィを見とめると、にこりと三日月型になった。
一点、不思議だったのは、彼の腰にある双剣は、なぜかカタカタと小さく震えていたのだ。
オルドゥは、レイたちの前までやって来ると、全く隙のない所作で、片手を胸に当てて教会式の礼の姿勢をとった。
「改めまして、このガザル支部の聖騎士長オルドゥと申します。フェリクス大司教のご令嬢レイ様と、その護衛レヴィ殿とお見受けします。ルーファス大司教のお部屋まで、ご案内させていただきます」
「先日はどうもありがとうございました。レイです。本日はよろしくお願いします」
オルドゥの言葉に、レイはにこりと微笑んでお辞儀をした。レヴィも合わせてお辞儀をする。
さっきまで訝しがっていた受付の神官は、驚愕の表情でレイたちを見つめて固まっていた。
***
オルドゥの後について、レイたちは、ルーファスがいる執務室へと向かった。
オルドゥが立派なドアをノックすると、中から「どうぞ」と声がけがあった。
「レイ、レヴィ、いらっしゃい! レイも回復したみたいだね」
ルーファスはパッと執務机から顔を上げて、ふわりと微笑んだ。
「こんにちは! おかげさまで、しっかり休めて良くなりました!」
レイはにこりと微笑み、レヴィもお辞儀をする。
「ルーファスは少し痩せました?」
レイは小首を傾げた。
先日会った時は掃討作戦中だったため、あまりまじまじと見る余裕は無かったが、改めて見ると、ルーファスがどこか疲れていそうな感じがしたのだ。
「ハハハッ……急いで溜まっていた仕事を片付けているからね。少しだけ、ね」
ルーファスは、少し遠くを見つめて、乾いた笑いを漏らした。
白皙の美貌は、心なしか少しやつれていたが、翳りがある分、妙に色っぽかった。
ルーファスに促されて隣室の応接間に移動すると、レイとレヴィは並んでブラウンの革張りのソファに座った。対面のルーファスの後ろには、ソファ越しにオルドゥが護衛に立った。
「先日はありがとうございました。ルーファスやオルドゥさんのおかげで早く解決しましたし、怪我人も少なくて済みました。その後の消化活動まで手伝っていただいちゃいましたし。お菓子を持ってきたので、もし良かったら、召し上がってください」
レイが手土産の菓子をローテーブルの上に出すと、ルーファスが「それじゃあ、今一緒にいただいちゃおうか」と、侍従に目配せをした。
侍従はローテーブルの上に冷えたミントティーを人数分出し、手土産のクッキーもお皿に盛ってサーブすると、一礼して下がって行った。
「王宮の方はどう? もう慣れた?」
ルーファスはミントティーを一口飲んで落ち着くと、微笑んで尋ねた。
「やっと慣れてきました。訓練に出ても、次の日にあまり筋肉痛が残らなくなってきましたし。レヴィは、鬼教官って呼ばれてるよね。兵士はみんな、レヴィの前ではすごく緊張してるよね」
「そうですね。私は普通にしているのですが。不思議です……アルメダは、兵士にモテてますよ。みんな訓練中にアルメダを盗み見てますよ」
「えっ!? そうだったの!?」
——ピシッ。
「……ルーファス大司教、グラスをお取り替えしましょうか……?」
オルドゥがチラリとルーファスの方を確認して、尋ねた。
「……そうだね。溢れるとまずいし。替えてもらえるかな?」
ルーファスが持っていたミントティーのグラスには見事なひび割れが入っていた。
オルドゥは控え室にいる侍従を呼ぶと、素早く替えてもらっていた。
「魔術研究所の方はどう?」
新しいミントティーを受け取ると、ルーファスは改めて尋ねた。
「ジョセフにみてもらって、マァト様の加護の内容が分かりました。『女神の瞳のスキル』が無効化するみたいです」
「えっ……ということは、ドラゴニアに戻っても、問題ないということ?」
「そうです!」
「良かったね! これで、レヴィと離れなくて良さそうだね」
「はいっ!」
ルーファスが柔らかく微笑むと、レイもにっこりと明るく笑って返事をした。
「そうなると、ドラゴニアにはいつ頃戻ろうか? ずっとサハリアにいるわけにもいかないよね?」
「……そうなんですよね。それに、今はクリフの助手をしていて、せめて切りの良いところまでは研究をお手伝いしたいです」
「そうだね。彼らにもここまで来るのに協力してもらったし、その方が良さそうだね」
レイとルーファスが歓談していると、ヒュンッと何かが空を切った。
「「えっ?」」
レイとルーファスが同時にレヴィの方を振り向く。
「随分な挨拶ですね、ハルバインド。久しぶりだというのに……」
レヴィは珍しく不機嫌そうに眉を顰め、器用に二本の指で刃を挟み込んで、見事な曲剣——ハルバインドを受け止めていた。止められてもなお、ハルバインドはガタガタと不穏に揺れ動いていた。
「誠に申し訳ない! 防ぎきれなかった!!」
オルドゥは、両腕でもう一本のハルバインドを抑え込んでいた。こちらも今にも飛び出しそうにガタガタと揺れている。
どうやら、ハルバインドがレヴィ目掛けて飛んでいったようだ。
「……これは一体……ハルバインドがこんなに暴れるのは初めてだ」
オルドゥはなおも飛び出そうとするハルバインドを、ガッチリと力づくで取り押さえていた。
「オルドゥ騎士、その手を離していただけますか?」
「だがしかし……」
「私なら大丈夫です」
レヴィの真摯な瞳に見つめられ、オルドゥはしばし逡巡した後、もう一本のハルバインドからゆっくりと手を離した。
もう一本のハルバインドは、一際大きく音を立てて揺れたかと思うと、レヴィに向かって勢いよく飛んでいった。
瞬時にレヴィもそれを叩き落とす。
「ハルバインド、いい加減にしてください。これ以上暴れるようなら、あなたたちを折ります」
低く、威嚇するような声色だ。
レヴィのこの一言で、カタカタと揺れていたハルバインドの震えがおさまった。
「こいつらは、強い剣士がいると喜ぶようにカタカタと震えるんですが、今回みたいなのは初めてですね……」
オルドゥは、双剣ハルバインドを鞘におさめながら語った。
艶やかな瑠璃紺色の鞘には、金の細やかな装飾が施され、全体的に強い聖属性の魔力をまとっている。
「それにしても……もしかして、お嬢様が当代剣聖ですか?」
「「えっ?」」
オルドゥの鋭い指摘に、レイとルーファスは、息を忘れるほどにびっくりしていた。
「なぜ、レヴィではなくて、私だと思ったんですか?」
レイは驚きのあまり、たどたどしくそれだけを口にした。
(さっきのやり取りの後なら、絶対にレヴィの方が怪しいと思うんだけど……)
「こいつらは、お嬢様を前にするとガタガタと恐怖するように震えるんです。それに、レヴィ殿は本当に人間ですか? 人の呼吸が感じられないですし、こいつらも、レヴィ殿に対しては、同種のものに向けるような嫉妬や怒りを表現するものでしてね……」
オルドゥはハルバインドに手を添えてカチャリと鳴らし、自身の考察を話した。
「このことは内密にしてくれるかな? 教会内でもこのことを知っている者は数えるほどなんだ」
ルーファスは大きな溜め息をついた。
「ええ、承知しました。それにしても、良いので? レーヴァテインが聖剣であるならば、教会で聖剣の騎士にもなれますでしょうに……」
「レイには他にやるべきことがあるし、フェリクス様もこの子を教会に入れるつもりはないと仰っていたからね」
「確かに、お嬢様に聖剣の騎士は荷が重そうですね……それにしても、まさかハルバインドがこんなに荒れるとは……」
オルドゥは、両腰に刺しているハルバインドをまじまじと見つめた。
「ああ、もしかして、あの時のことをまだ根に持ってるのでしょうか?」
レヴィが何かを思い出したかのように、ポンッと手を打った。
「……あの時?」
レイが、レヴィの方を向いて尋ねた。
「私が十代目のご主人様を選んだ時、彼女たちも主人に、私のご主人様を選ぼうとしていたのです」
「えっ……主人の取り合い?」
「ハルバインドは、私の十代目のご主人様を相当気に入っていました。双剣の舞がかなり上手な方でしたし」
「ハルバインドにそのような過去があったんですね……」
オルドゥは、レヴィの説明に呆気に取られていた。
レヴィ曰く、どうやらハルバインドはサハリア特有の双剣の舞が好きらしく、主人にはこの地方の剣士を選んでいるらしい。
「私も、昔はよく双剣の舞を練習していましたね」
「時々舞ってあげるとハルバインドが喜びますよ。彼女たちは双剣の舞を合わせた浄化の魔術陣が得意ですから」
「そんなことができるんですか? それに『彼女たち』とは?」
「ハルバインドは女性寄りですので。オルドゥ騎士の双剣の舞が気に入れば、きっと彼女たちも魔術陣を教えてくれるでしょう」
「はぁ、そうなんですね」
レヴィの言葉に、オルドゥも「久々に舞ってみるか」と呟いた。
カタリと、喜ぶように少しだけハルバインドが揺れた。
***
「そういえば、ルーファスに訊きたかったことがあるんです」
「何かな?」
ルーファスは執務区画を出るまで見送りに来てくれた。
レイのちょっぴり思い詰めたような表情に、ルーファスは少し屈んで優しく尋ね返した。
「砂竜王様についてです」
「僕が生まれる前のことだから、噂でしか聞いたことがないよ。それでもいいかな?」
「はい、大丈夫です」
こくりと、レイが頷く。
「僕が聞いたことがあるのは、『竜の愛を貫いた偉大な女王』とだけだよ」
「『竜の愛』……?」
レイが目をぱちくりとさせる。
レイがその続きを尋ねようとした時、神官がルーファスを呼びに来た。
「大司教、お勤めのお時間です」
「ああ、分かった。すぐ行く……レイ、それじゃあ、またね」
「はい。ルーファスも、お勤め頑張ってください」
レイたちとルーファスは、笑顔でその場を別れた。
光の大司教ルーファスに面会を申し込んでいたのだ。
ルーファスに、正義の精霊女王マァトからの加護のことや、ここ最近の王宮での仕事について報告するほか、先日のお礼もする予定だ。
(ルーファスとはこの前会えたけど、いろいろ話せる状況じゃなかったしな~)
先日、レイもレヴィも、水の魔術師誘拐グループのアジト掃討作戦に参加した。
掃討作戦には、ルーファスもこっそり現れて手伝ってくれた。さらには聖剣の騎士オルドゥという強力な助っ人も連れて来てくれたのだ。
レイは、王都ガザルで有名な菓子店のクッキーを手土産に、意気揚々と聖鳳教会ガザル支部に向かった。
ガザル支部の聖堂は観光名所の一つにもなっていて、レイは朝からうきうきと浮き足立っていた。
聖鳳教会ガザル支部は、砂岩を積み上げて造られた聖堂だ。
どっしりと太い柱と厚い壁の表面には、教会らしい彫り物が施されていて、荘厳かつ優美だ。
オレンジがかった砂岩は、ベージュ~オレンジ~チョコレートブラウンの美しい縞模様の層が見え、聖堂に上品な味わいを加えている。
何十本もの太い柱が立ち並んぶ入り口を通り、本殿にたどり着くと、中では見上げるほどの砂岩の像がこちらを見下ろしていた。——どうやら、教会で崇めている聖神アウロンや、癒しの女神サーナーティア、光の神ルクシオの像のようだ。
光の魔術陣で柔らかく照らされた神像は、荘厳で非常に神々しい。
「……すごい。立派な聖堂だね。レヴィは、ここに来たことあった?」
「ガザル支部は初めてです。中も、広くてとても立派ですね」
レイとレヴィは感心して本殿内をぐるりと見回した。
そこここに、信徒や観光客たちがお参りをし、神官たちが忙しなく働いていた。
「受付に行けば良かったんだっけ?」
「そうですね。あっちみたいです」
レヴィが指差した方には、小部屋とカウンターがあり、何人か案内役の神官や聖騎士が控えていた。
「すみません。午後から光の大司教様とお約束があるのですが」
レイがカウンターで神官に声をかけると、一瞬、神官は訝しげにレイとレヴィを一瞥した。
レイは、バレット商会で買ったグレージュ色のマントを羽織り、アイザックの白いブーツを履いていた。長い真っ直ぐな黒髪は、ハーフアップにして、青色のリボンをしている。——どこにでもいる普通のお嬢さんだ。
レヴィもバレット商会で購入した服装一式でまとめていた。——庶民に多いブラウンの髪と瞳、誠実で無害そうな面持ちで、どこにでも紛れ込んでしまいそうな雰囲気のためか、もはや現地住民にさえ見える。
受付の神官は、手元の書類らしきものに目をやった後、
「レイ様とレヴィ様でよろしかったでしょうか?」
と躊躇いがちに確認してきた。
得体の知れない子供と一般人が大司教に会いに来たと告げたのだ。普通はそうそう簡単に大司教には会えないものだ。
「そうです」
レイがこくりと頷くと、神官は不安げにちらりと後ろを振り返った。
彼の視線の先には、聖剣の騎士オルドゥが壁にもたれ掛かって控えていた。
オルドゥは、聖騎士らしく背が高くがっしりとした体格をしていて、白髪混じりの癖のある短髪だ。鳶色の瞳は、レイとレヴィを見とめると、にこりと三日月型になった。
一点、不思議だったのは、彼の腰にある双剣は、なぜかカタカタと小さく震えていたのだ。
オルドゥは、レイたちの前までやって来ると、全く隙のない所作で、片手を胸に当てて教会式の礼の姿勢をとった。
「改めまして、このガザル支部の聖騎士長オルドゥと申します。フェリクス大司教のご令嬢レイ様と、その護衛レヴィ殿とお見受けします。ルーファス大司教のお部屋まで、ご案内させていただきます」
「先日はどうもありがとうございました。レイです。本日はよろしくお願いします」
オルドゥの言葉に、レイはにこりと微笑んでお辞儀をした。レヴィも合わせてお辞儀をする。
さっきまで訝しがっていた受付の神官は、驚愕の表情でレイたちを見つめて固まっていた。
***
オルドゥの後について、レイたちは、ルーファスがいる執務室へと向かった。
オルドゥが立派なドアをノックすると、中から「どうぞ」と声がけがあった。
「レイ、レヴィ、いらっしゃい! レイも回復したみたいだね」
ルーファスはパッと執務机から顔を上げて、ふわりと微笑んだ。
「こんにちは! おかげさまで、しっかり休めて良くなりました!」
レイはにこりと微笑み、レヴィもお辞儀をする。
「ルーファスは少し痩せました?」
レイは小首を傾げた。
先日会った時は掃討作戦中だったため、あまりまじまじと見る余裕は無かったが、改めて見ると、ルーファスがどこか疲れていそうな感じがしたのだ。
「ハハハッ……急いで溜まっていた仕事を片付けているからね。少しだけ、ね」
ルーファスは、少し遠くを見つめて、乾いた笑いを漏らした。
白皙の美貌は、心なしか少しやつれていたが、翳りがある分、妙に色っぽかった。
ルーファスに促されて隣室の応接間に移動すると、レイとレヴィは並んでブラウンの革張りのソファに座った。対面のルーファスの後ろには、ソファ越しにオルドゥが護衛に立った。
「先日はありがとうございました。ルーファスやオルドゥさんのおかげで早く解決しましたし、怪我人も少なくて済みました。その後の消化活動まで手伝っていただいちゃいましたし。お菓子を持ってきたので、もし良かったら、召し上がってください」
レイが手土産の菓子をローテーブルの上に出すと、ルーファスが「それじゃあ、今一緒にいただいちゃおうか」と、侍従に目配せをした。
侍従はローテーブルの上に冷えたミントティーを人数分出し、手土産のクッキーもお皿に盛ってサーブすると、一礼して下がって行った。
「王宮の方はどう? もう慣れた?」
ルーファスはミントティーを一口飲んで落ち着くと、微笑んで尋ねた。
「やっと慣れてきました。訓練に出ても、次の日にあまり筋肉痛が残らなくなってきましたし。レヴィは、鬼教官って呼ばれてるよね。兵士はみんな、レヴィの前ではすごく緊張してるよね」
「そうですね。私は普通にしているのですが。不思議です……アルメダは、兵士にモテてますよ。みんな訓練中にアルメダを盗み見てますよ」
「えっ!? そうだったの!?」
——ピシッ。
「……ルーファス大司教、グラスをお取り替えしましょうか……?」
オルドゥがチラリとルーファスの方を確認して、尋ねた。
「……そうだね。溢れるとまずいし。替えてもらえるかな?」
ルーファスが持っていたミントティーのグラスには見事なひび割れが入っていた。
オルドゥは控え室にいる侍従を呼ぶと、素早く替えてもらっていた。
「魔術研究所の方はどう?」
新しいミントティーを受け取ると、ルーファスは改めて尋ねた。
「ジョセフにみてもらって、マァト様の加護の内容が分かりました。『女神の瞳のスキル』が無効化するみたいです」
「えっ……ということは、ドラゴニアに戻っても、問題ないということ?」
「そうです!」
「良かったね! これで、レヴィと離れなくて良さそうだね」
「はいっ!」
ルーファスが柔らかく微笑むと、レイもにっこりと明るく笑って返事をした。
「そうなると、ドラゴニアにはいつ頃戻ろうか? ずっとサハリアにいるわけにもいかないよね?」
「……そうなんですよね。それに、今はクリフの助手をしていて、せめて切りの良いところまでは研究をお手伝いしたいです」
「そうだね。彼らにもここまで来るのに協力してもらったし、その方が良さそうだね」
レイとルーファスが歓談していると、ヒュンッと何かが空を切った。
「「えっ?」」
レイとルーファスが同時にレヴィの方を振り向く。
「随分な挨拶ですね、ハルバインド。久しぶりだというのに……」
レヴィは珍しく不機嫌そうに眉を顰め、器用に二本の指で刃を挟み込んで、見事な曲剣——ハルバインドを受け止めていた。止められてもなお、ハルバインドはガタガタと不穏に揺れ動いていた。
「誠に申し訳ない! 防ぎきれなかった!!」
オルドゥは、両腕でもう一本のハルバインドを抑え込んでいた。こちらも今にも飛び出しそうにガタガタと揺れている。
どうやら、ハルバインドがレヴィ目掛けて飛んでいったようだ。
「……これは一体……ハルバインドがこんなに暴れるのは初めてだ」
オルドゥはなおも飛び出そうとするハルバインドを、ガッチリと力づくで取り押さえていた。
「オルドゥ騎士、その手を離していただけますか?」
「だがしかし……」
「私なら大丈夫です」
レヴィの真摯な瞳に見つめられ、オルドゥはしばし逡巡した後、もう一本のハルバインドからゆっくりと手を離した。
もう一本のハルバインドは、一際大きく音を立てて揺れたかと思うと、レヴィに向かって勢いよく飛んでいった。
瞬時にレヴィもそれを叩き落とす。
「ハルバインド、いい加減にしてください。これ以上暴れるようなら、あなたたちを折ります」
低く、威嚇するような声色だ。
レヴィのこの一言で、カタカタと揺れていたハルバインドの震えがおさまった。
「こいつらは、強い剣士がいると喜ぶようにカタカタと震えるんですが、今回みたいなのは初めてですね……」
オルドゥは、双剣ハルバインドを鞘におさめながら語った。
艶やかな瑠璃紺色の鞘には、金の細やかな装飾が施され、全体的に強い聖属性の魔力をまとっている。
「それにしても……もしかして、お嬢様が当代剣聖ですか?」
「「えっ?」」
オルドゥの鋭い指摘に、レイとルーファスは、息を忘れるほどにびっくりしていた。
「なぜ、レヴィではなくて、私だと思ったんですか?」
レイは驚きのあまり、たどたどしくそれだけを口にした。
(さっきのやり取りの後なら、絶対にレヴィの方が怪しいと思うんだけど……)
「こいつらは、お嬢様を前にするとガタガタと恐怖するように震えるんです。それに、レヴィ殿は本当に人間ですか? 人の呼吸が感じられないですし、こいつらも、レヴィ殿に対しては、同種のものに向けるような嫉妬や怒りを表現するものでしてね……」
オルドゥはハルバインドに手を添えてカチャリと鳴らし、自身の考察を話した。
「このことは内密にしてくれるかな? 教会内でもこのことを知っている者は数えるほどなんだ」
ルーファスは大きな溜め息をついた。
「ええ、承知しました。それにしても、良いので? レーヴァテインが聖剣であるならば、教会で聖剣の騎士にもなれますでしょうに……」
「レイには他にやるべきことがあるし、フェリクス様もこの子を教会に入れるつもりはないと仰っていたからね」
「確かに、お嬢様に聖剣の騎士は荷が重そうですね……それにしても、まさかハルバインドがこんなに荒れるとは……」
オルドゥは、両腰に刺しているハルバインドをまじまじと見つめた。
「ああ、もしかして、あの時のことをまだ根に持ってるのでしょうか?」
レヴィが何かを思い出したかのように、ポンッと手を打った。
「……あの時?」
レイが、レヴィの方を向いて尋ねた。
「私が十代目のご主人様を選んだ時、彼女たちも主人に、私のご主人様を選ぼうとしていたのです」
「えっ……主人の取り合い?」
「ハルバインドは、私の十代目のご主人様を相当気に入っていました。双剣の舞がかなり上手な方でしたし」
「ハルバインドにそのような過去があったんですね……」
オルドゥは、レヴィの説明に呆気に取られていた。
レヴィ曰く、どうやらハルバインドはサハリア特有の双剣の舞が好きらしく、主人にはこの地方の剣士を選んでいるらしい。
「私も、昔はよく双剣の舞を練習していましたね」
「時々舞ってあげるとハルバインドが喜びますよ。彼女たちは双剣の舞を合わせた浄化の魔術陣が得意ですから」
「そんなことができるんですか? それに『彼女たち』とは?」
「ハルバインドは女性寄りですので。オルドゥ騎士の双剣の舞が気に入れば、きっと彼女たちも魔術陣を教えてくれるでしょう」
「はぁ、そうなんですね」
レヴィの言葉に、オルドゥも「久々に舞ってみるか」と呟いた。
カタリと、喜ぶように少しだけハルバインドが揺れた。
***
「そういえば、ルーファスに訊きたかったことがあるんです」
「何かな?」
ルーファスは執務区画を出るまで見送りに来てくれた。
レイのちょっぴり思い詰めたような表情に、ルーファスは少し屈んで優しく尋ね返した。
「砂竜王様についてです」
「僕が生まれる前のことだから、噂でしか聞いたことがないよ。それでもいいかな?」
「はい、大丈夫です」
こくりと、レイが頷く。
「僕が聞いたことがあるのは、『竜の愛を貫いた偉大な女王』とだけだよ」
「『竜の愛』……?」
レイが目をぱちくりとさせる。
レイがその続きを尋ねようとした時、神官がルーファスを呼びに来た。
「大司教、お勤めのお時間です」
「ああ、分かった。すぐ行く……レイ、それじゃあ、またね」
「はい。ルーファスも、お勤め頑張ってください」
レイたちとルーファスは、笑顔でその場を別れた。
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落下した先には邪龍ヴォイドドラゴンがおり、彼は里奈のことを助けてくれる。
そこからどうするか迷っていた里奈は、スキルである【マイホーム】を使用してみることにした。
すると【マイホーム】にはとんでもない能力が秘められていることが判明し、彼女の人生が大きく変化していくのであった。
ヴォイドドラゴンは里奈からイドというあだ名をつけられ彼女と一緒に生活をし、そして里奈の旦那となる。
姫奈は冒険に出るも、自身の力を過信しすぎて大ピンチに陥っていた。
そんなある日、現在の里奈の話を聞いた姫奈は、彼女のもとに押しかけるのであった……
これは里奈がイドとのんびり幸せに暮らしていく、そんな物語。
※ざまぁまで時間かかります。
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『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』
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