鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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誘拐グループ掃討作戦2

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(あの二人、すごく実戦に慣れてそう。たぶん、うちの班は全員、結界の魔道具を持っているんだろうけど……)

 レイは瞬時に班のメンバー、一人一人を包み込む結界を展開した。
 先ほどの爆炎の威力を考えると、奇襲を受けた班長のファハドともう一人の兵士の結界は、持ってあと数回のように思えた。

「……ほお」

 砂色の髪をした青年魔術師が感心したように呟いた。値踏みするような視線でレイを睨め付けている。

「拾い物? でも今は連れて帰れないよ?」

 赤髪の少年魔術師が声を上げる。

「お前は他の奴を抑えておけ」
「へーい」

 少年は両腕を前に突き出すと、次々と小型の火球を撃ち始めた。火球はぶつかると爆発して、激しい炎をあげた。

 ファハド班の兵士たちは精鋭らしく、火球を次々と躱していくが、爆発や飛び散る倉庫の瓦礫もあって、なかなか少年に近づけずにいる。

 レイが彼らの様子に気を取られていると、目の前に石の礫がいくつも迫っていた。
 ファハドが曲剣で軽く叩き落とす。

「よそ見をするな!」
「は、はいっ!」

 ファハドに注意され、レイは気を引き締めて自分の対戦相手を睨みつけた。

(敵は地系の魔術師っぽい。威力的には、少年の火球の方があるかも……)

 レイは叩き落とされた石の礫についた魔力をちらりと見て、分析した。

「魔術師は、詠唱を省略しようが、無詠唱だろうが、基本は同じだ。先手必勝! 魔術を撃つ前に叩く!!」
「はいっ!!」

 ファハドが喝を入れると、レイはキビキビと返事をした。

「いくぞ!!」

 ファハドが青年魔術師の懐に入り込もうと駆け出す。
 青年魔術師は、ファハドの足に向けてストーンバレットを打ち込んだ。
 ファハドはバッと跳んで、難なく避ける。

 青年魔術師は、ファハドが避けた方向にいくつもの土壁を魔術で出して、自身は後退している。間合いを取ろうとしているようだ。
 ファハドはそれらもスルリと避け、一気に間合いを詰めると、曲剣でズバッと斬りかかる。
 地面から大きな岩の杭が現れて、ファハドの曲剣がガキッと勢いよくぶつかり、弾かれる。

 青年魔術師が追撃を放ちかけて、バッと後ろに退がる。
 そこへ、レイが放ったウィンドカッターがシュババッと通り抜けて、向こう側の倉庫の壁を抉った。
 ファハドが詰めている間に、レイが敵の横側に回っていたのだ。

「面倒な」
「お互い様だ」

 ファハドが少し距離をとる。
 青年魔術師も顔を顰めている。

 互いに睨み合う。
 相手の出方を窺って、どちらも下手に動けない状態だ。

 魔力の限界なのか、はじめの方に出された土壁からボロボロと崩れ去っている。


「班長、お話があります」 

 レイは防音結界を、レイとファハドだけを囲うように張ると、口元を隠して話し始めた。


「……分かった」

 レイの説明が終わると、ファハドは一言、それだけ呟いた。視線は青年魔術師を睨み付けて警戒したままだ。


 ファハドが駆け出す。
 レイが身体強化魔術をかける。

 ファハドの急なスピードアップに、一瞬、青年魔術師の顔に驚愕の表情が浮かんだが、すぐに魔術で土壁をいくつも出し、距離を取る。
 ファハドは土壁をさらりと避けて、さらに詰めていく。

 青年魔術師の腕に、怪しく魔術式が光り輝く。
 今度はファハドの前に巨大な土壁を一つ出す。

「その手はもう食わない!!」

 青年魔術師は、身体強化して横に回って来ていたレイに向かってストーンバレット撃ち出す。
 レイが放ったウィンドブラストとぶつかり合って、バチバチバチッと二人の間で派手に相殺される。

 次の瞬間、青年魔術師に衝撃が走った。
 上空からファハドが現れて袈裟懸けに斬りつけたのだ。

「ゔっ!」

 どうっと青年魔術師が地面に倒れ伏した。

「こっちは拘束完了」

 ファハドは素早く腰のポーチから手鎖を取り出すと、青年魔術師の両腕を拘束した。
 手鎖に魔術式が淡く紫色に光って現れ、青年魔術師の体全体に広がっていく。これで彼は魔力を一時的に封印され、手鎖を外すまでは魔術を一切使えなくなった。

「地魔術は使えなかったんじゃないのか?」

 ファハドは肩で息を吐き出すと、レイを見下ろした。

「私は『主に火と風』としか言ってません。嘘はついてないです」

 レイはニッと笑って、ファハドを見上げた。

 青年魔術師が出した巨大な土壁には、レイが地魔術で取り付けた足場が付いていた。
 ファハドはそれを踏み台に、土壁を飛び越えて攻撃したのだ。

「とにかく、殿下の加勢に行くぞ」
「はい!」

 レイたちは、青年魔術師の周りに逃げられないように結界を張ると、仲間の元へ向かった。


***


「おっさん、やられちゃったの?」

 少年魔術師が警戒しながら尋ねた。
 目線は、班の他の兵士やヤミルの方を向いている。
 見た目はレイとそんなに歳は変わらなそうだ。

「大人しく投降すれば危害は加えないぞ」

 ファハドが警戒しつつも、毅然と伝える。

「それは無理」

 少年がキッパリと断言する。

「お前の方が上級魔術師か」
「そうだけど」

 ファハドが尋ねれば、案外素直に少年魔術師は認めた。

 あちらこちらに倉庫の壁が崩れて瓦礫が転がり、積荷だったものが炎と煙を燻らせている。地面は爆発でボコボコに抉れている。

 レイの結界で火球の攻撃は防げるが、崩れてくる倉庫の屋根や壁に生き埋めにされる可能性があり、さらに地面を爆発で抉って足場から崩されているようで、攻めあぐねているようだ。


「もう、いっかな」

 少年が片方の腕をレイたちの方に向けた。彼の腕に魔術式の光が浮かび上がり、指先に魔力が集中する。

「まずい!!」

 ファハドがレイを抱えて逃げ出した。身体強化魔術がかかったままなので、瓦礫も軽々と飛び越えている。かなり離れた所にある壁の裏に隠れる。

 少年が放った火球は今までと比べものにならないほど大きく、火球がぶつかった倉庫が大爆発を起こし、まるで真昼間かのように辺りが一際明るくなった。倉庫の天井が吹き飛び、派手に炎が燃え上がり、爆風で様々なものが吹き飛んできた。

 レイはウィンドブラストで、こちらに飛んできた物を蹴散らして軌道を変えたり、相殺させた。
 どうやら、ヤミルの方も魔術で土壁を築いて、班の他のメンバーを守ったようだ。
 
 飛来物が落ち着いて、壁の向こう側を窺うと、砂煙の向こう側に立つ少年は、苦しそうに上半身を屈めて肩で息をしていた。——さすがに魔力を使いすぎているようだ。

「さて、どうやってあれに近寄るか……」
「もう魔力切れなのでは?」

 ファハドとレイが、壁の裏に身を潜めてヒソヒソと相談し合う。目線は少年を見つめたままだ。

「いいえ。彼の腕に刻まれてる魔術式は、命を魔力に変換するもの——あの状態でもまだまださっきぐらいの魔術でしたら撃てますよ」
「「えっ?」」

 レイの質問には、思わぬところから回答がきた——低く、落ち着いた声だった。

 ファハドとレイの背後に、両腰に曲剣を佩いた剣士がしゃがみ込んで、いつの間にか二人の会話に参加していたのだ。不思議なことに、彼の剣は両方ともガタガタと揺れていた。

 ファハドもレイも思わず、彼の方をガバッと振り向く。

「あなたは!!」

 ファハドはそのまま、驚愕の表情で声を詰まらせる。

「ちょっと行ってくるので、お嬢様は周りに被害が及ばないよう結界を張ってくださいますか?」
「えっ……は、はい?」

 剣士の鳶色の瞳が、にこりと三日月型になる。こんな緊迫した状況なのに、やけに余裕があって朗らかだ。挨拶するように軽く片手をあげて、壁の向こう側へと歩いて行った。

 レイも、剣士のあまりにも「ちょっと散歩に」みたいな気軽な雰囲気に押されて、思わず頷く。

(……あの人、たぶんすごく強い……)

 レイは、剣士の背中を眺めながら、そう感じていた。
 レヴィとの聖剣契約もあるが、ここ最近はアルメダという女剣士の姿で、剣術指南役としてサハリア王国の軍部でたくさんの兵士を見てきたからか、なんとなく相手の強さが分かるようになってきていたのだ。

 レイは言われた通り、赤髪の少年と双剣の剣士を包み込む大きな結界を張った。


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