鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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禁書架1

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 王立魔術研究所は、魔術師の研究所らしく、メインの建物の東西南北に塔が建っている——これらの最上階には、最高位の国家魔術師の研究室がある。
 サハリア王国の最高位の国家魔術師は五名いる。塔の数が足りない計算になるが、クリフとジョセフは兄弟のため、南の塔を二人で共同で使用している。

 レイは兵士の訓練所に顔を出さない日は、こちらの研究室に来ていた。

 そうすると、三回に一回は顔を合わせる人物がいた。

「なんで、こんなチビがジョセフ師匠の部屋に出入りしてるんだ?」
「殿下! この子は兄の助手です。兄と私は共同で研究室を使用してますので、彼女がここにいてもおかしくはありません」

 第五王子のヤミルは、上級魔術師だ。魔術至上主義の彼にとって、価値ある魔術は威力のある応用魔術のみだ。
 基礎魔術のみしか使えないクリフは、たとえ最高位の国家魔術師であっても、彼にとっては尊敬には値しないようだ。研究室で出くわす度、チクチクと悪態をついてくるのだ。
 もちろん、クリフの助手のレイも例外ではないようで、顔を合わせる度に邪険に扱われている。

(……こっちが何も言うことができないからって、何なの、この人!)

 相手は王族ということもあり、レイは毎回、王族への礼の姿勢をとって、静かに聞き流すことにしていた。口を開けば、文句しか出てこなそうだったからだ。下手に反論すれば、不敬罪になる可能性がある。

 ここ最近は、ジョセフかクリフがレイを庇って、他の部屋に逃がすのが定番の流れになってきていた。
 だが、これもヤミルにとっては気に食わないようで、特に師匠のジョセフが庇うと、次の時には何倍もチクチクと言われた。

「レイ、兄はあっちの方の部屋だ。この書類を持って行ってくれるか?」
「……かしこまりました」

 レイはジョセフから書類を受け取ると、さっさと彼が指差した方の部屋へと向かった。

 研究室を退出する際、「ジョセフ師匠にあの態度は、何なんだ!」といちゃもんをつけるような声が聞こえてきたが、無視してガチャリと扉を閉めた。

(いや、その言葉、そっくりそのまま返すよ……)

 はぁ……と、レイは大きな溜め息をついた。


***


「またヤミル殿下が来てるのか? 殿下も困ったものだな……」
「……クリフは、大丈夫なんですか?」

 レイはクリフの部屋に入ると、即座に防音結界を展開した。
 精神的な疲労感から肩を落として、先ほどジョセフから受け取った書類を、クリフに手渡した。

「殿下は二十歳そこそこだ。まだまだ子供だろう?」

 クリフは読んでいた本から顔を上げると、軽く肩をすくめた。そして、レイから書類を受け取ると、パラパラと眺め始めた。

(……寿命が違いすぎる、異種族あるある……)

 レイは人間と妖精の感覚の違いに、遠い目をした。
 人間の十倍は長生きする妖精にとって、「二十歳そこそこ」はまだまだ幼な子のようだ。人間にとっては、もういい大人なのだが……

「初めに仕えた国王の孫だからな、余計にそう思えるんだろう。とはいえ、人間にとって二十歳はもう大人だったな」

 クリフはくすりと自嘲気味に笑うと、書類から目線を上げた。

「それに、あの手の魔術至上主義者は魔術師には多いからな。人間はなぜか力を求める者が多い。複雑な応用魔術もそうだが、基礎・応用魔術を問わず攻撃魔術の威力や規模を求める者も多いし、魔力量の多さを絶対視する者も多いな……というか、そちらが主流だな」
「そうだったんですね」

 レイは初めて聞く考え方に、目をぱちくりさせた。

 ユグドラには三大魔女以外に人間はいないし、エルフやドワーフ、精霊や魔物などは、圧倒的に人間よりも保有する魔力量が多く、扱える魔術の幅も広い。——そもそも、魔術に対する扱いや考え方のベースが異なるのだ。
 さらに、レイはセルバではあまり人間の魔術師とは交流してこなかったため、そういう考え方もあるのかと、改めて知ったのだ。

「ユグドラでは違うのか?」
「う~ん、ユグドラに人間はほぼいないですし、ユグドラの民はみんな人間よりも魔力量がずっと多いので、魔力量の多さで判断はしてないですね。それに、魔術自体の威力や複雑さよりも、使い勝手やその魔術が自分に合ってるかとか、得られる結果の方を重視してるような感じがします」
「その方が健全だな」

 クリフは納得したように小さく頷くと、席を立った。そして、古びた本を何冊かまとめて平積みにしだした。

「レイ、今日は禁書架に行くか?」
「私が入っても、大丈夫なんですか? 禁書って、危なくはないんですか!?」

 レイは「禁書」という危なそうな響きに、少しだけ胸をドキドキとさせた。

「私の付き添いとして入るなら入室可能だ。危険な魔術本に関しては封印がしてあるから、触れなければ大丈夫だ。見た目で、封印本だと分かるようになっている。あと、禁書架には、初代国王の手記がある……といっても、ほんの一部だけだがな」
「そこに、砂漠の呪いのヒントが……?」
「いや、先人の研究でもそれらしいものは見当たらなかったんだが、レイが読み返すことで新たな発見があるかもしれない。この国の魔術師ではなく、三大魔女という全く違った視点からなら、何か発見があるかもしれないからな」
「分かりました」

 レイはこくりと頷き、クリフから返却用の本を何冊か受け取ると、それを持って一緒に禁書架へと向かった。


***


 禁書架は、王宮内の図書館の奥の方にあった。
 王宮内ということもあり、図書館内には赤いふかふかの絨毯が敷かれ、背の高い立派な木製の本棚には、幾つもの梯子がかかっていた。
 読書スペースのデスクには、上等な服装の貴族や王宮勤めらしき役人たちがパラパラと座っていた。

 貸し出しカウンターで、クリフは借りていた本を全て返すと、何やら司書と話し始めた。

 そのうち、制服の色が違う司書がカウンターの奥から現れた。どうやら、図書館内の魔術関係を担当している司書のようだ。
 クリフとレイは、彼に案内されてカウンター奥にある小部屋から、図書館の地下へと向かった。


「うわぁ……」

 レイは、図書館の地下にある禁書架へと降りると、目を丸くして固まった。

 普段あまり掃除が入っていないのか、全体的に埃っぽく、古臭い本や紙の香りが充満していた。
 立派な本棚には、さまざまな年代の本が置かれ、本によっては表紙に封印の魔術陣がびっしりと描かれていたり、誰も触れていないのにカタカタと小さく動いている本もあった。

 目に魔力を込めて禁書架内を見渡せば、さまざまな魔術が絡み合っていた。
 瘴気や呪いが濃い場所に目をやれば、心なしか、床に落ちた本や埃に埋もれて、白骨化して儚くなられている方々が散見された。

(教会での浄化の儀の時より酷いかも。呪いや魔術がかなりこんがらがってる……)

 レイは禁書架のあんまりな魔術環境に、呆れて一歩も動けずにいた。

「この禁書架は、順路通りに通らなければ、呪いや瘴気を受ける可能性がございます。私の後ろから逸れないようについて来てください」

 案内役の司書は、いつの間にか頭に巻いていたスカーフをマスク代わりに巻いており、険しい表情で、クリフとレイに注意事項を伝えた。

(……いや、呪いや瘴気を受けるだけでは済まない気が……)

 絶対にそれだけでは済まなかった方々を視界の端で見やりながら、レイは心の中でツッコミを入れた。

「……ここは、浄化しないんですか?」
「浄化できるのであれば、とっくの昔にしているな。それに、モノによっては、呪いや魔術をサンプルとして封印して残しているから、下手に浄化して消すわけにはいかない場合もある」
「……複雑なんですね」

 クリフとレイはこそこそとおしゃべりをした。
 クリフもいつの間にか、スカーフをマスクのように口元に巻いていた。

 司書の後について、ぐるぐると禁書架内を順路に沿って歩き、最奥の本棚にたどり着いた。
 立派な装飾が施された飴色の本棚には、数百年は経っているであろうかなり色が黄ばんだ紙片や本が置かれていた。

「この本棚にあるものは、現サハリア王国の建国当初の国王様の手記や記録になります。呪いや変な魔術はかかっておりませんので、手にしても大丈夫です。ただ、七百年近く経って脆くなってますので、お取り扱いには注意してください」

 クリフとレイは、司書から魔蚕まかいこの絹の手袋を渡された。手袋には防護魔術が施されていて、これを着けるなら、手記や本に触れても良いようだ。

 レイは手袋を装着すると、少しだけ震える手で気になった手記に触れた。

 流れるように書かれた文字は、サハリアの古い言葉のようだったが、レイは転移特典でこちらの文字は読めるようになっていたため、難なく意味を理解できた。

 手記には短い一文が記されていた——『十三日にワルダの庭園にて待つ』と。

 待ち合わせを伝えるための手紙のようだった。
 使い魔に運ばせるためか、小さく折り畳まれた跡がうっすらと見受けられた。

(ワルダの庭園って、今もあるのかな?)

 レイが顎先に手を添えて考えに耽っていると、瞬間、胸ぐらを掴まれたかのように、ぐいっと手記に引き込まれた。


『彼女とは、これで最後になってしまうのだろうか……』

『ラヒム王太子殿下、この度はご婚約おめでとうございます』

『うむ。ザミル皇国と同盟を結べば、エスパルド帝国の脅威に対抗できるであろう。お前には苦労をかけるが、これも我が国のためだ』

『……へぇ。あれが噂のお姫様かな? あの方って、絶対に人間じゃないでしょ? 私も王族だから、どこかの国に嫁ぐのは昔から覚悟してる。でも、これから嫁ぐ国に高位の魔物が影響してるなら話は別——殿下は、魅入られてませんよね?』

『……ラヒムは、本当にこんなことで奴らを止められると思ってるの?』


 いくつもいくつも見慣れないシーンが、何人もの話し声が、誰のものとも分からない感情が、レイの頭の中をぐるぐると目まぐるしく駆け巡った。
 そして、何よりも印象に残ったのは、涙に濡れた、蜂蜜のようにとろりと濃い黄金眼だ。

(……これも、過去の記憶? 魔物か精霊の王が、サハリアに関係を……?)


「ゔっ……」
「大丈夫かっ!?」
「わっ!?」

 レイが額を押さえてくらりとよろけると、クリフが慌てて彼女を支えに入った。司書もびっくりして、レイたちの方を振り向いた。

「…………今、いろいろと、イメージが……」
「何っ!?」
「具合が悪いようでしたら、一旦、禁書架から出ましょうか? ここは埃っぽいですし、何より魔術が絡まっていて危険です」

 司書が心配そうにレイを覗き込むと、クリフに尋ねた。

「……そうだな。レイ、歩けそうか?」
「……はい」

 クリフも不安げにレイに確認すると、彼女は弱々しく頷いた。

「すまないが、今日はこれまでだ。案内をお願いする」
「承知しました」

 クリフと司書は顔を見合わせ合うと、レイを連れて禁書架を後にした。


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