鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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王立魔術研究所1

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 レイは今日は、王都ガザルにある王立魔術研究所に来ていた。

 クリフに案内され、レヴィと一緒に向かったのは、王宮から離れた所にある岩レンガ積みの大きな建物だった。
 メインの三階建ての建物には、東西南北に渡り廊下で繋がった見上げるほどに高い塔が併設されていた。

「魔術を研究している関係上、事故があった場合、王宮に被害が出ると困るからな。王宮から離れたところにあるんだ」

 今日のクリフは、最高位の国家魔術師らしく、黒地に紫色のラインが入ったローブをまとっている。
 透けるように白い肌と淡い藤色の髪を持つ彼には、魔術師のローブは、くっきりと縁取られるように似合っていた。

 レイは、今日は変身せずに、いつもの十歳ぐらいの自分の姿だ。長いストレートの黒髪は、シャマラにポニーテールにしてもらった。
 王宮から支給された、ゆったりとした魔術師用のワンピース型の制服を着ている。
 昨日は新兵の訓練に参加したため、筋肉痛を少しだけ引きずっている。

 レヴィは、私服で王宮をうろつくのは良くないということで、教官用の制服を借りている。
 誠実そうな顔立ちのレヴィには、制服はいつもの三割り増しで似合っていた。


「今日は弟のジョセフに、レイとレヴィが受けた祝福の内容を見てもらう。弟の研究室には、第五王子のヤミル殿下がよく出入りしているから気をつけくれ」

「えっ!? 王子様が出入りしてるんですか!?」

「ヤミル殿下は魔術師なんだ。応用魔術を習いに、弟に弟子入りしている。もし出くわした際には、王族向けの礼をとれば問題は無い。俺の真似をすればいいんだ」

「わ、分かりました!」

(うぅっ……王子様がいるかもしれないなんて、緊張するよ!)

 レイはちょっぴり嫌な汗を手にかいて、背筋をシャキリと伸ばした。
 第七王子であるダズのことは、彼の冒険者姿ばかりを見てきたためか、はたまた、彼の気安い性格もあるためか、王子様だということはすっかり忘れてしまっている。


 クリフは南側にある塔の螺旋階段を最上階まで登ると、とある部屋の扉をノックした。

「クリフだ。先日話していた者たちを連れて来た」

 中から「どうぞ」と声がかけられ、クリフは堂々と扉を開けた。


 部屋の中には、クリフよりも一回りも二回りも大きな、筋肉質でガタイの良い男性がいた。クリフと同じ、最高位の国家魔術師の制服を着ているが、兵士のように立派な体格のためか、残念ながら似合ってはいない。
 色黒で、艶々とした紫色の髪の男性は、顔の造作がどことなくクリフに似ていた。
 なお、眼鏡はしていないし、妖精の羽も隠しているようだ。

(マッチョで色の濃いクリフ? ……良かった。王子様はいないみたい)

 レイは内心、ホッと安堵の息を吐いた。

「レイ、レヴィ。こいつが、俺の弟のジョセフだ」

 クリフが、ジョセフの横に並び立ち、紹介を始めた。

「レイです。しばらくクリフの助手をさせていただきます。よろしくお願いします」
「レヴィです。剣の指南役をしてます。よろしくお願いします」

「クリフの弟のジョセフだ。よろしく」

 レイたちはがっしりと握手を交わした。ジョセフの手は、剣だこのある大きな手だ。

「それにしても、びっくりしただろう? 俺の弟がこんなに……」
「こんなにって、どういう意味だよ? 鍛えてるんだから、こうなるだろ」
「弟は応用魔術しか使えないからな。魔力量的にも、使う場面的にも限られてくるから、体を鍛えたり武術を学ぶことで、それを補っているんだ」
「応用魔術しか使えないとか、不便以外の何物でもないからな。使い所がなけりゃ、使える意味もねぇ」

 ジョセフは筋肉でこんもりと盛り上がった厳つい肩をすくめた。


「それじゃあ、早速始めるか……どっちから見ようか?」
「二人とも同じ祝福を受けているようだ。どちらからでも構わないだろう」
「じゃあ、両方で」

 ジョセフは、クリフにそうアドバイスをもらうと、レイとレヴィの手を、片手ずつ手に取った。そして、目を瞑り、しばらく何かを感じ取ろうとするかのようにじっとしていた。

「祝福名は『適用の範囲外』。内容は『正義の女神の瞳のスキルでは、見ることができない。スキルで見れる対象の範囲外とする』だ」

 ジョセフは目を見開くと、徐に祝福の内容を訥々とつとつと説明した。

「『正義の女神の瞳のスキル』……??」

 レイは小首を傾げた。初めて聞いたスキルだ。

「おそらく、有名なドラゴニアの騎士団長のスキル『女神の瞳』のことだろう。あれは噂に聞くに、真偽が分かるという、正義の精霊と同じようなスキルだったな。もしかしたら、彼女が与えたスキルだったのか……?」

 クリフは口元に指をやると、ふむ、と考え込んだ。

「……ということは、レヴィがその騎士団長様のスキルで見られても……?」
「ああ。聖剣だとはバレないな」

 レイがクリフを振り向いて尋ねると、彼はしかりと頷いた。

「よかったぁ~……」

 レイはへなへなとしゃがみ込んだ。

(……レヴィが、ドラゴニアに取られちゃうことは無くなったんだ……)

 剣士でないレイは、聖剣レーヴァテインは、自分にとっては分不相応だとずっと思っていた。——自分よりももっとずっと、聖剣レーヴァテインに相応しい誰かがどこかにいるはずだと思っていた。
 だが、ずっと一緒に旅をしてきて、いつの間にか、レヴィが誰にも渡したくはない、かけがえのない存在になっていることに、改めて気づかされた。

(……やっぱり、私が剣聖なんだ……)

 自分が当代剣聖であることに、腹落ちした瞬間だった。


「レイ、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ。これでまた一緒に旅ができるね」

 レイはにっこりと笑って、レヴィを見上げた。

「もちろんです」

 レイとレヴィは、顔を見合わせて微笑みあった。


「さて。もういいか? 心配事は終わったんだろ?」
「はい」
「では、早速だが、俺の助手の仕事についてだな」

 クリフが、クイッと銀縁眼鏡を指先で押し上げてそう言った。
 ジョセフが「兄貴、冷てぇな。もう少し時間やれよ」と苦笑いしている。

「レイには、俺の研究の助手をしてもらいたい。今手掛けている案件はいくつかあるんだが、そのうち、レイに手伝ってもらいたいものは二つだ」
「二つ……」

 レイはそう呟いて、真面目な顔で相槌を打った。

「まずは、この国の呪いについてだ。この国は呪われているのは知っているだろう? さすがに建国から七百年も経つと、そもそもなぜこの国が呪いを受けたのか、記録が残ってないんだ。レイには、その調査・研究に付き合って欲しい」
「全く記録も手がかりも残ってないんですか? ダズには、昔の国王様と砂竜が恋仲で、よその国のお姫様を娶ったから、そのせいで呪われたって……」
「それは、この国に伝わっている御伽話だな。代々の国王には、どの竜に呪われたのか、なぜ呪われたのか詳細が伝えられていた、と言われている……」
「……言われている?」
「王家も一枚岩ではないからな。過去には政争で、王家の存続が危ぶまれるほど、王族が数を減らした時代が何度かあった。結果、今では呪いについての詳細な情報が伝わってないんだ」
「……それで、その呪いについて知りたい、と?」
「そうだ。そして、可能ならその呪いを解きたいんだ。今のところ砂漠は広がってはいないが、狭まってもいない。いつ、どんなきっかけでさらに砂漠が広がって、この国に人が住めなくなるかも分からない……この国にとって、大事な研究だ」
「分かりました」

 レイは力強く頷いた。

「次に、剣聖が扱う魔術についてだ」
「えっ……?」

 レイは思わぬ研究課題に、目を丸くした。

「王家の禁書架にある古い本の記述には、あることが書いてあるんだ。——『剣聖は、黒炎を操る』と」
「クリフは禁書架に入れるんですか?」
「俺もジョセフも、禁書架出身だ。禁書架にあった古い魔術書から派生したからな」

 レイの素朴な疑問に、クリフが淡々と答えた。

「そうなんですね。黒い炎……初めて聞きました。レヴィは知ってる?」
「ええ、私のご主人様ならスキルで使える魔術ですよ。元は、竜人だけが扱う特殊な火魔術でした。ここ二百年のご主人様は人間でしたし、魔力が少ない方も多かったので、しばらく使われてなかったですね。レイも使ってみますか?」
「えっ?」

 レヴィの思いがけない言葉に、レイは目を丸くした。

「「何だとっ!?」」

 クリフとジョセフの声が重なった。

「ここ二百年は使われてなかった魔術の再現か!」
「竜人の火魔術……確か、どこかの文献に、竜人の魔術の一部には特殊なものがある、と記載があった気が……」

 ジョセフは新しい魔術の可能性に濃いグレーの瞳を煌めかせ、クリフは記憶を探るように考え込んだ。

「私も使えるなら、使ってみたいです!」

 レイは力強く挙手して、元気良く答えた。好奇心で瞳がキラキラと輝いている。新しい魔術を覚えるのは、好きなのだ。

「ええ、分かりました。やり方ですが、まず……」
「待ってくれ。ここではまだ魔術を展開するな。特に火魔術なら、室内では引火の恐れがある……訓練場に行くか」

 クリフは親指で窓の外を指差した。


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