鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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大滝の守り人1

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「フェリクス様、お呼びでしょうか?」
「うん、久しぶりだね、アイザック」

 アイザックがユグドラ図書館の応接室に入ると、フェリクスとウィルフレッドは既に席に着いていた。

 フェリクスは、白と青を基調とした聖鳳教会の大司教の服装をきちりと着こなし、出された花茶を優雅に飲んでいた。
 荘厳な造りのユグドラ図書館の高い窓からは昼の光が差し込み、フェリクスの綺麗な銀髪をキラキラと輝かせていた。
 とろりと濃い蜂蜜のような黄金眼は、聖職者らしく穏やかな微笑みを浮かべていた。

 ウィルフレッドは、カールの入った金髪をラフに一つにまとめ、いつも通りの着慣らしすぎたシャツとリラックスパンツ、傷のついたミドルブーツ姿だ。フェリクスの隣で、ムスッとした、納得がいかないといった表情で座っていた。
 出された花茶にも口をつけていないようだ。

 アイザックが艶やかな飴色の椅子に腰掛けると、フェリクスがにこりと聖職者の笑みを湛えて話しだした。

「君にちょっとおつかいに行ってもらいたいんだ」
「それでしたら、うちの図書館に手の空いてる者が……」
「レイに届け物があるんだ」
「僕が行きましょう」

 レイへのおつかいと聞いて、アイザックは一瞬で態度をキリリと改めた。

「これなんだ。もう随分と寒いからね。レイが凍えてしまわないように、渡して欲しいんだ」

 フェリクスが空間収納から、スッと包みを取り出した。
 青い布の包みからは強い魔力が漏れ出ていて、アイザックはサファイアブルー色の目を細めた。

「それなら、僕がレイにくっついて暖めてあげるのに……」

 アイザックは冗談のように軽い口調で本音を言いながら、青い包みを空間収納にしまった。

「その包みは必ずレイに渡すこと。これは命令だよ、いいね?」
「……はい、かしこまりました」

 フェリクスはピクリと片眉を動かすと、ピンッと人差し指を立てて、強く念押しをした。目元は一切笑っていない。

 滅多にない先代魔王の命令だ。アイザックも渋々と了承した。

「それから、アニータに手土産を作ってもらってるから」
「そんなもの待たなくても、直ぐにでもレイの所に向かいますよ」
「手土産を持っていけば、レイが喜ぶよ」
「なら待ちましょう」

 レイ第一主義であるアイザックの判断基準は明確だった。もちろん、身変わりも素早い。

「あと、直ぐに食堂に向かった方がいいよ。向こうに着く頃には、できたてが受け取れるから」
「えっ……できたてでないとダメなんですか?」
「うん。レイがとっても喜ぶよ。すごく感謝される」
「失礼します!」

 アイザックはフェリクスの言葉を聞くや否や、学者風のローブの裾をはためかせて、すぐさま部屋を飛び出して行った。


***


「…………なぁ、フェリクス。アイザックで良かったのか?」

 同席していたウィルフレッドが、釈然としない表情で、フェリクスの方をちらりと振り向いた。

「彼が行くのが、一番嫌がらせになるみたいなんだよ」
「はぁ……」
「随分とうちのレイを困らせてくれるみたいだし、お礼参り、かな?」
「なんで疑問形なんだよ……」
「まだ迷惑はかけられてないから、かな?」
「これからレイに迷惑がかかるんだな……」
「そうだね。だからね、アイザックが行った方が一番牽制になるんだ。それに、彼なら一番にレイを優先して守ってくれるしね」
「……それなら仕方ない……のか?」

 やっぱりウィルフレッドには、今回アイザックが行くのが本当に良いことなのか、判断がつかなかった。アイザックが適任とは言われても、弟子に変な虫が付くのは嫌なのだ。
 ただ、先見のスキルもあり、こういう時にフェリクスは間違えないので、それだけは信頼していた。

 ウィルフレッドはふうっと深い溜め息を吐くと、アイザックが出て行った扉を見つめた。


***


「わぁ! これが、グランド・フォールズ! 絶景ですね!!」

 そそり立つ断崖絶壁から流れ出る大滝は、遠目から見ても壮観だ。
 本日は快晴。光の加減で、いくつもの小さな虹が滝のあちらこちらに見えた。

 グランド・フォールズは、大小様々な滝が合わさった滝群だ。小さな滝も含めれば、滝の数は百を超え、全長で十数キロメートルにも及んでいるという。

 レイはこの眺めを以前も見たことがあった。リリスの小筐で見た映像の一つにあったのだ。
 だが、実物は映像の比ではなく、言葉にならないほど雄大で、レイの感覚をぶるぶると揺さぶり、腹の底から感動が溢れ出た。

「ここはまだまだ遠いよ。もっと近くで大滝を観光できるんだ!」
「もっと近付けるんですか!?」
「ああ、水飛沫が当たるぐらいの距離まで近寄れるよ!」

 ドドドドドッと腹の底から揺るがすような大滝の音に負けじと、レイとカタリーナは声を張り上げておしゃべりをしていた。

 ここはグランド・フォールズから少し離れた、大滝全体を眺められる人気のスポットだ——とは言え、グランド・フォールズが広すぎて、ここからでも大滝の端っこは小さく霞んで見えはしない。

「サハリアから西の国々へ行くには、必ずここを通るんだ。何度見ても『すげぇ』としか思えねぇよ」

 ダズがグランド・フォールズの遠くまで見通すように、赤色の目を細めて言った。


 グランド・フォールズを右手前に眺めながら歩ける森の小道は、まだまだ未整備だ。ゴツゴツと大きな岩が出っ張っていたり、湿気でつるりと地面の土が滑りやすくなっている。

 レイはレヴィに手を取ってもらいながら、大滝への道を歩いた。

「レヴィはグランド・フォールズに来たことあった?」
「もちろんです! 過去のご主人様たちに連れられて、何度も通りました。でも、今回は格別ですね。こうやって、水の匂いや風を感じたりしたのは初めてです。滝の音はこうやって体の中を響くんですね」

 レヴィはしっかりと味わうように、静かに言った。剣の姿のままでは味わえなかった感覚に浸っているようだ。

 大滝に近づいて行く度に、ぐんぐんと気温が下がり、空気が水気をはらんでいった。滝の音もどんどん大きくなり、そろそろ隣の人との会話も聞こえづらくなってきていた。

 大滝に最も近寄れる広場には、さすが観光名所といえるほど、たくさんの観光客で溢れていた。ここは大滝の水飛沫がダイレクトに当たる、定番の観光スポットだ。

『もう少し前に行って見てみよう!』
『いいですよ!』

 レイとレヴィは人波を掻き分けて、前の方の列へと進んで行った。もはや声での会話はほぼ不可能なので、念話でコミュニケーションを取っている。
 人波に押されて、繋いでいた手はいつの間にか離れていた。

 レイたちが最前列に着くと、そこには落下防止の木製の柵があり、注意を呼びかける看板も立てかけられていた。

(あれ? 「魔物に注意」?)

 レイがふと違和感を感じていると、ドンッと後ろから強く押された。

「あっ……」

 レイは一瞬の浮遊感の後、ゆったりとしたスローモーションで、後ろにいたはずの観光客の人々が、目を大きく見開いて、あるいは、恐怖と驚愕の表情でこちらを見ているのが逆さまに見えた。中にはニヤリと笑っている者もいた。

(ヤバい)

 レイは反射的に自分の周りに結界を展開すると、そのまま大滝の水飛沫の中へと消えていった。


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