鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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迷信

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 久々にユグドラでゆっくりしていたレイは、ミランダと連れ立って、朝食をとりにユグドラの樹の低層階にある食堂へ向かった。

 ミランダは、豊かな金髪をヘアクリップで緩やかにひとまとめにしていて、紫色の瞳はまだ少し眠そうだ。
 ゆるりとしたTシャツの上にフード付きの上着を羽織り、ゆったりしたリラックスパンツを履いている——完全に寝起きの部屋着である。


 本日の朝食は、クロワッサンに、オムレツと具沢山の野菜スープ、デザートにりんごのコンポートとヨーグルトがついていた。

 レイはオレンジジュースを、ミランダはホットコーヒーをカウンターで受け取ると、食堂の端の方の席に陣取った。

 二人はたわいもない話をしながら朝食をとり始めた。

「また鞭が壊れちゃって……ここ最近、ユグドラ外の仕事で討伐も多かったし、そろそろ寿命かしら」
「ミランダは、メイン武器に鞭を使ってるんですね……ものすごく似合ってます」
「あら、そう?」

 ミランダは、ボンキュッボンのスタイル抜群な迫力美女だ。鞭は彼女のためにあるような武器だろう。

「鞭は硬いだけじゃなくて、しなやかさも大事だから、使える魔物素材も限られてくるのよね。最上級の鞭を作ろうと思ったら、やっぱり蛇系魔物素材かしら」
「蛇系の魔物素材……そういえば、私の元の世界では、お財布に蛇の抜け殻を入れると、金運が上がるっていうのがありました」
「それ、魔術か何かなの?」
「う~ん、昔から言い伝えられてる開運行動、でしょうか……効果は分かってないです」
「効果は分からないのね」
「縁起がいい、ぐらいしか……」
「気持ちの問題ってことかしら」
「そうですね」

 レイは困り顔で、サクッとクロワッサンにかぶりついた。甘いバターの香りがふわりと口の中に広がって、思わず頬が緩む。
 ふと見れば、ミランダも同じように幸せそうな顔でクロワッサンを頬張っていて、ほっこりとした。


「それなら、僕の抜け殻を使う?」
「「へっ?」」

 レイとミランダから思わず間抜けな声が出た。「僕の抜け殻」なるパワーワードに衝撃を受けたのだ。

 珍しくアイザックが食堂に来ていた。トレイの上に水だけを置いていて、ちゃっかりレイの隣に座った。

 魔力が豊富なユグドラでは、魔力を食べられる魔物にとって、食事は嗜好品——気分によって、摂ったり、摂らなかったりだ。

 今朝のアイザックは、レイが久々にユグドラに帰って来ていたので、彼女に会いに食堂に顔を出したようだった。
 出勤前なので、白シャツに黒い細身のパンツというラフな格好だ。

「レイ、久しぶり。少し大きくなった? いつぐらいまでこっちにいられるの?」

 アイザックがサファイアブルーの瞳を緩めて、レイを覗き込んだ。

「剣聖の調査期間中は、ずっとこっちにいますよ。あと数日はいます」
「やった! まだしばらくユグドラにいるんだね。……そうそう、僕の抜け殻だね!」

 アイザックは空間収納から、大人がひと抱えするほどの大きさの鱗を取り出した。

「さすがに、抜け殻全部は財布に入りきらないだろうから、鱗一枚ね」

 鱗は、ちょっとした丸テーブルの天板一枚分ぐらいの大きさだ。純白の半透明の中に、光の加減で、新雪にキラキラと光が反射するような煌めきが見え隠れしている。蛇の抜け殻というには、あまりにも大きく、厚みもあり、丈夫で重量もあった。

「わぁっ! たった一枚なのにすごく大きいです! しかも、とっても綺麗です!」
「すごい! ここまで魔力が籠ったサーペントの抜け殻は初めて見たわ!」 

 レイとミランダは、初めて見るサーペントの抜け殻に、目を丸くした。


 その時、ガタンッと食堂の奥の方から大きな物音がした。ドワーフ兄弟が同時に椅子から立ち上がったのだ。

「……そ、それは……」
「SSランクのサーペントの鱗……それ一枚で、最高級の盾が、鎧が、冑が、籠手が……」

 ゾンビか亡霊かのように、物欲しげにメルヴィンとモーガンがぶつぶつと呟いている。二人の目線は、大きな鱗に釘付けだ。


「でも、ここまで大きかったら、お財布に入らないです」
「じゃあ、財布に入る大きさにしようか」

 アイザックが乱雑に鱗を割ろうとしたので、「わああ……!」とメルヴィンとモーガンが大慌てで駆け寄って来た。

「止めろ! 雑に割るな! せっかくの素材がぁあ!」
「これ一枚で、どれだけ上等な装備ができると思ってるんだ!!」

 ドワーフ兄弟が渾身のタックルで、アイザックにしがみついた。

「うわっ! 僕の鱗を素材だなんて、気持ち悪いんだけど!!」

 アイザックは心底嫌そうな顔をして、二人を振り払おうとした。しかし、高級素材と武器防具が絡んだドワーフは強かった——非戦闘員とは思えないほどの粘りとしがみつきを見せた。

「レイの財布用にこっちで綺麗に削り出すから、残りはくれないか?」
「滅多に手に入らないサーペントの鱗素材だ! 無駄にはできん!!」
「イヤだよ! そうやって、僕の鱗で高級防具を作って売りに出すんでしょ!? 知らない奴の防具になんてなりたくないよ!」
「防具がダメなら、鞭はどうだ!? お前さんの素材なら、最上級の鞭ができるぞ!!」
「そういうことを言ってるんじゃないよ!!」

 アイザックとドワーフ兄弟の言い合いを、レイとミランダはポカンと口を開けて見つめていた。
 アニータさん特製の野菜スープは、すっかり冷めてしまっている。

「あんたたち!! 煩くするなら外でやっとくれ! 他の人の迷惑だよ!!」
「「「ヒィッ!!!」」」

 調理場の方から怒れるアニータさんが飛び出して来た。物凄い剣幕で、大きなフライパンを振りかざしている。

 ユグドラのおかんのあまりの迫力に押され、結局、三人は食堂から追い出されてしまった。

 アニータはぷんぷんと肩をいからせて調理場へ戻って行き、食堂には、また元の静けさが戻った。


***


 レイとミランダが食事を終えて食堂から出てくると、アイザックとドワーフ兄弟が廊下で待っていた。

「あの後話し合ったんだけど、メルヴィンとモーガンは僕の鱗で武器防具を作りたい、僕はレイに何かあげたいってことで、折衷案でレイに何か作ることになったんだ」
「レイは何か欲しい物はないか? アイザックの鱗なら、いい防具が作れるぞ」
「いや、アイザックの鱗なら、最上級の鞭が作れるぞ」 
「う~ん、私は鞭は使わないですし、魔術師なので防具もいまいちピンとこないです……」

 レイは、眉を八の字に下げて考え込んだ。

(あまり自分で使えない物を貰ってもなあ……使わないのなら、却って勿体ないし……)

 無駄に物を多く持ち過ぎても、結局管理が大変で、それはそれで苦手なのだ。

「それなら、レインブーツなんていいんじゃない? アイザックの鱗なら、絶対に水なんて染み込まないわよ。さっきの鱗なら、とっても綺麗なブーツができるんじゃないかしら?」

 横からミランダがいい案を思いついたと、口を出した。
 常々より、レイのおしゃれ小物の少なさを心配していたミランダは、これはちょうどいいと考えたのだ。

「レインブーツだと!? 武器どころか防具ですらないじゃないか!」
「うん。レイをかわいくしてくれるなら、僕はそっちの方がいいかな」

 レイ第一主義のアイザックは、あっさりとレインブーツに乗り換えた。

「「なんだと!?」」

 ドワーフ兄弟は揃ってアイザックに振り向いた。

 ドワーフ兄弟が「話が違うじゃないか!」とギャーギャー文句を言っていると、

「レインブーツ! 素敵ですね! 雨の日とか、いっぱい履きたいです!」

 レイが、ぱあっと顔を輝かせた。さっきのアイザックの鱗を見た限り、白くてとても綺麗なレインブーツが出来上がりそうだし、着回しできるアイテムが増えるのは大歓迎なのだ。

 ドワーフ兄弟もそんなレイの様子を見て、これには勝てないと、がくりと項垂れた。


***


 お財布用の鱗は、モーガンがコイン型に人数分、削り出してくれた。職人の性か、丁寧に、本物のコインかのように、模様まで掘り込まれていた。

「……これで金運が上がるの?」
「う~ん……たぶん?」

 ミランダとレイは、半信半疑で財布にアイザックの鱗を入れた。

「よく分からんが、財布に入れておけばいいんだろ?」
「レイの元の世界では、不思議なことをやるな」

 ドワーフ兄弟は、案外素直に、財布にポイポイッと鱗を入れた。適当であるとも言える。

「……僕の分は特にいらなかったんだけど……空間収納にまだいっぱい入っているし。自分の鱗入れるって、なんか変な感じ……」

 一番複雑な表情で、アイザックは自身の鱗を財布に入れた。最終的には「レイと一緒だし、まあ、いっか」と納得していた。


 残りの鱗素材については、ミランダがちゃっかり意見料として、アイザックの鱗の鞭を求めたので、「まぁ、ミランダだし、良い案貰えたからいいよ」とアイザックは軽く頷いていた。

 メルヴィンはほくほく顔で、アイザックの鱗で鞭を作り始めた。

 モーガンは「なぜレインブーツなんだ……」と呆然と呟きつつも、結局作り物は何でも大好きなので、レインブーツ作りにもハマってしまった。

 その後、ユグドラではレインブーツが流行ることになるのだった。


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