鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

文字の大きさ
上 下
116 / 260

剣聖捜索2

しおりを挟む
 剣聖調査隊は、セルバの街の中央にある老舗宿に一週間ほど滞在予定だ。

 その間に、冒険者ギルドと剣術道場で、実際に剣士たちの腕前をみる。
 まずは剣術道場の門下生十八名を二、三日かけて調査するという。その後に、冒険者ギルドの剣士二十二名を調査予定だ。

 たとえ剣聖でなくとも、剣聖候補に選ばれれば、騎士として国に召し抱えられるチャンスがあるそうだ。

 剣聖候補となっただけでも、かなりの手練れであると認められたようなものであり、腕の良い剣士は、国としても確保したい人材なのだ。

 王国騎士は、国民の憧れの職業だ。なりたくてもそう簡単になれるものではなく、何よりも他の職業よりも身入りが良い——調査対象者たちにとっても、立身出世の大チャンスなのだ。

 冒険者ギルドに剣士として登録している者たちはここ一、二週間は鼻息も荒く、訓練に励んでいた。聞けば、剣術道場の方も、門下生たちが似たような状態だという。

 普段、辺境の地に訪れることはほとんどない王国騎士が四名も訪れているということもあり、セルバの街は異様な活気に包まれていた。


***


「レヴィは二日目の午後だな。それまでしっかり調子を整えておくといい」

 冒険者ギルドのホールで、ルーファスとレヴィは、ギルドマスターのオーガストに声をかけられた。どうやら、調査対象者たちに直接声をかけて回っているらしい。

「分かりました。調査ではどんなことをするのでしょうか?」

 レヴィは素直に頷くと、気になっていたことを確認した。

「他の街では、王国騎士様と一対一で剣術試合をしたらしい。そこで剣の腕前を認められれば、剣聖候補者として、後で王都に向かうらしいぞ。そこで最終判断らしい」
「勝つと剣聖候補になるんですか?」

 ルーファスも、さりげなく確認している。

「俺が聞いた限りだとそうだな。……だが、ほとんどの剣士が勝てないみたいだな。さすが、国を預かる王国騎士様だ。その名は伊達じゃないな」

 オーガストも誇らしげにうんうんと頷いている。

 ドラゴニアは火竜の血を継ぐ王族が治める国だ。魔物のように、実力主義な面が強い——特に王国騎士団ではそうだ。屈強な騎士が多く、他国にもその名を轟かせているほどだ。

 そんな王国騎士団は国の誇りでもあり、そこに所属する騎士たちは国民の憧れでもある。

「レヴィはランクアップ試験で、剣術道場の師範に勝てたぐらいだからな。期待しているぞ!」
「わっ!」

 ばちこん! っといつもよりも勢い良くオーガストの激励が背中に入り、レヴィは大きく前のめりになった。

 はっはっはっ、とオーガストの機嫌の良さそうな笑い声が、ギルドの奥の方へと遠ざかって行った。


「勝ってはダメみたいだね」
「そうですね。……勝たない方法ですか……」

 レヴィが珍しく考え込むように腕を組んだ。小さく「う~ん」と唸っている。

「そろそろ昼頃だし、食事でもしながら情報収集しようか。もしかしたら、今日の剣術道場での話が何かしら聞けるかもしれないし」
「ええ、そうしましょう」

 ルーファスとレヴィは情報収集がてら、街の食堂に向かうことにした。


***


 ルーファスたちが食堂に入ると、店の奥の方の席に、赤い騎士服をまとった一団がいた。

 王国騎士は深みのある鮮やかな深紅の制服だ。四人いて、全員の体格が良く、王都の者らしく雰囲気からして非常に洗練されている。

 従騎士は王国騎士よりも一段階暗い色合いの騎士服だ。装飾も少なめで、王国騎士の制服よりも簡素だ。三人いて、せっせと王国騎士の身の回りに気を配っている。

 騎士服ではないが、襟元や袖口に紅色が入った官服を着ている者も三人いて、彼らが調査官のようだ。

「!? あれが今回の調査隊みたいだね」

 ルーファスは素早く防音結界を展開すると、レヴィにこっそりと耳打ちした。

「ええ、みなさん、なかなかの手練れのようですね」
「わっ! こっちを見たね」
「不躾に見過ぎたようですね。普通に食事をとりましょうか」

 ブラウンの短髪の王国騎士が、ルーファスとレヴィを見返していた。

 ルーファスは慌てて日替わりパスタを二人分、注文した。二人は食事中も何やら視線を感じたが、そちらの方へは振り向かないことにした。


「レイは今頃、何をしてるんだろうね。ゆっくりできてるのかな……」

 一通り食事が終わり、食後のコーヒーを飲みながら、ルーファスが何ともなしに話し始めた。

「当代魔王と茶会をしているようです。美味しいお菓子が出ているようで、とても喜んでいるようですよ」
「えっ!? そんなことまで分かるの?」
「はい。聖剣契約は特殊な魔術契約ですし、レイは魔力量が無限ですので、遠く離れていても分かります」
「加護だと、離れすぎてると念話はできないし、ピンチの時以外はそこまで庇護者の状況は分からないんだよね。……それよりもミーレイ様との茶会って……本当に、彼女からも加護をいただいてるんだね……」

 ルーファスは、半ば呆れた顔をした。


「おい、ドラゴニアにSランク冒険者のパーティーが来たってよ」
「Sランクだと!? すげぇな、どのパーティーだ?」

 ルーファスたちの会話が一瞬途切れると、隣の席から冒険者たちの噂話が聞こえてきた。

「傭兵女王のいる鉄竜の鱗だ」
「あそこか。どっかの国の王子様もメンバーなんだろ?」
「そうみたいだな。傭兵女王のカタリーナは、ひと睨みでドラゴンも逃げ出すそうだぞ」
「ハハッ! んなわけあるか」

 ルーファスはその話を聞くと、少し気まずそうに目線を落とした。


「失礼、少しいいかな?」

 ルーファスとレヴィのテーブルに大きな人影がかかり、温かみのある低い声が掛けられた。

「ええ、何でしょうか?」

 ルーファスはパッと顔を上げて、声がする方を振り向き、瞬時に柔らかい笑顔をした。
 そこには、先程ルーファスたちを見返していた、ブラウンの短髪の王国騎士がいた。

 王国騎士は一瞬、目を丸く見開いた。
 白皙の美貌を持つルーファスの王子様のような優しい微笑みは、破壊力抜群なのだ——そこには男性も女性も関係がない。

「君たちはギルドの剣士かな?」
「私は弓士ですが、彼の方はそうです」

 王国騎士の質問に、ルーファスは愛想良く答えた。

「私はアーロンというのだが、ギルドに腕の良い剣士がいると聞いて、是非、同じ冒険者からも話を聞いてみたかったんだ。何でもランクアップ試験で、剣術道場の師範を打ち負かした者がいるらしいね」
「それはきっと、彼ですね」
「レヴィと申します」

 レヴィが淡々と自己紹介をした。

「ほお、君がそうなのか……おそらく、君の試合は私が担当することになる。よろしく頼むよ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

 王国騎士アーロンとレヴィは、がっしりと握手をした。


「う~ん、目をつけられてしまったかな……」
「そのようですね……おそらくあの王国騎士たちの中で、先程の方が一番強いです」

 アーロンが二人の席を去った後、ルーファスとレヴィはこそこそと話し合った。

「まいったな……」

 ルーファスは渋い顔をして、頭を抱え込んだ。


***


「……気になる剣士でもいましたか?」

 アーロンが席に戻るなり、藍色の髪の調査官が尋ねてきた。少しだけ面白がるような目をしている。

「ハドリー調査官、彼が剣術道場の師範に勝った剣士みたいです。しっかり鍛えられてるし、手の皮もかなり厚かった。相当な訓練をしてきたのかもしれません」

 アーロンはさりげなく、視線でレヴィを指し示した。

「なるほど」
「それに金髪の方の彼も、魔術の腕前が良さそうだ。防音結界をかなりのスピードで展開していました」
「ほお。上級魔術師レベルですか。珍しい……魔術師団にでも推薦する気ですか?」
「茶髪の彼が剣聖候補になったらですね。どうやら同じ冒険者パーティーのようですし、実力者はいつでも大歓迎です」
「その冒険者パーティーについて、ギルドに確認を取ってみましょう。他にもメンバーがいるかもしれません」
「そうですね。あのレベルの冒険者なら、パーティーメンバーも期待できそうですね」

 二人は、ルーファスとレヴィのテーブルを視界の端に入れ、頷き合った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました

山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。  でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。  そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。  長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。 脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、 「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」 「なりすましヒロインの娘」 と同じ世界です。 このお話は小説家になろうにも投稿しています

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

転生したらチートすぎて逆に怖い

至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん 愛されることを望んでいた… 神様のミスで刺されて転生! 運命の番と出会って…? 貰った能力は努力次第でスーパーチート! 番と幸せになるために無双します! 溺愛する家族もだいすき! 恋愛です! 無事1章完結しました!

婚約破棄されて異世界トリップしたけど猫に囲まれてスローライフ満喫しています

葉柚
ファンタジー
婚約者の二股により婚約破棄をされた33才の真由は、突如異世界に飛ばされた。 そこはど田舎だった。 住む家と土地と可愛い3匹の猫をもらった真由は、猫たちに囲まれてストレスフリーなスローライフ生活を送る日常を送ることになった。 レコンティーニ王国は猫に優しい国です。 小説家になろう様にも掲載してます。

処理中です...