鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

文字の大きさ
上 下
113 / 210

剣聖捜索1

しおりを挟む
「剣聖探し、ですか? ……それで、うちのレヴィを?」

 ルーファスは、淡い黄色の瞳を大きく見開いて、ギルドマスターのオーガストを見つめた。

「ああ。王都の巫女様が、当代剣聖様の居場所を遠見されたらしい。それで、白の領域に接する国境域近くの街や村に、お偉いさん方が調査に来るんだ。剣士として冒険者登録している奴が調査対象になっている……レヴィには一週間後に、そのお偉いさん方の調査を受けて欲しい、というか、受けろ。王命だからな、これは絶対だ」

 オーガストは銀の不死鳥のメンバーを見まわした。その眼差しは、真剣そのものだ。

 今日も今日とて、銀の不死鳥メンバーは冒険者ギルドに顔を出していた。今日はどの依頼を受けようか、依頼ボードの前で依頼票を確認していると、オーガストに呼び止められたのだ。

「レヴィの他に誰が受けるんですか?」
「うちのギルドでは、剣士として登録してる奴ら全員だ。あとは、剣術道場の奴らも対象になってるから、セルバでは三、四十人ぐらいは受けるな」
「結構、多いですね」

 オーガストの返答に、ルーファスは無難に相槌を打った。

「わざわざ辺境のこの地にまで来てご苦労なこった。だが、遠見の巫女様のお告げだろ? 剣聖様がこの近くにいる可能性は高いな。巫女様は、何せあの魔剣のありかも見つけられたぐらいのお方だからな」

 レイはオーガストの言葉に、心臓がバクバクと早鳴っていた。目の前にその剣聖も聖剣もいますよ、とはさすがに言えない。

「遠見の巫女様?」

 レイは初めて聞く単語に、素直に首を傾げた。

「なんだ、レイは知らないのか? 遠見の巫女様は王都にいらっしゃって、先代剣聖様のために魔剣を見つけたり、それ以外にも、国を守るために政治犯や、敵国の間者なんかの居場所を見抜いてこられたお方だ」
「すごいお方なんですね」

(……そんなにいろいろ見えるなら、もしかして、私のことも見られてたりとか……)

 レイは内心ひやりとしたが、表情に出さないように、真面目な顔で相槌を打った。

「遠見の巫女様はもう引退なさると聞いたんですが……」

 ルーファスが、フェニックスの祝祭で、教会に一時的に戻った際に仕入れてきた情報を披露した。

「そうなのか!? 初耳だぞ! まあ、俺ががきんちょの頃から活躍されてたから、結構なお歳のはずだしな。そろそろ引退されてもおかしくはないだろう」

 オーガストは、一瞬目を丸くしたが、それもそうだと、自己解決してうんうんと頷いた。

「レヴィは剣の腕もいいし、もしかするかもしれないな」

 オーガストはにやりと笑って、大きな手でバシッとレヴィの背中を叩いた。冒険者を激励する時の彼の癖だ。
 馬鹿力のオーガストの激励を受けて、レヴィは少しだけ前のめりになった。

「まさか~、ハハハ。もしそうでしたら、凄いですね」

 ルーファスは愛想良く笑って、軽く受け流している。

『遠見の巫女! 恐るべし! 何でここら辺だって分かったの!?』

 ルーファスからの急な念話に、レイは思いっきり咽せて咳き込んだ。レイはルーファスから加護を貰っているので、こうやって人前でこっそり念話で内緒話ができるのだ。

(……くっ……見た目と心の声のギャップが激しすぎる……)

「レイ、急に咳き込んで、大丈夫? あっち行って少し休もうか。……すみません、僕たちは少し彼女を休ませますね」

 ルーファスは心配そうな表情でレイを気遣った。
 レイは、「わざとやってる?」とでも言いたげな目でルーファスを見上げた。

「ああ、大事にな。また詳しいことが分かったら連絡する」
「よろしくお願いします」

 ルーファスはぺこりとお辞儀をして、レイの背中を摩りながら、ギルドから出るよう促した。


***


 銀の不死鳥メンバーは、一旦、空色の戦斧亭の男部屋に集まった——緊急会議である。

 ルーファスとレヴィは、それぞれ自分たちの簡素なベッドに腰掛け、レイは男部屋に備え付けの木製の椅子に座り、膝の上では琥珀が香箱を組んでいた。主人の不安げな気配を感じてか、大人しく撫でられている。

 ルーファスは一瞬で防音結界を展開すると、口火を切った。

「少しまずいことになったね。剣聖であるレイが調査対象から外れたのは良かったけど、レヴィが該当しちゃったからね……」
「レヴィの剣の腕前だと、剣聖に間違えられちゃいますよね……」

 ルーファスとレイは腕を組んで、一緒に難しい顔をした。

「昇級試験でいろんな人にレヴィの剣技は見られてるから、下手な演技をすることはできないしな……」
「一応、手を抜くことはできますが……」

 頭を抱えるルーファスに、レヴィも真面目に意見を述べた。

「う~ん、レヴィが本気を出していきなり剣聖認定されるよりはマシかな……それと、念のためにレイも調査官に会わない方がいいかな。調査期間中はギルドに近づかないようにしようか」
「そうですよね。対象外だとしても、調査官には会わない方が無難ですよね……」

 レイは腰からショートソードを下げているとはいえ、まだ子供で、小柄で非力に見えるし、冒険者ギルドでは魔術師として登録しているため、誰も彼女が剣聖だとは思わないだろう。だが、万が一ということもある。

(調査期間中はギルドに近づかないって言っても、ずっと宿に篭ってるわけにはいかないし、どうしよう……)

 レイが腕を組んで、う~ん、と考え込んでいると、

「そうだ! レヴィは僕が見てるから、レイはその間は休みをとったら? ユグドラに戻ってゆっくりして来てもいいし」

 ルーファスがこれはいい考えだと、パッと顔を輝かせてレイを見た。

「いいんですか? 確かに、私が下手にその期間中にセルバにいて、剣聖だってバレてもイヤですし……ユグドラに戻るのはありですよね。絶対に調査隊の人は来れない場所ですし」

(ここ最近、ずっとどこかに出ずっぱりだったから、休むのもいいかも……)

 レイは剣聖の調査隊が来ると聞いて少し不安に思っていたが、ユグドラに帰ると考えたら、だんだんと気分が晴れてきた。
 ここ最近は、ユグドラに戻ってもすぐに魅惑の精霊の捕縛に出掛けたり、フェニックスの祝祭に参加したり、セルバに戻って来ても依頼をこなして忙しくしていたので、まとまった休みを取るのも久しぶりだった。

「それじゃあ、調査期間中は、ユグドラに戻りますね。ルーファス、レヴィのことをお願いします。レヴィもバレないように気をつけてね!」
「うん、こっちは任せて。ゆっくり休んでくるといいよ」
「かしこまりました。レイも気をつけて」
「うん!」

 ルーファスは白皙の美貌を優しく綻ばせ、レヴィも真面目な顔でこくりと頷いた。

 こうして、調査隊がセルバの街に滞在している間は、ルーファスにレヴィを任せて、レイは琥珀と一緒にユグドラに一時帰省することにしたのだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!

Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥ 財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。 ”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。 財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。 財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!! 青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!! 関連物語 『お嬢様は“いけないコト”がしたい』 『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中 『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位 『好き好き大好きの嘘』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位 『約束したでしょ?忘れちゃった?』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位 ※表紙イラスト Bu-cha作

悪意か、善意か、破滅か

野村にれ
恋愛
婚約者が別の令嬢に恋をして、婚約を破棄されたエルム・フォンターナ伯爵令嬢。 婚約者とその想い人が自殺を図ったことで、美談とされて、 悪意に晒されたエルムと、家族も一緒に爵位を返上してアジェル王国を去った。 その後、アジェル王国では、徐々に異変が起こり始める。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

【R18】ファンタジー陵辱エロゲ世界にTS転生してしまった狐娘の冒険譚

みやび
ファンタジー
エロゲの世界に転生してしまった狐娘ちゃんが犯されたり犯されたりする話。

婚約破棄されたので暗殺される前に国を出ます。

なつめ猫
ファンタジー
公爵家令嬢のアリーシャは、我儘で傲慢な妹のアンネに婚約者であるカイル王太子を寝取られ学院卒業パーティの席で婚約破棄されてしまう。 そして失意の内に王都を去ったアリーシャは行方不明になってしまう。 そんなアリーシャをラッセル王国は、総力を挙げて捜索するが何の成果も得られずに頓挫してしまうのであった。 彼女――、アリーシャには王国の重鎮しか知らない才能があった。 それは、世界でも稀な大魔導士と、世界で唯一の聖女としての力が備わっていた事であった。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

意地を張っていたら6年もたってしまいました

Hkei
恋愛
「セドリック様が悪いのですわ!」 「そうか?」 婚約者である私の誕生日パーティーで他の令嬢ばかり褒めて、そんなに私のことが嫌いですか! 「もう…セドリック様なんて大嫌いです!!」 その後意地を張っていたら6年もたってしまっていた二人の話。

処理中です...