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ニールの部屋
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「……ただいまです……」
「ただいま戻りました」
ユグドラの樹に帰って来ると、レイは疲労感たっぷりに、レヴィは淡々とただいまの挨拶をした。
「おっ! おかえり。無事に魅惑の精霊を捕まえたんだってな! エイドリアンとアイザックから報告は受けてるぞ…………って、何でお前がいるんだ?」
ウィルフレッドはレイとレヴィをあたたかく迎え入れたが、二人の後に続いて来た人物には顔を顰めた。
「ウィル、取引先の商会長に対して、それはないだろう?」
ニールはわざとらしく呆れた顔をして、やれやれと肩をすくめた。
「モーガンなら工房の方だ。商談なら、そっちに行ってくれ」
「相変わらずつれないな。今日は商談じゃなくて、俺の部屋を見に来たんだ」
「はぁ!?」
ウィルフレッドは「こいつ何言ってやがる」というような目でニールを見た後、一旦、応接室に三人を通すことにした。
***
小さい方の応接室のソファには、レイとニールが並んで座り、奥側のもう一つの大きなソファにウィルフレッドが、一人掛けのソファにはレヴィが座った。
お手伝いエルフのシェリーが人数分の紅茶を淹れると、ぺこりとお辞儀をして応接室を出て行った。
レイは膝の上に琥珀を抱えたまま、無言を貫いている。
琥珀も主人の状態を察してか、いつものように甘えることなく、ピリリと緊張して、おとなしくぬいぐるみのように抱っこされている。
「一体、何があったんだ?」
ウィルフレッドが心配そうにレイの方を見て尋ねた。
「俺たち、主従契約をしたんだ」
「はあ!? ……レイ、主従契約は双方の合意が必要だ。合意、したのか?」
ニールの言葉に、ウィルフレッドが慌てて確認すると、レイはふるふると頭を横に振った。
「おい、どういうことだ!? レイをどうする気だ!?」
ウィルフレッドは険悪なムードでソファから立ち上がると、ニールの胸ぐらを掴んだ。その勢いで、ガシャンッとローテーブルの上のティーカップが揺れ、紅茶が少しこぼれる。
「まあ、待てよ。どうする気もない。俺の方が従だ」
ニールは、鮮やかな黄金眼をキラリと光らせると、余裕の表情でウィルフレッドを見つめた。
「はあっ!?」
思いがけないニールの言葉に、彼を掴んでいたウィルフレッドの腕が少し緩んだ。
主従契約は通常、ランクや階位が高い方が主人となる。ニールは影竜王で、竜族の第二席だ――レイよりも遥かに格上である。
それがわざわざ格下のレイの従者になったのだ。常識ではあり得ないことだ。
ニールはウィルフレッドの腕をパッと払うと、襟元を直して、説明を始めた。
「フェンの街でレイを見かけたからね、ちょうど怪我をしていて血も出てたし、主従魔術契約したんだ。せっかくレイの従者になったんだ。ユグドラの樹に俺の部屋がもらえるんだろ? それで今回来たんだ。あと、ついでに商品の仕入だな」
にこにこと説明するニールを、ウィルフレッドは顔を思いっきり顰めて睨みつけた。
「そもそも合意もなく、どうやって契約したんだ」
「ちょっと魔術式をいじっただけだ。レイに不利なようにはなってないから大丈夫だ」
「レイはいいのか!? こんな奴が従者になって!?」
ガバッとウィルフレッドはレイの方を向いた。こんな奴であるニールを指差している。
「……正直、よく分からないです。私、そこまでニールさんのことを知らないので……今日初めて会ったばかりですし」
レイは眉を八の字に下げて、困り顔だ。
「そもそも、何でニールさんは私と契約したんですか? しかも影竜王のニールさんの方が格上なのに、従者です」
レイはニールに向き直ると、素直に尋ねた。
「ニールって呼び捨てでいいよ。……そうだな、契約した理由かぁ……ビビッときたから、かな」
ニールは鮮やかな黄金眼を愉しそうに細めて答えた。
***
その後、レイたちはユグドラの樹、中層階のレイの部屋に向かった。レヴィの部屋の隣に、ニールの部屋を空間魔術で拡張した。
ニールはぱぁっと顔色を輝かせると、空間収納から上等な家具をいくつも取り出し、部屋の中にどんどん配置していった。
(……悪い人じゃなさそうだし、それに、ちょっとかわいいかも?)
ニールが、さっきまでの掴みどころのない態度とは違って、少年のように瞳をキラキラと輝かせてはしゃぐ様子に、レイは少しだけ「おや?」と思った。
ダークブラウンの木材でできた家具は、大人の男性にピッタリの艶と重厚感があり、寝室と書斎を兼ねたような個人部屋になった。
カーテンやソファーなどの大物のファブリックは、ダークグレーを基本色にしていて、色鮮やかなブルーが差し色に入ったクッションやラグを配置しているので、部屋全体に上品な落ち着きがある。
仕上げに、部屋の一角に魔術陣を敷き、ドラゴニアの王都にあるニールの部屋と繋いで完成だ。
「わぁ! かっこいい部屋になりましたね」
「そうだろう? 隠れ家みたいな部屋が欲しかったんだ。レイなら、いつでも俺の部屋に来ていいよ。ここら辺の魔術書とか、結構珍しい物だから読んでいいし」
「いいんですか!?」
瞳をキラキラさせて部屋の中を見てまわるレイに、ニールは目尻に皺を寄せて優しく微笑んだ。
「なるほど、こうやって部屋をつくるんですね」
部屋をつくってもらったはいいものの、どんな部屋にすればいいか分からず、最初のままシンプルにしているレヴィも、関心していた。
***
ニールはユグドラの樹、高層階にあるバルコニーに出た。夜風に当たりつつ、ユグドラの街を眺める。
夜のユグドラの街は、煉瓦造りの家々の窓からオレンジ色の灯りが漏れていて、ユグドラにたくさん住んでいる玉型の妖精も、街のあちこちで小さく光り、幻想的でかわいらしい夜景だ。
レイたちは、明日の朝早くにセルバの街に戻って冒険者活動を再開するため、今日は早くに寝入っている。
ニールは、新しくできた彼の部屋にしばらくは宿泊して、ユグドラで商談を進める予定だ。
「全く、どういうつもりだ」
ニールの背後から、ウィルフレッドが声をかけた。彼のカールの入った金髪が夜風に冷たくそよぎ、その表情は少しだけ険しい。
「俺の主人は二百年前から同じだ。でも、今そのことを伝えても、彼女には分からないだろう?」
ニールはユグドラの街を眺めたまま答えた。
闇夜の中で、ニールの色鮮やかな黄金眼が光る。ここまで鮮やかな黄金色になるのは、特に上位の魔物や精霊の王のみだ。
「……まあ、そうだな……」
「それに、ここで俺が契約していないと困るのは、お前たちだぞ」
「俺たちが困るなら、レイも困るぞ」
ウィルフレッドの言葉に、ニールは眉を顰めた。
「チッ。いいんだよ、もう契約したから」
面倒くさそうに唇を尖らせてニールが呟いた。
「……そういえば、うちの者が悪かったな……いや、元うちの者か」
「? 急にどうした? 何がだ?」
「うちの元代理人が、魅惑の精霊の討伐に、商隊兵を出すのを断ったんだろ。どうやら、うちの商会がユグドラとの取引を独占しているのを気に食わない奴がいたみたいで、他の商会から送り込まれた奴だったんだ……もういないけどな。それに、ユグドラが討伐部隊にレイを連れて行くって知っていれば、俺が直々に出たんだけどな……」
ニールは、非常に残念そうにかぶりを振った。
「……いや、むしろ、ニールが出てこなくて良かったよ……黒竜が出てきたとなれば、魅惑の精霊どころか、ウィーングラストごと滅ぼすつもりだっただろ……」
ウィルフレッドはじと目でニールを見つめた。
ニールは面白そうに、にやりとだけ笑った。
***
次の日の朝、レイとレヴィと琥珀はセルバの街に戻るため、ユグドラの樹前の広場に出ていた。
ウィルフレッドとニールも見送りに出ている。
「レイ、気をつけて行けよ」
「はい!」
ウィルフレッドがレイの頭をぐりぐりと撫でた。
せっかく、シェリーにかわいくアップスタイルにヘアアレンジしてもらったのだ。これ以上髪型を崩されたくないレイがべしりとウィルフレッドの手を払いのけると、ウィルフレッドは苦笑した。
「レヴィも琥珀も、レイをよろしくな」
「かしこまりました」
「な~ん」
ウィルフレッドはレヴィに向き直って頼んだ。
レヴィも琥珀も良い返事で返した。
「レイ、困ったことがあったら、バレット商会に顔を出すといい。……これを見せれば、うちの商会の者が必ず力を貸すから」
ニールはレイの首にペンダントをかけた。シルバー製のコイン型のペンダントトップには、黒いドラゴンの紋章が描かれている。
「ありがとうございます。大事にしますね」
レイはペンダントトップをぎゅっと握ると、にっこりとお礼を言った。
ニールは目尻に皺を寄せてニッと笑うと、ポンッとレイの頭を撫でた。
レイたちは手を振りながら、「行ってきます」と転移して行った。
ウィルフレッドとニールも良い笑顔で、手を振っていた。
「ただいま戻りました」
ユグドラの樹に帰って来ると、レイは疲労感たっぷりに、レヴィは淡々とただいまの挨拶をした。
「おっ! おかえり。無事に魅惑の精霊を捕まえたんだってな! エイドリアンとアイザックから報告は受けてるぞ…………って、何でお前がいるんだ?」
ウィルフレッドはレイとレヴィをあたたかく迎え入れたが、二人の後に続いて来た人物には顔を顰めた。
「ウィル、取引先の商会長に対して、それはないだろう?」
ニールはわざとらしく呆れた顔をして、やれやれと肩をすくめた。
「モーガンなら工房の方だ。商談なら、そっちに行ってくれ」
「相変わらずつれないな。今日は商談じゃなくて、俺の部屋を見に来たんだ」
「はぁ!?」
ウィルフレッドは「こいつ何言ってやがる」というような目でニールを見た後、一旦、応接室に三人を通すことにした。
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お手伝いエルフのシェリーが人数分の紅茶を淹れると、ぺこりとお辞儀をして応接室を出て行った。
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琥珀も主人の状態を察してか、いつものように甘えることなく、ピリリと緊張して、おとなしくぬいぐるみのように抱っこされている。
「一体、何があったんだ?」
ウィルフレッドが心配そうにレイの方を見て尋ねた。
「俺たち、主従契約をしたんだ」
「はあ!? ……レイ、主従契約は双方の合意が必要だ。合意、したのか?」
ニールの言葉に、ウィルフレッドが慌てて確認すると、レイはふるふると頭を横に振った。
「おい、どういうことだ!? レイをどうする気だ!?」
ウィルフレッドは険悪なムードでソファから立ち上がると、ニールの胸ぐらを掴んだ。その勢いで、ガシャンッとローテーブルの上のティーカップが揺れ、紅茶が少しこぼれる。
「まあ、待てよ。どうする気もない。俺の方が従だ」
ニールは、鮮やかな黄金眼をキラリと光らせると、余裕の表情でウィルフレッドを見つめた。
「はあっ!?」
思いがけないニールの言葉に、彼を掴んでいたウィルフレッドの腕が少し緩んだ。
主従契約は通常、ランクや階位が高い方が主人となる。ニールは影竜王で、竜族の第二席だ――レイよりも遥かに格上である。
それがわざわざ格下のレイの従者になったのだ。常識ではあり得ないことだ。
ニールはウィルフレッドの腕をパッと払うと、襟元を直して、説明を始めた。
「フェンの街でレイを見かけたからね、ちょうど怪我をしていて血も出てたし、主従魔術契約したんだ。せっかくレイの従者になったんだ。ユグドラの樹に俺の部屋がもらえるんだろ? それで今回来たんだ。あと、ついでに商品の仕入だな」
にこにこと説明するニールを、ウィルフレッドは顔を思いっきり顰めて睨みつけた。
「そもそも合意もなく、どうやって契約したんだ」
「ちょっと魔術式をいじっただけだ。レイに不利なようにはなってないから大丈夫だ」
「レイはいいのか!? こんな奴が従者になって!?」
ガバッとウィルフレッドはレイの方を向いた。こんな奴であるニールを指差している。
「……正直、よく分からないです。私、そこまでニールさんのことを知らないので……今日初めて会ったばかりですし」
レイは眉を八の字に下げて、困り顔だ。
「そもそも、何でニールさんは私と契約したんですか? しかも影竜王のニールさんの方が格上なのに、従者です」
レイはニールに向き直ると、素直に尋ねた。
「ニールって呼び捨てでいいよ。……そうだな、契約した理由かぁ……ビビッときたから、かな」
ニールは鮮やかな黄金眼を愉しそうに細めて答えた。
***
その後、レイたちはユグドラの樹、中層階のレイの部屋に向かった。レヴィの部屋の隣に、ニールの部屋を空間魔術で拡張した。
ニールはぱぁっと顔色を輝かせると、空間収納から上等な家具をいくつも取り出し、部屋の中にどんどん配置していった。
(……悪い人じゃなさそうだし、それに、ちょっとかわいいかも?)
ニールが、さっきまでの掴みどころのない態度とは違って、少年のように瞳をキラキラと輝かせてはしゃぐ様子に、レイは少しだけ「おや?」と思った。
ダークブラウンの木材でできた家具は、大人の男性にピッタリの艶と重厚感があり、寝室と書斎を兼ねたような個人部屋になった。
カーテンやソファーなどの大物のファブリックは、ダークグレーを基本色にしていて、色鮮やかなブルーが差し色に入ったクッションやラグを配置しているので、部屋全体に上品な落ち着きがある。
仕上げに、部屋の一角に魔術陣を敷き、ドラゴニアの王都にあるニールの部屋と繋いで完成だ。
「わぁ! かっこいい部屋になりましたね」
「そうだろう? 隠れ家みたいな部屋が欲しかったんだ。レイなら、いつでも俺の部屋に来ていいよ。ここら辺の魔術書とか、結構珍しい物だから読んでいいし」
「いいんですか!?」
瞳をキラキラさせて部屋の中を見てまわるレイに、ニールは目尻に皺を寄せて優しく微笑んだ。
「なるほど、こうやって部屋をつくるんですね」
部屋をつくってもらったはいいものの、どんな部屋にすればいいか分からず、最初のままシンプルにしているレヴィも、関心していた。
***
ニールはユグドラの樹、高層階にあるバルコニーに出た。夜風に当たりつつ、ユグドラの街を眺める。
夜のユグドラの街は、煉瓦造りの家々の窓からオレンジ色の灯りが漏れていて、ユグドラにたくさん住んでいる玉型の妖精も、街のあちこちで小さく光り、幻想的でかわいらしい夜景だ。
レイたちは、明日の朝早くにセルバの街に戻って冒険者活動を再開するため、今日は早くに寝入っている。
ニールは、新しくできた彼の部屋にしばらくは宿泊して、ユグドラで商談を進める予定だ。
「全く、どういうつもりだ」
ニールの背後から、ウィルフレッドが声をかけた。彼のカールの入った金髪が夜風に冷たくそよぎ、その表情は少しだけ険しい。
「俺の主人は二百年前から同じだ。でも、今そのことを伝えても、彼女には分からないだろう?」
ニールはユグドラの街を眺めたまま答えた。
闇夜の中で、ニールの色鮮やかな黄金眼が光る。ここまで鮮やかな黄金色になるのは、特に上位の魔物や精霊の王のみだ。
「……まあ、そうだな……」
「それに、ここで俺が契約していないと困るのは、お前たちだぞ」
「俺たちが困るなら、レイも困るぞ」
ウィルフレッドの言葉に、ニールは眉を顰めた。
「チッ。いいんだよ、もう契約したから」
面倒くさそうに唇を尖らせてニールが呟いた。
「……そういえば、うちの者が悪かったな……いや、元うちの者か」
「? 急にどうした? 何がだ?」
「うちの元代理人が、魅惑の精霊の討伐に、商隊兵を出すのを断ったんだろ。どうやら、うちの商会がユグドラとの取引を独占しているのを気に食わない奴がいたみたいで、他の商会から送り込まれた奴だったんだ……もういないけどな。それに、ユグドラが討伐部隊にレイを連れて行くって知っていれば、俺が直々に出たんだけどな……」
ニールは、非常に残念そうにかぶりを振った。
「……いや、むしろ、ニールが出てこなくて良かったよ……黒竜が出てきたとなれば、魅惑の精霊どころか、ウィーングラストごと滅ぼすつもりだっただろ……」
ウィルフレッドはじと目でニールを見つめた。
ニールは面白そうに、にやりとだけ笑った。
***
次の日の朝、レイとレヴィと琥珀はセルバの街に戻るため、ユグドラの樹前の広場に出ていた。
ウィルフレッドとニールも見送りに出ている。
「レイ、気をつけて行けよ」
「はい!」
ウィルフレッドがレイの頭をぐりぐりと撫でた。
せっかく、シェリーにかわいくアップスタイルにヘアアレンジしてもらったのだ。これ以上髪型を崩されたくないレイがべしりとウィルフレッドの手を払いのけると、ウィルフレッドは苦笑した。
「レヴィも琥珀も、レイをよろしくな」
「かしこまりました」
「な~ん」
ウィルフレッドはレヴィに向き直って頼んだ。
レヴィも琥珀も良い返事で返した。
「レイ、困ったことがあったら、バレット商会に顔を出すといい。……これを見せれば、うちの商会の者が必ず力を貸すから」
ニールはレイの首にペンダントをかけた。シルバー製のコイン型のペンダントトップには、黒いドラゴンの紋章が描かれている。
「ありがとうございます。大事にしますね」
レイはペンダントトップをぎゅっと握ると、にっこりとお礼を言った。
ニールは目尻に皺を寄せてニッと笑うと、ポンッとレイの頭を撫でた。
レイたちは手を振りながら、「行ってきます」と転移して行った。
ウィルフレッドとニールも良い笑顔で、手を振っていた。
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