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閑話 銀の不死鳥(オーガスト視点)
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俺はオーガスト。
セルバの街の冒険者ギルドでギルドマスターをしている。
親父もお袋もセルバの冒険者で、俺も両親を見習って幼い頃から冒険者の真似事をしていた。
三十路前にAランク冒険者に昇格し、それから十年以上、セルバでトップの冒険者チームを率いてきた。
さすがに四十代に入ってからは、そろそろ現役冒険者でいるのも体力的にキツくなってきて、少しずつギルド内の仕事も覚えるようになった——先代のギルドマスターが歳で引退したのをきっかけに、俺がその後を引き継いだ。
冒険者は、訳ありの者が多く、さまざまな経緯でこの職業に就く者が多い。「過去のことは詮索しない」は冒険者の基本だし、時にはそれが身を守ることもある——下手に知って消えていった奴らを俺は何人も見てきた。
だからと言って、何も知らないのもまたリスクになる。
某国では、とある王子が好んで冒険者に身をやつしているらしいし、そういう奴に下手に絡んで、出る所に出れば、不敬罪で処罰される可能性もある。
知ることもリスク、知らないこともリスク、どちらが絶対的に正しいというわけではなく、その時々に正解を選ばなければならない、と言った方が正確だ。
結局、冒険者は運も良くなければやっていけない仕事なのだ。
***
そいつらがうちの冒険者ギルドに来た時のことはよく覚えている。今までに無かったパターンだったからだ。
俺が自身の執務机で書類の整理をしていると、その知らせはやってきた。
「ギルマス、少し確認していただきたいのですが……」
「どうした?」
「新たに冒険者登録された方の使い魔について、確認していただきたいのです」
受付のシドニーだ。普段は淡々と業務をこなしてる、落ち着いてクールな職員だ。珍しく慌てている。
「また自分ちのただの番犬を連れて来て、使い魔登録しろとか無茶でも言われたのか? それとも、今度は猫か?」
「いえ……ただあまりにも珍しい魔物だったので」
「それで?」
「キラーベンガルです」
「はぁっ?」
思わず大声が出た。
シドニーもびくりと身じろぎをする。
俺は信じられなかった。Aランクの肉食のネコ科魔物だ。討伐対象になりはしても、使い魔になるような種類ではない。何十年も冒険者をやってきた俺でも数回しかお目にかかったことはないし、遠くに見つけた瞬間に即時撤退の判断をするような相手だ。
「受付にいるのか?」
「……はい」
ふざけるな。そんな危ないもんをうちのギルドに持ち込むな、そう半ば怒りながら受付まで出て行くと、そこにはキラーベンガルはいない代わりに、冒険者の剣士が二人と、ルーキーらしい魔術師の少女がいた。
応接室にそいつらを通し、早速、キラーベンガルを見せてもらったが……どうやらまだ幼生体のようだった。
これだけ小さければまだ人に懐く可能性もあるだろうと、内心ほっとしていれば、縮小化魔術で小さくなってるだけの成獣だそうだ。
「元の大きさに戻しましょうか?」
「ああ、見たいな」
俺はギルドマスターとして、この冒険者ギルドを預かる身として、リスクになりそうなことは確認しなければならない……………
「琥珀」
「な~ん」
子猫サイズのキラーベンガルが一声鳴くと、大型の猫科魔物になった。
「グルル……」
正直、生きた心地はしなかった。叫んだり、チビらなかっただけでも、あの時の俺を褒めてやりたい。
魔術師のお嬢ちゃん——レイは、本当に猫の子を扱うようにキラーベンガルを撫でるし、キラーベンガルの方も非常に懐いているようで、野生の生き物とは違った、家猫のような穏やかな瞳で主人を見つめていた。
その後もレイは、魔術師の試験で中級魔術を披露し、なかなかこの先が楽しみな新人だと感じた。
***
銀の不死鳥は不思議なパーティーだ。
どうやら、ライがレイとレヴィの冒険者の教師役で、レヴィはレイの護衛役だという——完全に訳ありなパーティーだ。
冒険者の不文律もあり、誰も詳しいことは銀の不死鳥メンバーに尋ねたりはしないが、おそらく、知ったら命が危うくなる案件だ——ここら辺の嗅ぎ分けができないと、冒険者として長生きはできないだろう。
予測ではあるが、レイは良い家柄の子供だ。
礼儀正しく、きちんとした様子から、かなりの教育を受けてきたと思われる——これだけの教育を施せるのは上流階級の子供だけだ。
ただ、もしかしたら妾の子などの弱い立場なのかもしれない。
同年代の子供と比べても随分小さく、あまり満足に食事もとれていなかった可能性もある——一度、街の食堂で銀の不死鳥メンバーとばったり出会い、一緒に食事をしたが、「マッドボアのお肉は初めてです! 柔らかくて、すっごく美味しいです!」と目をキラキラさせてレイは頬張っていた。
今時、どんな家庭の子供もマッドボアの肉ぐらい、食べたことはある——それだけ、生まれ育った環境が過酷だったのだろう……俺は後でこっそり男泣きした。
レイは幼いながらもしっかり者で、余計に生まれ育った環境の過酷さが偲ばれた……しっかりしないと生きていけなかったのだろう。
ただ、ライのような良い教師やレヴィのような凄腕の護衛を付けてもらえるだけ、親父さんの方はレイを大事にも思っているのだろう。
時々、父親の話をしているのも聞こえてくるし、ライもレイの父親についてはかなり慕っているようで、人格者ではあるのだと思われる。
ライは銀の不死鳥パーティーのリーダーだ。
一目で、ランクの高い冒険者だとは感じていた。高ランクの冒険者は独特の雰囲気や威圧感を持っている者が多いし、ライにもそれは当てはまった。確認してみれば、かなりブランクはあれど、Aランク冒険者だった。
ライは良い教師のようだった。
よく空き地でレイの氷魔術の面倒を見ていて、はたから見ていても、指導は的確だった。
レイやレヴィの様子を見ていても、ライから基礎をしっかり教えられているようで、冒険者としての判断や動きも良くできていた。
時々、ギルドの他の冒険者からも教えを請われていて、いろいろと丁寧に説明している様子からは、立派な指導者としての資質を感じた。
「ほ~ら、琥珀。おやつだぞ~」
「にゃ!」
そして、ごく稀にだが、こっそりレイの使い魔を連れ出しておやつをあげたり、遊んであげているのを見かけた。
普段厳しい教師役でもあるゴツい冒険者のおっさんが、可愛い子猫と遊ぶ姿は、そのギャップからギルド内に隠れファンを生んでいたらしい……
……別に悔しくはない。ライは高ランク冒険者らしく知識も判断力もあり、ギルマスの俺と同じ目線で話ができる貴重な人材だ。他の冒険者たちにも慕われている。さらには現役の冒険者剣士として、かなり大柄で、ゴツい。
だが、同じおっさんでもあるし、大柄でゴツい俺が野良猫に餌をあげても愛でても、誰も「可愛い」と言ってくれないのは何故なのか!
……別に悔しいわけじゃない、疑問に思うだけなんだ!
レヴィは人の気配がしなくて不気味な奴だと感じた——一目見た瞬間にそう思ったのだ。冒険者としてのカンだ。
今まで仕事柄、いろんな奴らに出会ってきたが、こういう感覚ははじめてだった。人であって、人でないような、得体の知れない不気味さだった。
いつもレイの後をついて歩き、よくぼーっとしていたり、レイからいろいろ諭されている姿を見ていると、いったいどっちが年上なのか分からなくなる。
普段から淡々としていて感情は読みづらく、時々、不意に無垢な目線になったりして、よく「こいつ、大人として大丈夫か?」とも思う。
ただ、解体場に持ち込まれた魔物の切り口を見るに、相当な剣の手練れのようだった。詳しく話を聞くと、レヴィがトドメを刺したようだった。
存在感の薄さからあまり注目はされていないが、普段の歩き方や身のこなしから、正直、剣だけで言えばうちのギルド一かもしれない……
剣の才能の代わりに、何か大切なものを差し出したんじゃないだろうかとも思えるほどだ。
レイは時々、レヴィにいろいろ教えていた。
大抵は、人としてどう感じるものなのか、とか、人はなぜこう考えるのかなどといったことを、まだ人生にこなれていない子供に噛み砕いて諭すように教えていた。
「それ、子供が大人に教えるものなのか?」とも思ったが、普段ぼーっとしてて、人間味の薄いレヴィのことだ、きっと、そこら辺がよく分かってないのだろう……
こいつだけはいまいち掴めず、今でも少し苦手だ。
最近、新たに弓士が銀の不死鳥に加入した——ルーファスだ。
こいつがうちのギルドに来た時も衝撃的だった。
自分の執務室で仕事をしていると、ギルドのホールの方が随分と騒がしくなっていたのに気づいた。
また喧嘩か何かか……と重い腰を上げてホールに顔を出せば、かなりの色男が受付にいた——ギルドの女性職員も、冒険者の女性陣も、美貌のルーファスに釘付けだった。逆に男性陣はどいつもこいつも厳しい視線をルーファスに向けていた。
……これは荒れるな……
瞬時に理解した——数年に一度は現れる、イケメン災害だ。
こういう輩が現れると、ギルド内の風紀が乱れ、あちこちでキャットファイトや痴話喧嘩が勃発し、冒険者パーティーの解散や再編が起こりまくる……
こういった時は、イケメンが他の地に移るか、大人しく誰かと身を固めるかしない限りは収まらない……なお、イケメンの女癖の悪さによってはその限りではないがな。
ルーファスの美貌や物腰の柔らかさを見るに、下手をすれば過去最大規模の被害になる恐れがある……
俺は早速、銀の不死鳥メンバーを応接室に呼び出した。
高位の竜絡みで、頭の痛い案件があることを思い出したのだ——Bランク冒険者のルーファスが加わるなら、いけそうな案件だ。
イケメン災害をやり過ごすには、イケメンを長期の依頼に行かせて、できるだけ冒険者ギルドから遠ざけることが大事だ。
思惑通り、銀の不死鳥は指名依頼に向かってくれた。
俺はホッと胸を撫で下ろして、束の間の平和に喜んだ。
***
その後、やはりというか、必然というか。ライの人気票はごっそりルーファスに持っていかれた。まあ、少しくらいはざまあみろとは思った……いや、共通の敵ができたのだ。戦友になった気分だ。
さらにその後、まさか押さえ役でもあるライが銀の不死鳥から抜け、ルーファスがリーダーになるとは……
ライが冒険者を辞めて元の仕事に戻るのを「残念だ」と言った気持ちは本心からだった。
むしろ、行かないでくれと縋りたい思いもあった。
だが、俺たちは冒険者だ。
来る者は拒まず、去る者は追わず、も不文律だ——さまざまな経緯で冒険者になる者が多いのであれば、さまざまな経緯で冒険者を辞める者も多いのだ。
俺はこのイケメン災害に一人で立ち向かっていかなければならない……せめてもの救いは、ルーファス自身があまり女性に興味を示しておらず、彼女たちの秋波も上手く躱しているということだった。
……俺の戦いはこれからだ!!!
セルバの街の冒険者ギルドでギルドマスターをしている。
親父もお袋もセルバの冒険者で、俺も両親を見習って幼い頃から冒険者の真似事をしていた。
三十路前にAランク冒険者に昇格し、それから十年以上、セルバでトップの冒険者チームを率いてきた。
さすがに四十代に入ってからは、そろそろ現役冒険者でいるのも体力的にキツくなってきて、少しずつギルド内の仕事も覚えるようになった——先代のギルドマスターが歳で引退したのをきっかけに、俺がその後を引き継いだ。
冒険者は、訳ありの者が多く、さまざまな経緯でこの職業に就く者が多い。「過去のことは詮索しない」は冒険者の基本だし、時にはそれが身を守ることもある——下手に知って消えていった奴らを俺は何人も見てきた。
だからと言って、何も知らないのもまたリスクになる。
某国では、とある王子が好んで冒険者に身をやつしているらしいし、そういう奴に下手に絡んで、出る所に出れば、不敬罪で処罰される可能性もある。
知ることもリスク、知らないこともリスク、どちらが絶対的に正しいというわけではなく、その時々に正解を選ばなければならない、と言った方が正確だ。
結局、冒険者は運も良くなければやっていけない仕事なのだ。
***
そいつらがうちの冒険者ギルドに来た時のことはよく覚えている。今までに無かったパターンだったからだ。
俺が自身の執務机で書類の整理をしていると、その知らせはやってきた。
「ギルマス、少し確認していただきたいのですが……」
「どうした?」
「新たに冒険者登録された方の使い魔について、確認していただきたいのです」
受付のシドニーだ。普段は淡々と業務をこなしてる、落ち着いてクールな職員だ。珍しく慌てている。
「また自分ちのただの番犬を連れて来て、使い魔登録しろとか無茶でも言われたのか? それとも、今度は猫か?」
「いえ……ただあまりにも珍しい魔物だったので」
「それで?」
「キラーベンガルです」
「はぁっ?」
思わず大声が出た。
シドニーもびくりと身じろぎをする。
俺は信じられなかった。Aランクの肉食のネコ科魔物だ。討伐対象になりはしても、使い魔になるような種類ではない。何十年も冒険者をやってきた俺でも数回しかお目にかかったことはないし、遠くに見つけた瞬間に即時撤退の判断をするような相手だ。
「受付にいるのか?」
「……はい」
ふざけるな。そんな危ないもんをうちのギルドに持ち込むな、そう半ば怒りながら受付まで出て行くと、そこにはキラーベンガルはいない代わりに、冒険者の剣士が二人と、ルーキーらしい魔術師の少女がいた。
応接室にそいつらを通し、早速、キラーベンガルを見せてもらったが……どうやらまだ幼生体のようだった。
これだけ小さければまだ人に懐く可能性もあるだろうと、内心ほっとしていれば、縮小化魔術で小さくなってるだけの成獣だそうだ。
「元の大きさに戻しましょうか?」
「ああ、見たいな」
俺はギルドマスターとして、この冒険者ギルドを預かる身として、リスクになりそうなことは確認しなければならない……………
「琥珀」
「な~ん」
子猫サイズのキラーベンガルが一声鳴くと、大型の猫科魔物になった。
「グルル……」
正直、生きた心地はしなかった。叫んだり、チビらなかっただけでも、あの時の俺を褒めてやりたい。
魔術師のお嬢ちゃん——レイは、本当に猫の子を扱うようにキラーベンガルを撫でるし、キラーベンガルの方も非常に懐いているようで、野生の生き物とは違った、家猫のような穏やかな瞳で主人を見つめていた。
その後もレイは、魔術師の試験で中級魔術を披露し、なかなかこの先が楽しみな新人だと感じた。
***
銀の不死鳥は不思議なパーティーだ。
どうやら、ライがレイとレヴィの冒険者の教師役で、レヴィはレイの護衛役だという——完全に訳ありなパーティーだ。
冒険者の不文律もあり、誰も詳しいことは銀の不死鳥メンバーに尋ねたりはしないが、おそらく、知ったら命が危うくなる案件だ——ここら辺の嗅ぎ分けができないと、冒険者として長生きはできないだろう。
予測ではあるが、レイは良い家柄の子供だ。
礼儀正しく、きちんとした様子から、かなりの教育を受けてきたと思われる——これだけの教育を施せるのは上流階級の子供だけだ。
ただ、もしかしたら妾の子などの弱い立場なのかもしれない。
同年代の子供と比べても随分小さく、あまり満足に食事もとれていなかった可能性もある——一度、街の食堂で銀の不死鳥メンバーとばったり出会い、一緒に食事をしたが、「マッドボアのお肉は初めてです! 柔らかくて、すっごく美味しいです!」と目をキラキラさせてレイは頬張っていた。
今時、どんな家庭の子供もマッドボアの肉ぐらい、食べたことはある——それだけ、生まれ育った環境が過酷だったのだろう……俺は後でこっそり男泣きした。
レイは幼いながらもしっかり者で、余計に生まれ育った環境の過酷さが偲ばれた……しっかりしないと生きていけなかったのだろう。
ただ、ライのような良い教師やレヴィのような凄腕の護衛を付けてもらえるだけ、親父さんの方はレイを大事にも思っているのだろう。
時々、父親の話をしているのも聞こえてくるし、ライもレイの父親についてはかなり慕っているようで、人格者ではあるのだと思われる。
ライは銀の不死鳥パーティーのリーダーだ。
一目で、ランクの高い冒険者だとは感じていた。高ランクの冒険者は独特の雰囲気や威圧感を持っている者が多いし、ライにもそれは当てはまった。確認してみれば、かなりブランクはあれど、Aランク冒険者だった。
ライは良い教師のようだった。
よく空き地でレイの氷魔術の面倒を見ていて、はたから見ていても、指導は的確だった。
レイやレヴィの様子を見ていても、ライから基礎をしっかり教えられているようで、冒険者としての判断や動きも良くできていた。
時々、ギルドの他の冒険者からも教えを請われていて、いろいろと丁寧に説明している様子からは、立派な指導者としての資質を感じた。
「ほ~ら、琥珀。おやつだぞ~」
「にゃ!」
そして、ごく稀にだが、こっそりレイの使い魔を連れ出しておやつをあげたり、遊んであげているのを見かけた。
普段厳しい教師役でもあるゴツい冒険者のおっさんが、可愛い子猫と遊ぶ姿は、そのギャップからギルド内に隠れファンを生んでいたらしい……
……別に悔しくはない。ライは高ランク冒険者らしく知識も判断力もあり、ギルマスの俺と同じ目線で話ができる貴重な人材だ。他の冒険者たちにも慕われている。さらには現役の冒険者剣士として、かなり大柄で、ゴツい。
だが、同じおっさんでもあるし、大柄でゴツい俺が野良猫に餌をあげても愛でても、誰も「可愛い」と言ってくれないのは何故なのか!
……別に悔しいわけじゃない、疑問に思うだけなんだ!
レヴィは人の気配がしなくて不気味な奴だと感じた——一目見た瞬間にそう思ったのだ。冒険者としてのカンだ。
今まで仕事柄、いろんな奴らに出会ってきたが、こういう感覚ははじめてだった。人であって、人でないような、得体の知れない不気味さだった。
いつもレイの後をついて歩き、よくぼーっとしていたり、レイからいろいろ諭されている姿を見ていると、いったいどっちが年上なのか分からなくなる。
普段から淡々としていて感情は読みづらく、時々、不意に無垢な目線になったりして、よく「こいつ、大人として大丈夫か?」とも思う。
ただ、解体場に持ち込まれた魔物の切り口を見るに、相当な剣の手練れのようだった。詳しく話を聞くと、レヴィがトドメを刺したようだった。
存在感の薄さからあまり注目はされていないが、普段の歩き方や身のこなしから、正直、剣だけで言えばうちのギルド一かもしれない……
剣の才能の代わりに、何か大切なものを差し出したんじゃないだろうかとも思えるほどだ。
レイは時々、レヴィにいろいろ教えていた。
大抵は、人としてどう感じるものなのか、とか、人はなぜこう考えるのかなどといったことを、まだ人生にこなれていない子供に噛み砕いて諭すように教えていた。
「それ、子供が大人に教えるものなのか?」とも思ったが、普段ぼーっとしてて、人間味の薄いレヴィのことだ、きっと、そこら辺がよく分かってないのだろう……
こいつだけはいまいち掴めず、今でも少し苦手だ。
最近、新たに弓士が銀の不死鳥に加入した——ルーファスだ。
こいつがうちのギルドに来た時も衝撃的だった。
自分の執務室で仕事をしていると、ギルドのホールの方が随分と騒がしくなっていたのに気づいた。
また喧嘩か何かか……と重い腰を上げてホールに顔を出せば、かなりの色男が受付にいた——ギルドの女性職員も、冒険者の女性陣も、美貌のルーファスに釘付けだった。逆に男性陣はどいつもこいつも厳しい視線をルーファスに向けていた。
……これは荒れるな……
瞬時に理解した——数年に一度は現れる、イケメン災害だ。
こういう輩が現れると、ギルド内の風紀が乱れ、あちこちでキャットファイトや痴話喧嘩が勃発し、冒険者パーティーの解散や再編が起こりまくる……
こういった時は、イケメンが他の地に移るか、大人しく誰かと身を固めるかしない限りは収まらない……なお、イケメンの女癖の悪さによってはその限りではないがな。
ルーファスの美貌や物腰の柔らかさを見るに、下手をすれば過去最大規模の被害になる恐れがある……
俺は早速、銀の不死鳥メンバーを応接室に呼び出した。
高位の竜絡みで、頭の痛い案件があることを思い出したのだ——Bランク冒険者のルーファスが加わるなら、いけそうな案件だ。
イケメン災害をやり過ごすには、イケメンを長期の依頼に行かせて、できるだけ冒険者ギルドから遠ざけることが大事だ。
思惑通り、銀の不死鳥は指名依頼に向かってくれた。
俺はホッと胸を撫で下ろして、束の間の平和に喜んだ。
***
その後、やはりというか、必然というか。ライの人気票はごっそりルーファスに持っていかれた。まあ、少しくらいはざまあみろとは思った……いや、共通の敵ができたのだ。戦友になった気分だ。
さらにその後、まさか押さえ役でもあるライが銀の不死鳥から抜け、ルーファスがリーダーになるとは……
ライが冒険者を辞めて元の仕事に戻るのを「残念だ」と言った気持ちは本心からだった。
むしろ、行かないでくれと縋りたい思いもあった。
だが、俺たちは冒険者だ。
来る者は拒まず、去る者は追わず、も不文律だ——さまざまな経緯で冒険者になる者が多いのであれば、さまざまな経緯で冒険者を辞める者も多いのだ。
俺はこのイケメン災害に一人で立ち向かっていかなければならない……せめてもの救いは、ルーファス自身があまり女性に興味を示しておらず、彼女たちの秋波も上手く躱しているということだった。
……俺の戦いはこれからだ!!!
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