鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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ガラテア3

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「……という夢を見ました」

 朝食の席でレイが浮かない顔で今朝の夢を報告すると、ライたちは険しい顔をして、じっと静かに聴いてくれていた。

「スキルや魔力の適性によっては、レイみたいに夢や白昼夢なんかで、その土地の記憶や過去の出来事を見たりするとは聞いたことあるけど……」
「もしかしたら、レイの夢は今回の事に関わりがあるかもな。レイは水属性が異様に強いから、それで同調したんだろ」
「そうなんですね……」

 ルーファスとライの説明に、レイはしゅんと目線を落とした。
 あの夢は深い悲しみもあったが、それ以上に、奥底にマグマのように熱く煮え立つ怒りもあった。

(上位竜は、国を滅ぼすほどの力を持ってるっていうし、あのまま放っておいたらいつか噴火してしまいそう……そうなったら、この村も危ないかも……)

「……もし、あの夢が本当で、水竜が怒ったら、どうなるんですか?」
「そうだな……もし、ガラテアが大技を撃つようなことがあれば、タラッサ村は水底に沈むだろうな」

 ライが真っ直ぐにレイを見つめて言った。

「それだけじゃなくて、技の威力によっては、湖の下流域の村や街も流される可能性があるよ」
「そんな……!」
「高位の竜とはそういうものだからね。昔から竜に滅ぼされた国や街は、数え切れないほどあるよ」

 ルーファスの竜の説明に、レイは顔を青ざめさせた。

(あの夢の状況だと、もうあまり時間が残っていないかも……)

「だから、高位の竜の案件は最優先事項なんだ。下手すれば広範囲に被害が及んで、国ごと滅びる恐れがあるからな……さ、飯も食ったし、そろそろ行くか!」

 ライが膝を打って立ち上がった。他のメンバーも静かに頷いて、出立の準備を始めた。


***


 朝食が終わると、すぐにレイたちはナイアド湖に向かった。湖はタラッサ村から徒歩三十分ほどの場所にある。
 よく村人が村と湖を行き来しているためか、人が踏みならした小道ができていた。

「……本当に、不気味なぐらい静まりかえっているな。おそらくここもガラテアの縄張りだろうから、彼女がピリピリして、他の生き物が逃げ出したか、隠れているか……」

 先頭を歩くライが眉間に皺を寄せて呟いた。森の異様な雰囲気に、彼も警戒しているようだ。

「霧が出てきましたね」
「湖が近いのでしょう」

 レイとレヴィも軽く言葉を交わしていたその時、

 グオオオォォォーーーン……

「……ガラテアだね。温厚な水竜が鳴くなんて、珍しい」

 ルーファスも顔を上げた。とても苦い表情だ。

「なんだか、泣いてるようです。すごく、切ないです……」
「レイ、大丈夫ですか?」
「えっ?」

 レヴィの言葉に、レイはハッとなった。気づけば、自然とポロポロと涙を流していたのだ。

 ルーファスがすかさず、ハンカチをレイに差し出した。
 レイもハンカチを受け取って涙を拭くが、自分自身は悲しくないのに、次々と悲しみの涙が溢れ出てくる、不思議な感覚だ。

「……っ、ごめんなさい。なぜだか、止まらなくて……」
「レイは水属性の適性が高いからな、ガラテアに同調したんだろ。何か感じるか?」
「……すごく、悲しくて、悲しくて。それでいて、許せないです……」
「悲しくて、許せないか……とにかく、湖まで急ごう」

 ライもレイの背中を優しくさすると、湖までの道を促した。


 ナイアド湖に到着すると、そこは白く濃い霧に覆われていた。数メートル先に何があるのかも分からない状態だ。時折、グオオオォォォーーーンと水竜の遠吠えが霧の中から聞こえてきた。

「探索魔術も効かないですね」
「ああ、方向感覚も狂わされてるね。うちの里と同じものだよ」

 探索魔術を展開していたレイは首を横に振った。涙は一段落したものの、胸のあたりには悲しみや不安感がモヤモヤと渦巻いていて、ずっと落ち着かないでいる。

 ナイアド湖周辺は高位の水竜の影響か、霧の魔術が展開されている影響か、強い魔力が溢れていて、余計に不安定な気分だ。

「どうやったら目的地までたどり着けるんですか?」
「うちの里の場合は、術者に認められた者か、その認められた者と一緒に里に入る以外は、たどり着けないようになってるよ」
「結構複雑だな。ここだと、ガラテアに認められた者だけか……」
「おそらくは」

 銀の不死鳥メンバーは、困惑顔で顔を見合わせた。

「とにかく、どこからか入れないか、少し歩いてみるか」
「そうしましょう」

 ライの提案に、銀の不死鳥メンバーが頷いた。


 湖の周りを少し歩き始めた途端、レイは違和感を感じた。

(ん? ……さっきの霧とちょっと違う??? 霧に含まれてる魔力量が減った?)

「ルーファス、ちょっとさっきの霧と違いませ……んか……あれ?」

 レイが周囲を見回すと、いつの間にか銀の不死鳥メンバーは消えていて、少し先の霧が薄くなっていた。
 霧の先には、日の光をキラキラと反射している静かな湖が少しだけ顔を覗かせていた。

 琥珀はレイのローブのフードに入っていたので、今は琥珀だけがそばにいる。

『みんなの気配、しないよ』
「みんな、どこ行っちゃったんでしょう……」

 グオオオォォォーーーン……

 さっきよりもはっきりと、哀愁漂う竜の鳴き声が響いていた。

「……泣いてる」

(胸が締め付けられるように悲しくて、苦しい……それから、沸々と、マグマのように底に溜まっている、怒り)

 レイはフラフラと、導かれるように、ガラテアの鳴き声がする方へと歩いて行った。


***


「レーイ! どこ行った!」
「レイ! 聞こえるか!?」

 ライとルーファスは、声を張りあげて、彼女に呼びかけている。少し歩いて、すぐに異変に気づいたのだ。

「……レイの気配がしません……」

 レヴィが珍しく、眉間に皺を寄せてぽつりと呟いた。非常に悔しそうだ。

「レヴィでも分からないか……」

 ルーフファスの表情にも焦りが見える。聖剣が持ち主を見失ったのだ、余程のことだ。しかもこの湖周辺は高位の水竜の縄張りで、何が起こるか分からない。

「……となると、霧の中か。今朝の夢のこともあるし、さっきもレイはガラテアの声に同調していたからな、それで味方だと思われたのかもしれん」

 ライが太い腕を組んで、おそらく湖があるであろう霧深い場所を睨み付けた。

「どうか、無事でいてくれ……」

 霧の先へはこれ以上進むことができず、銀の不死鳥メンバーに心配と焦りだけが募った。


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