鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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ルーファスのユグドラ訪問

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 ルーファスは生まれて初めてユグドラに入った。
 噂に聞きしユグドラの大樹を中央に据え、エルフやドワーフといった亜人や妖精、精霊、魔物などさまざまな種族が暮らす都市——この世界の真の中心地だ。

 高度に防御結界が張られた城壁を潜ると、ルーファスはまずユグドラ全体が醸し出す雰囲気に圧倒された。
 豊富な魔力、街の所々に溢れる魔術、そこに暮らす人々の活気、そして何よりも大樹ユグドラの存在感だ。
 また、これだけの異種族が揃い集まって暮らしながらも、平和が保たれていることにも感心した。特に魔物は人型が多く、高ランクの者が多いのにも目を引かれた——血の気が多いはずの高ランク帯の魔物が多いのに、ユグドラに争いの気配は見受けられなかった。

 ルーファスは、噂に違わぬユグドラの魔力の多さにも驚かされた。
 魔力を糧にする者が一度でもユグドラに入ると二度と外に出たくなくなる、と言われているが、それも大袈裟ではないと思わされた。何よりも澄んだ魔力の質や、全属性を含んでいて、どんな生き物にとっても糧になるのも、多くの者に好まれる理由だろう。

(本当に、こんな所に魔剣が……?)

 ルーファスは俄には信じられなかった。それだけここは穏やかで平和そうに見えたのだ。

(かなりの瘴気を含んでいるはずだが、こんなに人の多い街中に置いても大丈夫なのだろうか? もしくは高度な魔術を扱うユグドラだ……瘴気を封じるような術式や魔道具でもあるのだろうか?)

 ルーファスは、ユグドラのあちこちに目をやりつつ頭の片隅で考えていた。

「君はユグドラは初めてだったかな?」

 不意にフェリクスに声を掛けられた。彼は本日は教会の大司教の服装ではなく、シンプルなワイン色のニットにグレーのパンツ姿だ。
 一応、存在圧を抑えてはいるものの、先代魔王の威厳は隠しきれていないようで、街中ですれ違う魔物や妖精、精霊などから一目を置かれているような雰囲気を感じる。

「はい、そうです。噂以上にすごい所ですね。魔力もそうですが、街のあちこちで使われている魔術も高度なものが多いですし、魔物も高ランクな者が多いですね。これだけの者が集まって治安は問題ないのでしょうか?」
「ユグドラは殺生は御法度だからね。ここで他の者を殺して追い出されるより、大人しくしてユグドラの恩恵にあずかった方がいいからね。町中に高位の者が多くて、何かあってもすぐ止められるから、暴れるような者はあまりいないというのもあるけど」
「確かに、これだけ実力者が多ければ、すぐに鎮圧されそうですね……」

 ルーファスはうすら寒く感じながらそう答えた。これだけ高位者が集まる街は他に見たことが無かった。

(ここなら、当代剣聖が暴走しても直ぐに止められそうだな……)

「そうそう、剣聖はこの前、ライオネルから冒険者の手解てほどきを受けたばかりだから。何回か冒険者として仕事をこなしたみたいだよ。それで、ずっとライオネルに頼りきりも良くないし、彼の代わりにパーティーメンバーに加わって欲しいんだ」
「ライオネル猊下が直々にお相手されてるのですか!?」

 ルーファスにとって初耳だった。思わず目を見開いてフェリクスを見つめた。

(猊下自ら面倒をみられるほど、教会側は当代剣聖に目をかけているのか? 剣聖を取り込むにしても、魔剣では聖剣の騎士にはなれないのでは? 教会の聖属性魔術で魔剣の瘴気を抑えるのか? あるいはフェリクス様なら浄化も可能か?)

……ルーファスはぐるぐるとあらゆることを考えた。教皇ライオネルの加担は想定外だった。教会も絡むなら、光の大司教として剣聖と何某かの関わりができてしまう。そうなると、下手をすれば光竜の里にも影響が出るかもしれない。

「ああ、教会は剣聖を取り込む予定はないから。あと、ライオネルは誰が剣聖か知らないから、内緒だね」

 ルーファスは目を丸くしてフェリクスの方を振り向いた。

「……よろしいので?」

(……どういうことだ? 教皇猊下もご存知ない???)

「うん。元々教会に取り込まない者が剣聖になったからね。ライオネルがいるのは、たまたま興味を持ったからだよ」
「たまたま……」

(猊下自ら関わっておきながら、取り込むつもりはないと……元々取り込まないと決めていた者というのもイレギュラーだな……)

 ルーファスの中で、剣聖についてさらに謎が深まっていった。

 結局、ルーファスは考えがさらに混乱したまま、ユグドラの樹にまでたどり着いてしまった。

 間近で見るユグドラの樹は非常に大きく、見上げると首が痛くなるほどだった。幹も異常に太く、どっしりとしている。その枝ぶりや葉はまるで空を覆い隠そうとするほどだ。根は地上部分にも太く立派にゴツゴツとせり出しており、一部は苔むしている。
 樹の南側の根本には、石造りの幅の広い階段があり、その先には空間魔術で作られた大きな出入り口があった。ここからユグドラの樹の中へと入れるようだ。

「義父さん! おかえり!!」

 どしんっ! と少女がフェリクスに体当たりするのが見え、ルーファスは一瞬にして縮み上がった。

(な、何をしてくれてるんだ、この子は!!?)

 先代魔王に体当たりとは怖いもの知らずが過ぎる、とルーファスが恐れ慄いている横で、フェリクスは飛び付いてきた少女を抱き上げ、いい笑顔で「ただいま」と伝えていた。

(え?)

「えぇーーーっ!?」

 ルーファスの絶叫が、ユグドラの中心部に響き渡った。


***


「その……フェリクス様にお子様がいらっしゃったとは……存じ上げず、申し訳ございません……秘密保持魔術契約でしょうか???」

 ルーファスは混乱している。

 フェリクスとルーファスは、ユグドラの樹の小さな応接室に通された。
 向かいにはエルフにしては体格の良い男と、先程フェリクスに飛びついていた少女が座っていて、その少女の後ろには、護衛の男が立っている。

「義娘ができたのは最近だし、別にそこまで隠してはいないよ。あと、この子は教会には入れないからね。それだけ守ってもらえればいいかな」

 フェリクスは、王都で流行っている手土産の菓子を空間収納から取り出すと、卒なく少女に渡した。「僕の膝の上に座るかい?」とも訊いていたが、少女に首を横に振られ、少ししょんぼりしている。

 少女は長い黒髪をポニーテールにし、冒険者の魔術師のような格好をしている。すっきりと整った顔立ちで、アーモンド型の黒曜石のような黒色の瞳は、ルーファスを興味深そうに見つめている。

(……彼が剣聖か……)

 ルーファスは、少女の後ろにいる男をさりげなく視界に入れて観察した。

 背が高くがっしりとした体格は剣士らしく、動きに全く隙が無い。ブラウンの髪と瞳に誠実そうな面立ちで、特に印象は強くなく、どこにでもいそうな雰囲気を醸し出している。しっかり気を配っておかないと、周囲にこのまま溶け込んでしまいそうだ。

「ああ、そうそう。彼はルーファスと言って、光竜なんだ。うちの教会で光の大司教も務めているよ。そっちの彼はウィルフレッドといって管理者だ。その隣にいるのが義娘のレイで、三大魔女なんだ。レイの後ろにいるのが、護衛のレヴィだ」

 フェリクスが簡単にメンバーを紹介した。

「教会の次は光竜か?」

 ウィルフレッドがズバリと切り込んで尋ねた。鋭い視線をしている。低めの声音からしても、ルーファスをあまり歓迎していないようだ。

「うん。剣聖を確認したいんだって。魔剣レーヴァテインは瘴気が酷いだろうから、剣聖に影響してないか安全確認のようだよ。戦乱の火種にもなりかねないからね」
「なるほど……」

 フェリクスの言葉に、ウィルフレッドが難しい顔をしてうーんと唸りだした。気苦労を感じさせるような唸り方だ。

「あと、ルーファスにライオネルの後任をお願いしようと思って。いつまでも現教皇に冒険者をさせとくわけにはいかないからね。彼の代わりに、レイたちをサポートしてもらう予定だよ」
「……そういうのは決める前にこっちに相談してくれないか?」

 ウィルフレッドはげんなりとした顔をフェリクスに向けた。

「軽く先見もしたし、特に問題ないよ」
「……結局それかよ……」

 フェリクスはのほほんと答え、ウィルフレッドはがっくりと項垂れた。

「ということで、改めて紹介だね。当代剣聖のレイだ。後ろのレヴィは聖剣レーヴァテインだよ」

 にこりと微笑んだフェリクスの言葉に、ルーファスの思考は止まった。

(え?)

「えぇーーーっ!?」

 本日二度目のルーファスの絶叫が響いた。

(この子が当代剣聖??? この小ささじゃ魔剣を振れないだろう? いや、そもそも何で剣が人型を??? 聖剣ってどういうことだ??)

 ありとあらゆる疑問が湧き起こって、ルーファスは固まってしまった。

「……順番に説明した方が良さそうですね」

 レイはそう言うと、これまでの経緯をかいつまんで説明した。


 今度はルーファスが項垂れた。

「……とにかく、レーヴァテインの瘴気はレイさんが浄化したので、もう問題ないということですね?」

 両手で顔を覆った中からくぐもった声が漏れ聞こえてくる。

「そうです」

 レイがきっぱりと答えた。

「その、聖剣の姿というのも見せてもらえませんか? 剣を人型にするなど初めて聞いたもので、俄には信じられないのです」

 ルーファスが顔の覆いを取って、困り顔をあげて言った。

「いいですよ。レヴィ、こっちに来て」

 レイがレヴィを手招きして、ソファの前に回って来るよう指示した。隣に来たレヴィの手を握ると、人型を解除した——強い聖属性の魔力を帯びた、見事なロングソードが現れる。

「!? これは、確かに……」

 ルーファスは目を見張って、ロングソードをまじまじと見つめた。

「この長さだと私では持て余しちゃうので、いつも人型にしてます。一応、護衛の名目でそばにいさせるようにはしてます」
「私はできればレイに振って欲しいのです」
「う~ん、私には長すぎるかな……」
「そんな!」

 レヴィが剣の姿のまま、悲痛な声をあげる。

「この状態でも喋れるんですね……」

 ルーファスは信じられないものを見る目で聖剣を見つめている。

「ルーファスには、ライオネルの代わりに、レイが三大魔女で剣聖であること、レヴィが聖剣であることがバレないようにフォローしつつ、冒険者をやってもらいたいんだ」

 ルーファスの肩にポンッと手を置いて、フェリクスがこれからのことをにっこりと説明をした。

 ルーファスはぎこちなくフェリクスの方を向いた——とんでもない面倒を押し付けられたと理解した瞬間だった。


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