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フェリア・マギカ1
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「これが! 世界最大の魔術用品の定期市!?」
「そうだよ。この前来た時は時期じゃなかったからね。是非、連れて来たかったんだ」
初めての魔術用品の定期市に、レイは目をキラキラさせてはしゃいだ。
フェリクスがその様子を慈愛の目で見つめている。
「すごいです! 人もお店も、気球もいっぱいです!! わあ、空の妖精魔術もすごいです!」
レイはその場でぐるりと回って、定期市の会場を見渡した。
ひらりとリリスの形見分けでもらった、ネイビーの魔術師用のケープの裾が舞った。このケープを羽織ると、三大魔女でも中級魔術師に擬態できる優れものだ。
会場いっぱいの人やお店、空いっぱいのカラフルでかわいらしい気球、精霊の光や妖精魔術に、レイは感激している。
ゴツゴツとした奇岩と奇岩の間には、色とりどりの天幕を載せたテントが立てられ、店には様々な魔道具や魔術用品、魔術用の素材などが並べられている。
通りはたくさんの魔術師や観光客で、ひしめくように賑わっている。
空には、かわいらしくペイントされた気球がたくさん飛んでいて、目を凝らしてよく見ると、気球にはお店やイベントの広告が描かれているようだ。
気球が飛んでいない所では、妖精たちが、今回の定期市のイベント内容を、妖精魔術のキラキラと光る文字で、大空に書きつけている。
時々、妖精のいたずら書きもされていて、とてもかわいらしい。
精霊たちも、定期市の賑わいに興奮したのか、楽しそうに空へと舞い上がっている。
カパルディアは土地柄、岩や地や砂の精霊が多く、グレーや茶色、黄色などの淡い光が空で瞬いている。
カパルディアの魔術用品の定期市——フェリア・マギカは年二回、春と秋に開催される。
レイたちが魔道絵本の仕事でカパルディアを訪れた時は、残念ながら開催されていなかった。次は開催されている時に来ようと、フェリクスはレイと約束をしていたのだ。
親子水入らずの日帰り旅行なので、聖剣のレヴィも使い魔の琥珀も、今日はユグドラに待機だ。
***
「逸れると危ないからね。手を繋ごうか」
「はい!」
フェリクスとレイは手を繋いで、フェリア・マギカの通りを歩いた。
フェリクスは今日は、ロイヤルブルーのニットに、薄っすらとグレンチェック柄の入ったグレーのスラックス、上等な黒い革靴だ。フェリクスの髪色に近い白銀色のマフラーをしている。
レイと手を繋いで柔らかく微笑む姿は、義父親としての雰囲気がだんだんと板についてきている。
「本当にいろんな物が売ってますね。あれは何でしょう?」
レイの元の世界には魔道具は無かった。ぱっと見ただけでは、何に使うのかも想像できない物が多い。
レイが指差した先には、様々な色の丸い石をたくさん置いてある店があった。
「あれは魔石だね。魔力を持つ石だよ。魔道具の核に使われることが多いかな」
「へ~、魔道具はああいう綺麗な石で作ってるんですね。あ、あっちのお店は……ジュース屋さんでしょうか?」
「フェリア・マギカ限定の魔術ドリンクの店だね。どれかいただこうか」
魔術ドリンクは、普通のフルーツジュースやお茶に、魔術で効果を追加したり、後味を変更したりするものだ。フェリア・マギカの期間中に、出店でのみ販売されている。
「疲労回復、魔力量回復、二日酔い解消……こっちのは、後味がいちご味になったり、ぶどう味になるみたいです」
「気になるのはあったかい?」
「これにします!」
レイは、リンゴジュースの後味をオレンジ味にしてもらった。
店員は注文を受けると、リンゴジュースをカップに注ぎ、オレンジ味用の魔術陣の上に置いた。少しだけ魔力を込めると、後味がオレンジ味のリンゴジュースの出来上がりだ。
フェリクスは、お茶に疲労回復の効果を追加してもらった。作り方はレイが注文したものと全く同じようだ。
「不思議です! はじめはリンゴジュースなんですが、後からオレンジの香りと味に変わります! どっちのジュースも飲みたい時はいいですね」
「こっちの疲労回復のもいいね。きちんと効果がのるんだね。意外と即効性もあるし」
レイとフェリクスの感想に、魔術ジュース屋の店員もはにかんで「ありがとうございます」と微笑んでいた。
「そうだ、レイ。知り合いのところに少し顔を出したいんだけど、いいかい?」
「もちろん、いいですよ! ここから近いんですか?」
「工房街に住んでるんだ。レイもきっと驚くよ」
フェリクスが珍しく、いたずらっぽい目をしてレイを見つめた。
(私が驚くような人? ……どんな人だろ?)
レイは想像がつかず、きょとんとしたままフェリクスに連れられて行った。
***
フェリア・マギカの中心地から少し離れた工房街に、レイたちはやって来た。
フェリクスは、とある魔術工房の木戸をコンコンと叩いた。
竜が座っているような形の奇岩をそのまま家の壁に取り入れている、変わった工房だ。
「シルヴェスター、いるかい?」
しばらく待つと、黒鳶色の長い髪を一つにまとめ、同色の顎髭を生やした長身の男性が扉を開けた。
「おや? ……フェリクス様! ご無沙汰しております」
驚いて大きく見開いた彼の瞳は、魔物や精霊の王特有の黄金眼だった。
「立ち話もなんですので、どうぞ、お入り下さい」
シルヴェスターは、フェリクスたちを招き入れると、工房の壁に手を当てた。彼が少しだけ魔力を流すと、そこに岩でできた扉が現れた。
「こちらです」
扉の向こう側は、大きな地下空洞になっていて、こぢんまりとした邸宅があった。
地下空洞内では、朝顔のような青や紫色の花が壁面を覆うように生い茂っては光り、天井からは、鍾乳洞のように細く長く垂れ下がっている岩に藤のような花が巻き付き、そのたわわに垂れ下がった花は白やピンク、淡い紫色に光っている。
また、アルカダッドのグランバザールでも見かけた、この地域特有の丸みを帯びたランプも天井から垂れ下がっており、淡いオレンジ色の光で洞窟内を彩っている。
地下空洞内には岩や花の精霊が多く住んでいるようで、グレーや青、紫、ピンク、白など、色とりどりの淡い光の玉が浮遊している。
邸宅前の庭園部分には、枯山水のように奇岩が点々と配置され、白く淡く光る小石が、川の流れのように敷き詰められている。よく見ると、透明な水が流れ、幻影のようにぼーっと青や青緑色に光る小魚が泳いでいるようだ。
邸宅は、一部の壁が白い一枚岩でできた、白い煉瓦積みのものだ。
岩の無骨さと有機的な曲線、煉瓦積みの人の手が入って整えられた自然と人工の対比が、個性的なデザイナーズハウスのようで、とてもおしゃれだ。
邸宅の奥には、柘榴の大木が数本植わっている。
たくさんの柘榴の精霊が住み着いていて、この部分にだけ赤い光の玉がふわふわと浮かんでいる。
「いつ見てもすごい所だね。こだわって丁寧に作られてるし、魔力の調整も絶妙だ。これだけたくさんの精霊たちが集まるわけだよ」
フェリクスは目を細め、あたたかい眼差しでこの絶景を眺めている。
「恐れ入ります。創作は私の生き甲斐ですから。奇岩も魔道具も庭も家も、作り始めるといつの間にか時間は経っているし、作っているうちに『こうしたい』や『もっとこうすると良い』とどんどんイメージが浮かんでくるものですから、こだわってしまうんですよね。あの精霊たちは、ありがたいことに、ここを気に入って住み着いてくれた者たちです。みんな自主的に、ここに生えている草花の世話をしてくれるんです」
フェリクスの賛辞に、シルヴェスターは胸に手を当て、丁寧にお辞儀をした。
ここの精霊たちを見る目は非常に優しい。
レイは口をポカンとさせてあたりを見まわしている。言葉も出ないようだ。
カパルディアの奇岩と人が住む街が融合した個性的な風景も素敵だが、ここはもっと別格だ。神秘的ですらある。
シルヴェスターは、邸宅内の客間にフェリクスたちを通した。
無垢材のシンプルなテーブルと椅子が置かれ、ユークラスト地方らしいカラフルな幾何学模様の絨毯が敷いてあった。
シルヴェスターはテーブルに茶菓子を出すと、手ずから人数分の紅茶を淹れた。
「ここはアトリエに使用してるんですよ。普段はお客様をお通ししてないんですが、フェリクス様がいらした時には、なぜかここにお通ししたくなるのです」
「ああ、いつもすまないね。私もここが好きだから、ここに通してもらえると嬉しいよ」
「そう仰っていただけると光栄です」
イケオジ二人は、ほんわかと笑顔で和やかにおしゃべりしている。
「それで、本日はどのようなご用件で?」
「ああ、この子は僕の義娘でレイっていうんだけど、この子用に魔道具を作ってもらいたいんだ。魔力量を調整するものがいいかな」
フェリクスが、隣に座ったレイを促すように見た。
「管理者で、三大魔女のレイです。よろしくお願いします」
レイはぺこりとお辞儀をした。
「フェリクス様のお嬢様! ……はじめまして、岩竜王のシルヴェスターです。ようこそ、いらっしゃいました。このアトリエもそうですが、カパルディア一帯の奇岩は私の作品なんです。もし良かったら、楽しんでいってください」
シルヴェスターはフェリクスの「僕の義娘」発言に、瞳の中で星が煌めく黄金眼を丸くして驚いたが、気を取り直すと、丁寧に自己紹介をした。
「奇岩も、ここのお庭もお屋敷もとっても素敵ですので、楽しみです!」
「ええ、ゆっくりしていってください」
レイとシルヴェスターも和やかに挨拶を交わした。
シルヴェスターは、紅茶を一口飲んで落ち着くと、こほんと軽く咳払いして本題に入った。
「魔力量を調整する魔道具ということですが……そちらのケープ以外にもご入用ということですか?」
「そうだね。時期や場所によっては、このケープを着るわけにはいかないからね。指輪かネックレスか腕輪か——何か簡単に身につけられるものがいいね」
「それでしたら、指輪がいいですね。ただ、今はちょうど魔力量調整に合うような魔石を切らしておりまして……」
「ふむ……それなら僕が魔力を紡ごうかい? 僕の魔石であれば、作れるだろう?」
「ええ……ですが、よろしいので?」
「義娘のためだからね。このぐらい、問題ないよ」
フェリクスはにこりと微笑むと、テーブルの上で手を開いた。その手のひらからは、ポロポロと小さな宝石が転がり落ちてきた。無色透明なダイヤモンドのような宝石がほとんどだが、中には、フェニックスが翼に灯している炎のような色合いの宝石も混じっている。
「「おおーっ!」」
レイとシルヴェスターは、テーブルの上の宝石に釘付けになった。
「こんな貴重なものを扱えるとは……魔道具士にとって最高の誉です」
「わぁ~、綺麗! ……義父さん、これ使っていいの?」
「ああ、もちろんだよ。レイのために作ったんだ」
レイが振り向いて確認すると、フェリクスは穏やかに微笑んで頷いた。
シルヴェスターは、フェリクスの魔石を見て創作意欲が刺激されたのか、早々にレイの指のサイズを測って、簡単に好みのデザインを確認してきた。
彼は満面の笑みで、
「早速、作らせていただきますね。数日中にはできあがるかと思いますので、後ほどフェリクス様にお届けいたします」
と言い、すぐさま邸宅のアトリエに篭ってしまった。
「フェリア・マギカに戻ろうか?」
「はい! そうしましょう!」
フェリクスとレイは手を繋いで、シルヴェスターの工房を後にした。
「そうだよ。この前来た時は時期じゃなかったからね。是非、連れて来たかったんだ」
初めての魔術用品の定期市に、レイは目をキラキラさせてはしゃいだ。
フェリクスがその様子を慈愛の目で見つめている。
「すごいです! 人もお店も、気球もいっぱいです!! わあ、空の妖精魔術もすごいです!」
レイはその場でぐるりと回って、定期市の会場を見渡した。
ひらりとリリスの形見分けでもらった、ネイビーの魔術師用のケープの裾が舞った。このケープを羽織ると、三大魔女でも中級魔術師に擬態できる優れものだ。
会場いっぱいの人やお店、空いっぱいのカラフルでかわいらしい気球、精霊の光や妖精魔術に、レイは感激している。
ゴツゴツとした奇岩と奇岩の間には、色とりどりの天幕を載せたテントが立てられ、店には様々な魔道具や魔術用品、魔術用の素材などが並べられている。
通りはたくさんの魔術師や観光客で、ひしめくように賑わっている。
空には、かわいらしくペイントされた気球がたくさん飛んでいて、目を凝らしてよく見ると、気球にはお店やイベントの広告が描かれているようだ。
気球が飛んでいない所では、妖精たちが、今回の定期市のイベント内容を、妖精魔術のキラキラと光る文字で、大空に書きつけている。
時々、妖精のいたずら書きもされていて、とてもかわいらしい。
精霊たちも、定期市の賑わいに興奮したのか、楽しそうに空へと舞い上がっている。
カパルディアは土地柄、岩や地や砂の精霊が多く、グレーや茶色、黄色などの淡い光が空で瞬いている。
カパルディアの魔術用品の定期市——フェリア・マギカは年二回、春と秋に開催される。
レイたちが魔道絵本の仕事でカパルディアを訪れた時は、残念ながら開催されていなかった。次は開催されている時に来ようと、フェリクスはレイと約束をしていたのだ。
親子水入らずの日帰り旅行なので、聖剣のレヴィも使い魔の琥珀も、今日はユグドラに待機だ。
***
「逸れると危ないからね。手を繋ごうか」
「はい!」
フェリクスとレイは手を繋いで、フェリア・マギカの通りを歩いた。
フェリクスは今日は、ロイヤルブルーのニットに、薄っすらとグレンチェック柄の入ったグレーのスラックス、上等な黒い革靴だ。フェリクスの髪色に近い白銀色のマフラーをしている。
レイと手を繋いで柔らかく微笑む姿は、義父親としての雰囲気がだんだんと板についてきている。
「本当にいろんな物が売ってますね。あれは何でしょう?」
レイの元の世界には魔道具は無かった。ぱっと見ただけでは、何に使うのかも想像できない物が多い。
レイが指差した先には、様々な色の丸い石をたくさん置いてある店があった。
「あれは魔石だね。魔力を持つ石だよ。魔道具の核に使われることが多いかな」
「へ~、魔道具はああいう綺麗な石で作ってるんですね。あ、あっちのお店は……ジュース屋さんでしょうか?」
「フェリア・マギカ限定の魔術ドリンクの店だね。どれかいただこうか」
魔術ドリンクは、普通のフルーツジュースやお茶に、魔術で効果を追加したり、後味を変更したりするものだ。フェリア・マギカの期間中に、出店でのみ販売されている。
「疲労回復、魔力量回復、二日酔い解消……こっちのは、後味がいちご味になったり、ぶどう味になるみたいです」
「気になるのはあったかい?」
「これにします!」
レイは、リンゴジュースの後味をオレンジ味にしてもらった。
店員は注文を受けると、リンゴジュースをカップに注ぎ、オレンジ味用の魔術陣の上に置いた。少しだけ魔力を込めると、後味がオレンジ味のリンゴジュースの出来上がりだ。
フェリクスは、お茶に疲労回復の効果を追加してもらった。作り方はレイが注文したものと全く同じようだ。
「不思議です! はじめはリンゴジュースなんですが、後からオレンジの香りと味に変わります! どっちのジュースも飲みたい時はいいですね」
「こっちの疲労回復のもいいね。きちんと効果がのるんだね。意外と即効性もあるし」
レイとフェリクスの感想に、魔術ジュース屋の店員もはにかんで「ありがとうございます」と微笑んでいた。
「そうだ、レイ。知り合いのところに少し顔を出したいんだけど、いいかい?」
「もちろん、いいですよ! ここから近いんですか?」
「工房街に住んでるんだ。レイもきっと驚くよ」
フェリクスが珍しく、いたずらっぽい目をしてレイを見つめた。
(私が驚くような人? ……どんな人だろ?)
レイは想像がつかず、きょとんとしたままフェリクスに連れられて行った。
***
フェリア・マギカの中心地から少し離れた工房街に、レイたちはやって来た。
フェリクスは、とある魔術工房の木戸をコンコンと叩いた。
竜が座っているような形の奇岩をそのまま家の壁に取り入れている、変わった工房だ。
「シルヴェスター、いるかい?」
しばらく待つと、黒鳶色の長い髪を一つにまとめ、同色の顎髭を生やした長身の男性が扉を開けた。
「おや? ……フェリクス様! ご無沙汰しております」
驚いて大きく見開いた彼の瞳は、魔物や精霊の王特有の黄金眼だった。
「立ち話もなんですので、どうぞ、お入り下さい」
シルヴェスターは、フェリクスたちを招き入れると、工房の壁に手を当てた。彼が少しだけ魔力を流すと、そこに岩でできた扉が現れた。
「こちらです」
扉の向こう側は、大きな地下空洞になっていて、こぢんまりとした邸宅があった。
地下空洞内では、朝顔のような青や紫色の花が壁面を覆うように生い茂っては光り、天井からは、鍾乳洞のように細く長く垂れ下がっている岩に藤のような花が巻き付き、そのたわわに垂れ下がった花は白やピンク、淡い紫色に光っている。
また、アルカダッドのグランバザールでも見かけた、この地域特有の丸みを帯びたランプも天井から垂れ下がっており、淡いオレンジ色の光で洞窟内を彩っている。
地下空洞内には岩や花の精霊が多く住んでいるようで、グレーや青、紫、ピンク、白など、色とりどりの淡い光の玉が浮遊している。
邸宅前の庭園部分には、枯山水のように奇岩が点々と配置され、白く淡く光る小石が、川の流れのように敷き詰められている。よく見ると、透明な水が流れ、幻影のようにぼーっと青や青緑色に光る小魚が泳いでいるようだ。
邸宅は、一部の壁が白い一枚岩でできた、白い煉瓦積みのものだ。
岩の無骨さと有機的な曲線、煉瓦積みの人の手が入って整えられた自然と人工の対比が、個性的なデザイナーズハウスのようで、とてもおしゃれだ。
邸宅の奥には、柘榴の大木が数本植わっている。
たくさんの柘榴の精霊が住み着いていて、この部分にだけ赤い光の玉がふわふわと浮かんでいる。
「いつ見てもすごい所だね。こだわって丁寧に作られてるし、魔力の調整も絶妙だ。これだけたくさんの精霊たちが集まるわけだよ」
フェリクスは目を細め、あたたかい眼差しでこの絶景を眺めている。
「恐れ入ります。創作は私の生き甲斐ですから。奇岩も魔道具も庭も家も、作り始めるといつの間にか時間は経っているし、作っているうちに『こうしたい』や『もっとこうすると良い』とどんどんイメージが浮かんでくるものですから、こだわってしまうんですよね。あの精霊たちは、ありがたいことに、ここを気に入って住み着いてくれた者たちです。みんな自主的に、ここに生えている草花の世話をしてくれるんです」
フェリクスの賛辞に、シルヴェスターは胸に手を当て、丁寧にお辞儀をした。
ここの精霊たちを見る目は非常に優しい。
レイは口をポカンとさせてあたりを見まわしている。言葉も出ないようだ。
カパルディアの奇岩と人が住む街が融合した個性的な風景も素敵だが、ここはもっと別格だ。神秘的ですらある。
シルヴェスターは、邸宅内の客間にフェリクスたちを通した。
無垢材のシンプルなテーブルと椅子が置かれ、ユークラスト地方らしいカラフルな幾何学模様の絨毯が敷いてあった。
シルヴェスターはテーブルに茶菓子を出すと、手ずから人数分の紅茶を淹れた。
「ここはアトリエに使用してるんですよ。普段はお客様をお通ししてないんですが、フェリクス様がいらした時には、なぜかここにお通ししたくなるのです」
「ああ、いつもすまないね。私もここが好きだから、ここに通してもらえると嬉しいよ」
「そう仰っていただけると光栄です」
イケオジ二人は、ほんわかと笑顔で和やかにおしゃべりしている。
「それで、本日はどのようなご用件で?」
「ああ、この子は僕の義娘でレイっていうんだけど、この子用に魔道具を作ってもらいたいんだ。魔力量を調整するものがいいかな」
フェリクスが、隣に座ったレイを促すように見た。
「管理者で、三大魔女のレイです。よろしくお願いします」
レイはぺこりとお辞儀をした。
「フェリクス様のお嬢様! ……はじめまして、岩竜王のシルヴェスターです。ようこそ、いらっしゃいました。このアトリエもそうですが、カパルディア一帯の奇岩は私の作品なんです。もし良かったら、楽しんでいってください」
シルヴェスターはフェリクスの「僕の義娘」発言に、瞳の中で星が煌めく黄金眼を丸くして驚いたが、気を取り直すと、丁寧に自己紹介をした。
「奇岩も、ここのお庭もお屋敷もとっても素敵ですので、楽しみです!」
「ええ、ゆっくりしていってください」
レイとシルヴェスターも和やかに挨拶を交わした。
シルヴェスターは、紅茶を一口飲んで落ち着くと、こほんと軽く咳払いして本題に入った。
「魔力量を調整する魔道具ということですが……そちらのケープ以外にもご入用ということですか?」
「そうだね。時期や場所によっては、このケープを着るわけにはいかないからね。指輪かネックレスか腕輪か——何か簡単に身につけられるものがいいね」
「それでしたら、指輪がいいですね。ただ、今はちょうど魔力量調整に合うような魔石を切らしておりまして……」
「ふむ……それなら僕が魔力を紡ごうかい? 僕の魔石であれば、作れるだろう?」
「ええ……ですが、よろしいので?」
「義娘のためだからね。このぐらい、問題ないよ」
フェリクスはにこりと微笑むと、テーブルの上で手を開いた。その手のひらからは、ポロポロと小さな宝石が転がり落ちてきた。無色透明なダイヤモンドのような宝石がほとんどだが、中には、フェニックスが翼に灯している炎のような色合いの宝石も混じっている。
「「おおーっ!」」
レイとシルヴェスターは、テーブルの上の宝石に釘付けになった。
「こんな貴重なものを扱えるとは……魔道具士にとって最高の誉です」
「わぁ~、綺麗! ……義父さん、これ使っていいの?」
「ああ、もちろんだよ。レイのために作ったんだ」
レイが振り向いて確認すると、フェリクスは穏やかに微笑んで頷いた。
シルヴェスターは、フェリクスの魔石を見て創作意欲が刺激されたのか、早々にレイの指のサイズを測って、簡単に好みのデザインを確認してきた。
彼は満面の笑みで、
「早速、作らせていただきますね。数日中にはできあがるかと思いますので、後ほどフェリクス様にお届けいたします」
と言い、すぐさま邸宅のアトリエに篭ってしまった。
「フェリア・マギカに戻ろうか?」
「はい! そうしましょう!」
フェリクスとレイは手を繋いで、シルヴェスターの工房を後にした。
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