鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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白の領域3

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 族長の娘——フィリアが先導して歩き出した瞬間、ウィルフレッドが光の速さで防音結界を展開した。

「すまない! レイ!! 霧竜はユグドラの隣人で、ランクも高くて、下手に対応できないんだ! 族長にも世話になってるしな」

 ウィルフレッドが九十度の角度で謝罪の礼をとっている。謝罪の勢いで、いつもの名前で呼んでしまっている。

「大丈夫です。そういう理由では仕方ないですよね。あと、ここでは『カルロ』呼びでお願いします。『レイ』だとバレたら、大変そうです……」

 レイも眉を八の字に下げて、かなりの困り顔だ。フィリアとは先程初めて会ったばかりだが、彼女の様子を見ていると、下手をしたら刺されかねない危うさを感じた。できればお茶も早々に退散したい。

「そうなんだ、例の刃傷沙汰でユグドラの街の出禁をくらった子だ。普段は優しい子らしいんだが、アイザックが絡むと手がつけられなくなるらしい……」
「さくっとお茶をいただいて、バレない内にさくっと帰りましょう」
「そうだな、さっさと終わらせよう」

 師弟は目を合わせて頷き合った。

「でも、どうして私たちをお茶に誘ったのでしょう? 元々、アイザックを探されていたのでは?」

 レヴィがこてんと小首を傾げて質問をすると、「ああ、そこからか」と片手を額に当ててウィルフレッドが呟いた。

「おそらくフィリアさんは、レイ、いや、カルロの水属性の魔力に惹かれて気に入ったんだ。しかも今は男の子の姿をしてるからな、異性としても興味があるんだろう」

 ウィルフレッドは、人間の機微に疎い聖剣のレヴィに丁寧に説明し、レイは何となくそうだろうなとは薄々感じてはいたが、師匠の言葉から決定打をいただいてしまい遠い目をしている。

「なるほど! これが一目惚れというものですね!」

 レヴィはワンテンポ遅れて、目を丸くして手を打ち、何やら納得したようだった。


「みなさん、大丈夫ですか~?」

 フィリアが後ろを振り向いて、中々歩き出さない後続を心配して声をかけてきた。

「はい、すぐ行きます!」

 カルロが咄嗟にフィリアを振り向いて返事をした。

 そんなカルロを見たフィリアがうっとりと淡く頬を染め、「ああ、これは確定だ」とレイは内心、観念した。


***


 霧竜の里は、白の領域内にある。
 霧竜独自の結界を張っており、里の中には霧一つ無い。さすがに里の中まで霧深いと、日常生活に支障をきたすそうだ。
 グレーの煉瓦積みの家々は人型向けのサイズで、霧竜たちは基本的に人型で暮らしているらしい。

 畑には、白の領域独自の野菜や薬草が植えられ、白っぽいものが多く、中にはぼうっと蛍のように淡く光る不思議な植物も栽培されていた。
 里を囲うように、真っ白い葉の茶畑が、段々畑になっていて、霧竜の里の特産品になっているそうだ。

 族長の家に着くと、里内の他の民家の三倍くらいの大きさの立派な家だった。

「こちらです」

 フィリアに連れられて、族長宅の中へ案内された。


「おや、ウィルフレッド殿、お久しぶりです」

 カルロたちが家の中に入ると、壮年の男性に迎え入れられた。

 長身で痩せ気味だが、骨太のがっしりした男性だ。ストレートの白髪を肩口で切り揃え、同色の口髭も短く切り揃え厳つい顔立ちをしている。鋭いつり目はフィリアに似ていて、魔物の王を表す黄金眼だ。瞳の中で、細やかな星が煌めいている。
 藍色の作務衣のような簡素な格好をしている。

「お邪魔しております、族長。ご壮健そうで何よりです」

 ウィルフレッドが向き直って丁寧に挨拶をした。
 カルロとレヴィも一緒に頭を下げる。

「ご無沙汰しております、ウィルフレッド殿」

 族長は厳つい顔を緩めると、にこりと笑顔で挨拶をした。

「お父様、今日は白の領域の幻惑魔術を敷き直していただいたので、ご招待させていただきましたの」
「ああ、なるほど。それはそれは、ご苦労様です。ささ、どうぞ、こちらへ。大したおもてなしはできませんが、ごゆるりとお寛ぎ下さい」


 カルロたちは応接室に通された。
 応接室内は、白の領域原産の霧白樺で作られた淡い色味の木製の家具が置かれ、座面の布地に翡翠色にロイヤルブルーの格子状の模様が入ったソファが置かれている。壁には墨絵の掛け軸が飾られている。

 カルロたちが席に着くと、白の領域限定の霧茶と、茶請けに饅頭が出された。フィリアはさりげなくカルロの近くを陣取っている。

 霧茶は湯気の代わりに霧が立つお茶だ。同じ茶葉や淹れ方をしても、白の領域でしか霧は立たないそうだ。白の領域で育てられた茶葉は白く、発酵させて茶を淹れると、上品な淡い琥珀色の霧茶になる。レイの元の世界でいう白茶のように癖が無くて飲みやすい。

 饅頭は、以前、族長とその奥方が大陸東の島国に旅行に行った際に、現地で気に入ってレシピを覚えてきたそうだ。

(お饅頭! 懐かしい!!)

 カルロは懐かしい日本風の茶菓子に内心、大喜びだ。思わず、真っ先に手が伸びる。

 元の世界では饅頭はそこまで好きでも嫌いでも無かったが、日本食の一切無いこの世界だ。たとえどんな日本食でも、今のレイなら懐かしく思って、何でも美味しく食べられそうだ。旅先で偶然、旧友に出会えたかのような奇跡の感動だった。

「美味しい~!」

 カルロが一口食べて、にっこりと笑った。

 饅頭は、材料の関係もあるのか、日本のもののようにふっくらはしていないが、しっとりとした生地で、あんこは白餡にほくほくの栗が入っていた。十分に甘みがあり、一口含むと頬がキュッとほろ痛む。そして、日本のものに比べて、結構大きめなサイズ感だ。

 レヴィは初めて食べるようで、「このような菓子があるのですね」と感心して頷いている。

「ふふ。気に入っていただけて良かったですわ」

 カルロが目をキラキラさせて饅頭を頬張る姿を見つめて、フィリアは柔らかく目元を緩めた。
 森での印象とは打って変わって、微笑む姿は花が綻ぶようで、元の端正な顔立ちも相俟って、品の良い素敵なお嬢さんだ。


 甘いものを食べ、ほっと一息つき、応接室の空気も緩んだところで、新たに来客があった。

「フィリアー、アイザック様とアナベラを連れてきたぞー」

 応接室の扉を叩き、こちらの返事も待たずに、白い短髪の若い男性が入って来た。黄色いつり目や顔の造りから、フィリアの血縁のようだ。

「兄様、来客中ですよ! せめてこちらの返事を待ってから、扉を開けてください!」

 すかさずフィリアが顔を顰めてピシリと釘を刺す。

 フィリア兄の後ろには、びっくりして目を丸くしたアイザックと、ぽっちゃりした体格の、淡い水色のボブヘアの女性がいた。


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