鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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ユグドラ花祭り4

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 フェリクスの部屋はユグドラの樹、上階層にある。
 部屋の主人が普段は聖鳳教会本部にいるため、ほとんど使われてはいない。

「わあ! すごく広いし、おしゃれです!」

 レイは、初めて入ったフェリクスの部屋に目を輝かせた。

「ユグドラの樹内は、魔力がある限り部屋は拡張可能だからね。使いやすいように広げておいたんだ」

 フェリクスもレイに喜んでもらえて、にこにこと嬉しそうだ。

 フェリクスの部屋は、フェニックスをイメージしたような優美な線の家具で揃えられていた。
 家具の側面は有機的なカーブを描いていて、全体的にやや小ぶりな物が多い。羽とユグドラの樹や花の意匠が繊細に彫り込まれていて、持ち手の一つ一つにまで、細やかな細工が施されてる。

 家具はマホガニー素材で統一され、深みのある赤色を帯びたダークブラウンは、とても艶やかだ。
 椅子やシェーズ・ロングの布張り部分も、鮮やかだが落ち着きのあるダークチェリーレッドだ。淡いグレーの糸で、羽とユグドラの枝葉や花の意匠が織り込まれており、所々、銀糸も贅沢に使われている。

「何代か前のドワーフの管理者が作らせて欲しいって言ってきてね、折角だしお願いしたんだ」

 フェリクスは艶やかな家具にそっと手を置いて、思い出すように目を眇めた。

「伝説の名工の作品だからな、傷つけるなよ。アンティーク市場でもほぼ出回ってなくて、オークションで高値で落札されるような品だからな」

 なぜかついて来ていたウィルフレッドが解説してくれた。

 猫脚のテーブルや椅子、シェーズ・ロング、執務机、サイドチェストなど、レイの元の世界で言うロココ調の家具に雰囲気が近く、やはり女性に人気の家具作家なのだそうだ。
 ロココ調のものに比べて深みのある落ち着いた色合いで、線が少し太めで力強い曲線は、男性向けでもおかしくない感じだ。

「当時のドワーフの管理者が、フェリクスの鳥型に衝撃を受けたらしく、半ば強制的に作ったらしいぞ」

 確かに、白銀のボディに揺蕩う炎を灯すフェニックスの姿は、この世のものとは思えないほどの神々しさだ。
 家具にはフェニックスの意匠が随所に見られ、当時のドワーフの管理者に、多大な影響を与えたことが窺い知れる。


 バルコニースペースにはユグドラの花が積もっており、甘く爽やかな香りがしていた。

 フェリクスはバルコニーに結界を張り、風魔術で軽く花を払うと、空間収納からテーブルと人数分の椅子を取り出した。

 空間収納から出した家具もフェリクスの部屋の中のものと雰囲気が似ており、ウィルフレッドの顔が引き攣っていたので、おそらくかなり良いものだ。

 レイは冷えないように、膝の上に、リリスの形見分けでもらった銀鼠色の大判ストールをふわりと掛けている。
 琥珀も椅子の上に毛布を敷いてもらい、その上でごろりと丸くなっている。

 テーブルの上に、アニータに用意してもらったお祝い料理のローストビーフとミネストローネスープ、温野菜サラダ、ハーブ入りのフォッカッチャのほか、大人のつまみ用に少々のオリーブとハムとチーズ、白身魚のフリットを、ウィルフレッドが空間収納から次々と取り出して並べた。

 結界の外は、猛花吹雪で一面の黄色になっていた。

「……それで、何でウィルもここにいるのかな?」
「レイに祝福も付いたし、念のため確認しようかと」
「本音は?」
「あっちの宴会場はうるさいからな。こっちの方がゆっくり飲めそうだ。あと、レイが持ち帰ってきた酒が気になる」

 はぁ……とフェリクスが深い溜め息をついた。

「酒を見せるのは構わないけど、今夜は飲まないよ。せっかくだから、レイがお酒を飲めるようになってから一緒に飲みたいし」

 ウィルフレッドは非常に残念そうな顔をした。

 フェリクスは渋々と、空間収納からレイが持ち帰った酒を取り出した。
 三本ある。

「どれも妖精の酒だな。妖精の宴だけで出されるやつだろう」
「僕も二本は見たことあるけど、残りの一本は初めて見たかな」

 フェリクスが見たことがあると言った酒のうちの一本は、伝統的な妖精の酒らしい。丸くて平べったい形の瓶で、丸いラベルにはクラシカルな妖精の絵が描かれている。
 昔から妖精の宴でのみ供されるが、このように時々外部に流出しては、運の良い者が飲むことができる有名な妖精の酒らしい。
 コクと甘みがあるどっしりとした酒で、妖精の酒らしくスパイスのように清涼な森の木々の香りがふっと感じられる。重さの割に爽やかな香りがするので、飲みやすいらしい。

「これは時々聞くやつだな」

 ウィルフレッドが手に取ったのは赤ワインのようだ。ラベルに書かれた年号がまだ若い。

「ああ、ワインの妖精が造ってるものだったかな? 首領の一族出身らしいんだけど、新しくワイナリーを立ち上げて、実験的にいろいろ造ってるみたいだよ。個性的な味がするらしいね。結構コアなファンが多いと聞くよ」

「こっちのは初めて見たな」

 ウィルフレッドが一番小さな酒瓶を手に取った。

「ラベルに書かれてる言語も妖精の古語だね」
「どんなのですか?」

 それまでずっとお祝い料理を夢中で食べていたレイが酒瓶を覗き込んだ。酒を持って来た張本人が一番見ていなかった。

「『妖精の夢』って言うお酒みたいです」

 レイはじーっと酒瓶のラベルを見つめた後に、そう告げた。

「レイ、分かるのか!?」
「たぶん、召喚特典です。読めるだけで、書けないですよ」
「『妖精の夢』なら、古い一族のものだね」
「ある程度魔術を扱える奴じゃないと危険な酒だったか」
「これを飲んで寝ると、見たい夢が見られるんだ。ただ、人間には強すぎて、夢の世界から戻って来れない者が続出してね。妖精の間だけで流通させるようになったんだ」

 フェリクスがなかなか恐ろしい酒の効能を説明してくれた。

「……そんな危険物を義父さんのお土産に……?」

 レイは眉間に皺を寄せ、妖精たちは大事な義父にそんなものを飲ませようとしたのか、と不機嫌になった。
 義父に何かあったらタダじゃおかないぞという、かわいらしく醜悪な顔に、フェリクスは嬉しそうに破顔した。

「ああ、人間には強すぎるけど、他の種族は問題ないから……今日はこれを飲もうか」

 フェリクスの提案に、ウィルフレッドの顔があからさまにぱぁっと明るくなった。

「結構、甘口だな」
「薔薇の花とジンジャーの香りがするね」

 ウィルフレッドはグイッとあおり、フェリクスは舐めるように一口飲んだ。


「そういえば、妖精の祝福って何ですか?」

 一通り食事が終わって落ち着いたレイが質問した。
 琥珀を膝の上に乗せて、顎を撫でている。

「妖精の祝福は、妖精関係の特別な祝い事に遭遇した者に付与される祝福だ。加護や称号みたいな強い効力はないが、貰えたらラッキーだな」
「レイは妖精の宴に招かれたでしょ? だから妖精の祝福が付いてるはずだよ」
「へー……どんな効果があるんですか?」
「いたずら好きの妖精の祝福だからな、ランダムだ。時々ハズレもある。鑑定するか?」
「お願いします」

(ハズレだったらどうしよう……)

 レイはドキドキしながら、ずいっと両腕をウィルフレッドの方へ差し出した。

「……まあ、普通の奴が付いてるな、『小さな幸運』だ。『虫に好かれる』じゃなくて残念だったな」

 ウィルフレッドがさも残念そうに、肩をすくめて言った。

「普通のでいいです!!」

 レイがグッと自分の手を引いて戻した。

(虫に好かれるじゃなくて、本っ当に良かった~普通ってありがたい!!)

 レイは心の底から安堵した。
 ユグドラは森の中にあるため、虫に好かれたら大変なことになるのは火を見るより明らかだ。


「妖精の小道に男の子がいたんですが、無事に帰れたでしょうか?」

 レイはふと妖精の小道で出会った少年を思い出した。急に帰ってしまい、その後の彼がどうなったかは分からない状態だ。

「……どうだろうな、酔っ払い共がちゃんと忘れずに帰せるか……」
「どうやらその子は宴に呼ばれてなかったみたいなんですけど、先祖に妖精がいるらしくて、そっち関係で連れて来られたんじゃないかって……そんな事故に遭って帰れないと大変ですよね……」

 レイは心配そうに俯いた。

「妖精の血が流れてるなら、むしろ自力で帰れるんじゃないか? 魔力はどんな感じだった?」
「……結構強そうな感じがしました。髪も伸ばしてましたし」
「なら大丈夫だろ」

 魔力は髪に宿りやすいため、人間の魔術師は髪を伸ばしておいて、いざという時に使うことが多い。なお、生まれながらに強い魔力を持つ他の生き物は、特に髪を伸ばしたりする必要はない。

(無事に帰れてるといいな……)

 たった一時ぐらいしか一緒にいなかったが、冒険を共にした仲間だ。全く知らない場所だったが、彼と一緒にいたからとても心強かったのだ。
 レイは少年の無事を祈った。


「そうだ、レイは僕の部屋に泊まってくかと思うけど、今日も鳥型がいいかい? それとも人型でもいいかい?」
「鳥型でお願いします」

(イケオジな義父さんの添い寝は、恥ずかし過ぎて無理……)

 レイはちょっぴり想像して、頬を赤らめた。

「何の話だ?」

 ウィルフレッドがフリットを摘みながら尋ねた。

「添い寝の形態……かな?」

 フェリクスがのほほんと答えた。

「鳥型って……先代魔王を羽毛布団にした奴は初めて見たぞ」

 ウィルフレッドが呆れた顔でレイを見た。
 レイは顔を真っ赤にしてそっぽを向いている。

「良いじゃないか、添い寝。親子らしくて」

 レイが恥ずかしがっているのを知りながら、ウィルフレッドは揶揄い始めた。
 ウィルフレッドがレイの赤くなった頬をつつこうとすれば、パシリとレイにはたき落とされた。

「あまり揶揄わないでくれるかな? せっかくの添い寝が無くなりそうだ」
「おまっ、そんな局所的に圧を出すな!! 本気かっ!?」

 ウィルフレッドが毛を逆立てた猫のように、珍しく縮み上がった。


***


 食事も終わって、レイもお腹いっぱいでうとうとし始めると、ウィルフレッドは部屋から追い出された。

 フェリクスの部屋のベッドはキングサイズでとても広い。ただ、それだけ広くても、フェリクスの鳥型が大きすぎていっぱいいっぱいのようだ。

 ベッドにはウールのスローが掛けてあり、淡いグレー地にチェリーレッドでユグドラの枝葉と花の模様が織り込まれている。

 レイが寝る準備を済ますと、アルカダッドの時のように、琥珀も一緒にフェリクスの羽の下に入れられた。

『ここならまた妖精に攫われるなんてことはないからね。安心してお眠り』
「うん。義父さん、おやすみなさい」

 ふわふわの羽毛に、上質な寝具、温かくて柔らかい琥珀、フェリクスの優しい言葉に、レイはほっと安心して眠りについた。


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