鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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変身魔術

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「あれ? ダリル、いつもと髪の色が違います?」

 食堂に向かおうと部屋を出たレイは、廊下でばったりとダリルに出くわした。
 ダリルのブラウンの髪がグレー色になっていて、レイは違和感を覚えたのだ。

「ああ、戻すのを忘れていたな。ありがとう」

 ダリルは自分の髪の毛を摘んで確認すると、いつもの色に戻した。

「魔力量無限だと、こういう時にやらかすな。魔力切れが無いから、一度魔術を発動すれば、自分で止めない限りは発動しっぱなしだ。魔力が減っている実感もないから、魔術をかけていることすら忘れることもある」
「確かに、『魔力が減ってる』って感じがよく分からないです」
「レイはこの世界に来てすぐに三大魔女になったから、特にそうだろうな。俺は三大魔女の引き継ぎ前は、魔力量に限界があったからな。自分で残りの魔力量を計算しながら、魔術をかけてたな。上級魔術を使えば、かなりのスピードで魔力が減っていく感覚があった」
「そうなんですね」

 ダリルとレイは、ユグドラの樹、下層階の食堂に着いた。
 調理場と食堂を隔てるカウンターで朝食を受け取ると、食堂の木製の長テーブルで、向かいの席に座った。
 今朝のメニューはトーストと醗酵バター、目玉焼き、サラダ、かぼちゃのポタージュだ。

(……そうだ、今なら聞ける!)

 レイはずっと気になっていたことがあった。以前は初対面だったので、非常に聞き辛かったことだ。その後もなかなかタイミングが無かったのだ。

「ダリルは三大魔女としてお仕事する時は、慣例で女性の姿になるんですよね? さっきみたいに変身魔術を使うんですか?」
「ああ、そうだ」

(……良かった、女装じゃなくて!)

 レイは謎の安心感を得て、ほっと胸を撫で下ろした。ダリルなら女装でも綺麗そうだが、その状態で人間社会に紛れ込もうとしても目立つので、よろしくないのではないかと心配していたのだ。いらぬ心配だったと知って、安心したのだ。

「俺の場合は、俺の師匠、赤薔薇の魔女の姿を借りてる。変身魔術は、魔術上の詳細設定が大変なんだ。モデルがあると、かなり設定しやすくなる」
「そうなんですね。私はリリスさんの加護で、リリスさんの姿に変身できるみたいです」
「本当か!? 加護で詳細設定が可能になってるのか、珍しいな。普通は自分の姿を、誰かに使わせたりしないものだが……」

 魔術の細かな話になって、ダリルの目が、研究者の熱心な目に変わった。

「でも、まだ変身魔術を習ってないです」
「そうだろうな。変身魔術は上級魔術の一つだ……だが、加護で詳細設定ができてるなら、今のレイでもできそうだな」
「どうやるんですか?」

 最近のレイは、魔術でできることがいろいろと増えてきて、魔術を使うのが楽しくなってきていた。もちろん、新しい魔術への興味も尽きない。

「そうだな、実際に変身している所を見た方が早いか……どうかしら? こんな感じよ」

 ダリルは器用に食事をしつつも、たった一瞬で、目鼻立ちのはっきりした美しい女性の姿に変身していた。見事なほどに赤く、ウェーブのかかったショートヘアは、凛々しくも女性らしい柔らかさがある。瞳はぱっちりと大きな緑色で、意志の強そうな感じだ。
 声まで、やや低めで甘い艶のある女性のそれに変わっている。仕草も、先ほどの無骨な感じから、一気に大人の女性らしいしっとりしたものに変わっていて、完璧だ。

「す、すごい! 完璧に、綺麗な大人のお姉さんです!!」

 レイは感激して、食事中なのに思わずパチパチと拍手してしまった。

 遠くの席でこちらの様子を見ていた鍛冶士のドワーフ兄弟も、「おお」「すげぇな」と朝食をとりつつ、目を丸くしていた。

「レイもやってみて。変身魔術は難しいから、始めから成功する方が稀よ。でも、練習すれば、ちゃんと使えるようになるわ」

 赤髪の女性が、にこりと不敵に笑った。

(……さっきのダリルみたいな魔力の練り方をして、姿はリリスさんの加護を使って……)

 むむぅ、と眉間に皺を寄せて、レイは考え込みながら魔力を練った。

 ポンッという軽い音と共に、白い煙が少し上がり、レイはリリスの姿に変身した。

「やった! 何だかできました!」
「あら、いきなり成功させちゃったわね」

 レイはリリスの姿ではしゃいで喜び、赤薔薇の魔女姿のダリルは、びっくりして開いた口元に手を当てている。

 ドワーフ兄弟も「おお! 初めてなのに、すごいな」「見た目は完璧にリリスだ!」と驚いている。

「久々にリリスの姿を見たわ」
「わぁ、良かった。ちゃんとできました!」

 ダリルが空間収納から手鏡を出し、レイに手渡した。

 レイは手鏡を受け取ると、まじまじと自分の今の顔を観察した。
 白いストレートの髪は肩下ぐらいまでで、お人形さんのようなかわいらしい顔立ちだ。緑色の瞳を縁取るまつ毛も真っ白だ。

「変身する時に音や煙が出るのは、魔力の込めすぎと練りすぎね。周囲に変身したのがバレちゃうから、出さないように練習した方がいいわ」

 ダリルが注意点を教えてくれた。


「アニータさ~ん! 今朝のメニュ……」

 食堂に入ってきたウィルフレッドが、ダリルとレイを見た瞬間に、驚愕の表情で固まってしまった。

 そんなウィルフレッドの姿を見ていた鍛冶士兄のメルヴィンが「ガハハハッ」と豪快に、弟のモーガンが「ククククッ……」と口元に手を当て、肩を震わせて笑っていた。


 ウィルフレッドの後に、食堂に入って来たレヴィが「あ、レイ。珍しい姿ですね」と声をかけるまで、ウィルフレッドは固まったままだった。


***


「まったく、紛らわしいことはするな! またダリルが時間魔術に失敗して、二十年前にでも飛ばされたのかと思ったぞ」

 ウィルフレッドはダリルの隣の席に座り、恨めしそうにダリルとレイを交互に見ていた。
 ダリルは今は先代の三大魔女、赤薔薇の魔女の姿だ。レイもリリスの姿なので、二十年ぐらい前には食堂で見られた光景と同じなのだ。

「ウィルったら、失礼ね。二回に一回は成功してるじゃない」
「時間魔術なんていうのがあるんですか?」

 ダリルはウィルフレッドを横目に見つつ、少し拗ねたように言い、レイは素直に質問した。

「あーっ、もう!! ダリルはローザっぷりが完璧すぎてびっくりするし、レイはレイで、あからさまにレイだから、リリスにしては違和感がありすぎる! 元に戻れっ!」

 ウィルフレッドは朝から混乱していた。食事中に行儀悪く、寝癖のある金髪を手でくしゃりと握って、頭を抱えている。
 レヴィは、レイの隣、ウィルフレッドの向かいの席に座って、その様子を見ながら淡々と朝食を食べていた。


「ほら、元に戻ったぞ」

 ダリルが不服そうに元の姿に戻った。ブラウンの長い髪を一つに結んだ、青い瞳の整った顔立ちの男性の姿だ。仕草や口調も普段のダリルのものだ。
 レイもダリルの戻り方を見て、真似して元の姿に戻った。長いストレートの黒髪に、涼やかな目元の少女の姿だ。

「二人とも変身後の姿が、元々ユグドラにいた人たちだからな。ここで変身する時は、注意するんだぞ」

 ウィルフレッドがピシリと注意した。

「ああ、分かった」
「気をつけます」

 ダリルは淡々と、レイはしおらしく、答えた。

「ああ、そうだ。時間魔術だが、ローザ——さっきの赤薔薇の魔女が研究を始めて、今は俺がその研究を引き継いでる。簡単に言うと、時間旅行ができる魔術だ」
「時間旅行!?」

 ダリルの説明に、レイは目を大きく見開いた。

(魔術ってすごいな……科学でもできないことができちゃうんだ)

「そうだ。未来に行くことはできないが、過去なら行くことができる」
「タブーには触れないんですか?」
「ああ。研究を続けているが、ユグドラからストップはかかっていないし、魔術も発動するから禁術扱いではないようだ」

 へー、とレイは頷いた。レイは、某猫型のロボットの物語を思い浮かべた。時間犯罪者を取り締まっている組織代わりのユグドラからも許可が出ているようなので、そこら辺はたぶん大丈夫なのだろうと納得した。

「レイ、気をつけろよ。ダリルの時間魔術は、結構とんでもない所に飛ばされるからな。俺も何回も大変な目にあったな……」

 ウィルフレッドは、時間旅行に飛ばされた時のことを思い出したのか、げっそりと遠い目をした。

「ダリル、私は飛ばさないでくださいね。飛ばされても困ります」
「ああ。レイを飛ばす気は全く無いし、もし飛ばしてしまったら、迎えに行ってやる」
「絶対ですよ!」

 師匠のウィルフレッドでさえ、飛ばされてげっそりするような思いをしているのだ。レイなら無事に帰って来れるかも分からない。
 レイは真剣な顔で、ダリルに約束を取り付けたのだった。


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