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琥珀
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今日は初めての採集だ。レイは、こちらの世界に召喚されてから初めてユグドラの森に入ることになる。
レイはウィルフレッドに連れられて、防御壁の南大門を抜け、森に入った。
ユグドラの森は不思議な所だった。
精霊か、魔術か、何なのか、淡い小さな光の玉が森の中に溢れ、ふわふわと浮かんでいる。
木々の間には小さな花が咲き、レイが見たことも無いような植物もちらほら見受けられた。
小鳥のチチチと囀る声が聞こえ、リスやウサギのような生き物が顔を覗かせては、テテテと走り去っていき、深い緑の香りを含んだ爽やかな風が、木々の間を吹き抜けていく。
おとぎ話の中の森に迷い込んだような感じだ。
「小さな光は魔力だったり、精霊だったり妖精の固有魔術の残滓だったりいろいろだ。触れても大丈夫だが、時々ハズレに当たって、何かの生き物の罠魔術があるから気をつけろよ」
ウィルフレッドが、光の玉にふっと息を吹きかけて飛ばしつつ、説明してくれた。
今日のウィルフレッドは腰から剣を下げ、エルフにしてはがっしりめの体格から、冒険者のような風貌だ。カールの入った金髪は、後ろで一つにまとめられている。
「精霊!? 妖精の魔術の残滓!?」
「そうだ。精霊は自然や、生き物に関わる抽象的な事象から生まれる。生まれてから人型になるまでにはかなり時間がかかって、その間はああいう光の玉の状態で浮かんでるだけなんだ。妖精の固有魔術は特殊で、自然の中だとその魔術の痕跡がしばらく残ることが多いんだ」
「へ~。すごく綺麗ですね」
「そうだな。ユグドラの樹は魔力に溢れてるから、この森はこういう光がかなり多いぞ。他の森は少ない。そろそろ行くか」
ウィルフレッドがポンッとレイの頭に手を載せた。
ユグドラの森の中には、休憩できる開けた場所がいくつかあり、簡易的な結界魔術が張ってある。
ユグドラの住民は、採集や狩りの際に、その休憩地点をよく利用する。迷子になったら休憩地点に留まるようにと、ウィルフレッドに教えられた。
今回はその休憩地点をいくつか巡りつつ、きのこや薬草や木の実等、何が食べられる、何が食べられない、何に毒があり、何が薬になるのか、採集しながらウィルフレッドが教えている。
レイは、空間魔術をまだ習っていないため、背中に大きな籠を背負っていて、腰の革ベルトにはメルヴィンの工房で買ってもらったショートソードと、プレゼントされたナイフが取り付けられている。
***
籠が半分ぐらい一杯になって、レイはぐ~っと背伸びをして、身体の緊張をほぐした。
ウィルフレッドは、遠くの方を見つめて警戒中だ。
レイは、ふっと血の匂いがしたような気がした。あたりを見回してみると、草むらの陰から、小さな肉球付きの足が見えた。
慎重に近寄って見てみると、傷ついてぐったりした子猫を発見した。
レイは慌てて、習いたての治癒魔術で手当てをした。
手当てが終わって落ち着いて見てみると、子猫は、レイの元の世界でいうベンガル猫のようだった。スラリとした体には、オレンジ味のある茶色い地色に、黒の艶やかなロゼット模様があり、かわいいのに野生味がある。
(超カワイイ!! 憧れのベンガル猫!!)
黒い瞳をキラキラと輝かせて、レイのテンションは鰻登りだ。
実家では、弟がアレルギーで猫を飼えなかった。
一人暮らしのアパートは、ペットの飼育は禁止だった。
でも猫好きなレイは猫動画をいっぱい見ていた。
かわいい猫への想いは募る。
この前見た、ミランダの魔法猫にも憧れがあった。
こちらの世界でなら、何に遠慮することもなく猫が飼える。
かわいい猫への想いは更に募る。
薄っすら目を開けた子猫は、レイが抱っこをしても嫌がらなかった。ヒゲをピンと張って、しきりにレイの匂いを嗅いでいる。レイがそっと撫でてみると、気持ちよさそうに目を眇めた。
(憧れのお猫様との生活!!)
レイは子猫を抱っこして、ウィルフレッドの所へ連れて行った。
にっこにこで憧れの子猫を抱いてやって来たレイを、ウィルフレッドはぎょっとなって見つめた。
ちょっと目を離した隙に何拾ってんの、とウィルフレッドが呟いた。
「師匠、猫飼ってもいいですか!?」
「そいつは飼わない方がいいぞ……」
ウィルフレッドは猫の首裏を掴んで、ぷらんとぶら下げて見た。
まさかのキラーベンガルという魔物だった。
「キラーベンガルは、肉食のAランク魔物だ。あまり人に懐かないし、使い魔として使ってる奴も滅多にいないぞ。ここら辺には生息していないはずなんだけど……」
ウィルフレッドが、困ったように眉を下げて教えてくれた。
「飼っちゃダメですか? ちゃんとお世話します!」
「ダメとまでは言わんが……怖くないのか?」
「全然! かわいいです! ……君はどうしたい?」
レイは、ぶら下がったキラーベンガルの顎下を撫でた。
「な~ん」
キラーベンガルはザリッとする小さな舌でレイの手を舐め、甘えるようにスリスリとレイの手のひらに顔を押し付けた。喉もゴロゴロと鳴っている。
キラキラと期待を膨らませたレイの目に見つめられて、ウィルフレッドは遂に折れた。
「ただ飼うのはダメだ。キラーベンガルは猛獣だからな。使い魔契約しろ」
使い魔契約は、主人の血を従魔が口にし、双方の合意と少しの魔力が必要だ。仕上げに、主人が従魔に名付けをして完了だ。
指先をナイフで薄く切ったレイは、自分の血を魔力を込めてキラーベンガルに差し出した。キラーベンガルはそれをペロリと舐めた。
キラーベンガルの瞳は、透明度の高い鮮やかなアンバー色をしていた。
「名前は『琥珀』ね!」
レイとキラーベンガルの周りを蔦が絡まるように、魔術の光が包み込んだ。これで使い魔契約が完了だ。
「普通、キラーベンガルなんて危ないもの見たら、大抵の子供は泣いて逃げ出すんだけどな……異世界人だからそこら辺が分かってないのか?」
ウィルフレッドが呆れながら呟いた。
「カワイイは正義です!」
レイは琥珀を抱っこして、くるくると嬉しそうに回った。
帰りは、レイが背負ってきた籠に、本日の収穫と一緒に琥珀を入れて帰った。「森の中では何が起こってもすぐ対処できるように、できるだけ両手を空けておけ」というウィルフレッドの指示だ。
レイも琥珀も、上機嫌に揺れて帰った。
***
誤算があったのは、ユグドラの樹のレイの部屋に着いてからだった。
安全確認が取れた琥珀が、元の大きさに戻ったのだ。今までは怪我をしていたので、隠れるために縮小化魔術を使っていたようだ。
「師匠! 琥珀が大きくなりました!」
「成獣じゃないか!!」
ウィルフレッドは、レイの元の世界でいうライオンサイズの琥珀を見て、他の人が怖がるから人前に出す時は小さくさせておくようにと厳重注意した。
琥珀は、レイの部屋で寝起きしている。レイの枕元が、琥珀の特等席だ。
丸くなって眠る琥珀を撫でると、ツヤツヤした毛並みはあったかくて、レイの頬が緩む。
憧れのお猫様? との生活を今日もレイは満喫している。
レイはウィルフレッドに連れられて、防御壁の南大門を抜け、森に入った。
ユグドラの森は不思議な所だった。
精霊か、魔術か、何なのか、淡い小さな光の玉が森の中に溢れ、ふわふわと浮かんでいる。
木々の間には小さな花が咲き、レイが見たことも無いような植物もちらほら見受けられた。
小鳥のチチチと囀る声が聞こえ、リスやウサギのような生き物が顔を覗かせては、テテテと走り去っていき、深い緑の香りを含んだ爽やかな風が、木々の間を吹き抜けていく。
おとぎ話の中の森に迷い込んだような感じだ。
「小さな光は魔力だったり、精霊だったり妖精の固有魔術の残滓だったりいろいろだ。触れても大丈夫だが、時々ハズレに当たって、何かの生き物の罠魔術があるから気をつけろよ」
ウィルフレッドが、光の玉にふっと息を吹きかけて飛ばしつつ、説明してくれた。
今日のウィルフレッドは腰から剣を下げ、エルフにしてはがっしりめの体格から、冒険者のような風貌だ。カールの入った金髪は、後ろで一つにまとめられている。
「精霊!? 妖精の魔術の残滓!?」
「そうだ。精霊は自然や、生き物に関わる抽象的な事象から生まれる。生まれてから人型になるまでにはかなり時間がかかって、その間はああいう光の玉の状態で浮かんでるだけなんだ。妖精の固有魔術は特殊で、自然の中だとその魔術の痕跡がしばらく残ることが多いんだ」
「へ~。すごく綺麗ですね」
「そうだな。ユグドラの樹は魔力に溢れてるから、この森はこういう光がかなり多いぞ。他の森は少ない。そろそろ行くか」
ウィルフレッドがポンッとレイの頭に手を載せた。
ユグドラの森の中には、休憩できる開けた場所がいくつかあり、簡易的な結界魔術が張ってある。
ユグドラの住民は、採集や狩りの際に、その休憩地点をよく利用する。迷子になったら休憩地点に留まるようにと、ウィルフレッドに教えられた。
今回はその休憩地点をいくつか巡りつつ、きのこや薬草や木の実等、何が食べられる、何が食べられない、何に毒があり、何が薬になるのか、採集しながらウィルフレッドが教えている。
レイは、空間魔術をまだ習っていないため、背中に大きな籠を背負っていて、腰の革ベルトにはメルヴィンの工房で買ってもらったショートソードと、プレゼントされたナイフが取り付けられている。
***
籠が半分ぐらい一杯になって、レイはぐ~っと背伸びをして、身体の緊張をほぐした。
ウィルフレッドは、遠くの方を見つめて警戒中だ。
レイは、ふっと血の匂いがしたような気がした。あたりを見回してみると、草むらの陰から、小さな肉球付きの足が見えた。
慎重に近寄って見てみると、傷ついてぐったりした子猫を発見した。
レイは慌てて、習いたての治癒魔術で手当てをした。
手当てが終わって落ち着いて見てみると、子猫は、レイの元の世界でいうベンガル猫のようだった。スラリとした体には、オレンジ味のある茶色い地色に、黒の艶やかなロゼット模様があり、かわいいのに野生味がある。
(超カワイイ!! 憧れのベンガル猫!!)
黒い瞳をキラキラと輝かせて、レイのテンションは鰻登りだ。
実家では、弟がアレルギーで猫を飼えなかった。
一人暮らしのアパートは、ペットの飼育は禁止だった。
でも猫好きなレイは猫動画をいっぱい見ていた。
かわいい猫への想いは募る。
この前見た、ミランダの魔法猫にも憧れがあった。
こちらの世界でなら、何に遠慮することもなく猫が飼える。
かわいい猫への想いは更に募る。
薄っすら目を開けた子猫は、レイが抱っこをしても嫌がらなかった。ヒゲをピンと張って、しきりにレイの匂いを嗅いでいる。レイがそっと撫でてみると、気持ちよさそうに目を眇めた。
(憧れのお猫様との生活!!)
レイは子猫を抱っこして、ウィルフレッドの所へ連れて行った。
にっこにこで憧れの子猫を抱いてやって来たレイを、ウィルフレッドはぎょっとなって見つめた。
ちょっと目を離した隙に何拾ってんの、とウィルフレッドが呟いた。
「師匠、猫飼ってもいいですか!?」
「そいつは飼わない方がいいぞ……」
ウィルフレッドは猫の首裏を掴んで、ぷらんとぶら下げて見た。
まさかのキラーベンガルという魔物だった。
「キラーベンガルは、肉食のAランク魔物だ。あまり人に懐かないし、使い魔として使ってる奴も滅多にいないぞ。ここら辺には生息していないはずなんだけど……」
ウィルフレッドが、困ったように眉を下げて教えてくれた。
「飼っちゃダメですか? ちゃんとお世話します!」
「ダメとまでは言わんが……怖くないのか?」
「全然! かわいいです! ……君はどうしたい?」
レイは、ぶら下がったキラーベンガルの顎下を撫でた。
「な~ん」
キラーベンガルはザリッとする小さな舌でレイの手を舐め、甘えるようにスリスリとレイの手のひらに顔を押し付けた。喉もゴロゴロと鳴っている。
キラキラと期待を膨らませたレイの目に見つめられて、ウィルフレッドは遂に折れた。
「ただ飼うのはダメだ。キラーベンガルは猛獣だからな。使い魔契約しろ」
使い魔契約は、主人の血を従魔が口にし、双方の合意と少しの魔力が必要だ。仕上げに、主人が従魔に名付けをして完了だ。
指先をナイフで薄く切ったレイは、自分の血を魔力を込めてキラーベンガルに差し出した。キラーベンガルはそれをペロリと舐めた。
キラーベンガルの瞳は、透明度の高い鮮やかなアンバー色をしていた。
「名前は『琥珀』ね!」
レイとキラーベンガルの周りを蔦が絡まるように、魔術の光が包み込んだ。これで使い魔契約が完了だ。
「普通、キラーベンガルなんて危ないもの見たら、大抵の子供は泣いて逃げ出すんだけどな……異世界人だからそこら辺が分かってないのか?」
ウィルフレッドが呆れながら呟いた。
「カワイイは正義です!」
レイは琥珀を抱っこして、くるくると嬉しそうに回った。
帰りは、レイが背負ってきた籠に、本日の収穫と一緒に琥珀を入れて帰った。「森の中では何が起こってもすぐ対処できるように、できるだけ両手を空けておけ」というウィルフレッドの指示だ。
レイも琥珀も、上機嫌に揺れて帰った。
***
誤算があったのは、ユグドラの樹のレイの部屋に着いてからだった。
安全確認が取れた琥珀が、元の大きさに戻ったのだ。今までは怪我をしていたので、隠れるために縮小化魔術を使っていたようだ。
「師匠! 琥珀が大きくなりました!」
「成獣じゃないか!!」
ウィルフレッドは、レイの元の世界でいうライオンサイズの琥珀を見て、他の人が怖がるから人前に出す時は小さくさせておくようにと厳重注意した。
琥珀は、レイの部屋で寝起きしている。レイの枕元が、琥珀の特等席だ。
丸くなって眠る琥珀を撫でると、ツヤツヤした毛並みはあったかくて、レイの頬が緩む。
憧れのお猫様? との生活を今日もレイは満喫している。
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