上 下
85 / 85
ゴブリンの村

85:私が子供の頃は仏像を見に行くと行って喜ぶ子供はほとんどいませんでしたが、最近はそうでもないような気がします。

しおりを挟む
 朝ごはんは母屋でいただくことにした。
 れいえもんが心配というか。他の人達がどうなっているのか。
 案の定、立ち働く人たちの数が少ない。半分くらいではないか?
 この村はどうするのか、幸い米の収穫は殆ど終わっていたし、少人数でもゆっくりやれば、脱穀まではできるやろ、もともと未亡人の仕事やったみたいやし。
「本当にかねかつら様のおかげです。たくさんの仔羊がデウス様の下へ旅立ちました。ありがとうございます」
 れいえもんが、なんか、精気がない。背中が煤けてる。
「実は、一昨日、マリアを密葬いたしました。秘事なのでかねかつら様にも見せることは能わず、申し訳ありません。おられないうちに庫裏にて、いえ教会イグレジャにて執り行いました。これでようやくお勤めを果たせたような気分でございます」
「そうですか。いえ、お気になさらず。れいかやすては良かったのでしょうか」
「はい。まだ幼いので、秘事に参加はできません。そのことは昨日話してあります」
「そうですか。お墓はどちらに?」
「それも秘事でございますれば、ただ、あちらの祭壇の部屋によすがとしてのクルスを祀ってあります。もしよろしければそちらに祈りオラショをお願いできますでしょうか」
「ええ、勿論です」

 お香、白檀か何かよくわからないがお寺でよく嗅ぐ線香の匂いが充満している。
 そこには観音様のようなマリア様のような幼子を抱いた木造があった。稚拙な感じではあるが、丁寧に仕上げられているように思える。なんだけれども。
 黒いマリアブラックマドンナそのものやん、なんか、怖いよ、ねえ。
『そうどすな。もともと黒いマリア像は、その地の古くからの地母神信仰に聖母思想が混交されて出来たとか言われておりましたな。そのままではないでしょうかな』
 芥川龍之介の「黒衣の聖母」を思い出す。確か台座になにか彫ってあったはずだが。
 れいえもんにことわり、手に取らせてもらう。一尺ほどの大きさ。でも、芥川のは、顔が白くて他が黒かったはず。これは全部黒い。台座に何も彫っていない。良かった。しかし背中になにか彫ってある。ひらがなだ。
”いとしのえり”
 サザンかよ!
「マリアというのは、洗礼名ですよね?」
「勿論です。元の名はエリといいます」
 ……まあ、悪いものではなさそうかな、黒いマリアが不気味とか言い出したら、日本の仏像なんてみんな金箔が剥げたり色が抜けたりして、黒っぽくなってしまってるし。
 膝を付き、胸の前で手を組む。静かに祈る。皆も祈っているようだね。
 移動して、外の作業小屋に行く。れいえもんは脱穀機の調整をするようだ。
「これからどうされますか?」
「はい。私もまもなく地獄へ落ちると思います。他のものは天国に行けると思うのですが。一部は私と同じか、煉獄でしょうが、それは仕方ありません。そこでお願いがあります」
「なんでしょうか」
「村も、いえ倉もどうなってもいいのですが、れいかとすての面倒を、少しだけ見ていただけないでしょうか。とても厚かましいお願いをしているのはわかっております。今、この世に残る未練はそれだけなのです」
「……面倒は、いえ、出来るだけの事はします。ただ、若い彼らの将来について、自分がどうこうできるのかという不安があります。彼らの希望もあります。出来る限りそれらに沿った形で、寄り添ってあげたいと思っています」
「本当にありがとうございます」
 れいえもんが涙を流している。
「お父さん!」
 れいかがあたまをさげたれいえもんに縋って涙を流している。だからあかんねん、鼻の奥がきゅーんとすんねん、愁嘆場には弱いねん。
 俺はそっと座を立って出ていく。
 いずれにせよ、人間種の限界を超えて生きてきた者は、解呪してしまうと、どうも早々に寿命を迎えるように思われる。あおいさんを思い出して、一時感傷に浸る、でも、河童やったからなあ、第一印象は最悪やったからなあ。
 うふふ、というどこからか聞こえたような気がして、キョロキョロしてしまう。
 そうなると、生年からあまり経っていない連中は、まだ寿命がある。
 どうせ、伏見課長とか清明さんとかに丸投げやろうけど、多少は考えんといかんかな。
 女郎蜘蛛達は、どうやろう?ツイ◯ギーは若そうやが、他は微妙やね、大年増はいるけど、あの双子か姉妹はまだ若そうではあるしなあ。れいかととつかはまだ若いし何らか国がしてくれそうやけど、やつか夫婦のこと、すてのこと、とりあえず人としての生活を考えんとなあ。
 ぐだぐだ考えていると昼になり、飯をいただく。つるさんはとりあえずまだ健在だった。

「では、明日にでもなららに来ていただくということで宜しいですね」
「はい。問題ないです」
 伏見課長との打ち合わせが一段落し、ゆるゆると茶を飲んでいる。
 課長は今日はちょっと変わった車で訪れていた。ジープみたいな車だが、後部が電車のように長いベンチになっていた。この村までの道が荒れているため、試しに乗ってきたということだった。乗車定員は12名である。
 俺、とつかやつか、いとせついっぎー、れいか、すて、りく、最低でもこれだけ一緒に行く予定である。本当はれいえもんも連れて行く予定だったが固辞された。女郎蜘蛛の連中は相談中である。皆、寿命に関する予想はついているらしく、切ない話であったが、死ぬ前に一度は都会を見てはどうか、と声をかけている。
 市役所に行って、登録手続きをするためであるが、結構時間がかかるらしい。場合によっては宿泊の必要もあるという。また、文化財保護庁との話もしたいということで、それも含めて既に宿の予約もしてもらっているらしい。手回しのいいことで、本当にありがたい。
「都会、なんだよな?」
「そうどすな。いにしえとはいえ腐っても都のあったところどす。でもまあ、あそこは京都みやこ以上になんとも混沌としておらはりますよって、何とも言えんところがあらはりますな」
 久しぶりに京都人の嫌味とか遠回しな物言いが聞けてちょっと感動する。
 そういえば、奈良といえば江戸時代は寺社領として独立していたような。数千石程度ではあったような。
 秀吉や家康の刀狩りとかの為に戦力・兵力が失われ、権威が失われたが、宗教と経済がくっついて相当な都市だったという話を読んだことがある。
 明治の神仏分離、廃仏毀釈までは完全に本地垂迹に倣って興福寺や東大寺の別当が権力を握っていたし、それが、江戸幕府が存続していたとすると、そもそも今の奈良になる以前、寺院が壊される前の姿ではないか?それが見られるのは、とてもありがたい、と思う。
 昔はおばあちゃんと正倉院や興福寺の宝物殿によく行ったんやけどなあ。ここんとこ、長らく行ってへんかったし。大仏さんはともかく、金剛力士、四天王、八部衆でも阿修羅、迦楼羅とか大好きやった。
「阿修羅像とか、四天王、あ、天燈鬼・龍燈鬼とか見れるんやろか?」
「ああ、多分見れまっしゃろ。四天王はんは見回りでウロウロされてるさかい、まとめてお会いするのは難しおすが、燈鬼はんはじっとしておらはります。阿修羅はんは……、まあ、行けばすぐ見つかります」
「えっ!ウロウロって、動いているというか、生きTEL?」
「そりゃそうでっしゃろ、徳が高いですよって、自在でおますわな」
「そうなの?」
「それはそうでしょう。かねかつら殿の世界では、そんなことはなかったんですか?」
「えぇ……アマリキイトコトハナイデス」
 夜に動く地蔵さんとか、仏像とか、昔話か怪談やしなあ、全く聞いたことがないわけでもあらへんけど、全く次元の違うオハナシやなあ、しかし、仏像が動くとは。ん?では、あの、盧遮那仏は?
「で、では大仏さん、盧遮那仏は?仏殿が小さくて立てないような気がするんですが」
「よくご存知ですね。でも大昔に誤って壊されたことがあって、一応その場でお立ちになっても壊れない天井と、お這いになれば出ることの可能な間口になっておりますので、年に何回かは御出になられているということです」
 お這いとか……。這うんか?あの大きさの、大仏さんが。いやいやいや……
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。 了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。 テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。 それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。 やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには? 100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。 200話で完結しました。 今回はあとがきは無しです。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

処理中です...