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2部 2章

強敵

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「ぐ……」
「ふむ、なかなか楽しめたぞ少年……そういえば、名を聞いていなかったな」


 アイルバースが背中を斬られ、地面に倒れているクオンへゆっくりと近づく。


「私の名はアイルバース……紅の傭兵団の副団長だ」
「そ……それは丁寧にどうも……」
「少年……お前の名は?」
「クオン……クオン=ドースティン」


 クオンは顔を痛みで歪めながらも立ち上がる。


「ほう、その傷でまだ闘争心を失わないか……クオン」
「生憎、僕は負けるわけにはいかないので……」


 僕が死ねばカモメが悲しむ……あの子の泣く姿は二度と見たくない……僕は5年近く前になるグランルーンで、カモメが泣いている姿を脳裏に思い出した。
 あの元気で明るいカモメが、悲しさのあまりに消えてしまいそうになっていた……カモメにあんな思いは二度とさせない……だから、僕は死んでは駄目なんだ……。

 集中しろ……五感のすべてを使え……敵が僕より強いなら……それよりさらに僕が強くなればいい……今すぐに……。


「ふー……ふー……」
「ハハハ……良い眼だ……まだ諦めていない真っ直ぐな眼だ……殺しがいがある」


 僕がクレイジュを握りなおすと、クレイジュの刀身が光る。
 クレイジュも諦めていない。


「……陽炎」


 アイルバースの身体が再び、揺らめく。
 幻術……僕はそう思うと、目を瞑った。

 目で見ても、幻術は見破れない……彼の幻術がすべての五感を惑わせるものだとしたら、目を瞑ったところで彼を捉えることは出来ないだろう……だが、さっき彼の攻撃を受けた時に気づいたのだ。
 彼が僕に喋りかけた時、彼の声はしっかりと聞こえた……彼が存在するその場所から……。
 つまり、聴覚は惑わされていない……それに、体に当たる雨の感覚もしっかりと感じる……それなら触覚も残っているだろう……雨の匂いもする……嗅覚も……なら、彼が惑わせるのは視覚のみ……他の五感を使えば……彼を捉えられる!

 ………パシャン!

 左から水を蹴る音がした。
 彼も自分の幻術の弱点に気づいているのだろう、出来るだけ音を出さないように動いている。
 だが、僕に攻撃を仕掛けるためには力を入れなければならない……そして、その時なら確実に音を発するのだ。


「クレイジュ!」
(おうよ、相棒!!)


 クレイジュが閃光のように輝く。


「なにっ!?」


 その輝きによって、アイルバースは眼をくらませる。
 そして、僕は五感を使って特定した彼にクレイジュを振りぬいた。


「ぐっ!」


 ……浅いっ。


「惜しかったな!」


 彼を捉えきれなかった。
 いや、捉えていたのに寸でのところで躱されてしまった。
 僕の攻撃は彼の左肩を掠めるだけで終わる。
 そして、避けたアイルバースは僕に向かって刀を斜めに振り下ろす。


「がぁっ!」


 僕は体を捻り、それを躱そうとするが、右足の太ももを斬り裂かれてしまう。
 くそっ……。


「もう、早くは動けまい……今度こそ終わりだな、クオン=ドースティン!」


 再び、彼の刀が振り下ろされる。
 僕は片足で跳びのくが、今度は右の二の腕を斬られてしまう……。


「不屈……その心意気は素晴らしい……いや、むしろ美しい……だが、いつまで逃げられるかな?」
「はぁ………はぁ……」


 足をやられ、利き腕もまともに動かない……どうする……もう避けられない。
 いや……まだだ!


「終わりだ!」
「はあああああああああああああ!!」


 僕は無傷の足の下に、風の魔法を爆発させる。
 その勢いで、アイルバースへと突っ込んだ。
 そして、その勢いに任せ、左腕でクレイジュを振るう。
 腰回転を使い、クレイジュの重さを使い、体のバネを使い……今使えるもの全てを使い、その一撃に賭ける。


 鉄と鉄とがぶつかり合う音……甲高く、重いそんな金属音が聞こえる。
 二人の男が、背中を見せ合い……その一撃の余韻に浸っていた。
 雨の音が強くなる。


 クオンは一撃に全てを賭けた為、体力も気力も使い果たし、その場に崩れ落ちるが、クレイジュが地面に突き刺さりその体重を支える。


(相棒……よくやったぜ……やっぱり相棒は最高だ)


 クレイジュがクオンを褒めたたえる。
 対して、アイルバースはと言うと……クオンの一撃を受け、絶命した……。
 ………………と言う訳ではない。

 アイルバースはその場でクオンの方に振り返る。
 クオンの一撃で深手を負った様子はない……出血も見られない……。
 だが、その表情は敗北を期したように屈辱にまみれていた。

 その理由は彼の手の中にある。
 彼の持っていた刀が根元から折れてしまっているのだ。
 そう、最後に放ったクオンの一撃は、アイルバースの刀と打ち合った。
 クオンの一撃は今まで放ったどんな一撃より重く、強かった。
 そして、その一撃はアイルバースの刀をへし折ったのだ。


「まさか、俺の刀が折られるとはな……これでは貴様を殺しても勝った気にならん……」
「はは……殺される気はありませんよ……」


 クオンはすべての気力を使い果たしいるにも関わらず、未だに敵を見据える。
 もう、腕を持ち上げるだけの力も残っていない……でも、ここで殺されるわけにはいかないんだ。


「副団長!!」
「…………アーケンか」


 砦の入り口に一人の音が馬に乗ったまま入ってきた。


「……遅かったな」
「無茶言わねぇでください、副団長が早すぎるんすよ……どうやったらこの暗い中全速力で馬を走らせられるんすか……」


 どうやら、アイルバースの仲間らしい………マズい。
 ここで敵に増援……あの男はアイルバースほどの強さは無さそうであるが、弱いと言えるほどではない。
 マストリスと呼ばれた男と同じくらいか?
 だとしても、今の状況で敵に増援が現れたのは最悪だ……。


「さすが、副団長……あの化け物みたいに強い奴を倒したんすね?」
「……いや」


 そう言うと、アイルバースは自分の手の中にある折れた刀を見せる。


「マジかよ……副団長の刀を折るとか……」
「このままやっていたら、殺されたのは俺の方かもしれんな」
「副団長がそこまで言うなんて……こいつはここで殺しかないとマズいっすね」


 そう言うと、アーケンは腰につけた剣を引き抜く。


「………」
「副団長、止めねぇでくださいよ?」
「分かっている、俺も団の一員だ……この先の障害になりそうな奴を俺のわがままで見逃せとは言わん」
「そいつは良かった」


 剣を持ったまま、クオンへと近づくアーケン。


(……相棒……こいつは)


 最悪だ……もう、まともに体が動かない……どうする……。

 アーケンがクオンの目の前にやってくる。
 そして、剣を振り上げた。


電爆撃ライトニングブラスト!!!」


 雷がアーケンに降り注いだ。


「うおぉっと!?」

 アーケンはなんとかその雷を躱す。
 そして、僕の近くに何者かが降り立った。
 その何者かを僕は顔を少し動かして見上げる……。

 最悪だ……まさか、こいつに借りを作ることになるなんて……。


「こんのっ大馬鹿!!なに死にかけてるのよ!!」


 僕を助けたのはディータであった。


「ははは……ごめん……近衛の人達は?」
「十分ここから離れたから、今は隠れてもらってるわ……まったく、そろそろアイツを倒してるだろうと思って迎えに来たのに……余計な手間を増やすんじゃないわよ……」
「……面目ない」
「まあ、生きているのならいいわ……アンタが死んだらカモメが悲しむんだから絶対に死ぬんじゃないわよ」
「解ってる」


 僕が答えると、「ならよし」とディータは笑った。
 そして、目の前の敵達を睨みつける。


「好き勝手やってくれたみたいね……」
「ちっ……こいつはやべぇっすよ?」
「ああ、どうやらこの女もクオン並みに強そうだ……実にいい」
「勘弁してくださいよ副団長……おれはアンタみたいに戦闘好きじゃねぇんですから……」
「ふっ……戦闘にはならんさ」


 折れた刀を持った状態でアイルバースは言い放つ。
 その言葉に眉を吊り上げたディータであったが、そのディータの後ろで倒れる音がした。
 クオンが最後の意地で残していた意識を失ったのだ。


「根暗坊主!?……ちっ、いいわ、アンタたちをぶっ飛ばずのは今度にしてあげる……」


 すぐに治療しなければクオンの命が危ない。
 そう考えたディータはクオン肩に抱え、クレイジュを持った。


「逃げられると思ってるんですかい?」
「ふぅ……あんまり、得意な魔法じゃないんだけどね……」


 ディータが愚痴を零すと、ディータの姿は別の空間へと消えた。
 空間魔法で移動したのだ。
 ディータは空間魔法……というより、細かい制御を必要とする魔法があまり得意ではない。
 だが、やろうと思えば、一人抱えて空間を移動することくらいなら出来るのだ。
 そして、その魔法を使い、近衛たちが待つ森の中へと移動したのだった。


「クオン=ドースティン……次まみえる時を楽しみにしておこう」
「はぁ……俺はあんな化け物どもと戦いたくないっすけどねぇ……まるで副団長が二人いるみたいでしたぜ……で、追わないんですかい?」
「いくら敵の数が多いとはいえ、この暗闇の中を探すのは不可能だろう……それに、俺は武器もないしな」
「俺一人で行っても返り打ちでしょうしねぇ……仕方ねぇっすね、帰りやしょうか」


 アイルバースとアーケンは馬にまたがり、王都へと戻るのであった。


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