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8章

父として師匠として

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「ヴィ、ヴィクトールさん!?」
「ぐ……すまん、身体が言う事を効かん!」


 お父さんの拳がクオンに襲い掛かる。
 クオンは何とかお父さんの拳を躱しているが先ほどまでと同様、お父さんに攻撃できずどんどんと追いつめられている。
 さすがのエリンシアも、お父さんに意識があると解り、攻撃を躊躇っているようだった。


「どうしたらいいんですの……」
「いかんっ、クオン炎に気を付けろ!」
「え?……うわあああああっ!!」


 クオンがお父さんの拳を躱すと、その拳に纏われていた炎が拡散し、クオンに襲い掛かった。
 クオンはその炎を躱しきれず、地面を転がる。


「クオン避けろ!!」
「く……がはっ!」
「クオンさん!?」


 クオンは地面を転がされ、全身を焼かれたダメージに顔を歪めながらも立ち上がるが……そこに、お父さんの拳がお腹にめり込んだ。その威力は凄まじく……クオンは遠くにある岩まで叩き付けらた。


(大丈夫か、相棒!?)
「ぐ……」


 クオンはなんとか立ち上がる、ダメージを受ける直前、自分から後ろに飛び、衝撃を和らげたようだった……でも、勢いを殺しきることは出来なかったのだろう、そのダメージは大きい。


「クオン、エリンシア、躊躇うな!私を倒せ!!」
「で、ですが……」
「いかんっ」


 お父さんが声を上げると、お父さんは結界を張り続けているディータに向かって走り出す。
 いけない、もしディータがお父さんの攻撃を喰らったら、結界が……。

 そうなればリーンは一目散にここから逃げ出すだろう、それだけは避けないと……でも、お父さんを攻撃してなんて私には言えないよ!


「くっ……万事休すね」
「止まれ!私の身体よ!!」


 お父さんの叫びも虚しくディータとの距離が詰まっていく、結界を張るので手いっぱいのディータはその攻撃を避けることも出来ない。
 お父さんとディータの距離が詰まり、お父さんが拳を振り上げたその時、お父さんが逆方向へと吹き飛んだ。


「あら……根暗坊主がカッコいい真似をするじゃない」
「………」


 ………クオンだ。
 先ほど、かなり離れた場所まで吹き飛ばされたクオンがこちらに戻ってきていた。
 そして、その速さでお父さんとディータの間に割り込む、クレイジュを振るったのだ。


「……ふっ、良い顔をするようになったなクオン」


 先ほどまでお父さんに攻撃することを躊躇っていたクオン。
 だが、今のその表情は何か覚悟を決めたような男らしい表情であった。


「僕は……カモメを護ります……もし、ディータの結界が破れればリーンは逃げ出す、そうなれば世界が殺され、カモメも死ぬ……そんなことはさせない……いくら、ヴィクトールさんでも」
「ふっ……よく言った、それでこそ、我が娘の相棒だ」
「………」
「っ!……すまんな、クオン、嫌な役回りをさせてしまって」


 そう言われ、クオンの顔を再び見ると、その頬には一筋の涙が零れていた。
 子供の頃、わずかな時間だったとはいえ、クオンはお父さんを本当の父親のように慕っていたのだろう、そして男としても尊敬していたはずだ。
 そんな相手を、自分の手で斬ろうとしているのだ……クオンとて辛いはずである。


「あら、クオンさんだけに戦わせたりいたしませんわよ?」
「エリンシア」
「ヴィクトール様、先ほどはお見苦しいところをお見せしましたわ、ですが、ワタクシもカモメさんのパーティメンバー、のけ者にされてはたまりませんわよ」
「ふっ、エリンシア、相変わらず優しい奴だな……頼む、私を殺してくれ」
「「はい」」


 お父さんと、クオン達の戦いが始まる……私はその光景を横目に悲しい気持ちに一杯になったが……クオン達の決意を無駄にはしたくなかった……だから。


「クオン、エリンシア!お父さんなんかに負けちゃ駄目だよ!」
「んなっ、娘よ……なんかはないだろう……なんかは……」


 私の一言にちょっとしょんぼりしているお父さんはやはり、私のよく知るお父さんだ。
 リーンが言った通り、あのお父さんの身体は本物なのだろう……そして心も……そんなお父さんを二人は殺さなくてはいけない……なら、少しでも私もその辛さを背負いたい。
 だから、私は二人を応援するんだ。


「カモメ……」
「まったく、一番つらいでしょうに……相変わらずおバカちゃんですわね」
「……本当だ」


 応援した二人なのに、ヒドイ言われようである……。
 おバカじゃないもん。


「さあ、二人とも全力で来い」
「「はい」」


 本格的にクオン達の戦いが始まる。
 そんな中、私はリーンを睨みつけているが……どうにも、おかしい。


「さっきから、どうして私に攻撃してこないの?あんな最低の真似までしてまるで私を煽ってるみたい」
「………おかしいですねぇ」
「それはこっちのセリフだよ」
「なぜ出てこないんです?」
「出てこないって……何が?」


 出てくる?……何かを召喚でもしようとしているの?
 もしこれ以上結界の外に敵が増えたらいくら何でも対処しきれないよ。


「貴方の中には私から受けついだ『魔』がいる筈です……これだけの事をしたら私が憎いでしょう?私を殺したいでしょう?なら、我慢することはないんですよ?」
「……なるほど」



 ようやくわかった、なぜ必要以上にこちらを煽るような真似をしているのか……そうか、私の中の『魔』を覚醒させて自分の側に引き込もうと考えていたのか……。



「うん、憎いし殺したいよ♪」
「………はい?」


 ようやくリーンの目論見を理解した私。
 なので、思いっきり笑顔でそう言ってやった。
 私の口から憎いや殺したいって言葉が出てくるとは思わなかったのだろう。
 まあ、あんまり好きな言葉ではない。
 『魔』を受け入れる前の私なら絶対に使わなかっただろう。
 でも、今の私は違う、私の中にもそう言う負の感情はあるのだ……あって当然である。
 成人君子でもあるまいし、愛や優しさだけを振りまくなんて出来るわけもない。


「私の『魔』ならさっきからずっと表に出てるよ」
「何を言っているんです?……そんな……馬鹿な……そんなそんなそんなそんな!!」



 いきなり取り乱すリーン。


「そんな馬鹿な事あるわけないでしょう!『魔』を受け入れるなんて!人間に出来るわけがない!……ならなんで私は!!!」


 そうか……リーンの中にある『魔』は元々『世界』の中にいた者……『世界』は認めなかったけどやっぱりそうなんだ……そして、『世界』はそれを受け入れられず切り捨てた……それが『魔』になったんだ。
 自分は切り捨てられた、『魔』は誰にも受け入れられない……だから『世界』を殺す……なのに、私は私の中の『魔』を受け入れた、負の感情を持つ自分、それを抑えようとする自分、その両方があってこそ人間だ……きっと誰しも自分の中の悪と戦いながらも自分を律しているのだろう、普通はそうだ。

 だけど私はリーンの孫にあたる……その為『魔』も受け継いでしまった、だから自分の中の負の感情……悪の部分が自我を持ってしまったのだろう……だけど、それでもそれだけの事である。
 結局それは自分であることに変わらない……そして、そんな自分を受け入れたからこそ人は成長できるのだ。


 そして、目の前に成長できず、切り捨てられた存在がいる。
 少し、可哀想だとは思うけど、だからと言って彼女のやったことは許せるものではない。
 それに、あの体はリーンのものだ……きっと、リーンはもう元の存在にもどれないんだろう……。
 最初はアネルがやったように気を込めた攻撃をすればもしかしてと思った……だけど、これまでに何度も気を込めた攻撃をリーンに浴びせている……だが、リーンに変化は見られなかった。

 恐らくリーンはもう……。



「悪いけど、滅びてもらうよ」
「あ゛あ゛ん゛?」


 先ほどまでの余裕が一切なくなり、こちらを睨みつけてくるリーン。
 私はそんなリーンを睨み返しながらもバトーネを構えるのだった。
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