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6章

アスカの想い

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「もうっ、どうしたら気が発動するの!わかんない、わかんないよ!!」


 何とかして、気を発動させ『魔』の力を抑え込もうとする、だが、一向に気が発動する気配はない。
 カモメは自分には気を発動させることが出来ないんじゃないかと焦り始めていた。


(焦っては駄目)
「え……誰?」


 カモメは不意に聞こえてきた声に驚き、辺りを見回す。
 すると、自分の後ろに小さな光の玉が浮いているのが見えた。


「ディータ?……ううん、違う……あなたは誰?」
(ふふ、大きくなったのね……嬉しいわカモメ)
「え……?」


 最初はか細い小さな声だったが、段々とクリアに聞こえてくるようになるその声に、カモメは聞き覚えがあった。だけど、その声は何年も前に失われた声である……大好きで、でも自分のせいでなくなってしまった暖かい声だったのだ。


「お母……さん?」
(久しぶり、カモメ……っていうのはちょっと違うかしらね)
「お母さん!」

 
 小さな光は一際大きく輝くと、人の形へと変わった……それは紛れもなくカモメの母親……アスカの姿だったのだ。
 
カモメの瞳からは大粒の涙がこぼれ始めた。
 子供の頃、自分を庇って死んでしまった母親が今、目の前に現れたのだ。


(よしよし、でも、カモメ。泣いている場合じゃないわよ)


 カモメの頭を撫で、優しく諭すように語り掛けるアスカ。
 カモメは眼に涙をいっぱい溜めアスカに抱き着きながらも顔を上げるのであった。
 

(今、外ではあなたの仲間が必死にあなたを抑えてくれているわ……あなたにも聞こえるでしょう?)
「うん、クオンにディータ、エリンシアもいる」
(良い友達に出会えたわね、さすが私の娘よ)
「えへへ」


 母親に自分の仲間を褒められ、笑顔を出すカモメ。
 そんなカモメを見て、優しい笑顔で返すアスカだが、真剣な顔に変わり、抱き着いているカモメを自分から離した。


(あの子たちを助けるためにも早く、気を発動させないとね)
「でも……どうやったら発動するのかわからない……私の心ってどんなものなんだろう……」
(難しく考えすぎているのよ、複雑に考えすぎているのよ)
「でも、色々あって複雑だよ……怒ったり悲しんだり……どれも自分の筈なのにそのどれかが本当の自分の心だなんて思えないよ……」
(ええ、そうね。それは間違っていないわ……確かに人間の心は複雑……それが合わさって人間が出来ているのよね……でも、気の発動はその心をすべて理解しないといけないわけではないわ)
「どういうこと?」


 確か、皆は自分の一番正直な心を解放させたときに、気は発動すると言っていた。
 少なくとも、アネルさんやコハク、ラガナなどはそれで発動出来たようだったのだが……。



(心にはね、二つの種類があるの……一つは心を揺さぶる激しい感情、怒りとか喜びとかね)


 それは分かる、恐らく、それを最大限に発揮したときに気が発動するのだろうとカモメは思っていた。


(もう一つはね、波の無い水面のように穏やかな感情よ、安らぎとか慈しみとかね)
「ふーん、でも私は多分前者の方だよね?」


 穏やかだとか、人を慈しむ心とかは特に持っている気がしないカモメであったので、そうアスカに言うが。アスカはそんなカモメに軽くクスリと笑うと、頭を撫でながらこう言った。


(ハズレ、貴方は後者よ。なぜならあなたは慈愛の女神の血を引いているのだから)
「リーンのことは知っているけど……でも、血を引いているからって……」
(そうね、血を引いているからってあなたは慈愛の女神とは違う。でも、それが無かったとしてもあなたの力は優しさや愛情だったと思うわよ?あなたはどんなにつらい目にあっても、人への優しさを忘れなかったじゃない、それは貴方の心が優しいお陰よ)
「そう……かな」
(お母さんの言う事、信じられない?)
「うっ……ずるいよ、そんないい方されたら信じるしかないじゃん」
(うふふ、知らなかったのお母さんはずるい女なのよ?)
「もうっ」


 先ほどまで焦りに焦っていたカモメであったはずなのに、いつの間にかアスカのペースに飲まれ、心に穏やかさを取り戻していた。


「静かに……心を穏やかに……波の無い水面のように……」


 アスカの言う通りに焦らず、心を落ち着けて、自分の中の気を発動させようとするカモメ。
 そうしているうちに、不思議とクオンやエリンシア、ディータとこれまで出会った人の顔が思い浮かんだ。そして、その顔を見るたびに、自分の心が満たされていくように感じるのであった……そして。



「……これ」
(出来たじゃない)


 カモメの周りには激しくはないが力強いオーラのようなものが溢れ出していた。


(それが、気よ……)
「そっか……気ってこんなに温かいものだったんだ」
(ふふふ、それだけあなたの心が温かいという事よ……そして、その状態ならあなたは女神の力もきっと引き出すことが出来るわ)
「女神の力…?」
(ええ、慈愛の女神であるあなたのお祖母ちゃんから引き継いだ力……アナタならきっと使いこなせるわ)
「お母さん、なんでそんなこと知ってるの?ううん、どうして私の心の中にお母さんが?」


 母親に会えたことに喜んでいたカモメだったが、気を発動させ、冷静さを取り戻したからなのか当然の疑問が今頃になって口を出る。


(それはね、私も昔、今の貴方と同じように『魔』の力に苦しんだことがあるの……そして、きっとあなたも同じ苦しみを経験するんじゃないかと思ってね……アナタにあげたあのバトーネに私の記憶と心を少しだけ移したの)
「そんなこと出来るの?」
(あら、知らなかった?魔導具を作らせたら私の右に出る人なんていないのよ?)


 全然知らなかった。
 今思って見れば、確かに母親の周りには魔導具がいっぱいあったような気がするが、それは冒険で手に入れた物だろうと思っていたのだ。
 

(もし、あなたが私と同じ経験をして、その時自分が傍にいられなかった時のためにお父さんに頼んでおいたの……このバトーネをあなたにあげてねって♪)


 子供の頃からずっと使ってきたこのバトーネにそんな思いが籠っていたなんて……母親の愛情に素直に嬉しいと感じるカモメであった。


(とは言っても、私の力じゃ少しの間話すことが精一杯。名残惜しいけどそろそろお別れかな)
「え……そんなっ」
(消えちゃう前に、カモメのカッコいい姿が見たいな♪)
「お母さん……うん、見せてあげるよ!お母さんの娘はすごいってところ!」


 眼から零れる涙を腕で拭いながら、カモメは精一杯の笑顔でそう言った。
 そして、溢れ出す自分の気を輝かせると、一面、暗黒の世界だったカモメの心の中が明るくなっていった。
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