上 下
179 / 361
6章

真実

しおりを挟む
「え…私は……何を?」


 アスカの放った黒い光を浴びて、ティアラの目が正気に戻る。


「なんだと……今の光は……私と同じ力だというのか!……馬鹿なリーンの力だけでは無く、『魔』の力を受け継いでいるというの……」
「よくわかりませんが……逃げるチャンスですね!」


 狼狽えているリーンの隙を突いてティアラはアスカを抱えて部屋の外へと飛び出す。



「誰か!」


 必死に叫びながら夜の城の中を走り回るティアラ。
 だが、誰かが駆けつける前にリーンに追いつかれてしまった。


「唯の人間が私から逃げられると思ったの!」
「くっ」


 行く手を阻まれて、足を止めるティアラ。


「貴方を使って殺そうと思ったけど、その赤ん坊私にとって危険になるかもしれないわ……だから、この場で殺します」
「そんなこと……させません!リーンさんはどこへ行きましたの!あなたは一体何者ですの!!!」
「貴方には関係ないわ……どうせ、ここで死ぬのだから……」
「リーンさん!どこで何をしているんです!あなたの子供の危機ですのよ!母親の貴方が護らなくてどうするんですか!!!」


 目の前にいる女性がリーンとは信じられないティアラが叫ぶ。
 その叫びが届いたのか、目の前にいるリーンの姿をした女性の動きが鈍る。


「ぐ……まだ、抵抗するか……『ティアラ……お願い、その子を連れて逃げて!』……黙れ!」
「今のは……リーンさん?……くっ」


 リーンの言葉にティアラは再びリーンの脇を抜け走り出そうとするが、腕をリーンに捕まれる。


「逃がさん……『逃げて!』……ぐっ……『こうなったら……』……貴様、何をする!……ちっ、ならばっ」



 一人で葛藤を始めるリーン、そのリーンの姿が一瞬にしてその場から消えてしまった。
 

「リーンさん?」



 本来のリーンの人格が空間魔法を使い、別の場所へと移動をしたのだ。
 ティアラを逃がすことが出来ないのならば、自分がその場からいなくなればいい。そう思っての行動だった。だが……。



「リーンさんが消え……あ……」


 リーンの消えた場所から花のような香りがティアラの元まで漂ってくる。
 この香りには覚えがある、この香りを嗅いだ後、ティアラはリーンの子供であるアスカを殺そうとしてしまった。まるで何かに操られるようにそうしなければならないと思い込んでしまったのだ。



「いけません……早くこの子から離れないと……」
「ティアラ様!どうされました!!!」


 ティアラの意識が朦朧としてきたその時、近衛兵の格好をした男が走り寄ってきた。
 男は地面にしゃがみ込み苦しそうな表情をしているティアラを見て慌てる。


「この子を……この子を連れて逃げなさい」
「この方は……アスカ様ではありませんか……なぜ?」


 母親であるリーンはどこに?なぜ、ティアラがこの子を連れて逃げろとなど?
 男は疑問で頭がいっぱいになる、状況が分からず、どうしていいのかも分からないでいた。


「命令です、でなければ、私がその子を殺してしまう!」
「ティアラ様が?なぜです!」
「くっ……説明している暇が……ありません……その子を安全なところに……あいつからも私からも見つからないように……早くっ……」
「……解りました、必ずこの方をお護りし、安全な場所へ」
「頼みます……ヒ、ヒヒヒヒ」
「ティアラ……様?」
「リーンの子供……私のアレクセイの敵……ヒッヒヒヒ」
「っ!!」


 普段気丈であるティアラのその変わりようを見て、男は恐怖を覚える。
 ティアラの言っていた通り、この子供をこの城に置いておいてはいけないと思うには十分であるほど、ティアラの変わりようは異常であった。
 ティアラのその眼にはすでに以前の強さと優しさの混ざった光は宿っておらず、狂気に満ちていた。



「っ!」


 男はその場を走り出す、ティアラから預かたリーンの子供を抱いて、そのまま城を出るのだ。

 王に知らせる?それとも他の者の協力を得るべき?確かにそうなのかもしれない。
 だが、そうすることでこの子の命を護れなかったらきっと後悔をするだろう。報告や相談は二の次だ、今は唯、この子を安全に育てることのできる場所へ逃げるのみ。


 男は自分の故郷へと必死に走り出す、男の故郷はグランルーンの中でも田舎と言われる場所でそこでなら静かに暮らすことが出来る。それにそこになら自分の息子と妻も住んでいるのだ。
 今は唯逃げることしかできない自分の無力さを感じながらも男は唯、そこから逃げた、ティアラの命令を守るために。


(あの人……お父さんに似てる)


 カモメが感じた通り、アスカを抱いて逃げた男はヴィクトールの父親であった。
 つまり、カモメのお爺さんという事になる。


(お母さんには女神の血が流れてて……それだけじゃなくて……女神を乗っ取った『魔』とかいうのの力も受け継いじゃってて……それが私にも?)


 逃げる、男の背中から再び場面が変わる。
 どうやら、空間を渡ったリーンは森の中に現れたようだった。


「よくも……邪魔をしてくれたな。『これ以上好きにはさせないわよ』……強がるな、貴様はもうほとんど力を残していまい、身体を操れもしないのにあれほどの魔法を使ったのだ『それは貴方もでしょう?』……何?」



 リーンにいわれ、自分の体の魔力を確認してみると、驚くことにほどんど使い切っている。


「『何を驚いてるの?同じ体なのだから当然でしょう?』貴様、私の魔力を使ったのか!……『ええ、あなたと私の魔力両方を使って出来るだけ遠くに逃げたわ……ここ、どこなのかしらね?』」
「ここはベラリッサと呼ばれる人間たちの国がある場所です」
「誰!」
「私です」


 姿を現したのはグランルーンで王妃に呪いをかけていた魔族であった。


「何の用?」
「いきなり現れたのは貴方の方です……最初は私を滅ぼしに来たのかと思いましたが……どうやら違うようですね」
「そうね、そんなつもりはないわ……私はね」
「先程から話していらっしゃる、もう一人の貴方は違うようですがね」
「あら、なかなか頭の回転が速そうじゃない?」
「ええ、なぜ以前の貴方が私の邪魔をしたのかも理解したつもりです」
「そう、ならあなたに頼みがあるのだけれど?」
「なんでしょう?」


 口端を上げながらにこりと笑うリーンに、少し警戒をしながら首を傾げる魔族。



「このリーンがグランルーンで産んだ子供がいるのよ」
「もう一人の貴方がということですね……それがどういたしました?」
「その子供は『闇』……つまり、あなた達の世界を侵食している力を持っているの」
「どういう事でしょう?」
「その子供が生きている限り、あなた達の世界の危機は無くならないという事よ……そう、言うならば『闇の子』ね」


(闇の子……そういえば、たまに魔族が私の事をそう呼ぶことがある……てっきりディータの力を受け継いでいるからかと思ってたけど……違ったんだ)


「その闇の子をあなたに探して殺して欲しいの……グランルーンの王妃を操って殺させたいけど、あの王妃じゃ心許ないわ、だからお願いできるかしら?」
「我らが世界を救う為ならば喜んで」
「ありがとう……よろしく頼むわね…」
『やめて!駄目よ!』



 リーンの声はすでにその口から発せられることは無くなっていた。
 徐々に魔の力がリーンを侵食しているのだ。

 だが、その悲痛な叫びはカモメには届いていたのだった。
 そして、また、場面が変わると元の真っ暗な空間へと戻ってきていたのだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)

SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。 しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。 相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。 そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。 無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

処理中です...