上 下
178 / 361
6章

『魔』

しおりを挟む
「高いたかーい!」
「きゃっきゃ!」


 赤ん坊のアスカをクルスが持ち上げあやしている。
 その光景をリーンは微笑みながら見ていた。


「ははは、アスカは元気だな」
「ふふ、あなたに似たのかもしれませんね」
「何を言う、私は大人しいしっかりとした王子だったぞ」
「あら、そのしっかりとした王子様と私はどこで出会ったんでしたっけ?」
「うぐっ」


 それを言われると弱い、というのだろうか、クルスは一瞬言葉に詰まると、笑ってごまかした。
 

(赤ちゃんのお母さん可愛い♪)


 自分の母親と祖母と祖父の一家団欒を見て、微笑ましい思い出いっぱいになるカモメ。


(でも、そっか……ということは魔力を制御できないのはお祖母ちゃんから受け継いだ女神の魔力を私が使いこなせていないってことなのかな?)


 カモメがこの過去を見ることになった理由である、魔力の暴走。
 それを何とかするために竜の秘宝を使い、世界と話をしたのだ。

 だが、もし、女神の魔力を制御できていないという理由であるのならすぐには何とかは出来ないかもしれない。


(でも、女神の魔力か……使いこなせるように頑張らないとだね!)


 そして、さらに時間が進み。
 夜中、リーンが赤ん坊のアスカを部屋であやしている場面に変わった。


(あれ、でもまだ現実へ戻らないんだね……まだ何かあるのかな?)



 リーンは子守唄を歌いながらアスカを見て微笑んでいた。



(本当に優しいおばあちゃんだよね……あれ、でもそういえばお母さんって命を狙われて城から逃げたってクオンが言っていたような?)


 以前、グランルーンの王子からお母さんの出生を聴いた時、クオンがお父さんからお母さんの話を聞いていると言っていたので、教えて欲しいと頼んだことがある。
 クオンがその時教えてくれたのだけど……確か、お母さんの兄……国王様のお母さんがお母さんの命を狙っていたって……でも、あのティアラさんがそんなことをするとは思えないんだけど……。


 カモメがそう考えていると、―――――――――心臓が跳ね上がる感覚を覚える。



(……え?)


 カモメは驚き、リーンたちの方に目をやる。
 すると、そこには苦しそうに胸を押さえて蹲るリーンの姿があった。


「……かっはっ」
(これって……)


 リーンの周りに黒い何かが漂っている。
 この黒い何かは以前見たことがる………世界が言っていた『魔』だ。
 魔がまたもリーンの意識を乗っ取ろうとしているのだろうか?



「嘘……でしょ……貴方は千年前に……」
『消えたって?そんなわけないじゃない……私は貴方なのよ?』
「ふざけないで……私の体を乗っ取ろうとしているくせに」
『酷いわね、乗っ取りなんてしないわよ。ちょっと体を使わせてもらうだけ♪』
(それを乗っ取るんって言うんだよ!!おばあちゃん、負けないで!!)


 苦しそうにしながらも必死に抵抗をするリーン。
 リーンに再び、『魔』の手が迫っていたのだ。


『貴方の体はとっても心地いいのよ、人間の女に受けたダメージもあなたの中で回復させてもらったしね』
「そん……なっ」
『見てて楽しかったわ、家族って素晴らしいわね、きゅんきゅんしちゃった♪』
「ぐ……」
『そんな家族を私が殺せると思うとね♪』
「っ!!」


 怖い……カモメが素直にそう感じる程、恐ろしい笑顔を浮かべるリーン……いや、『魔』だ。
 もしリーンがここで乗っ取られればまだ赤ん坊のお母さんも、おじいちゃんも皆殺されてしまう。


(おばあちゃん!!)
『乗っ取り完了~♪』


 カモメの必死の叫びも虚しく、リーンは再び『魔』に飲み込まれてしまった。


(そんな……)
『うふふ、それじゃ、先ずはこの赤ん坊から殺しちゃおっかな♪まったく悍ましいわねぇこんなものを作っちゃうなんて……』


 まるでごみでも見るかのような目をしながらリーンはアスカに近づいていく。


『あら……この子……そう、女神の力だけじゃなく私の力までも受け継いでいるわ……危険ね』
(どういうこと?)


 私の力?……それってつまり『魔』の力を受け継いでいるってこと?


『まあ、よっぽど強力な魔法でも使わない限り私の力を引き出そうなんて思わないでしょうけど……一応……ね♪』


 アスカの近くに寄ったリーンが右手にナイフを握り、振り下ろす。
 その凶刃はまっすぐにアスカの喉元に向かって行った。

 ―――――――鮮血。


 鮮やかな赤い色の血が辺りに飛んだ。


(そんな……お母さん!!!)


 カモメは自分の近くまで跳んできた血を見て叫ぶ。

 だが、その血はアスカの者でないことに気付いた。


(…え?)


 そこにはリーンの事を最初は疎み、アスカ生まれたころには優しさの片鱗を見え隠れさせていた、王妃の姿があった。


『貴方……たしか、ティアラだったわね……邪魔しないでくれる?』
「あなたっ……自分の子に何をしようとしているの!!!」


 怒り。
 それは、何に対しての怒りだったのだろうか……自分が嫉妬しながらも憧れていたリーンがこのような残虐な真似をすることに対しての怒り?
 それとも、一人の母親として自分の子に刃を向けるという愚かな行為へ対しての怒り?
 父親であり自分とリーンの夫でもあるクルスを裏切る行為をしているリーンへの怒り?

 女性としての怒り、母親としての怒り、妻としての怒り……そのどれか…いやそれら全部なのかもしれない。

 だが、ティアラの鋭い目にどうしようも無いほどの激しい怒りが見て取れた。


『何って……殺すのよ?』
「なっ……」


 そんな怒りを見せている自分に対して意図もあっさりと言うリーン。
 そのリーンに驚きを隠せないティアラであった……そして。


「あなた……誰?リーンさんではないわ……絶対に違う」
『私はリーンよ……世界を殺す、唯一の存在……殺すことが私の生きがい』
「訳の分からないことを……」
『でしょうね、ふう……そうねぇ、よくよく考えると私が殺すと面倒よね……そうだわ、あなたに殺してもらいましょう♪』
「え?」


 そう言うと、リーンは花のような香りを部屋に充満させる。


「な、なんです……この香りは……え……」


 先ほどまでの力の籠ったティアラの目がぼうっと焦点の合わない力のない目に変わる。


『その子は貴方の子供に害をなす存在よ……貴方が殺さないと……貴方の息子が死んじゃうわ』
「アレクセイ……が…?」
『そう、だから、コロシナサイ』
「殺す……リーンの子供を……コロス」
『その子は生まれながらに強い魔力を持った悪魔よ……その子がいれば貴方の息子は……いいえ、この国自体が滅ぶわ』
「アレクセイが……グランルーンが……私の大切なものすべてが……この子に……」



 ブツブツと呟くティアラの目がやがて狂気に染まっていこうとしていた……だが、その時、赤ん坊……アスカが黒い光を放ち始めるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)

SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。 しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。 相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。 そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。 無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...