上 下
177 / 361
6章

女神の孫

しおりを挟む
「こら、リーンどこ行くのだ?」
「あら、ちょっと近くの森までお散歩に行こうかなって」
「馬鹿者、身重の身体でそんなところまで行く気か……大人しく城にいなさい」
「えー、でも少しくらい運動した方がいいのよ?」
(わっ、お腹がおっきい!)


 場面がまたも変わり、森に出掛ける為、城を抜け出そうとしたリーンを引き留めるクルスが呆れたような顔をしているところであった。


「父上、お母様が呼んでおります」
「おお、今行く……リーン、頼むから部屋で大人しくしていてくれ」
「解ったわよ」


 念を押すようにクルスが言うと、リーンは渋々というように返事をした。
 そして、クルスを父上と呼んだ少年とリーンを残してクルスは去っていく。


「もうすぐ、僕に弟か妹が生まれるのですね」
「ええ、可愛がってあげてね、アレクセイ」
「はい、とても楽しみです」


 そう、笑顔で答えるアレクセイと呼ばれた少年は、ティアラとクルスの間に生まれた、グランルーンの王子である。リーンがグランルーンに戻ってきた時にはすでに生まれ、育っていたアレクセイはこの時14歳になっていた。


「弟でしょうか、妹でしょうか」
「それは産んでみないと分からないわね」
「出来れば、妹だと嬉しいです……弟だときっと母上が厳しく当たりますので」
「そうね……ごめんなさいね、アレクセイ。私がティアラに嫌われているせいで嫌な思いをさせてしまって……」
「いえ、僕の方こそ、母上が申し訳ありません、普段は優しい方なのですが……」


 そう、すでにグランルーンに戻ってから幾歳を重ねているが、ティアラは未だにリーンを認めていない。
 いや、リーンはクルスにとって特別な存在であるからこそ、嫉妬をしているのだろう。
 他の側室であれば自分の方が夫に愛されている自身があるティアラであるが、リーンは別である。
 クルスにとってリーンは本当に特別な存在なのだ。


「ティアラとも仲良くなりたいわね」
「はい、そうなればいいですね」


 恐らくそうなることは無いだろうとわかってはいるが二人はそうなりたい、そうなって欲しいと思っていた。


「では、僕は剣の稽古がありますので」
「頑張ってね」
「はい」


 一例をするとその場を去るアレクセイ。
 その姿は礼儀正しく、14の子供と思えないほど整然としていた。



「それにしても、女神の私が人間の子供を宿すなんてね……」
(私も驚きだよ……女神って子供出来るんだ……)


 人間とは全く別の存在と勝手に思っていたカモメであったが、女神と言えど、それ程人間とは変わらないのかもしれない。
 人間を創造した女神たち、リーンであるのならば竜を創造した女神。
 その事から、命を作る方法が違うと思っていたのだが……創造と子供を作ることはまた違うのだろう。
 子供を作る必要があるのか?と言ってしまえば創造……0から新しい命を作れるのであれば必要はないかもしれないが……自分と血のつながった子供を作るのであればやはりお腹に子を宿す意味はあるのかもしれない。


「元気な子に育って欲しいわ……でも、この子の寿命ってどうなるのかしらね……」


 そう、女神であるリーンは歳をとらない。
 その為、未だに若い姿のままなのだが……これから生まれてくる子は人間のクルスの子供だ。
 この世界に新しく生まれた人間の寿命は平均して80くらいのようだ。
 リーンの創った竜族は平均で2000年は生きる……そのことを考えると大分短い。
 正直最初にそれを知った時、リーンは驚いた。そんなに短いのかと。

 でもだとすると、この生まれてくる子も80年くらいしか生きられないのかも知れない……そう思うと少し寂し気もするのであった。



「私はいつまでここにいられるかしらね」


 一向に歳をとらないリーンを人々がおかしいと思い始めるのは時間の問題だ。
 今はまだ、歳を感じさせない美しさとか言われているが、それもそのうちおかしいと思われるだろう。
 そうなる前に、この国をでないといけなくなる。


「でも、それまではこの子を一生懸命育てないとね」



 少し寂しそうなリーンの顔が印象に残った。
 そして、またも場面が切り替わると、そこには小さな赤ん坊を抱くクルスの姿があった。


「よくやったぞリーン!はははっ!元気な女の子だ!!」
「ええ、とっても可愛いわ」
「僕に妹が出来たのですね!!」
「ああ、アレクセイ、お前の妹だ。仲良くしてくれよ?」
「はい!!」


 子供の用に騒ぐクルスと、やはり自分に妹が出来るが嬉しいのか歳相応に喜ぶアレクセイ。
 二人のそっくりな姿を見て、やっぱり親子だだなぁと笑うリーン。
 その部屋の傍らで機嫌悪そうにしているティアラの姿もあるが、生まれた子供が男の子じゃなかったことに少し安堵してもいるようであった。


 そう、もし男の子が生まれていれば、戴冠前のアレクセイと王の座を本格的に奪い合う可能性があった。
 だが、女の子であるのならば王位継承権は確かにあるが、それでも王の座はアレクセイから動くことはないだろう。ティアラは自分の子供であるアレクセイを本当に大切にしている、アレクセイを立派な王にしようと今まで努力もしてきていたのだ。

 だが、そこに王の……夫の憧れの女性であるリーンが帰ってきた。
 もしかしたら、リーンに自分もアレクセイも何もかも奪われてしまうのではないだろうかと不安にも思っていたのだ。



「ティアラ、あなたもこの子を抱いてあげて」
「嫌よ」
「母上……」
「それよりもあなた」
「ん、なんだ?」
「しっかりと、首を支えてあげなさい……って、ほら首がまだ座ってないのだから危ないわよっ」
「おっとと、すまん」
「……まったく」
「ふふっ、ありがとう、ティアラ」


 本来はアレクセイの言う通り、心根の優しい女性であるティアラは、クルスの危なげな赤ちゃんの抱き方につい口を出してしまう。


「べ、別に……これくらいでお礼を言われる謂れはないわよ……」


 少し顔を赤らめながらもそっぽを向くティアラ。
 心なしか嬉しそうであった……ティアラも本当はリーンと仲良くしたかったのかもしれない。
 自分の子供を護る為に自分の子供を悲しませない為に、アレクセイの立場を奪うかもしれないリーンに心を許すことが出来なかったのだろう……だが、生まれたのが女の子であるのならば……もう、大丈夫……。

 そう思ったのか、少し微笑みを見せるティアラであった。


「ところで、その子の名前は決まっているの?」


 ティアラがリーンに聴く。


「ええ、『アスカ』って言うの」
(……え?)


 その名前を聞いた途端……カモメの心臓は跳ね上がった。
 今まで、まるで映画でも見ているかのような気分になっていたカモメであったが……そう、今は竜の秘宝でカモメの真実を知る為にこの過去を見ているのだ……そのことをここに来て思い出す。


(アスカって……『お母さん』?)


 そう、カモメの母親と同じ名前の赤ん坊……そして、カモメの母親はグランルーンのお城で生まれたとクオンが言っていた……。

 つまり、アスカ……カモメの母親は慈愛の女神リーンの子供である。
 そして、カモメは女神の孫であるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

婚約者に犯されて身籠り、妹に陥れられて婚約破棄後に国外追放されました。“神人”であるお腹の子が復讐しますが、いいですね?

サイコちゃん
ファンタジー
公爵令嬢アリアは不義の子を身籠った事を切欠に、ヴント国を追放される。しかも、それが冤罪だったと判明した後も、加害者である第一王子イェールと妹ウィリアは不誠実な謝罪を繰り返し、果てはアリアを罵倒する。その行為が、ヴント国を破滅に導くとも知らずに―― ※昨年、別アカウントにて削除した『お腹の子「後になってから謝っても遅いよ?」』を手直しして再投稿したものです。

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)

SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。 しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。 相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。 そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。 無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...