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6章

クルスとリーン

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「リーン、久しいな……よく来てくれた」
「クルス……大きくなりましたね」
「ハハハ、あれから20年の時が流れておるからな」
「旅をしている間、あなたの噂は耳に入ってました、良い王になったのですね」


 リーンが旅をしている間、グランルーンの王子であったクルスは父親の跡を継ぎ、グランルーンを治める。
 民を想い、国と国との関りを大事にする賢き王としての噂はリーンの耳にも入っていた。
 その噂を聞くたびにリーンはあの時の少年が立派になった者だと嬉しく思ったものである。


「何れ帰ってくると約束したそなたの為にも良い国にしておきたかったからな」
「え?」
「そうだ、母上がそなたに礼を言いたがっていてな」
「ふう、やっと私に喋らせてくれるのね、リーンさんの事となると話が終わらないのだから」
「は、母上」


 困ったものねと王様の後ろに控えていた、二人の女性のうち一人が話し出す。
 以前、呪いを解いた時は窶れてしまっていた、クルスの母親は今は元気でいるのか、とても血色の良い顔をしていた。
 

「リーンさん、こうしてちゃんと話すのは初めてですね、以前は私の命を救っていただきありがとうございます、ずっとお礼が言いたかったのですよ……ふふ、やっと言えましたね」
「いえ、私は当然の事をしただけですので……」
「ふふ、クルスの言う通り謙虚な人ね……お嫁に欲しいくらいだわ」
「っ!?……母上!」
「おほほほほほ」


 リーンは女神である、その為、見た目は若いまま歳をとっていない。
 以前、クルスと出会った時から見た目はほとんど変わっていないのだが、20年前の事である、クルスもリーンの事を見た目ほど昔は歳をとっていなかったのかな?程度にしか思っていなかった。
 クルスの母親も同じように思ったのか、そんな冗談を交えながら話すのだったが、後ろに控えているもう一人の女性はその話を聞いて、顔を歪める。


「そちらの女性は?」
「ああ、私の妻だ。ティアラと言う、10歳になる息子もいるぞ」
「そうなのですね……よろしくお願いします」
「……よろしく」


 ティアラと呼ばれた女性は不満そうな顔をしていた。


「して、リーンよ。戻ってきたのは約束を果たす為か?」
「いえ……実は」


 リーンは魔族がこの世界の国々に潜伏している可能性があると王に伝える。
 そして、魔王がこの世界に戻ってきていることも、そして、自分が魔王を止めるためにこの20年間動いてきたこともクルスに伝えた。
 クルスと母親はその話を驚きながらも真剣に聞いていた。


「そうか……」
「では、リーンさんはその危機を世界の国に伝える為、私達に力を貸して欲しいと?」
「はい……信じられないかもしれないけれど、本当の事なんです。出来れば、他の国にも呼び掛けて頂きたいです……それが出来なければ私を他の国に行くときに連れて行って頂きたい」
「うむ、解った。そうしよう」
「あなた!こんな話を信じるのですか!?……おとぎ話に出てくる魔族がこの世界にいるなど!……しかも、魔王ですって!?」



 今まで、不満そうな顔をしてほとんど何もしゃべらなかったティアラが大きな声を出して講義する。
 この世界の住人からすればティアラの意見の方が普通である。
 魔族や魔王等という存在はおとぎ話の本の中でしか出てこない存在であった。
 それだけ、古の戦い以降、この世界は平和だったという事になる。


「うむ、余は信じるぞ?リーンの言う事だ、真実なのであろう」
「ええ、私も信じます。私に呪いをかけたのは魔族だったのですから、疑う余地がありませんね」
「うむ、余もその現場を見ておるしな」
「……信じられない……私は信じられません!」
「ティアラ、お前が信じようが信じまいが関係は無い、リーンが望むのであれば余は力を貸すことを惜しみはしない」
「ありがとうございます、クルス」


 お礼を言うリーンにクルスは満足そうに微笑み返す。
 そして、その光景にティアラは苛立ちを覚え、リーンを睨みつけていた。

 リーンはティアラには申し訳ないと思ってはいたが、今は少しでも早く魔族を見つけることを優先したかったためそれを放置した。



 ――――――――そして、さらに4年の時が流れる。


 リーンは他の国をクルスと共に訪れながら魔族を探した。
 だが、魔族の姿を見つけることはできなかったのだ……。


「姿を見れば、すぐにわかると思ったのだけれど……巧妙に隠れている?それとも、本当にどの国にもいないのかしら……」


 いや、そんなはずはない。
 もしそうならば、グランルーンで魔族に出会う事もなかった筈だ。


「でも、千年前の時、元の世界に戻り損ねた、魔族の生き残りの可能性も……」


 そう、その可能性もある。
 ただ単に、生き残った魔族で、偶々、グランルーンに取り入ろうと画策していたのかもしれない。
 だが、そうであるなら、あの魔族があれ以降、何の音沙汰もないのもおかしな話である。
 私の名前を聞いて、魔族たちに協力していた昔の私と本当に別人なのか確かめに来てもいいものである。
 そうすれば、私の力で元の世界に戻れるかもしれないのだから。

 帰れなくなった魔族であるのならそうするはずだ。
 だが、あの魔族はあれ以来、一度も私の前に現れていない、つまりあの魔族は少なくとも帰れなくなった魔族ではないということだ。


「なら、やはり、姿を隠しているだけってことかしらね」
「む?……驚かそうと思ったのだが気付かれていたか?」
「え?……クルス?」


 いきなり背後から声が聞こえ、驚くリーン。
 後ろでは頭を掻きながら、失敗失敗と悪戯少年のような顔しているクルスの姿があった。
 その表情は王様であることを忘れるかのような表情である。



「どうしたの?」
「ああ、実はなリーンに少し話があって」
「私に?何かしら?」
「ああ……そのなんだ……余の妻にならんか?」
「はい!?」
(わぁお……あ、転んだ)

 あまりの突然の言葉に、リーンは驚き後退りをすると、足を絡めてすっ転んでしまう。
 今まで静観していたカモメも驚きのあまり声を漏らしていた。


「ティアラがいるからな、側室ということになってしまうが……そのなんだ……私はお前が欲しい」
「ふぇ!?……な、ななななな」


 あまりのストレートの言葉に言葉にならない声をあげながらリーンは顔を真っ赤にしていた。
 クルスは王である、ティアラの他にもあと二人側室がいるのだが、それは単に子を残す為であった。
 恋愛感情は側室二人にはもちろん、ティアラにさえも持っていなかったのだ。
 唯一、クルスが恋愛感情を持っていたのは子供の頃からの憧れであったリーンにだけであったのだ。

 ただし、だからと言ってティアラや他の二人に冷たく当たるという事はない。
 クルスはクルスなりに他の妻たちも大事にしていた。
 そして、ティアラとの間にできた子ももちろん大切にしていた。
 
 それを知っているからこそ、リーンは自分がそんなことを言われる等と思っていなかったのだろう。
 慌てふためき、まるで年端もいかない少女のように狼狽えていた。
 そして、そのリーンを見たクルスは、リーンの可愛さに再び心をときめかせていた。
 そして……床に転がり慌てているリーンにそっと近寄り、その唇を奪うのであった。



 (キャーーーーー!)


 その光景を間近で見ていたカモメは年齢相応の女の子用に心躍らせるのであった。
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