上 下
173 / 361
6章

リーンの後悔と出会い

しおりを挟む
「私はなんてことを……世界を壊すために竜達を……私の大事な子供たちを利用し……あまつさえ、異世界の者を嗾けるなんて……」


 アネルの気により、正気を取り戻していたリーンは、今までの自分の行いを悔いていた。
 リーン自身にもなぜ、自分が世界を壊そうと思い立ったのか、なぜ、大切な竜達を死なせるような目に合わせたのか分からないでいた。

 分からないからこそ、それを行った自分が許せなかったのだ。


「異世界の住人、あの人たちにも悪いことをしたわ……早く嘘だという事を伝えないと……でも……」


 リーンは自分がおかしくなっていた頃に使っていた異世界へ渡る術を何度も試すが、なぜか異世界へつながる穴は出現しなかった。
 元々、リーンにそんなことをする力は無い、ディータ達のように異空間に穴をあけることなら出来るのだが、どこにあるか分からない異世界に穴をつなげることは出来なかった。


「どうして……どうしてできないのよう……」


 途方に暮れ、泣き出してしまうリーン。


「私以外の女神がこの世界に来ていたんだ……人間や動物っていうのを創造したんだよね……友達になりたかったなぁ……それなのに……私のせいで……」


 闇の女神と名乗っていた方の女神は肉体を失い、異空間へ逃げ込んでいるらしい。
 光の女神と言われている女神は、私自身の手で呪いを与えてしまった、肉体は完全に死んでしまっただろう……せめて、もう一人のように異空間に逃げ込んでくれているといいんだけど。



(こんなのひどい……この人はきっとあの黒い何かに操られていただけなのに……すべて失って、後悔して……それに……)

「怖いよ……また、私、あれに飲み込まれてしまうんじゃ……」


 そう、またいつ、あの状態になってしまうか分からない、その恐怖がリーンを襲っているのだ。
 今、正気にもどれているが、いつまたあの状態になるのか……それともならないのか。


「もう駄目……誰か……私を殺して……」


 生きる気力さえ失ってしまったリーン。
 恐怖と絶望から……彼女の目からは光が失われていた。


 それから、何年……いや、何十年、何百年の時が過ぎた。
 彼女は暗い洞くつの中でひとりポツンと座っていた。
 何をするでもなく、ただひたすら、恐怖と後悔が彼女を攻め続けていたのだ。


「………」


 そんな時、洞窟の入り口の方から足音が聞こえてきた。
 その足音は、少しずつ、こちらへと近づいてくる。
 聞こえてくる足を音は軽く、そして無邪気な足取りであった。


「わー、広い!」


 洞窟に小さな男の子の声が響き渡る。
 

(子供の声?)


 こんな洞くつになぜ?とカモメは思うが、あれから何百年と立っているのだ、今までここに人が入ってこなかった方が不思議と言うものである。


「んー、どこにあるんだろう?」


 少年は何かを探しているのか、その足音はたまに止まり、辺りを探索しているようだった。
 段々と近づいてくる足音に、リーンは顔を上げ、警戒の色を出した。
 

「あ、なにかある!」


 少年が、リーンに気付くと、こちらに駆け寄ってきた。


「駄目!近づかないで!」


 少年が自分の近くに来る。
 そう思ったリーンが声を荒げ叫ぶ。
 少年に近づかれる恐怖もあったが、その少年に自分が何かしてしまうのではないだろうかという恐怖もあったのだ。


「だ、誰かいるの?」
「ええ、だから近寄らないで」
「あう……でも、でも、僕、生命の石を探さないと……」
「生命の石?」
(あ、なんか伝説で聞いたことある、確かどんな病気でも治す石だっけ?)


 カモメの言う通り、生命の石というのはどんな病気をも治す、奇跡の石のことである。
 ただし、その石が登場するのは物語の中だけであった。
 この少年はきっとその物語を読むか聞くかして、その石を探しに来たのだろう。


「そんなものここにはないよ……」
「……そうなの?でも、ご本では心の赴くままに進んだ先に生命の石が現れるって」
「それは本の世界だけよ」
「そんな……」



 リーンの言う通り、それは本の中の話だけだろう、そんな便利な石があったら、病気で亡くなる人などいなくなっている筈なのだから……ということは、つまり。


「でも、その石がないとお母さんが……」
「お母さん病気なの?」
「……うん」


 沈黙が辺りを包む。
 この子のお母さんはどうやら病気で床に臥せっているらしい。
 それで、お母さんの病気を治すために一人でこんな洞くつに入ってきたのか……えらいね。


「勇気があるわね……お母さんの為にこんな洞くつに入ってくるなんて……怖くないの?」
「怖いよ……でも、お母さんがいなくなる方がもっと怖い」
「そうね……大切な人が自分の周りからいなくなるのはとても辛いわ」


 そう、今リーンの周りには誰もいない。
 かつては楽しく共に暮らしていた竜達とも一緒にはいられないのだ。
 当然である、彼らを裏切り利用したのはほかでもないリーンなのだから。


(私も、大切な人がいなくなる気持ちはよくわかるよ)


 カモメも母親、父親を亡くしている。
 だからこそ、この少年の気持ちもわかるし、リーンの寂しさも解るつもりだ。
 幸い、カモメは一人にならずに済んではいたのだが、もし、あの時ディータやクオンがいなかったらと考えると恐怖で体が震えるのだった。


「お姉さんはここで何をやってるの?」
「私は……後悔しているのよ」
「コーカイ?でも、ここにはお船がないよ?」
「その航海ではないわよ……とっても悪いことをしたからここで反省をしているの」


 少年の勘違いに一瞬笑みを浮かべるも、すぐさままた暗い顔に戻るリーン。
 そのリーンの表情を見たのか少年は元気にリーンに語り掛けるのだ。


「おねーさんの笑顔とっても綺麗!」
「な、何をいってるの……」
「おとーさんがよく言ってるよ、人は笑顔でいなくちゃいけないって!自分の笑顔を隠してまで無理をする必要はないって!」
「……そう、でも私はもう、笑う資格なんてない」


 そう言うと、リーンは体育座りをして、膝に顔を埋めるのだった。


「誰でも笑顔になる権利はあるのだ、そして、笑顔は自分の為だけではない、他者にあたえる者でもある」
「え?」
(え?)


 少年があまりに流暢にそんなことを言う為、リーンもカモメも間抜けな顔して驚いた。


「おとーさんの受け売り、でも、僕もそー思うんだ!」
「いい、お父さんね」
「うん!おかーさんもね、優しいんだよ!いつもご本読んでくれるの!」
「そう」
「でも……おかーさん……」


 満面の笑顔からまたも暗い顔になってしまう少年。
 そんな少年を見てリーンは小さくため息をする、少年に対してではなく、何もせず、ウジウジしていた自分に対してである。


「笑顔は人に与えるものか……よいっしょ」


 リーンは立ち上がると、スカートに着いた泥を手ではたいた。


「おねーさん?」
「お母さんの症状、私に見せてくれる?これでも治癒魔法は得意なの」
「ホント!!」
「うん」


 リーンは笑顔で少年に語り掛けた。
 不思議と、その笑顔を作るのに無理は無かった。
 心の底から少年に何かしてあげたいという気持ちが湧き上がっていたのだ。


「……せめてもの、罪滅ぼしのつもりかしらね……許されるはずがない、解っているけれど……少しでもこの世界の役に立ちたいわ」


 そう呟いて、リーンは少年と共に洞窟をでるのだった。
 外の世界は、何百年の時を経て、リーンの知る世界とは様変わりしているのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)

SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。 しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。 相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。 そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。 無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...