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5章
父親の愛
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「嘘!嫌ですわ、お父様!!」
信じたくないというエリンシアの悲鳴のような声が、地下の部屋に木霊する。
エリンシアは魔鬼へと変貌した父親を見ながら、未だに信じられないのか……いや、信じたくないのかその場から動けずにいた。
「エリンシア、避けなさい!!」
余りの出来事に動くことさえできないエリンシアに大魔鬼はゆっくりと近づき腕を振り上げる。
緩慢な動きの大魔鬼であるが、エリンシアは魔鬼へと変貌した父親に目を奪われ、その動きを見ていない。
いや、それだけではない衝撃からディータの言葉すら耳に届いていないのだ。
「エリンシア!!」
振り上げられた拳がエリンシアに向かって振り下ろされる。
だが、その攻撃はエリンシアに届く前にその動きを止めた、魔鬼となったアレクセイがその攻撃を受け止めたのである。
魔鬼となったアレクセイの力は普通の人間より強くなっていた、だが、魔鬼の強さは素体となった人間の強さに比例する。エリンシアの父親であるアレクセイは戦う力を持っていなかった。その為……
「ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
アレクセイが受け止めた大魔鬼の腕の勢いは強く、両腕を頭の腕交差し受け止めたアレクセイの腕が嫌な音を立てて折れた。
「お父様!!!」
父親の悲鳴とも咆哮ともつかぬ声にエリンシアは声を上げる。
「ググ……」
「お父様、お逃げください!!」
「エリンシア゛……オマエワ……ワタシノホコリ……ツヨクイキロ……」
「お父様!!!」
大魔鬼の手がアレクセイを掴む。
30を超える数の魔鬼達が共食いの果てに姿を変えたのが今の大魔鬼である。
当然、目の前にいる魔鬼であるアレクセイも大魔鬼にとっては食事に見えたのだろう、大魔鬼は掴んだアレクセイを口へ持っていくとそのまま口の中に放り込んだ。
「アダマダ!!アタマヲハカイシロ!!」
口に放り込まれる前、アレクセイはそう叫ぶと大魔鬼の口の中へと消えていった。
「いやあああああああああああああああああああ!!!」
================================================================
エリンシアはグラシアール商会の長女としてこの世に誕生した。
父親の経営手腕と母親の聡明さを受け継ぎ、グラシアールの跡取りとして期待を受けていたが、10歳の頃突如、自分は冒険者になりたいと言い出したのだ。
これにはアレクセイとエリザベスも驚き最初は反対をした。
グラシアールの跡取りとして期待していたこともそうであるが、冒険者とはとても危険が付きまとう職業なのだ。自分の大事な娘をそんな危険な職業に就けさせたくはなかった。
アレクセイとしては商会を継がなくてもいいから自分たちの近くで安全に暮らして欲しいと思っていたのだ。その為、アレクセイはエリンシアの夢に反対をした。
「馬鹿な、お前はグラシアールを継がねばならんのだ!冒険者になるなど許しはしない!!」
「嫌ですわ!ワタクシは冒険者になって困っている人を救いたいのですわ!ワタクシが救われたように!!」
なんと言っても聞かないエリンシアとの喧嘩は日に日に増えていった。
10歳の頃、冒険者になりたいと言い出した事には理由があった。
近くの村に商談へ向かったエリザベスに興味本位でついていったエリンシアはその帰り道、魔物に襲われたのだ。
そして、魔物の餌食になると思われたとき、一人の女性冒険者に助けられたのだという。
その姿はエリンシアの目にはとてもかっこよく映ったのだ。そして、お礼を言ったエリンシア達にその冒険者はこう言った。困ってる人を助けるのは私達冒険者には当たり前だよ……と。
その姿に憧れ、エリンシアは冒険者を目指したいと言い出したのだ。
反対するアレクセイとは別に、エリンシアは今までお小遣いを上げても無駄遣いをせずそのお金をほとんど貯金していた。それはお金を無駄にしない商人の鑑だとアレクセイは褒めていたのだが、エリンシアはただ単に、欲しいものが殆どなかっただけであった。
それが証拠に、冒険者を目指し始めてすぐ、エリンシアは市場に流れてきた珍しいものである『魔導銃』を買って帰ってきたのである。
それを買ったエリンシアを見たアレクセイはエリンシアを咎め、親子喧嘩が勃発した。
娘の安全を考えているアレクセイとは別にエリザベスはエリンシアの夢を認めていた。
だが、エリザベスもアレクセイの気持ちも解るのだ、大切な娘に安全な暮らしを送ってほしいと思うのは親ならば当然の事だろう。でも、それと同時に娘の夢を応援するのも親として当然なのではないだろうか?とエリザベスはアレクセイに言ったのだ。
アレクセイもその言葉は解る、もしこれが冒険者ではなくもっと安全な仕事であれば、商会を継がなかったとしてもアレクセイは反対しなかったであろう。だが、娘が自らを危険に投げ込むような職業に就きたいというのであれば話は別だ。言葉には出さなかったが、アレクセイはエリンシアを眼に入れても痛くないほど溺愛していたのだ。
たとえ、エリンシアに嫌われようともエリンシアが安全に育って欲しい。そう思っていたアレクセイはエリンシアの夢を認めることが出来なかった。そしてそのまま2年の時がたったのだ。
2年が過ぎたころ、事件が起こる。
盗賊たちがグラシアール商会の馬車を襲う事件が起きたのだ。
その事件は普通ではなかった、後から聞いた話であるが魔族が関わっていたのだという。
アレクセイはその事件を調べるために騎士団長であるラインハルトへ相談へ行ったが、大臣によって解決を断られていた。
娘を冒険者ギルドにとられるとさえ考え始めていたアレクセイは冒険者ギルドには助けを求めに行けず、悩んでいた。
だが、しばらくするとその事件は解決されたと知らされたのだ、そしてそれを解決したのは娘と娘から依頼を受けた英雄と名高い冒険者であった。
その知らせを聞いた時、アレクセイは怒った、自分に内緒で冒険者に依頼をし、それどころかその冒険者たちと一緒に盗賊を退治しに行ったという娘に、なんて危険な真似をするんだと……怒鳴りちらすつもりでいた。
……だが、帰ってきた娘はいつも自分を癒してくれる元気な笑顔が無くなっていた。
辛い目にでも合わされたのかと思ったアレクセイであったがそれを聞く前にいつも気丈である自分の娘、泣いたところなどほとんど見たことのない娘が、自分の顔を見るなりにいきなり表情を崩し、泣き喚いたのだ。
しばらく自分の胸の中で泣き続けていたエリンシアが落ち着きを取り戻し、盗賊退治で起きたことを説明し始めた。それを聞いたアレクセイは娘が危険な目に遭ったこと、自分の言う事を聞かずに勝手なことをしていたこと、本来であればそれを叱るところであるはずなのに、アレクセイはそれが出来なかった。
いや、それだけではない。
「お父様?」
エリンシアの声に気付き、自分の状態に気付く。アレクセイは泣いていたのだ。
今まで涙など見せたことのない父親に慌て始めるエリンシア、自分が父親を傷つけてしまったのかと慌てふためき再び泣き始めるエリンシアに、アレクセイは頭を撫で宥めるのだった。
「お前が無事でよかった、強くなったな」
撫でながらそう言うアレクセイにエリンシアは再び大粒の涙を流しながらアレクセイの胸で泣き続けた。
そして、自分の娘の依頼で父親を失ってしまったというカモメという少女をグラシアール総力で援助しようと心に決めていたが……エリンシアが再び落ち着きを取り戻したころ、騒ぎが起きる。
なんでも、闇の魔女と言われる人物が国王を殺し、逃げているというのだ。
次から次へと事件が起きる、としばらく家から出ないようにと家族に言い聞かせ、情報を貰う為、城へ向かおうとしたアレクセイだったが、向かう前にラインハルトが現れた。
ラインハルトの話によると逃げた闇の魔女と言われる人物はうちの店員であるクレイを誘拐した魔物を牢屋から逃がしてしまったという、そしてそのことを謝りに来たのだ。
しかも、その謝り方がお客のいる本店で大きな声でわざわざ客に見せるように謝るのだ。その状況を見たエリザベスが何かに気付いたのだろう、魔女の名前をラインハルトに尋ねた。
そして、驚く名前をラインハルトが口にしたのだ。逃亡中の闇の魔女の名前はカモメというのだと。
その名前は、エリンシアから聞いていた、その子はエリンシアと同じく心優しい女の子だという、あのエリンシアが楽しそうにその子の事を話すのを見ているのだ、その子がいい子であることは間違いあるまい、ウチの娘は人を見る目があるのだ。
とすれば……ラインハルトに事の詳細を問いただしたが、ラインハルトは何も言わなかった、いや、言えなかったのだろう。騎士団長の立場であればそれが当然である。だが、その態度で解るというものだ、カモメという少女は濡れ衣を着せられたのだと。
それを聞いたエリンシアは自分もその子の後を追うと言ってきかなかったのだ。自分のせいで父親を失い、その上、故郷からも追われるなど黙ってみてられないと。
アレクセイはそう言う娘を止めることが出来なかった。だが、今、娘を行かせても不幸な未来しかないのでは?娘が行けばその少女は喜ぶだろう、だが、今度はその少女が命を落とすことになれば?……娘は壊れてしまうのではないだろうか?
エリンシアは強い、もちろん子供にしては魔物を倒せるようになっていたりと驚くほどの強さなのだがそれとは別に心も強い。恐らく母親の強さを受け継いだのだろう、どんな壁にぶち当たろうともそれを自分の努力と才能で乗り越えてきたのだ。
だが、今のエリンシアは何も考えず行こうとしている、このまま行かせては娘を不幸にさせるだけではないだろうか……。
「駄目だ」
「なぜですの!!……いいえ、お父様が反対なさろうとワタクシは行きますわ!!」
「駄目だ!!!!」
「……っ!」
怒鳴るアレクセイにエリンシアは言葉を失った。
アレクセイの目を見てエリンシアは何も言えなくなったのだ、その眼がアレクセイの本気を物語っていたのだ。
「今は……駄目だ」
「………え?」
「今のお前ではカモメと言う子の足手纏いになる、それにエリザべスとの約束で成人するまでは冒険者にはならないのだろう?」
「……ですが」
母親がエリンシアが冒険者になることを許す条件として成人、つまり16歳になってからというのがあった。それはエリザベスが少しでもエリンシアがアレクセイの元にいる為につけた条件なのだが、それをアレクセイは利用した。
大事な娘を冒険者にしたくないという思いは変わってはいなかったのだが、それ以上にエリンシア思いを尊重したいと思っていた。だが、今のエリンシアを行かせれば恐らく命を落とす結果になる、英雄と呼ばれた男ですら戦いで命を落としたのだ。
「ならば、強くなれ。もう、冒険者になるなとは言わん、だが、無駄に命を落とすような真似を許すわけにはいかん」
「お父様……」
「今のお前は、自分の罪悪感に惑わされ唯の自己満足のためにカモメさんという子を追おうとしている」
「っ!?」
図星であった、自分のせいで多くのものを失ったカモメに対する罪悪感からエリンシアはカモメを追おうとしていたのである。
「そんなお前に来られても、カモメさんも迷惑だろう」
「で、ですが……」
「お前は私の誇りだ」
「え?」
窘められていた筈なのだが、いきなり誇りだなどと言われ、エリンシアは困惑する。
「お前なら理解できるはずだ、それにお前の友達のカモメさんもとても強い子なのだろう?」
「と、当然ですわ!」
「なら、お前の事を待っていてくれるはずだ、だから、強くなれ。心も身体も」
「っ!」
「そうすれば、私もうお前を止めん。自由にそして強く生きろ……お前の夢なのだろう?」
「……はい!」
================================================================
強く生きろ、魔鬼へと姿を変えても心を奪われなかった父親は昔自分を救ってくれた時と同じ言葉を口にした。
その言葉を聞き、やはり父親なのだと再認識をしたエリンシアであったが、無情にもその父親は大魔鬼の口の中へと消えていったのだ。
「何をしてますですのおおおおおおおお!!!!」
エリンシアが吠えた、これほど激情を表すのはエリンシア自体、初めてではないだろうか。
エリンシアの怒りでその場の大気が震えたのではと思う程激しい怒りがエリンシアから発せられたのだった。
信じたくないというエリンシアの悲鳴のような声が、地下の部屋に木霊する。
エリンシアは魔鬼へと変貌した父親を見ながら、未だに信じられないのか……いや、信じたくないのかその場から動けずにいた。
「エリンシア、避けなさい!!」
余りの出来事に動くことさえできないエリンシアに大魔鬼はゆっくりと近づき腕を振り上げる。
緩慢な動きの大魔鬼であるが、エリンシアは魔鬼へと変貌した父親に目を奪われ、その動きを見ていない。
いや、それだけではない衝撃からディータの言葉すら耳に届いていないのだ。
「エリンシア!!」
振り上げられた拳がエリンシアに向かって振り下ろされる。
だが、その攻撃はエリンシアに届く前にその動きを止めた、魔鬼となったアレクセイがその攻撃を受け止めたのである。
魔鬼となったアレクセイの力は普通の人間より強くなっていた、だが、魔鬼の強さは素体となった人間の強さに比例する。エリンシアの父親であるアレクセイは戦う力を持っていなかった。その為……
「ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
アレクセイが受け止めた大魔鬼の腕の勢いは強く、両腕を頭の腕交差し受け止めたアレクセイの腕が嫌な音を立てて折れた。
「お父様!!!」
父親の悲鳴とも咆哮ともつかぬ声にエリンシアは声を上げる。
「ググ……」
「お父様、お逃げください!!」
「エリンシア゛……オマエワ……ワタシノホコリ……ツヨクイキロ……」
「お父様!!!」
大魔鬼の手がアレクセイを掴む。
30を超える数の魔鬼達が共食いの果てに姿を変えたのが今の大魔鬼である。
当然、目の前にいる魔鬼であるアレクセイも大魔鬼にとっては食事に見えたのだろう、大魔鬼は掴んだアレクセイを口へ持っていくとそのまま口の中に放り込んだ。
「アダマダ!!アタマヲハカイシロ!!」
口に放り込まれる前、アレクセイはそう叫ぶと大魔鬼の口の中へと消えていった。
「いやあああああああああああああああああああ!!!」
================================================================
エリンシアはグラシアール商会の長女としてこの世に誕生した。
父親の経営手腕と母親の聡明さを受け継ぎ、グラシアールの跡取りとして期待を受けていたが、10歳の頃突如、自分は冒険者になりたいと言い出したのだ。
これにはアレクセイとエリザベスも驚き最初は反対をした。
グラシアールの跡取りとして期待していたこともそうであるが、冒険者とはとても危険が付きまとう職業なのだ。自分の大事な娘をそんな危険な職業に就けさせたくはなかった。
アレクセイとしては商会を継がなくてもいいから自分たちの近くで安全に暮らして欲しいと思っていたのだ。その為、アレクセイはエリンシアの夢に反対をした。
「馬鹿な、お前はグラシアールを継がねばならんのだ!冒険者になるなど許しはしない!!」
「嫌ですわ!ワタクシは冒険者になって困っている人を救いたいのですわ!ワタクシが救われたように!!」
なんと言っても聞かないエリンシアとの喧嘩は日に日に増えていった。
10歳の頃、冒険者になりたいと言い出した事には理由があった。
近くの村に商談へ向かったエリザベスに興味本位でついていったエリンシアはその帰り道、魔物に襲われたのだ。
そして、魔物の餌食になると思われたとき、一人の女性冒険者に助けられたのだという。
その姿はエリンシアの目にはとてもかっこよく映ったのだ。そして、お礼を言ったエリンシア達にその冒険者はこう言った。困ってる人を助けるのは私達冒険者には当たり前だよ……と。
その姿に憧れ、エリンシアは冒険者を目指したいと言い出したのだ。
反対するアレクセイとは別に、エリンシアは今までお小遣いを上げても無駄遣いをせずそのお金をほとんど貯金していた。それはお金を無駄にしない商人の鑑だとアレクセイは褒めていたのだが、エリンシアはただ単に、欲しいものが殆どなかっただけであった。
それが証拠に、冒険者を目指し始めてすぐ、エリンシアは市場に流れてきた珍しいものである『魔導銃』を買って帰ってきたのである。
それを買ったエリンシアを見たアレクセイはエリンシアを咎め、親子喧嘩が勃発した。
娘の安全を考えているアレクセイとは別にエリザベスはエリンシアの夢を認めていた。
だが、エリザベスもアレクセイの気持ちも解るのだ、大切な娘に安全な暮らしを送ってほしいと思うのは親ならば当然の事だろう。でも、それと同時に娘の夢を応援するのも親として当然なのではないだろうか?とエリザベスはアレクセイに言ったのだ。
アレクセイもその言葉は解る、もしこれが冒険者ではなくもっと安全な仕事であれば、商会を継がなかったとしてもアレクセイは反対しなかったであろう。だが、娘が自らを危険に投げ込むような職業に就きたいというのであれば話は別だ。言葉には出さなかったが、アレクセイはエリンシアを眼に入れても痛くないほど溺愛していたのだ。
たとえ、エリンシアに嫌われようともエリンシアが安全に育って欲しい。そう思っていたアレクセイはエリンシアの夢を認めることが出来なかった。そしてそのまま2年の時がたったのだ。
2年が過ぎたころ、事件が起こる。
盗賊たちがグラシアール商会の馬車を襲う事件が起きたのだ。
その事件は普通ではなかった、後から聞いた話であるが魔族が関わっていたのだという。
アレクセイはその事件を調べるために騎士団長であるラインハルトへ相談へ行ったが、大臣によって解決を断られていた。
娘を冒険者ギルドにとられるとさえ考え始めていたアレクセイは冒険者ギルドには助けを求めに行けず、悩んでいた。
だが、しばらくするとその事件は解決されたと知らされたのだ、そしてそれを解決したのは娘と娘から依頼を受けた英雄と名高い冒険者であった。
その知らせを聞いた時、アレクセイは怒った、自分に内緒で冒険者に依頼をし、それどころかその冒険者たちと一緒に盗賊を退治しに行ったという娘に、なんて危険な真似をするんだと……怒鳴りちらすつもりでいた。
……だが、帰ってきた娘はいつも自分を癒してくれる元気な笑顔が無くなっていた。
辛い目にでも合わされたのかと思ったアレクセイであったがそれを聞く前にいつも気丈である自分の娘、泣いたところなどほとんど見たことのない娘が、自分の顔を見るなりにいきなり表情を崩し、泣き喚いたのだ。
しばらく自分の胸の中で泣き続けていたエリンシアが落ち着きを取り戻し、盗賊退治で起きたことを説明し始めた。それを聞いたアレクセイは娘が危険な目に遭ったこと、自分の言う事を聞かずに勝手なことをしていたこと、本来であればそれを叱るところであるはずなのに、アレクセイはそれが出来なかった。
いや、それだけではない。
「お父様?」
エリンシアの声に気付き、自分の状態に気付く。アレクセイは泣いていたのだ。
今まで涙など見せたことのない父親に慌て始めるエリンシア、自分が父親を傷つけてしまったのかと慌てふためき再び泣き始めるエリンシアに、アレクセイは頭を撫で宥めるのだった。
「お前が無事でよかった、強くなったな」
撫でながらそう言うアレクセイにエリンシアは再び大粒の涙を流しながらアレクセイの胸で泣き続けた。
そして、自分の娘の依頼で父親を失ってしまったというカモメという少女をグラシアール総力で援助しようと心に決めていたが……エリンシアが再び落ち着きを取り戻したころ、騒ぎが起きる。
なんでも、闇の魔女と言われる人物が国王を殺し、逃げているというのだ。
次から次へと事件が起きる、としばらく家から出ないようにと家族に言い聞かせ、情報を貰う為、城へ向かおうとしたアレクセイだったが、向かう前にラインハルトが現れた。
ラインハルトの話によると逃げた闇の魔女と言われる人物はうちの店員であるクレイを誘拐した魔物を牢屋から逃がしてしまったという、そしてそのことを謝りに来たのだ。
しかも、その謝り方がお客のいる本店で大きな声でわざわざ客に見せるように謝るのだ。その状況を見たエリザベスが何かに気付いたのだろう、魔女の名前をラインハルトに尋ねた。
そして、驚く名前をラインハルトが口にしたのだ。逃亡中の闇の魔女の名前はカモメというのだと。
その名前は、エリンシアから聞いていた、その子はエリンシアと同じく心優しい女の子だという、あのエリンシアが楽しそうにその子の事を話すのを見ているのだ、その子がいい子であることは間違いあるまい、ウチの娘は人を見る目があるのだ。
とすれば……ラインハルトに事の詳細を問いただしたが、ラインハルトは何も言わなかった、いや、言えなかったのだろう。騎士団長の立場であればそれが当然である。だが、その態度で解るというものだ、カモメという少女は濡れ衣を着せられたのだと。
それを聞いたエリンシアは自分もその子の後を追うと言ってきかなかったのだ。自分のせいで父親を失い、その上、故郷からも追われるなど黙ってみてられないと。
アレクセイはそう言う娘を止めることが出来なかった。だが、今、娘を行かせても不幸な未来しかないのでは?娘が行けばその少女は喜ぶだろう、だが、今度はその少女が命を落とすことになれば?……娘は壊れてしまうのではないだろうか?
エリンシアは強い、もちろん子供にしては魔物を倒せるようになっていたりと驚くほどの強さなのだがそれとは別に心も強い。恐らく母親の強さを受け継いだのだろう、どんな壁にぶち当たろうともそれを自分の努力と才能で乗り越えてきたのだ。
だが、今のエリンシアは何も考えず行こうとしている、このまま行かせては娘を不幸にさせるだけではないだろうか……。
「駄目だ」
「なぜですの!!……いいえ、お父様が反対なさろうとワタクシは行きますわ!!」
「駄目だ!!!!」
「……っ!」
怒鳴るアレクセイにエリンシアは言葉を失った。
アレクセイの目を見てエリンシアは何も言えなくなったのだ、その眼がアレクセイの本気を物語っていたのだ。
「今は……駄目だ」
「………え?」
「今のお前ではカモメと言う子の足手纏いになる、それにエリザべスとの約束で成人するまでは冒険者にはならないのだろう?」
「……ですが」
母親がエリンシアが冒険者になることを許す条件として成人、つまり16歳になってからというのがあった。それはエリザベスが少しでもエリンシアがアレクセイの元にいる為につけた条件なのだが、それをアレクセイは利用した。
大事な娘を冒険者にしたくないという思いは変わってはいなかったのだが、それ以上にエリンシア思いを尊重したいと思っていた。だが、今のエリンシアを行かせれば恐らく命を落とす結果になる、英雄と呼ばれた男ですら戦いで命を落としたのだ。
「ならば、強くなれ。もう、冒険者になるなとは言わん、だが、無駄に命を落とすような真似を許すわけにはいかん」
「お父様……」
「今のお前は、自分の罪悪感に惑わされ唯の自己満足のためにカモメさんという子を追おうとしている」
「っ!?」
図星であった、自分のせいで多くのものを失ったカモメに対する罪悪感からエリンシアはカモメを追おうとしていたのである。
「そんなお前に来られても、カモメさんも迷惑だろう」
「で、ですが……」
「お前は私の誇りだ」
「え?」
窘められていた筈なのだが、いきなり誇りだなどと言われ、エリンシアは困惑する。
「お前なら理解できるはずだ、それにお前の友達のカモメさんもとても強い子なのだろう?」
「と、当然ですわ!」
「なら、お前の事を待っていてくれるはずだ、だから、強くなれ。心も身体も」
「っ!」
「そうすれば、私もうお前を止めん。自由にそして強く生きろ……お前の夢なのだろう?」
「……はい!」
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強く生きろ、魔鬼へと姿を変えても心を奪われなかった父親は昔自分を救ってくれた時と同じ言葉を口にした。
その言葉を聞き、やはり父親なのだと再認識をしたエリンシアであったが、無情にもその父親は大魔鬼の口の中へと消えていったのだ。
「何をしてますですのおおおおおおおお!!!!」
エリンシアが吠えた、これほど激情を表すのはエリンシア自体、初めてではないだろうか。
エリンシアの怒りでその場の大気が震えたのではと思う程激しい怒りがエリンシアから発せられたのだった。
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