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2章
黄泉鴉
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コハクの案内でヴァイスの森に着いた私達が見た光景は酷いものであった。
森の奥、恐らくはエルフの里があったであろう場所は見る影もない。
家屋は崩れ落ち、地面にはエルフの死体が無数に転がっている。
「ひどい・・・」
コハクは唇を噛みしめながらもクオンの背中から降り、辺りを探索した。
大分回復をしているらしく、足取りはしっかりしている。
自分の暮らしていた里がこんな風になっていしまっているというのにすごい。
「リーナ!」
コハクは自分を助けたと言う少女の名を叫びながら辺りを探索する。
その少女の死体が無いことを祈りながら。
しばらく、辺りを探索したが、リーナの死体は無かった。
殺されはせず連れていかれたようだ。
今回、コハクたちの里を襲ったのはアイナの話では黄泉鴉という集団らしい。
王様に恨みを持っている集団らしいけど、なぜ、リーナって子を攫ったんだろう?
「リーナさんという方は何か特別な力を持っていらっしゃるんですの?」
私と同じことを思ったのかエリンシアがコハクに聞く。
そう、連れ去られたということはそれなりの理由があるはずだ。
「それは・・・」
「言えないのなら無理に言う必要はありませんわ」
エルフは掟を護ることを大事にする種族だと聞いたことがある。
最近のエルフは大分そういうのに緩くなっているらしいが、こんな風に知られていない里に暮らしているエルフたちは未だ、昔の習わしを護っていると聞く。
きっとコハクの里も昔ながらのエルフたちの住処だったんじゃないかな。
だとしたら、無理に聞くのはかわいそうかもと思うけど、でも、聞いておかないといざという時に対処できないかもしれないんだよね・・・うーん。
「いえ、お話しします」
おお、エリンシアは即座に諦めたが私がうーんと唸ってるのを見てかコハクが真剣な顔で考えた後、そう言った。
「猫の獣人のギルドの方が言っていた、翼竜なのですがあれは俺らの里の守護者でした」
「うぇ?」
いきなりびっくりすることを言ってくる。
魔物が守護者ってどういうこと?
魔物って基本、人間を襲ってくるんだけど・・・あ、もしかして、レディみたいな異常種かな?
そう思って、もしかして異常種?って聞いてみたけど、それも違うらしい。
「守護者は族長が育てた魔物なんです」
「魔物を育てる?」
「はい、俺らの里の族長は代々、魔物を卵から育てる力を持っています、そして、先代が卵から育てたのがヴァイスの森にいると噂されるワイバーンでした。ワイバーンは俺らの里に近づくものを追い払っていたんです」
コハクの説明によると、その先代の族長が死んだときに翼竜も消滅しいなくなったらしい、そして新たに族長になったのが先代の孫であるリーナだったという。
そして、コハクの里を襲ったら黄泉鴉の目的は先代を捕らえて翼竜を手に入れることだったらしいが、すでに亡くなっていた先代を諦め、今の族長であるリーナを連れて行ったらしい。
「って、ことはリーナって子も翼竜を連れているの?」
「いえ、リーナの魔物はまだ卵から孵ったばかりで、進化も一回しかしていないのでそれほど強い魔物ではありません」
『卵から魔物というだけでも驚きなのに進化ね・・・』
ディータの言う通りだ、魔物というのは本来、魔石から生まれる。
それも、赤ちゃんとか子供時代などなく、成長した姿で発生するのだ。
その為、倒すと魔石に戻るのだが、このエルフの里の守護者の魔物は見た目こそ魔物だが、別のものと考えたほうがいいかもしれないね。
「そっか、ならそう簡単に殺される心配はしなくてもいいのかな?」
「だといいんですが・・・」
『とはいえ、言う事をきかせる為に拷問とかされるかもしれないわね』
う・・・確かに、ディータの言う通りだ、生きていればいいというものではない。
「とにかく、急いで後を追わないとだね」
「でも、奴らがどこへ行ったのか・・・」
「だいじょーぶ!ね、クオン」
私がウィンクをしながら見た先にはクオンが歩いてこちらに向かってきていた。
先ほどまで私たちが話している間、その場にいなかったクオン。
「ああ、足跡が残っていたからね、追跡できると思う」
「さっすが♪」
ウチの相棒は有能です♪
「本当ですか!」
「さすがですわね、クオンさん」
《リーナside》
ヴァイスの森の北に位置する、洞窟にフードを目深に被った男が魔法陣を前にして立っている。
男はぶつぶつと呪文を唱え魔法陣に魔力を注いでいた。
魔法陣が書かれている場所の奥には小さな牢屋がひとつある。
その中にはエルフの少女が一人、繋がれていた。
いや、以前は生きていたであろう人間の骨がいくつも周りに転がっている。
生きている者は彼女一人であったが、その光景は少女に恐怖を与えるには十分であった。
「私・・・どうなってしまうんでしょう・・・兄様・・・ヒスイ」
この場にいない、自分が兄と慕う少年の顔とまだ、生まれて一日も立っていない自分の相棒であるホワイトファングの顔を思い浮かべる。
もう、あの人たちの顔を見ることはないかもしれない。
あの時、とっさに空間魔法を使い、コハクを飛ばしたが、場所を指定する余裕がなかった為、どこに飛ばしてしまったのかもわからない。
あの怪我だ、運悪く誰もいないところに飛ばしてしまっていたら・・・そう思うと後悔の念が湧いてくる。
「兄様・・・無事でいてください」
自分の未熟さを呪いながらもコハクの無事を祈った。
リーナがコハクの無事を祈っていると、魔法陣に魔力を込めるが終わったのかフードの男がこちらへとやってきた。
「私としたことがホワイトファングを逃がしてしまうとは・・・ですが、あなたのそのユニーク魔法は使えます、是非我々の為に働いてもらいましょう、丁度、高級な魔導具を無くしたところだったのですよ」
男は笑いながらこちらに近寄ってきた。
どうやら、リーナの空間魔法を利用しようとしているようだ。
彼は勘違いしている、リーナの空間魔法はそこまで便利ではない。
彼女が空間を繋げられるのは一度行ったことのある場所に限られる。
しかし、彼女はヴァイスの森から出たことはない、ヴァイスの森の里を護るのが彼女の役目だ、出る必要はなかった。
その為、任意に移動できるのはヴァイスの森の中限定となる。
もしくは、どこでもいいのであればランダムで空間をつなげることは出来る、コハクにしたように。
だが、それは危険を伴うのだ。あの時はコハクの命を救うために賭けに出たに過ぎない。
もし、運が悪ければ移動した先は海の底だったり、壁の中だったり、もしくは遠く離れた何処かわからないような場所の可能性もある。
その上、今のリーナの魔力では人一人を飛ばすのがやっとだ。
男の言うように高級な魔導具の代わりなど出来る筈もないのだ。
だが、そのことを言ってしまえば自分の命がないかもしれない・・・今は、そんなことを言うべきじゃないと思い、リーナは口を閉ざす。
「悪かったね、高級な魔導具を失くしちゃって」
部屋の入り口から小さな少年が入ってきた。
髪の色は青く、瞳の色は真っ赤である、黒いマントを羽織った少年は口をとがらせながら近づいてきた。
「別にあなたを攻めてはいませんよ?」
「そう?なんか攻められてる気がするんだよなぁ」
「気のせいですよ」
「そうかな?まあ、壊したのはあの黒髪の人間のおねーさんだしね・・・あのおねーさんは絶対に仕返しをしないとね」
「闇の魔女といわれる者ですね、本当に闇の魔女がフィルディナンドに付いたよ?」
「間違いないよ、黒髪黒目の人間なんて闇の魔女しかいないし、かなりの魔法を使ってたもん」
「やっかいですね・・・ツァイスを滅ぼす目的の邪魔になるかもしれません」
「ま、でも、魔導具の代わりが手に入ってよかったじゃん」
少年がこちらを指さしながら言ってくる。
「どうする?なんなら血を吸っていいなりにしよっか?」
少年が笑うと、長い犬歯が姿を現す。
「吸血鬼・・・」
「せーかい!良く知ってるね」
リーナが言葉をこぼすと、さも楽しそうに吸血鬼の少年が言う。
彼は笑顔でリーナに近寄ってきた。
「いえ、傀儡の状態ではユニーク魔法のような緻密な魔法は使えないかもしれません。やめておきましょう」
「ちぇー」
少年がつまらなそうに言うとリーナは安堵の息を漏らした。
しかし、未だ自分が危機的状況にいることには代わりがない。
その上、自分の空間魔法が彼らの思っているほど使えるものではないということが分かってしまえば、どうなることか・・・。
リーナはこの先の自分を想像し恐怖するのだ。
「誰か・・・助けて・・・」
そう呟くリーナの頭にはいつも笑顔を向けてくれる兄と慕う少年の顔が思い浮かぶのであった。
「兄様・・・」
《メインside》
しばらく足跡を追跡するクオンの後についてくると、黄泉鴉らしき黒ずくめの集団のを見つける。
そこはヴァイスの森から北に十数キロの場所であった。
「あれが、黄泉鴉?」
「間違いない、俺たちを襲った奴らです」
でも、肝心の少女の姿が見えない。
「リーナって子の姿が見えないね」
「それにあの時、襲ってきたフードの男の姿もありません」
なるほど、敵の親玉らしき人物もいないのか・・・とすると。
「あそこの小屋か、あっちの洞窟の中かな?」
「ですわね」
黒ずくめの集団がたむろっている場所の奥には小屋がひとつと洞窟らしきものが見える。
そのどちらかにリーナは捕らわれているのだろう。
「どうしよっか?」
「リーナって子の居場所が分かれば、潜入して助け出したいけど・・・」
そうだね、なら適当に黒ずくめの奴を捕まえて聞き出そうか?
いや、さすがに無理か・・・あれだけ密集していると一人だけ捕まえるというわけにはいかない。
っていうか、なんであんなに密集しているの?
私がそう思っていると洞窟の中からフードの男と少年が一人出てくる。
「あの子はリーナって子じゃないよね?」
「ああ、違う」
まあ、そうだよね、どう見てもエルフじゃないし・・・というか、すごく嫌な感じがする子だ。
「聞け!我らが同胞よ!今宵、我らの宿願が叶う時が来た!多くのエルフの血を捧げたことにより魔人は今日の新月によみがえるであろう!我らに苦渋を嘗めさせたフィルディナンドの最後は近い!ツァイスが滅びる日も近い!喜べ同胞よ、我らの宿願が叶うのだ!」
「おおおおおおおおおおお!!!」
・・・・・・魔人?
この黄泉鴉は魔人を復活させようとしているらしい、私は魔人って存在に詳しくないが確か、余りいい存在ではなかったはずだ。
そんなものを復活させるために多くのエルフを殺したのか・・・そして、その魔人を使ってツァイスを襲わせようとしているなんて・・・させるわけにはいかないね。
「クオン、エリンシア」
「うん」
「止めますわよ」
私達が、武器を構え乗り込もうとすると後ろから「ガウ!」という鳴き声が聞こえた。
しまった、犬型の魔物に見張りをさせていたのか!?
いや、だが、今の鳴き声はかなり抑えられたものだった・・・あれでは向こうの人たちまで聞こえてないんじゃないだろうか?
「ヒスイ?」
ヒスイっていうと確か、リーナって子が育ててる魔物の名前だったね・・・そっか、確かホワイトファング。
目の前にいる魔物も白い狼の魔物でホワイトファングである。
ということは味方?
ヒスイはコハクの腕の裾を引っ張る、どこかへ連れて行きたいようだった。
「どっかに連れて行こうとしてる?」
「もしかしたら、リーナって子の居場所を知っているのかもしれないね」
おお!だとしたらリーナって子を助けられるね。
うーん、だったら・・・。
「エリンシア、コハクと一緒にリーナって子を助けに行ってもらってもいい?」
「ワタクシですの?潜入ならクオンさんの方がよろしいんじゃありません?」
「クオンだともしリーナって子が怪我していたら回復できないからね、たしか、治療魔法使えたよね?」
「一応できますけど、カモメさんの治癒魔法ほどの回復力はありませんわよ?」
「私は、ここであいつらの注意を引くから、エリンシアにお願いしたいんだ」
「確かに、カモメさんの方が暴れるのは向いていると思いますけど・・・」
ちょっと引っかかる言い方だけどその通りだ。
私の魔法なら派手に暴れることが出来る、そうすれば敵の眼をこちらに向けられるだろう。
「はあ、分かりましたわ。リーナさんは救出して見せますわ」
「ありがとう、エリンシア」
やることは決まった、そうと決まれば行動あるのみ!
「それじゃ、クオン暴れよっか♪」
「ああ、存分に暴れよう」
頭の中ではディータが『やっちゃいなさい』と上機嫌で言っていた。
私とクオンは堂々と立ち上がり、黄泉鴉の集団へと近づいていった。
森の奥、恐らくはエルフの里があったであろう場所は見る影もない。
家屋は崩れ落ち、地面にはエルフの死体が無数に転がっている。
「ひどい・・・」
コハクは唇を噛みしめながらもクオンの背中から降り、辺りを探索した。
大分回復をしているらしく、足取りはしっかりしている。
自分の暮らしていた里がこんな風になっていしまっているというのにすごい。
「リーナ!」
コハクは自分を助けたと言う少女の名を叫びながら辺りを探索する。
その少女の死体が無いことを祈りながら。
しばらく、辺りを探索したが、リーナの死体は無かった。
殺されはせず連れていかれたようだ。
今回、コハクたちの里を襲ったのはアイナの話では黄泉鴉という集団らしい。
王様に恨みを持っている集団らしいけど、なぜ、リーナって子を攫ったんだろう?
「リーナさんという方は何か特別な力を持っていらっしゃるんですの?」
私と同じことを思ったのかエリンシアがコハクに聞く。
そう、連れ去られたということはそれなりの理由があるはずだ。
「それは・・・」
「言えないのなら無理に言う必要はありませんわ」
エルフは掟を護ることを大事にする種族だと聞いたことがある。
最近のエルフは大分そういうのに緩くなっているらしいが、こんな風に知られていない里に暮らしているエルフたちは未だ、昔の習わしを護っていると聞く。
きっとコハクの里も昔ながらのエルフたちの住処だったんじゃないかな。
だとしたら、無理に聞くのはかわいそうかもと思うけど、でも、聞いておかないといざという時に対処できないかもしれないんだよね・・・うーん。
「いえ、お話しします」
おお、エリンシアは即座に諦めたが私がうーんと唸ってるのを見てかコハクが真剣な顔で考えた後、そう言った。
「猫の獣人のギルドの方が言っていた、翼竜なのですがあれは俺らの里の守護者でした」
「うぇ?」
いきなりびっくりすることを言ってくる。
魔物が守護者ってどういうこと?
魔物って基本、人間を襲ってくるんだけど・・・あ、もしかして、レディみたいな異常種かな?
そう思って、もしかして異常種?って聞いてみたけど、それも違うらしい。
「守護者は族長が育てた魔物なんです」
「魔物を育てる?」
「はい、俺らの里の族長は代々、魔物を卵から育てる力を持っています、そして、先代が卵から育てたのがヴァイスの森にいると噂されるワイバーンでした。ワイバーンは俺らの里に近づくものを追い払っていたんです」
コハクの説明によると、その先代の族長が死んだときに翼竜も消滅しいなくなったらしい、そして新たに族長になったのが先代の孫であるリーナだったという。
そして、コハクの里を襲ったら黄泉鴉の目的は先代を捕らえて翼竜を手に入れることだったらしいが、すでに亡くなっていた先代を諦め、今の族長であるリーナを連れて行ったらしい。
「って、ことはリーナって子も翼竜を連れているの?」
「いえ、リーナの魔物はまだ卵から孵ったばかりで、進化も一回しかしていないのでそれほど強い魔物ではありません」
『卵から魔物というだけでも驚きなのに進化ね・・・』
ディータの言う通りだ、魔物というのは本来、魔石から生まれる。
それも、赤ちゃんとか子供時代などなく、成長した姿で発生するのだ。
その為、倒すと魔石に戻るのだが、このエルフの里の守護者の魔物は見た目こそ魔物だが、別のものと考えたほうがいいかもしれないね。
「そっか、ならそう簡単に殺される心配はしなくてもいいのかな?」
「だといいんですが・・・」
『とはいえ、言う事をきかせる為に拷問とかされるかもしれないわね』
う・・・確かに、ディータの言う通りだ、生きていればいいというものではない。
「とにかく、急いで後を追わないとだね」
「でも、奴らがどこへ行ったのか・・・」
「だいじょーぶ!ね、クオン」
私がウィンクをしながら見た先にはクオンが歩いてこちらに向かってきていた。
先ほどまで私たちが話している間、その場にいなかったクオン。
「ああ、足跡が残っていたからね、追跡できると思う」
「さっすが♪」
ウチの相棒は有能です♪
「本当ですか!」
「さすがですわね、クオンさん」
《リーナside》
ヴァイスの森の北に位置する、洞窟にフードを目深に被った男が魔法陣を前にして立っている。
男はぶつぶつと呪文を唱え魔法陣に魔力を注いでいた。
魔法陣が書かれている場所の奥には小さな牢屋がひとつある。
その中にはエルフの少女が一人、繋がれていた。
いや、以前は生きていたであろう人間の骨がいくつも周りに転がっている。
生きている者は彼女一人であったが、その光景は少女に恐怖を与えるには十分であった。
「私・・・どうなってしまうんでしょう・・・兄様・・・ヒスイ」
この場にいない、自分が兄と慕う少年の顔とまだ、生まれて一日も立っていない自分の相棒であるホワイトファングの顔を思い浮かべる。
もう、あの人たちの顔を見ることはないかもしれない。
あの時、とっさに空間魔法を使い、コハクを飛ばしたが、場所を指定する余裕がなかった為、どこに飛ばしてしまったのかもわからない。
あの怪我だ、運悪く誰もいないところに飛ばしてしまっていたら・・・そう思うと後悔の念が湧いてくる。
「兄様・・・無事でいてください」
自分の未熟さを呪いながらもコハクの無事を祈った。
リーナがコハクの無事を祈っていると、魔法陣に魔力を込めるが終わったのかフードの男がこちらへとやってきた。
「私としたことがホワイトファングを逃がしてしまうとは・・・ですが、あなたのそのユニーク魔法は使えます、是非我々の為に働いてもらいましょう、丁度、高級な魔導具を無くしたところだったのですよ」
男は笑いながらこちらに近寄ってきた。
どうやら、リーナの空間魔法を利用しようとしているようだ。
彼は勘違いしている、リーナの空間魔法はそこまで便利ではない。
彼女が空間を繋げられるのは一度行ったことのある場所に限られる。
しかし、彼女はヴァイスの森から出たことはない、ヴァイスの森の里を護るのが彼女の役目だ、出る必要はなかった。
その為、任意に移動できるのはヴァイスの森の中限定となる。
もしくは、どこでもいいのであればランダムで空間をつなげることは出来る、コハクにしたように。
だが、それは危険を伴うのだ。あの時はコハクの命を救うために賭けに出たに過ぎない。
もし、運が悪ければ移動した先は海の底だったり、壁の中だったり、もしくは遠く離れた何処かわからないような場所の可能性もある。
その上、今のリーナの魔力では人一人を飛ばすのがやっとだ。
男の言うように高級な魔導具の代わりなど出来る筈もないのだ。
だが、そのことを言ってしまえば自分の命がないかもしれない・・・今は、そんなことを言うべきじゃないと思い、リーナは口を閉ざす。
「悪かったね、高級な魔導具を失くしちゃって」
部屋の入り口から小さな少年が入ってきた。
髪の色は青く、瞳の色は真っ赤である、黒いマントを羽織った少年は口をとがらせながら近づいてきた。
「別にあなたを攻めてはいませんよ?」
「そう?なんか攻められてる気がするんだよなぁ」
「気のせいですよ」
「そうかな?まあ、壊したのはあの黒髪の人間のおねーさんだしね・・・あのおねーさんは絶対に仕返しをしないとね」
「闇の魔女といわれる者ですね、本当に闇の魔女がフィルディナンドに付いたよ?」
「間違いないよ、黒髪黒目の人間なんて闇の魔女しかいないし、かなりの魔法を使ってたもん」
「やっかいですね・・・ツァイスを滅ぼす目的の邪魔になるかもしれません」
「ま、でも、魔導具の代わりが手に入ってよかったじゃん」
少年がこちらを指さしながら言ってくる。
「どうする?なんなら血を吸っていいなりにしよっか?」
少年が笑うと、長い犬歯が姿を現す。
「吸血鬼・・・」
「せーかい!良く知ってるね」
リーナが言葉をこぼすと、さも楽しそうに吸血鬼の少年が言う。
彼は笑顔でリーナに近寄ってきた。
「いえ、傀儡の状態ではユニーク魔法のような緻密な魔法は使えないかもしれません。やめておきましょう」
「ちぇー」
少年がつまらなそうに言うとリーナは安堵の息を漏らした。
しかし、未だ自分が危機的状況にいることには代わりがない。
その上、自分の空間魔法が彼らの思っているほど使えるものではないということが分かってしまえば、どうなることか・・・。
リーナはこの先の自分を想像し恐怖するのだ。
「誰か・・・助けて・・・」
そう呟くリーナの頭にはいつも笑顔を向けてくれる兄と慕う少年の顔が思い浮かぶのであった。
「兄様・・・」
《メインside》
しばらく足跡を追跡するクオンの後についてくると、黄泉鴉らしき黒ずくめの集団のを見つける。
そこはヴァイスの森から北に十数キロの場所であった。
「あれが、黄泉鴉?」
「間違いない、俺たちを襲った奴らです」
でも、肝心の少女の姿が見えない。
「リーナって子の姿が見えないね」
「それにあの時、襲ってきたフードの男の姿もありません」
なるほど、敵の親玉らしき人物もいないのか・・・とすると。
「あそこの小屋か、あっちの洞窟の中かな?」
「ですわね」
黒ずくめの集団がたむろっている場所の奥には小屋がひとつと洞窟らしきものが見える。
そのどちらかにリーナは捕らわれているのだろう。
「どうしよっか?」
「リーナって子の居場所が分かれば、潜入して助け出したいけど・・・」
そうだね、なら適当に黒ずくめの奴を捕まえて聞き出そうか?
いや、さすがに無理か・・・あれだけ密集していると一人だけ捕まえるというわけにはいかない。
っていうか、なんであんなに密集しているの?
私がそう思っていると洞窟の中からフードの男と少年が一人出てくる。
「あの子はリーナって子じゃないよね?」
「ああ、違う」
まあ、そうだよね、どう見てもエルフじゃないし・・・というか、すごく嫌な感じがする子だ。
「聞け!我らが同胞よ!今宵、我らの宿願が叶う時が来た!多くのエルフの血を捧げたことにより魔人は今日の新月によみがえるであろう!我らに苦渋を嘗めさせたフィルディナンドの最後は近い!ツァイスが滅びる日も近い!喜べ同胞よ、我らの宿願が叶うのだ!」
「おおおおおおおおおおお!!!」
・・・・・・魔人?
この黄泉鴉は魔人を復活させようとしているらしい、私は魔人って存在に詳しくないが確か、余りいい存在ではなかったはずだ。
そんなものを復活させるために多くのエルフを殺したのか・・・そして、その魔人を使ってツァイスを襲わせようとしているなんて・・・させるわけにはいかないね。
「クオン、エリンシア」
「うん」
「止めますわよ」
私達が、武器を構え乗り込もうとすると後ろから「ガウ!」という鳴き声が聞こえた。
しまった、犬型の魔物に見張りをさせていたのか!?
いや、だが、今の鳴き声はかなり抑えられたものだった・・・あれでは向こうの人たちまで聞こえてないんじゃないだろうか?
「ヒスイ?」
ヒスイっていうと確か、リーナって子が育ててる魔物の名前だったね・・・そっか、確かホワイトファング。
目の前にいる魔物も白い狼の魔物でホワイトファングである。
ということは味方?
ヒスイはコハクの腕の裾を引っ張る、どこかへ連れて行きたいようだった。
「どっかに連れて行こうとしてる?」
「もしかしたら、リーナって子の居場所を知っているのかもしれないね」
おお!だとしたらリーナって子を助けられるね。
うーん、だったら・・・。
「エリンシア、コハクと一緒にリーナって子を助けに行ってもらってもいい?」
「ワタクシですの?潜入ならクオンさんの方がよろしいんじゃありません?」
「クオンだともしリーナって子が怪我していたら回復できないからね、たしか、治療魔法使えたよね?」
「一応できますけど、カモメさんの治癒魔法ほどの回復力はありませんわよ?」
「私は、ここであいつらの注意を引くから、エリンシアにお願いしたいんだ」
「確かに、カモメさんの方が暴れるのは向いていると思いますけど・・・」
ちょっと引っかかる言い方だけどその通りだ。
私の魔法なら派手に暴れることが出来る、そうすれば敵の眼をこちらに向けられるだろう。
「はあ、分かりましたわ。リーナさんは救出して見せますわ」
「ありがとう、エリンシア」
やることは決まった、そうと決まれば行動あるのみ!
「それじゃ、クオン暴れよっか♪」
「ああ、存分に暴れよう」
頭の中ではディータが『やっちゃいなさい』と上機嫌で言っていた。
私とクオンは堂々と立ち上がり、黄泉鴉の集団へと近づいていった。
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