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1章

母親

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「何を当然のように帰ろうとしておりますの!?」
「あ、エリンシア!もう大丈夫なの?」
「ええ、ワタクシは完全に回復しておりますわ!」


元々魔力の使い過ぎでの疲労の為、倒れてしまったエリンシアは昨日一日寝ていたことで完全に回復をしたらしい。


「まったく、あなた達は今ワタクシに雇われていますのよ?それなのに勝手に明日討伐に行くと決めてしまうなんて・・・一体どういうつもりですの?」
「あ・・・ごめん」
「いえ、討伐に行くのを決めたのはいいですわ」


いいんかいっ
というかそれならなんで怒っているの?


「決めたのならまずワタクシを誘うためにグランシアールに来るのが当然と言うものではありませんの!」
「・・・・え?」
「『え?』ではありませんわ!」
「もしかして、ついてくるつもり?」
「当然ですわ!言ったでしょうウチの従業員に手を出した盗賊を許すつもりはありませんわ!」


そうだった・・・色々あって忘れてたけど、エリンシアが盗賊討伐に参加するというのをお父さんに聞いておかないといけなかったんだ。


「お、お父さん・・・エリンシアがああ言ってるんだけどやっぱり駄目だよね?」
「何を言っている、彼女の依頼を受けたのは『星空の太陽』だ。それを決めるのは私ではなくカモメ、お前だ」
「・・・え゛」


こ、子供に決めさせるそう言う事!?
うう・・・正直、あのヘインズがいる可能性が高い盗賊討伐にエリンシアを連れては行きたくない。
エリンシアはかなり強い。恐らく妖魔や盗賊だけなら問題はなかった筈だ。

だけど、お父さんとラインハルトさんがいるとはいえ、あのヘインズがいるところに連れて行くと言うのは・・・。


「ごめん、エリンシア。きっとまたあのヘインズがいると思う。だからエリンシアは・・・」
「連れていけないというのでしたら、ワタクシは今すぐ一人で向かわせてもらいますわよ?」
「ちょっ、いやだから、危ないんだって!」
「冒険者の戦いに危なくない物なんてありませんわ!」
「そうだけど・・・」
「もし依頼主として連れていけないのでしたらカモメさんの仲間として連れて行ってほしいですわ」
「・・・え?」
「・・・・・もうっ、一度しか言いませんからちゃんと聞いてくださいまし!」
「え・・あ、うん」
「ワタクシあなた達の事が気に入りましたの、勝手ながら・・・その・・・と、友達と思っておりますの・・・」
「え、エリンシア・・・」


エリンシアは顔真っ赤にさせながら言う。
嬉しいよエリンシア!私もエリンシアと友達になりたいと思ってた!
だから正直にそう言ってくれるのは嬉しかったのだ。


「ですから、その友達がワタクシの知らないところで命を落とすなんてあってはなりませんわ!ヘインズの恐ろしさは身をもって知っております・・・ですが、いえ、だからこそあなた達だけをそこに行かせるなんてワタクシにはできませんわ!」
「・・・ありがとう、エリンシア」


 なんていい子なんだろう・・・エリンシアは本当に優しいと思う・・・天使か何かなんじゃないだろうか・・・ツンデレ天使的な。
 私だって、エリンシアを友達になりたいと思っていた。だからこそヘインズのいるところに連れて行きたくないと思ったのだ。
 でも・・・もし私がエリンシアの立場で同じことを言われたらどうするだろう・・・おそらく私も一人で先に行って盗賊たちを蹴散らしてしまおうとか思うかもしれない。
……いや、絶対そうする。


「わかった・・・でも絶対無理はしないでね?」
「あら、その言葉そっくりお返ししますわよ・・・クオンさん、あなたもですわよ」
「はは・・・ありがとう、肝に銘じておくよ」
「決まったようだな」
「うん、お父さん、エリンシアを連れて行くよ」
「いいだろう」


お父さんはこの結果を予測していたのか特に何も言わず承諾してくれた。
盗賊を倒して絶対みんなで戻ってくるんだ!
私は心の中でそう叫び、誓った。



《クオンside》


その夜、導き亭のある一室で少年は窓から外を見て考え事をしていた。
少年の名はクオン、家族の仇をとる為、盗賊を追っている。
その途中、カモメと言う天真爛漫な少女と出会い、冒険者となった。
だが、その胸に燻る復讐の心は消えてはいない。

明日、家族の仇が取れると思うと少年は逸る気持ちに眠れずにいたのだ。


夜も深け、虫の声も聞こえなくなった頃、扉をノックする音が聞こえた。
こんな時間に誰だ?少年はそう思うも扉の外にいるであろう人物に殺気の類は感じられない。
一応貴族であるクオンだが、すでに自分以外の家族が亡くなっており領地は他の貴族に譲り名ばかりの貴族である。
暗殺の類をされることはないだろう。

だとすればただの来訪者だ、カモメだろうか?僕が先走って深夜に抜け出していないかどうか見に来たとか?あり得るかもしれない。

きっと彼女には僕の心の内を見透かされているだろう。今この時ですら仇を討つために剣をもって単身盗賊のアジトへ向かいたい気分なのだ。


「誰ですか?」


クオンは扉の向こうの人物へと言葉を投げかける、その声音には警戒の音が刻まれていた。


「私だ」


声の主に思い当たりクオンは警戒を解いた。


「どうぞ」
「すまないな、こんな夜遅くに」
「いえ、まだ寝ていませんでしたので」


入ってきたのは体格が良く、髭をこさえた男性、その風格だけを見ると魔物かと思ってしまうほど威圧感のある体つきである。
その人の名前はヴィクトール=トゥエリア。カモメのお父さんで、『拳のオーガ』の異名を持つエンブレム持ちの冒険者だ。


「そうか、なら一杯付き合わんか?」
「あの・・・僕まだ子供なんですけど・・・」
「はっはっは、安心しろおまえの分はアルコールが入ってない」
「それなら」


そう言って僕はグラスを貰った。
ヴィクトールさんは僕の事を心配して来てくれたのだろうか?


「クオン・・・私の娘のどこに惚れた?」
「ぶふぉ!!!」


この人、心配して来てくれたわけじゃない!ただ猥談しに来ただけだ!?
僕は咳き込み、涙目になりながらヴィクトールさんを睨んだ。


「はっはっは、大丈夫か?だが、親としては気になるのだ仕方あるまい?」
「まったく・・・あなた達親子は・・・」
「そう言うな、これからは長い付き合いになるだろうからな。交流を深めておこうと思ったのだ」
「はあ・・・それはいいですけど・・・」
「で?どこに惚れたのだ?」
「まったく・・・色々ですよ」
「ほう、例えば?」
「笑顔が可愛いところとか、優しいところ、芯の強いところ・・・・それに」
「それに?」
「寂しがり屋なところですかね」
「そうか・・・」


カモメはきっと寂しがり屋だ。
あの夜、彼女が涙を見せたときに僕はそう思った。
あの涙が僕にはあふれ出てくる寂しさに見えたのだ。


「クオン・・・お前に話しておきたいことがある」
「?」


ヴィクトールさんは真面目な顔で僕の方を見てきた。
さっきまでとの雰囲気の違いに僕は面を喰らうが。彼の様子からきっと大事な事なのだろうと想像がついたので何も言わず頷いた。


「カモメの母親を殺したのは魔物ではなく人間だ」
「!?」


確かカモメの話だと村を襲った魔物がカモメを殺そうとしたのを庇って母親は死んだと聞いた。
どういうことだ?カモメが間違えて覚えている?・・・そんな馬鹿な。


「正確には母親・・・アスカの命を奪ったのは魔物だがその魔物をけしかけた者がいる」
「・・・・それは、つまり、そのとき村を襲った魔物は偶然、現れたわけではないと言う事ですか?」
「うむ、ある人間がアスカの命を奪うために差し向けたものだ」
「なぜ!いくら英雄のパーティにいたからと唯の冒険者を殺す必要があるのですか!?」


そう、いくら英雄のパーティにいたからと冒険者は冒険者だ。
そのパーティの人たちに権力があるわけではない。
まあ、王様と親しいヴィクトールさんはそういう意味では後ろ盾があるかもしれないがそれでも・・・


「アスカは唯の冒険者ではないのだ」
「え?」
「アスカは王の腹違いの妹なのだ」
「な!?」


ということはカモメも王家の人間?
でも、そんな感じは・・・


「カモメはこの事を知らない」
「なぜ・・・」
「アスカは王が14の時に生まれた子でな、王が戴冠をする前に生まれしまったが為に王位継承権を得てしまったのだ」
「ですが、第一継承権は王にあり、特に問題がないのでは?」
「普通ならばそうだったのだろう・・・だが、アスカは特別でな。人より多い魔力を持っていた」


そこで僕は思い当たる、そうだ、カモメも普通の人より強く大きな魔力を持っている。
その為、合成魔法や大人でも習得が難しい魔法を子供ながらに習得していたのだ。


「その為、アスカは王国に災いを招くものとして処分されることになった」
「・・・・・・」


魔力が強いということはそれだけでも脅威だ。


「ということは、今の王様が?」
「いや、王はその様なことをしない。むしろ自分の妹をとても可愛がっていたそうだ」
「では・・・」
「王の実母だ、アスカが生きていては自分の子供が王位につけないかもしれないと考えた実母であるティアラはアスカを悪魔の子として処理することにした」
「・・・・・」
「だが、王は自分の妹を失いたくないが為に妹を近衛の1人に任せて逃がしたのだ。そしてその近衛が私の父親だった。その後、私の父は幼い私と母親を連れてアスカと共に田舎へと逃げ、平和に育ったのだ」
「では、カモメのお母さんを殺させたのは・・・」
「うむ、皇太后様だ・・・」
「それじゃあ、カモメも狙われる可能性があるんじゃ!!」


そうだ、自分の殺した相手の娘だ。皇太后にとってカモメは邪魔な存在なんじゃないか?
そう思い当たった僕は声を荒げた。


「いや、それはない・・・皇太后はすでに死んでいる・・・魔族に殺されてな」
「・・・・・・・・・・え?」


魔族が皇太后を殺した?
魔族がなぜ?・・・だが、皇太后を殺すなんてそんな簡単に出来ることじゃない・・・。
それに、そんなことをすれば騒ぎになるはずだ・・・だが、僕はそんなこと聞いたことも無い。


「本当なんですか?」」
「クオン・・・これから話すことはお前を信用したからこそ話す。他言は無用だ」
「・・・・はい」


ヴィクトールさんの表情がさらに険しくなった。


「カモメの母親が殺されたとき、私はアスカの命を奪った魔物を殴り倒した・・・だが、その時、皇太后は現れたのだ」






「アスカ!」
「あなた・・・」


私が妻と娘の元に駆け付けたときには妻は背中に深い傷を負って倒れていた。
私は即座に近くにいた妻に傷を負わせたであろう魔物を殴り飛ばし絶命させた。
だが・・・。


「アスカ・・・この傷は・・・」
「おとーさん!おかーさんを助けて!」
「ぐっ・・・・」


アスカの傷はすでに手遅れなのが見て取れた。
妻は治癒魔法を使える・・・その妻が魔法を使わないのは恐らく手遅れなのが分かっているからだろう。
だが、私は諦められなかった。


「ごめんなさい、あなた・・・」
「諦めるな・・・すぐに治癒師に診せてやる」
「ありがとう・・・でも手遅れよ・・・ここまでの深い傷だと治せないわ・・・」
「やってみなければわからん!」


私は妻を失いたくなかった・・・彼女と娘だけが私の生きがいだからだ・・・。
何としてもアスカを助ける、私はそう思いアスカを背負い治癒師を探そうとしたその時・・・。


「ひ、ひひひひ、やっと、やっと死んだわ・・・やっと死んだわね!」
「誰だ!」


私の前に一人の女性が現れた、目の焦点は合っておらず、頬はこけ、目の下には大きな隈を作ったその女性は・・・皇太后だった。
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