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いちゃついてるつもりはない①
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「空お前、どこ行ってたんだよ」
「よっ、うまいぞ叶多」
滝と別れた後、オレは会場に戻って鰻を堪能していた。
食べるでもして気を紛らわさないと、居ても立っても居られなかった。
パリッとした皮と、柔らかく甘い脂の乗った白身が濃厚なタレと一緒に口いっぱいに広がる。
「がっついて悪目立ちしてる。
おい、垂れてる」
「ああ!
悪りぃ・・・」
パンパンに頬張った鰻のタレがこぼれて、着物についてしまった。
叶多が一心不乱に食べ続けるオレに近寄って手早くシミとりを始めた。
叶多は着物ではなく、黒のベルベットスーツに淡いラベンダー色のネクタイを締めている。
かっちりとしたシルクのシャツからのぞく白い首筋や骨ばった細い手がぞくりとするほど色っぽくて、思わず見とれてしまった。
「着物着てそんな顔してると食べたくなってくる」
「あ、うなぎ食べるか?」
「いや、俺が食べたいのはお前」
ボトッ。
箸から鰻を思いきり襟元に落としてしまった。
あーあ、と言いながら叶多がおしぼりをオレの首元にあてた。
そして顔をオレの近くに寄せて囁いた。
「あんまり汚すと脱がせるぞ」
襟に添えられた指で首と耳をゆっくりとなぞられて、オレは跳ね上がった。
「おまえっ、ここに何しに来たか忘れたのかよっ」
「そっくりそのままお前に返すね」
叶多の潜めた固い声を聞いて、オレは口を閉ざした。
叶多の顔は作戦を周囲に悟られまいと穏やかな笑みを浮かべてはいたけど、失敗をしないよう瞳を鋭く研ぎ澄まして周囲の様子を探っていた。
「いいか。
無理にここで決着をつけようとするな。
何よりも自分を第一に行動しろ。
いいな」
険悪になっても叶多はオレのことを心配しているのに。
自分を第一に。既にできない約束になってしまった。
「それにしても、こんな会が開かれてるんだな」
「ああ、河豚やら牡蠣やら色々やってるな」
「そういえば下剤事件のとき、滝が牡蠣を食べたとか言ってたな」
「そ。
旬のものに舌鼓を打ちながら先生のありがたい話を・・・」
「南 叶多君」
叶多の肩に中年の男が手をかけてきて咄嗟にオレたちは口をつぐんだ。
叶多は瞬時に笑顔を作って振り返った。
「こんばんは」
「いやあ、君が熱心な大門先生の支援者とはよく知られた話だから今日ひょっとすると会えるかなと思っていたんだがね」
「光栄です」
男の手は叶多の肩から背のほうへと少しずつ滑り降りていく。
ねっとりとした動きが不穏で、見ているだけでも身の毛がよだつのに、当の叶多は笑顔を崩すことなく全く動じていなかった。
調子をよくした中年男がエスカレートしないか見ているこっちが冷や冷やしてしまう。
嫌な予感は的中して、男の手が叶多の双丘に狙いを定めてまさぐり始めた。
「あの!」
場違いなオレの大声で周囲は動きを止め、視線がオレに注がれた。
このちんちくりんは誰だ?といぶかしんでる目だ。
けど一番鋭かったのは、叶多の視線だった。
…うわあ、すげえ怒ってる。
あとで何て言うかな、と気にしつつもオレは叶多の視線からの怒りのメッセージを無視した。
「うなぎ、もう食べました?
おいしいですよっ」
バカっぽい感じで男に話しかけた。
どうすれば叶多からこの男の手が離れるか考えていた。
「ほう、これはこれは。
いただこうかな」
中年の男の関心がオレに向いてじりじりと近づいてきた。
歯をむき出した笑顔を見て、顔が引き攣りそうだ。
「良ければ向こうでゆっくり話そうか」
うげっ、誘われちゃった!
「よっ、うまいぞ叶多」
滝と別れた後、オレは会場に戻って鰻を堪能していた。
食べるでもして気を紛らわさないと、居ても立っても居られなかった。
パリッとした皮と、柔らかく甘い脂の乗った白身が濃厚なタレと一緒に口いっぱいに広がる。
「がっついて悪目立ちしてる。
おい、垂れてる」
「ああ!
悪りぃ・・・」
パンパンに頬張った鰻のタレがこぼれて、着物についてしまった。
叶多が一心不乱に食べ続けるオレに近寄って手早くシミとりを始めた。
叶多は着物ではなく、黒のベルベットスーツに淡いラベンダー色のネクタイを締めている。
かっちりとしたシルクのシャツからのぞく白い首筋や骨ばった細い手がぞくりとするほど色っぽくて、思わず見とれてしまった。
「着物着てそんな顔してると食べたくなってくる」
「あ、うなぎ食べるか?」
「いや、俺が食べたいのはお前」
ボトッ。
箸から鰻を思いきり襟元に落としてしまった。
あーあ、と言いながら叶多がおしぼりをオレの首元にあてた。
そして顔をオレの近くに寄せて囁いた。
「あんまり汚すと脱がせるぞ」
襟に添えられた指で首と耳をゆっくりとなぞられて、オレは跳ね上がった。
「おまえっ、ここに何しに来たか忘れたのかよっ」
「そっくりそのままお前に返すね」
叶多の潜めた固い声を聞いて、オレは口を閉ざした。
叶多の顔は作戦を周囲に悟られまいと穏やかな笑みを浮かべてはいたけど、失敗をしないよう瞳を鋭く研ぎ澄まして周囲の様子を探っていた。
「いいか。
無理にここで決着をつけようとするな。
何よりも自分を第一に行動しろ。
いいな」
険悪になっても叶多はオレのことを心配しているのに。
自分を第一に。既にできない約束になってしまった。
「それにしても、こんな会が開かれてるんだな」
「ああ、河豚やら牡蠣やら色々やってるな」
「そういえば下剤事件のとき、滝が牡蠣を食べたとか言ってたな」
「そ。
旬のものに舌鼓を打ちながら先生のありがたい話を・・・」
「南 叶多君」
叶多の肩に中年の男が手をかけてきて咄嗟にオレたちは口をつぐんだ。
叶多は瞬時に笑顔を作って振り返った。
「こんばんは」
「いやあ、君が熱心な大門先生の支援者とはよく知られた話だから今日ひょっとすると会えるかなと思っていたんだがね」
「光栄です」
男の手は叶多の肩から背のほうへと少しずつ滑り降りていく。
ねっとりとした動きが不穏で、見ているだけでも身の毛がよだつのに、当の叶多は笑顔を崩すことなく全く動じていなかった。
調子をよくした中年男がエスカレートしないか見ているこっちが冷や冷やしてしまう。
嫌な予感は的中して、男の手が叶多の双丘に狙いを定めてまさぐり始めた。
「あの!」
場違いなオレの大声で周囲は動きを止め、視線がオレに注がれた。
このちんちくりんは誰だ?といぶかしんでる目だ。
けど一番鋭かったのは、叶多の視線だった。
…うわあ、すげえ怒ってる。
あとで何て言うかな、と気にしつつもオレは叶多の視線からの怒りのメッセージを無視した。
「うなぎ、もう食べました?
おいしいですよっ」
バカっぽい感じで男に話しかけた。
どうすれば叶多からこの男の手が離れるか考えていた。
「ほう、これはこれは。
いただこうかな」
中年の男の関心がオレに向いてじりじりと近づいてきた。
歯をむき出した笑顔を見て、顔が引き攣りそうだ。
「良ければ向こうでゆっくり話そうか」
うげっ、誘われちゃった!
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