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4-1.チョコレートケーキ(番外編)

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「もうすぐ時間だぞ、準備いいか?」
 岸はBloomDreamのメンバーに声をかけた。都内にあるレッスンスタジオ、その中の会議室に、岸と三人のメンバー、そしてスタッフが数人集まっている。メンバーはツアーTシャツに身を包み、他のスタッフは慌ただしく準備に追われていた。
 普段は殺風景な会議室の壁に、『HAPPY BIRTHDAY』のカラフルなバルーン文字やバルーンアートが飾られている。全体的な色合いは、遼のメンバーカラーである黄色だ。華やかな壁を背景に、三人はカメラに向かって座った。三人の前のテーブルには、ジュースやお菓子が並ぶ。
 今日は八月九日、遼の誕生日当日であり、これからファンに向けて一時間の生配信番組だ。主役である遼は真ん中に座り、両サイドにカズとタスクが座る。カズはお菓子を横目に、岸から渡されたタブレットでファンからのコメントを読んでいた。時折、カズ自らがコメントを書きこみ、それでコメント欄をさらに賑わう。
 岸は三人の対面、カメラの後ろに立ち、三人を見守る。配信準備は万全で、あとは二十一時の開始時間を待つだけだ。
「こんばんは!君と未来(ゆめ)を咲かそう、BloomDreamです」
 カズの元気のいい声で、配信がスタートする。『君と未来(ゆめ)を咲かそう』というのは、BloomDreamのデビュー当時からのキャッチコピーだ。三人が拍手をすると、会議室内のスタッフも盛り上げるために拍手をした。もちろん岸も大きく手を叩いた。
 カズとタスクが自己紹介をした後、「最後はリョウ、今日の主役!」とカズが前置きし、遼に順番が回ってくる。
「BloomDreamリーダーのリョウです。今日は俺のためにありがとうございます。コメントも、たくさんあって読み切れないくらいで……。本当にありがとうございます」
 遼はタブレットのコメントを確認するが、流れが早く目が追い付かない。アーカイブで確認しようと決めた。
「みんな、コメントたくさん待ってまーす!あとで質問コーナーもあるから、どんどん書きこんで、盛り上げよう!」
「ハッシュタグは、#リョウ誕おめでとう、でお願いしますね」
 カズとタスクが配信を進行する。二人の手元には、台本代わりの簡易的な進行表があるだけだ。
 グループが活動を始めた当初は、台本任せだったが、今ではすっかり慣れたものだ。ある程度はメンバーたちに任せ、岸はどうしてもの時だけ手助けする。今日の配信も問題ないだろうと、岸は肩の力を抜いた。
 配信は恙なく進んだ。遼にまつわるエピソードトークや、絶賛開催中の夏ツアーの地方公演の話など、三人の話題は尽きない。ライブのMCコーナーとは違い、幾分かリラックスした姿を見せる。
 その後、遼の誕生日ケーキが登場した。遼の年齢である二十四歳に因んで、2と4を形どったろうそくが飾られたチョコレートケーキだった。
「わ!チョコレートケーキだ!美味しそう!」
 カズは喜んで、椅子から立ち上がり、ホールケーキを覗きこむ。
「先にろうそくの火を消さないと」
 タスクに制されたカズだが、餌を前に尻尾を振る犬のように、「リョウ、早く早く」とカズはその場でぴょんぴょんと跳ねた。
 遼は目の前のケーキをじっと見つめた。茶色のチョコレートクリームが綺麗に波打ち、赤色のフランボワーズが鮮やかだ。さらに『HAPPY BIRTHDAY』と書かれたホワイトチョコのプレートが飾りつけられている。
「ありがとうございます。美味しそう、ですね」
 何とかそれだけを言った遼は、口を閉ざしてしまう。
 一瞬、会議室に沈黙が広がり、スタッフは首を傾げる。岸も同様に不思議に思い、遼の様子を注視する。
 両隣のカズとタスクは、遼の異変を感じ、判断を仰ぐために岸を見た。岸は一歩踏み出すが、もう少し待て、と自制する。と同時に、首を横に振ってカズとタスクを制した。
 遼は黙ったまま、その鼓動は急速に速くなり、息苦しさを覚えた。昔食べたチョコレートケーキの味が、じわりと口内に広がる気がする。遼の頭の中では、過去の記憶が怒涛に押し寄せていた。当時の感情が一気に溢れ出して、涙となり、こぼれそうになる。それは遼自身も驚くほどの反応だった。しかし、今はカメラの前だと、ぐっと堪え、表情を作る。遼はようやく顔を上げた。
「じゃあ消しますね」
 笑顔でロウソクに息を吹きかける。狼狽しているカズとタスクに、岸はクラッカーを鳴らすように促した。二人はテーブルに用意されたクラッカーを鳴らし、「リョウ、誕生日おめでとう!」と改めて祝う。
 その後は、遼は何事もなかったように、ケーキを食べ、歓談を続けた。コメント欄には遼を心配するようなコメントが並んだが、すぐに流れ去る。
 最後のスクショタイムにファンは盛り上がり、和気藹々とした雰囲気の中、生配信は時間通りに終了した。


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