82 / 116
3-1.夜に走る
7
しおりを挟む「ちょっと…、え、頭おかしいんじゃないですか…?」
狂行に走った王輝を漠は信じられないと見つめた。漠の顔は引き攣っている。
「俺はお前の言いなりにはならない」
王輝の鬼気迫る表情に、漠は恐怖を覚えた。王輝の瞳の奥は暗くて、冷たい。その瞳に睨まれ、漠は今すぐここから逃げたくなった。こんなに狂った人間を相手にはできない。漠の生存本能が悲鳴をあげる。
王輝は漠に手を伸ばした。手にも傷がついていたため、白い肌に血が流れ、ぽたぽたとローテーブルに滴を落とした。
「スマホ貸せ」
漠は震える手で、スマホを王輝に渡す。王輝に何をされるかわからないので、おとなしく従うしかなかった。
血が流れ出る感覚に気持ち悪さを感じながら、王輝はスマホを操作する。写真の画面が開いたままだったので、ロックを解除する必要はなかった。何十枚も撮られていた写真を全て削除する。血で濡れた指先のせいで、画面が赤く汚れた。服の袖で軽く画面を拭いて、漠の手にスマホを戻す。
「保存したのはここだけ?クラウドには?」
「してない…、スマホの中だけです…」
「嘘じゃないよな?」
王輝は血に濡れた手で、漠の頬を軽く叩いた。漠は「ひっ」と悲鳴を上げ、肩を大きくびくつかせた。
「本当、嘘じゃないから、触らないで…」
泣きそうな漠に、王輝は脅しと憂さ晴らしを兼ねて、漠の頬にべたりと血の跡をつけた。漠は完全に降参状態で、王輝にされるがままだった。
漠の様子を見て、これくらいやればもう何も言ってこないだろうと王輝は判断した。これ以上長居は無用だったし、早く怪我の手当てをしたかった。
「今後一切俺に関わるな」
王輝は威嚇して、漠の胸を軽く押した。漠は抵抗することはなくソファに座りこみ、黙ったまま項垂れた。
王輝は部屋を出ていこうとして、少女の存在を思い出す。少女は部屋の隅に立ち尽くしたままだった。少女の乱れたままの服装に、王輝は顔をしかめながら尋ねた。
「矢内とはどういう関係?」
「……妹です」
思わぬ答えに、王輝は驚き、じっと顔の造形を確認する。メイクはしているが、確かに漠に似た雰囲気をまとっていた。
「お兄ちゃんが手伝ってって…まさかこんなことだとは思わなかったんです、ごめんなさい…」
ぽろぽろと涙をこぼして謝る少女に、王輝は戸惑った。あどけない泣き顔の少女をそのまま放置するわけにもいかず、王輝はズボンのポケットからハンカチを取り出し、少女に渡す。そして、コーチジャケットを脱いで少女に羽織らせた。
「俺こそ怖がらせてごめん」
ハンカチで涙を拭う少女をソファに座らせた。もしかしたら妹ではないかもしれないし、本当は漠とグルかもしれない。少女の言うことを鵜呑みにはできないが、今は信じるしかなかった。
ソファに座った二人を部屋に残し、王輝は廊下に出た。左右を見ると狭い通路に等間隔にドアが並んでいた。廊下の奥に階段を発見して、左足を庇いながら、そちらへと歩を進めた。並ぶドアからは歌声や騒がしい声が漏れ聞こえて、王輝は羨ましさすら感じた。
階段で階下へ降り、出口を探す。客は部屋に篭りきりで、廊下や階段には人気がない。王輝にとってそれは好都合だった。手は血まみれで、キャップもマスクもしていない。ジョガーパンツが黒色のため足の出血はわかりにくいが、今の格好では目立つ。
受付には金曜の夜のせいで、酒に酔った人たちが溢れていた。混雑に紛れることも可能だが、人が多いためバレる可能性が高い。仕方なく、王輝は別の出口を探す。裏口や従業員用の出入口があるはずだと検討をつけ、受付とは反対側の廊下を進むと、質素な作りのドアが見えた。王輝は人に見られていないか確認して、静かにドアに近づく。幸いドアに鍵はかかっておらず、ドアを押し開けると、ビルの裏へと出た。
冷たい外気に王輝の頬に触れる。王輝は逃げることができて一安心したが、身体は悲鳴を上げていた。ビルの壁に手をつき、倒れそうになるのを防ぐ。息切れがひどく、呼吸を繰り返しても、息苦しさは拭えなかった。ドアから数歩歩いたところで、王輝は壁沿いに座り込んだ。刺したところが熱いが、身体は寒い。あのコーチジャケット気に入っていたのに、と王輝は残念に思いながら、自分の身体を温めるように抱き寄せた。
再び意識が遠のく。刺したので当たり前だが、まさかこんなに出血するとは想像していなかった。無茶するんじゃなかったと王輝は後悔したが、もう遅い。大腿部が血でぐっしょりと濡れ、触れると手が赤く染まる。撮影で血糊を使ったことがあったが、やはり本物を見るとぞっとする。この感覚はいつか演技に活かせると考えて、こんな時まで演技のことを考える自分が可笑しくて、王輝は力なく笑った。
須川に助けを求めるために、ポケットからスマホを取り出す。画面が血で汚れることに煩わさしさを感じながら、電話のアイコンをタップした。履歴から須川に電話しようと思ったが、指先が滑り連絡先の画面が開く。登録件数は多くないため、そのままサ行までスクロールした。須川の名前はすぐ画面に現れた。同時に、その上に並んだ名前が王輝の目に飛び込んでくる。
「佐季」
遼の名前を口にすれば、王輝の胸がじんわりと熱くなった。無性に声が聞きたくなり、遼の名前をタップする。画面は通話画面になり、王輝はスマホを耳に当てた。
そういえば遼に電話をかけるのは初めてだった。驚く顔の遼を想像して、王輝はふっと笑いがもれた。
そこから先の王輝の記憶は曖昧で、薄れゆく意識の中、どうにか位置情報を送ったことが王輝の最後の記憶だった。
10
お気に入りに追加
306
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
流されノンケサラリーマンが年下大学生にとろとろにされる話
えつこ
BL
年下大学生×年上サラリーマン
麻琴は彼女に振られた夜に、キヨに声をかけられ、なりゆきでセックスをする。キヨとの蕩けた一夜を過ごした麻琴は、すっかりセックスの虜になり……。
二人がセックスしてる話がメイン。後半にかけてストーリーが展開します。
関西弁で喘ぐの可愛いねという気持ちで書いています。
R18メイン。本編は完結済。たまに番外編を更新しています(更新不定期)
変態村♂〜俺、やられます!〜
ゆきみまんじゅう
BL
地図から消えた村。
そこに肝試しに行った翔馬たち男3人。
暗闇から聞こえる不気味な足音、遠くから聞こえる笑い声。
必死に逃げる翔馬たちを救った村人に案内され、ある村へたどり着く。
その村は男しかおらず、翔馬たちが異変に気づく頃には、すでに囚われの身になってしまう。
果たして翔馬たちは、抱かれてしまう前に、村から脱出できるのだろうか?
ゆるふわメスお兄さんを寝ている間に俺のチンポに完全屈服させる話
さくた
BL
攻め:浩介(こうすけ)
奏音とは大学の先輩後輩関係
受け:奏音(かなと)
同性と付き合うのは浩介が初めて
いつも以上に孕むだのなんだの言いまくってるし攻めのセリフにも♡がつく
髪を切った俺が『読者モデル』の表紙を飾った結果がコチラです。
昼寝部
キャラ文芸
天才子役として活躍した俺、夏目凛は、母親の死によって芸能界を引退した。
その数年後。俺は『読者モデル』の代役をお願いされ、妹のために今回だけ引き受けることにした。
すると発売された『読者モデル』の表紙が俺の写真だった。
「………え?なんで俺が『読モ』の表紙を飾ってんだ?」
これは、色々あって芸能界に復帰することになった俺が、世の女性たちを虜にする物語。
※『小説家になろう』にてリメイク版を投稿しております。そちらも読んでいただけると嬉しいです。
淫らに壊れる颯太の日常~オフィス調教の性的刺激は蜜の味~
あいだ啓壱(渡辺河童)
BL
~癖になる刺激~の一部として掲載しておりましたが、癖になる刺激の純(痴漢)を今後連載していこうと思うので、別枠として掲載しました。
※R-18作品です。
モブ攻め/快楽堕ち/乳首責め/陰嚢責め/陰茎責め/アナル責め/言葉責め/鈴口責め/3P、等の表現がございます。ご注意ください。
童貞が建設会社に就職したらメスにされちゃった
なる
BL
主人公の高梨優(男)は18歳で高校卒業後、小さな建設会社に就職した。しかし、そこはおじさんばかりの職場だった。
ストレスや性欲が溜まったおじさん達は、優にエッチな視線を浴びせ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる