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2-1.好きにして
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しおりを挟む片付けを終えた遼は、手早くシャワーを浴び、王輝の部屋へと向かった。
サインをもらった王輝の嬉しそうな顔を思い出し、にやにやしている自分に気づいた遼は頬を抓った。セックスするのはもちろんだが、王輝と一緒の時間が過ごせることは遼にとって心安らぐ時間でもあり、ついつい頬がゆるんでしまう。
「お邪魔します」と遠慮がちに声をかけ、リビングへと足を進める。リビングのソファに王輝は座っていて、テレビには見慣れた映像が映っていた。それは遼が主演のショートムービーだった。
王輝は集中しており、遼が部屋に入ってきたことに気づいていない。大きな画面で自分の演技を見るのは恥ずかしかったが、王輝の邪魔にならないように、遼はそっとリビングテーブルの椅子に腰かけた。
本編が五分程のムービーはすぐに終わり、エンドロールが始まる。王輝はじっと画面を見つめたまま動かない。エンドロールが終わり、画面が暗くなったところで、王輝は大きく息を吐いた。
「どうだった?」
恐る恐る遼が尋ねると、王輝は弾かれたように身体を動かし、驚いた表情で遼を見る。
「っ、びっくりした…。佐季、いつからいた?」
「ごめん。途中くらいから見てた」
「こっちこそごめん、全然気づかなかった」
心臓に手を当てて、鼓動を落ち着かせようとする王輝の隣に、遼はそっと座った。ソファが遼の重みで少し沈む。そわそわとしている遼に、王輝は演技の感想を伝える。
「俺的には合格。初めてにしてはしっかり演技できてる。俺と練習したときはどうなるかと思ったけど、ちゃんとやれてるじゃん」
遼の演技は確かによくできていた。王輝との練習の甲斐があってのことだが、それ以上に諏訪のディレクションと演出が功を奏した結果だと王輝は感じていた。アイドルのショートムービーで終わらせるにはもったいない。発売されればかなり話題になるだろう。遼に対する羨ましさが全くなくなったわけではないが、映像の出来を見て完敗した気分になった。
「あー…よかったー……」
遼は王輝の言葉で肩の荷が降りて、ソファに背中を預けて天井を仰いだ。撮影中も撮影が終わった後も、ずっと演技の出来が気になっていたのだ。正直演技に自信がなかったので、ここ数週間は生きた心地がしなかった。王輝に認められた嬉しさとやりきった達成感がじわじわと湧いてくる。
「せっかくだし、見ながら感想言ってやろうか?」
いたずらに笑いながら、もう一度ショートムービーを再生しようとする王輝を遼は慌てて止めた。
「それは恥ずかしいからやめてくれ」
王輝の手からリモコンを取り上げた遼が一安心していると、王輝は遼に寄りかかるように体勢を変えた。熱っぽく王輝に見つめられ、ここに何をしにきたのかを遼は思い出す。
しかし遼には王輝に確認しておきたいことがあった。慌てて王輝から逃げるように身体を引いた。
「今ヶ瀬、聞きたいことがあるんだ」
遼は改まって王輝へと向き直った。遼の雰囲気が変わったことに、王輝は不思議がりながらも「聞きたいこと?」と尋ねた。
「この前、全部忘れさせてって言っただろ?あれの理由を教えて欲しい」
セックスの最中に、今ヶ瀬の様子がおかしくなったこと、そして「ごめんなさい」と謝ったこと、遼はそれが気になっていた。王輝は何も答えずに、黙ったまま俯いてしまう。嫌な思い出だということは検討がついていた。遼は無理強いするつもりはなかったので、付け加える。
「嫌だったら、もちろん言わなくていい。でも、これからもこういう関係を続けるなら、俺は知っておいたほうがいいんじゃないかって…」
遼は王輝の言葉を待つ。テレビは真っ暗な画面のままで、プレーヤーがじじっと音を立てていた。
王輝は悩んでいた。今まであのことは誰にも話したことがない。信じてもらえない可能性が高かったし、例え信じてもらえたとしても憐憫や軽蔑の目で見られるのが耐えられなかったからだ。今であればスキャンダルにつながることも考えられる。そもそも思い出したくもなかった。心の底に閉じ込めた記憶の箱を、わざと開ける必要はない。
けれど、と心が揺らぐ。遼になら、話してもいいのかもしれない。今までの付き合いなかで、ある程度信頼できる人物だとわかっていた。
でも、話すことで遼がセフレ以上の存在になることが怖かった。お互いの利益のためにセックスしているだけなのだから、それ以上は求めていない。こうやって過去のことを聞かれること自体、以前の王輝なら嫌がっていたのに、遼が優しすぎるから、つい甘えて、許してしまう。遼に対して、セフレ以上の感情を持ちたくない。今まででも十分に感情は乱されていて、これ以上心を許したくなかった。気持ちよくセックスして終わり。それでいいし、それだけで満足だ。
顔をあげると、遼が穏やかな表情で、王輝の言葉を待っていた。そういう表情は、もっと大事な人に見せるべきだ。王輝は胸のざわつきを覚えながら、遼に言葉を返す。
「佐季の気持ちは嬉しい。ありがとう」
遼と目があった王輝は、その優しい眼差しにいたたまれなくなり、目をそらした。「でも、ごめん」と続けたときには、遼の表情を見ずに、一方的に言葉を放った。
「佐季のことを信用していないわけじゃなくて、ただこれは俺の気持ちの問題だから、いつか話せるときがきたら話す」
王輝の言葉は遼の耳に冷たく届いた。遼は少なからずショックだった。おこがましくも、自分になら話してもらえると思っていた。結局王輝にとって自分はセフレという存在以外の何ものでもないということ、そしてその関係以上に踏み込むのを拒否されたと感じた。
「わかった。ごめん、嫌なこと思い出させた」
「大丈夫、佐季とセックスしてからは、色々平気になったから」
あっけらかんと言い放った王輝に、遼は何とも言えない感情を抱いた。喜ぶところだったのだろうかと思わず首を傾げた。
「とにかく、嫌なことは言えよ。無茶させたくない」
「わかってる」
念押しする遼の優しさに感謝をしつつ、王輝はこれでいいと自らに言い聞かせた。
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