はきだめで歌うラブソングを君に

1.つまらない今について

4

「やば、ちょっと前行ってきます」
　ワンコーラスが終わると、桜川はカウンターから飛び出して、フロアに突っ込んでいった。その気持ちは充分にわかる。今がバイトの時間でなくて、俺が音さんと別れていなければ、俺だってフロアの波に飛び込んだだろう。
　一曲目が終わるやいなや、流れるように二曲目へ。音さんの指は滑らかに、かつ力強く、そして切なく、弦を弾き、音を作り出す。ギターソロに酔いしれていると、ベースとドラムがそれに加わり、ボーカルが重なる。
　やっぱり上手いし、かっこいい。俺は音さんに釘付けになる。楽しげに笑いながら、難しいメロディを余裕で弾き、感情を乗せて歌う。音さんに尊敬を抱きつつ、相変わらず恋焦がれてしまう自分に嫌気がさす。この好意がなくなれと毎日思っているが、なくなるわけもなく、日に日に大きくなっていくばかりだ。
　二曲目の余韻を残したまま、新城さんがタムとシンバルを叩く。リズムを速めながら、三曲目へ突入した。観客からクラップが沸き起こり、曲を盛り上げる。音さんは口角を上げ、フロアを見渡しながら満足そうに頷くと、ギターでメロディを弾いた。メロディを支えるようにベースの低音が唸る。
　ベースの男性は初めて見る人だったが、技術的には俺より上で、OTOの音楽を的確に表現していた。俺と同年代に見える彼は、一生懸命ベースを奏でているが、萎縮している感じが見受けられた。それを感じ取った音さんと新城さんが、いつもより遠慮気味に演奏しているのも実感した。客にはわからないだろうが、一緒に一年間演奏していた俺は、それを敏感に感じ取れた。
　俺ならもっと上手くセッションできるのに。なんて、俺が評価するのは烏滸がましい。
　続く四曲目はがらりと雰囲気が変わり、ミドルテンポの曲になる。恋を歌ったこの曲は、ファンの間では「泣ける」と称されていた。俺だってもちろん好きな曲で、何度聴いても涙腺が緩む。
　音さんは歌詞を大事に歌い上げ、狂おし気に恋を表現する。長い前髪が頬にかかり、音さんの瞳が見え隠れする。一瞬、髪の間から、音さんの瞳が俺を見つめた。その瞳の奥の熱情が俺を射抜く。俺は慌てて視線を逸らした。跳ねる鼓動を落ち着かせようと、深呼吸を繰り返す。早くライブが終わって欲しいと思ったが、OTOの音楽が好きだから、永遠に続いて欲しいとも思った。