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第三章:秋
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しおりを挟む電話でアポイントを取った翌日、秀悟は宮古生花店に訪れた。
以前は二週間に一、二回程度の頻度で訪れていたが、今回は約一ヶ月ぶりだ。椿の件があったとは言え、本来なら職務怠慢だと怒られても仕方がない。井上が何も言わなかったのは、秀悟を信用しているからだ。また、生花コーナーの売上の減少分は、店舗全体の売上のわずかであった。
生花店の脇に車を止めた秀悟は、一つ大きな深呼吸をした。そして、外から店内をそっと覗き、誰がいるか確認する。椿はおらず、明音の姿が見えた。秀悟は安堵したと同時に残念にも思う。店のドアを開けると、カランとドアベルが軽く鳴り、花のいい香りがふわりと秀悟の鼻をくすぐった。
「こんにちは、七村さん」
明音は秀悟に気づき、笑顔を見せた。いつもと同じ生花店のエプロンをし、モップで床の掃除をしていた。
「こんにちは、明音ちゃん」
「奥にどうぞ」
「忙しいのに、ごめんね」
「そうですよ、最近ずっとバタバタしてて。手短にお願いしますね」
明音の冗談混じりの返答に、秀悟は苦笑いをした。忙しさの理由は、昨日の電話で夫妻から軽く聞いていたからだ。
「すぐ終わるようにするよ」
秀悟はそう言い残し、店の奥の事務所へと足を進めた。
事務所で秀悟と宮古夫妻が話した時間は十分程度だった。昨日の電話で簡単に経緯は聞いていたので、今後についての話が主だ。
ちなみに、花束の納品数が減った理由は二つあった。一つは店の主である宮古龍太(りゅうた)氏がぎっくり腰を患ったことだった。基本的に夫妻と明音の三人、そして椿がアルバイトとして働いているため、一人でも戦力が欠けると店としてはダメージが大きい。新しくアルバイトを雇う余裕と時間もなく、ここ一ヶ月はなんとか店を回している状態だった。
「ごめんなさいね、七村さんには連絡しなきゃと思ってたんだけど……」
秀悟の対面に座るのは、妻である宮古ユリだ。ユリは申し訳なさそうに頭を下げた。ユリはショートカットにはっきりとした顔立ちで、薄化粧である。
「いえ、そんな。僕の方も、少しバタバタしてまして、お伺いできなくて申し訳なかったです」
秀悟も頭を下げた。秀悟が店を訪れていれば、早々にわかった事態ではあったのだ。
「だいぶよくなってきて、店にも出られるようになったので、今後は大丈夫です」
ユリの隣に座っている龍太は、どんと胸を叩く仕草をした。花屋とは思えない体格の良さだが、笑顔が人懐っこく、大きな熊のようだ。二人の顔のパーツを組み合わせれば、なるほど明音に似ている。
「あまり無理されないでください。配達や仕入れで僕に手伝えることがあれば、なんでもやります」
「お言葉だけで充分です。七村さんにはいつもお世話になっているので。今後ともよろしくお願いします」
龍太が頭を下げると、ユリも続いて頭を下げる。「こちらこそよろしくお願いします」と秀悟も再度頭を下げた。
三人とも頭を上げ顔を見合わせると、ユリが「あ、そうだ」と声を上げた。
「七村さんって、椿くんと仲が良いんですよね?」
ユリの口から思いもよらぬ名前が飛び出て、秀悟はドキッとした。
「あ、まぁ……。はい……」
仲が良いという表現が適切であるかどうかがわからず、秀悟は曖昧に頷いた。
「椿くん、最近バイトをお休みしがちで……。スランプって言うのかな……?いつも花束を任せてたんですけど、上手く作れなくなったみたいで……。もし七村さんが椿くんと仲が良いなら、相談にのってあげてください」
ユリの説明に、龍太は頷き、話を継ぐ。
「俺が腰をダメにして、同じくらいに椿くんがスランプになって……。花束は明音と椿くんが担当になってた影響で、花束にまで手が回らなくなったんです」
「……え?」
二人の口から語られたのが、二つ目の理由だった。
電話では椿の話は出なかったため、秀悟は驚き、一瞬黙り込んでしまう。
椿のスランプについては初耳であったし、それを静夏から知らされていなかったことがショックだった。そもそも、秀悟は椿の個人的な連絡先を知らないのだ。いつも静夏を経由して連絡を取り合っていた。
「花束の数については、可能であれば数多く納品してもらいたいので、無理を言いますがよろしくお願いします」
秀悟はそれを伝えるだけで精一杯だった。軽く挨拶の言葉を述べ、事務所を後にする。
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るち様
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