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第二章:夏
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しおりを挟む酔ってにこにこしている椿を、秀悟は追い立て、椿に歯を磨かせ、寝室へと移動させた。
「シーツは変えてあるから安心して」
「そんなの気にしないのに」
「僕が気にするから!」
慌てる秀悟に、椿はふふっと笑い、ベッドへと寝転ぶ。
「冷房のリモコンはここにあるから、好きな温度に調節して。僕は隣の部屋で寝てるから、何かあったら呼んで」
「うん」
「おやすみ、椿くん」
「おやすみ」
秀悟は寝室を後にし、リビングに敷いたカーペットへと寝転ぶ。カーペット越しにフローリングの床の感触が伝わってきて、決して寝心地は良くない。友春はこれでよく眠れるものだと感心して、寝袋の購入を検討する秀悟だった。
寝心地の悪さと椿の存在に、眠れるか心配していた秀悟だが、日中の疲れの影響で、瞼を閉じるとすぐに眠りに落ちた。
対する椿は、ベッドで何度も寝返りをうっていた。洗いたてのシーツや枕カバーはいい匂いがするが、嗅ぎ慣れない。うっすらと秀悟の匂いがして、花のような甘い香りに似たそれが、椿を安心させた。
目を閉じると、今日一日の思い出が脳裏を過ぎる。楽しくて、嬉しくて、幸せで、ずっとあの時間が続けばいい。そう思った理由が、秀悟の存在であることは明白だ。そして、椿の心中に浮かんだのは、触れたい、という欲望だった。
酩酊も相まって、椿の鼓動は速くなる。椿は居ても立っても居られず、起き上がり、ベッドから降りた。そっと足音を立てないように、寝室からリビングへと移動した。
リビングのカーペットの上では、秀悟が寝転んでいる。すーすーと規則的に寝息を立てていた。椿は静かに傍に座る。秀悟の寝顔は健やかで、椿は思わず頬がゆるんだ。膝を抱え、そのまましばらく寝息に耳を傾けた。
眠っていた秀悟の意識は、ふっと浮上する。その理由は、椿から僅かに放たれていたフェロモンだ。αの本能がそれを嗅ぎつけた。目を開けた秀悟は、椿の存在に驚いて、起き上がった。
「眠れない?」
「……うん」
「暑い?」
「大丈夫」
「どこか痛いとか?」
「痛くない」
椿の求めることがわからず、秀悟はお手上げになる。
椿はちらりと秀悟を見た後、膝をぎゅっと抱え直し「話してもいい?」と尋ねた。断る理由がない秀悟は頷き、居住まいを正す。
「今日は一日俺に付き合ってくれてありがとう」
「そんなこと、気にしないで」
「遊園地楽しかった。小さい頃行ったきりで、すごく楽しかった」
「僕も楽しかったよ」
「でも、暑かった」
「うん、暑かったね」
二人は顔を見合わせて、小さく笑う。しかし、椿はすぐに笑うのを止め、もぞりと動き、秀悟に近寄った。
「七村さんといると、ずっと胸がドキドキするんだ」
「え?」
秀悟が椿の言葉の意味を咀嚼し終えないうちに、椿は秀悟に手を伸ばした。秀悟の手首を掴み、自らの胸に当てさせる。
秀悟は掌から伝わる椿の鼓動を感じていた。とっとっと規則正しく速い鼓動が伝わって、秀悟の鼓動もつられて速くなる。リビングの窓から差し込む月の明かりが、椿の表情を照らす。上気する頬に揺れる瞳。秀悟はそれを認識して、背筋がぞくりとした。
「ね、確かめていい?」
「なに、を……」
椿が秀悟ににじり寄る。秀悟の鼓動は跳ねる。椿の手は秀悟の手首を握ったままだ。
これは、駄目だ。無防備にそんな顔を見せないで。止めなければいけない。でも、確かめたい。何を確かめる?
秀悟は自問自答して、答えは出るはずもなく、どうすればいいかわからず、動きを止めたままだ。しかし、状況はしっかりと把握していた。椿の行為を制止することもできたが、秀悟はできなかった。
椿の唇が、秀悟の唇に触れて、離れる。
一瞬の出来事だったが、それは二人の”何か”を変えてしまうには、十分な出来事だった。
二人はじっと見つめ合った。二回目のキスはどちらからともなく、同時に唇を寄せていた。一回目より少し長い間キスをした後、椿は熱のこもった息を吐いた。
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