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第二章:夏
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しおりを挟む「片付けるから、ちょっとだけ、ここで待ってて」
秀悟は玄関に立っている椿に声をかけた。椿の両手には、先程コンビニやドラッグストアで買ったものが入ったビニール袋がある。
「あ、荷物はそのあたりの床に置いて」
それだけ言い残した秀悟は、慌てて部屋の片付けに取り掛かった。日常的に友春が来ているので、ある程度は片付いているが、相手は椿なのだ。粗相があってはならないと、あちこちに目を光らせる。
どうして椿が秀悟の部屋にいるのか。時間は少し遡る。
「もう帰ろうと思ってるんですが、椿くんが帰りたくないと言ってまして……」
静夏に電話した秀悟は、椿の言葉を正直に伝えた。すると、静夏は数秒沈黙した。
「もしもし?木元さん……?」
「聞こえてます」
「よかった」
「帰りたくないと言うのは、遊園地にいたいということですか?それとも、七村さんと一緒にいたいということですか?」
的確な質問に、秀悟は「僕と一緒にいたいそうです」と正直に答える。次に返ってきた言葉は、秀悟の予想外のものだった。
「じゃあ、七村さんの家に泊めてもらってもいいですか?」
「ええ?!」
「何か問題でもありますか?」
「問題と言われても……」
「ないですよね?ただ泊まりに行くだけですし」
圧の強い言い方に、秀悟は押される。
二十七歳男性宅に、二十歳男性が泊まる。字面だけ見ると、さして問題はない。しかし、αとΩであるし、秀悟には偶然とは言え未遂事件もあるのだ。
静夏の思惑がわからない秀悟は、返答に困り、むにゃむにゃと言葉にならないことをつぶやいた。
「とにかく七村さんを信頼して、椿くんを預けてるんです」
「それはありがたいんですが……」
静夏が信頼してくれるのも、椿が懐いてくれるのも嬉しい。しかし、椿に対しての気持ちに整理がついていない秀悟にとっては酷な状況だ。
「けれど、何かあれば、ただじゃおかないですから」
一段低い静夏の声が聞こえてきて、秀悟はどきりとする。
「それは重々承知しております」
思わずビジネスライクな言葉が飛び出す秀悟だった。
「そんなに固くならないでください。お友達を家に泊まると言う感覚で構いませんから。必要なものがあれば買っていただいて、後日お支払いします」
こう言う流れで、椿は秀悟の部屋にやってきたのだった。秀悟は静夏とのやり取りを思い出して、はぁとため息をつく。一晩とはいえ、前途多難だ。
ある程度部屋を片付けた後、秀悟は椿を部屋にあげた。興味深く部屋の中を見回す椿に、先にシャワーを浴びるように促し、浴室へと押し込む。
椿がシャワーを浴びている間、秀悟は掃除機をかけ、ベッドのシーツと枕カバーを変え、椿のパジャマ用のTシャツとスウェットを用意した。全て洗濯はしているが、確認のためくんくんと匂う。柔軟剤のいい匂いがして、秀悟は安心した。
「ここにパジャマ置いておくから」
秀悟はドア越しに声をかけ、脱衣場のラックにTシャツとスウェットを置く。浴室から「うん」とだけ答えが返ってきた。
「シャンプーとかボディソープとかわかった?」
「大丈夫」
「洗面台にドライヤーあるから使ってね」
「うん」
椿の声とシャワーの音が漏れ聞こえる。浴室のドアは半透明で、椿の姿がうっすらと見える。なんだかイケないことをしている気分になって、秀悟は慌てて脱衣所を出た。
しばらくしてリビングへと姿を現した椿は、服に着られているという表現がピッタリだった。
「ごめん、ちょっと大きかったね」
「着れるなら何でもいい」
ぶかぶかのTシャツと裾を捲ったスウェット姿の椿に、秀悟は可愛らしさを覚える。首周りが緩いため、首のネックガードがいつもよりよく見える。下着は先程コンビニで購入したので新品だ。
秀悟はローテーブル前に椿を座らせ、コップとお茶のペットボトルを渡した。
「ご飯は先に食べていいから」
リビングのローテーブルの上に、椿がコンビニで、買った冷麺を置く。椿が頷いたのを確認して、秀悟は浴室へと向かった。
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