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第二章:夏
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しおりを挟む「そういえば、椿くんは作品を出してなかったの?探したけど見当たらなくて」
前期・後期ともに椿の作品は展示されていなかった。それを秀悟は疑問に思っていたのだ。生け花教室の生徒の作品はいくつも展示されていて、前期と後期で作品は入れ替わり、重複して出品している生徒はいなかった。ある程度技術がある生徒しか出品できない制度になっているのかもしれないと、秀悟は勝手に想像していた。
「四季展の時は体調悪くて、出品できなかったから」
椿は半分本当で半分嘘の答えを返す。確かに四季展の前後は発情期で臥せっていた。しかし、出品はしているのだ。蓉の作品として。
「そうなんだ。それは残念だったね」
秀悟は椿の返答を深く追及しなかった。ただ単に風邪を引いた等の体調不良かもしれないし、Ω特有の体調不良かもしれない。以前明音から椿の発情期の話を聞いていたためセンシティブな話題と察して、この話は終わろうとしたが、秀悟はふと気づく。
「あれ?でも、さっき吉野原蓉の作品のことは知ってたよね……?」
椿はしまったと思った。言い訳を探す間、視線はうろうろと泳ぐ。秀悟は単なる疑問だったため、椿の狼狽えぶりを不思議に感じていた。
「……それは……、その……、静夏さんに、写真を見せてもらったから……」
どうにか捻り出した椿の返答に、秀悟は疑うこともなく納得した。Ωであれば人の手を借りることが少なくないだろう、というのが秀悟の考えだった。
「僕にできることがあれば、遠慮なく言ってね」
秀悟の親切心から出た言葉に、椿の罪悪感が増した。嘘をつくことは慣れたが、後ろめたさがないわけではない。対面に座る秀悟と視線を合わせづらく、椿は外を見つめた。ゴンドラは高度を下げ、地上が近づいてくる。
「明音ちゃんは?元気にしてる?」
「明音?」
想定外の質問に、椿は首を傾げつつ、横目で秀悟を見た。
「一緒に四季展を見に行って、それ以来顔を見てないから、元気かなって」
秀悟は話を続けたが、椿の耳には『一緒に四季展を見に行って』という言葉が残った。
明音の推しが秀悟であることは認識していた椿だが、一緒に出掛ける仲であることに驚いた。いつのまに仲良くなったのだろうか。いつから仲良くなったのだろうか。明音のコミュニケーションスキルは椿も実感しているため、仲良くなることが造作もないことであるのはわかってはいたが、疑問が湧く。
それに、椿の胸中にはモヤッとしたものが浮かび上がってきた。いわゆる嫉妬だが、椿は気づいていない。
「夏休みだからって、いろんなところでバイトしてるみたい」
椿は端的に知っていることを伝えた。学生である明音は、休み期間は短期バイトで荒稼ぎしている。もちろん宮古生花店も手伝っている。
「そうなんだ。家業も手伝って他でバイトもして偉いよね」
感心する秀悟に、椿はまたモヤッとする。
「へぇ、七村さんって、明音みたいなのがタイプなんだ」
椿の口から飛び出たのは、嫉妬の塊のような言葉だった。発言した椿自身が驚き、秀悟も驚いた。
「なんでもない。忘れて」
慌てて言葉を続けた椿の様子に、秀悟は椿の言葉の意図を想像する。嫉妬が滲み出る言葉に、もしかして椿は明音のことが好きなのかもしれない、という答えに辿り着く。と同時に、少しショックを受けた秀悟だった。
「タイプではないし、椿くんが思ってるような関係ではないよ」
秀悟は否定したが、心境は複雑だ。
「そっか」
そっけないながらも、どこか嬉しさが滲む椿の口調に、秀悟はこれでよかったのだと自らに言い聞かせた。
椿は椿で、秀悟と明音の関係がこれ以上深くならない可能性に安堵していた。
互いに勘違いしたまま、ゴンドラは地上に戻ってくる。
「おかえりなさーい!足元お気をつけて下さいね!」
がちゃりとゴンドラの扉が開き、係員の元気な声に出迎えられ、二人は観覧車を降りた。
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