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第二章:夏
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しおりを挟む静夏の運転する車は、テレビ局から吉野原邸へと向かっていた。後部座席には夏用の着物を着た芯が座っている。先ほどテレビ収録を終えた芯の送迎だ。渋滞はなく、車はスムーズに走る。
「暑くないですか?」
静夏はバックミラーで芯の様子を伺いながら尋ねた。七月に入り、気温はぐんぐんと上がる日々が続き、窓から差し込む日光は眩しい。
「ちょうどいい」
芯は答えるが、手に持っているタブレットに視線を落としたままだ。夏の四季展が近づいており、芯は忙しい日々を過ごしていた。
タブレットの画面をスワイプして、会場のレイアウト案を確認する。春の四季展と同じ美術館で開催するため、少しでも変化を持たせたいと芯は考えていた。十程度のレイアウト案の中からいくつか選びだし、デザイナーにブラッシュアップするように指示するメールを送った。
「椿の様子はどうだ?」
尋ねられた静夏は、内心どきりとしていた。秀悟との関係は静夏の独断で、芯には伝えていない。椿の世話には静夏が一任されているからだ。芯の興味は椿の生け花の技術だけだ。芯は定期的に離れの作業部屋に来て、椿の生けた花を評価する。椿の発情期の時は、αである芯は近づかいようにしている。
「特に変わりないです。発情期が近いので、バイトには行かせていません」
発情期の近い椿は、念のため宮古生花店でのバイトを休んでいた。最近はほぼ離れの中で過ごし、四季展に向けて日々花を生けていた。
「最近椿に何かあったか?」
「何かとは?」
「心当たりがあるのか?」
後ろから刺さる芯の言葉と視線に、静夏は思わずハンドルを持つ手に力が入る。しかし、静夏は動じずに淡々と答える。
「特に何もないですが、気になることがありましたか?」
静夏はバックミラーで芯の様子を確認した。芯はタブレットから視線を上げ、窓の外を眺めている。
「最近、花に表情が出てきた。いい変化だ」
芯の口調は優しく、厳格な表情がほころんだ。嬉しいとでも言うような変化に、静夏は珍しさを感じる。もしかしたら、日差しに目を細めただけかもしれない。そんな一瞬の表情の変化だった。
「椿のことは、お前に任せている。何しても構わんが、才能を潰すことだけはするな」
芯のいつも通り厳しい口調になり、再びタブレットに視線を落とした。芯の威圧感に、静夏は「はい」と答えるのが精一杯だった。
静夏のしていることは芯の耳に入ってきていた。αとΩと会わせることを危惧していた芯だが、結果として椿の作品にいい影響を与えたことになった。今までの椿の作品は、花を際立たせ、花に魅了されるような作品だった。それが最近は、見る者に寄りそうような、温かみを感じる要素が加わっていた。芯はしばらく様子を見ることに決め、静夏に釘を刺したのだ。
「少し眠る」
目や肩に疲れを感じた芯は、タブレットを伏せた。シートに身体を預け、瞼を閉じた。
バックミラーで芯が眠ったのを確認した静夏は、詰めていた息をそっと吐いた。秀悟のことについて咎められないということは、秀悟との関係を続けてもいいということだろう。静夏はそう判断した。まさか作品にまで影響を及ぼすとは想像していなかった。責任は全て自分にあることはわかっている静夏だが、もし悪影響だったらと考え、ぞっとした。
秀悟には六月に初めて会って以来、連絡を取っていない。芯が黙認するなら、次に会う機会を作らなければならない。そう考えながら、静夏は吉野原邸へと車を走らせた。
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