春夏秋冬、花咲く君と僕

えつこ

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第一章:春

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「テレビとかネットとかで見たことあって、一回食べてみたいって思ってた」
 目を輝かせる椿の目の前には、三段のケーキスタンド。各段の白い皿には、スイーツやスコーン、セイボリーが並ぶ。どれも小ぶりで、また見た目は可愛いらしく、写真映えする見た目だ。
 ホテル内のレストラン、二人はアフタヌーンティーを楽しんでいた。上層階に位置するため、窓の外からはビル群並ぶ街並みが一望できる。曇り空が残念だか、汚れひとつない窓からはうっすらと光が差し込む。
 平日だが、レストランの席は八割ほど埋まっていた。アフタヌーンティーを頼んでいる客がほとんどで、楽し気な話し声があちこちから聞こえる。女性客が多い中、男性二人、さらに世間的にはイケメンの部類に入る秀悟と、麗しさが溢れる椿の組み合わせに、周囲の視線が集まる。その視線に気づかない二人は、目の前のケーキスタンドをじっと見つめていた。
「ほんとにすごい。綺麗で食べるのもったいない」
 先程とは違い、明らかにワクワクした表情の椿に、秀悟は再び可愛いと感じていた。思わず緩む頬を隠すために、コーヒーを一口飲む。心地いい熱さと苦さが喉を通る。
「写真、撮らなくていいの?」
 ケーキスタンドをまじまじと見つめる椿に、秀悟は尋ねる。今まで秀悟が付き合ってきた女性は、必ず写真を撮って、はしゃいでいたからだ。
「あ、そうか。もう食べる?撮ってもいい?」
「写真撮るなら待つよ」
「じゃあちょっと待って」
 律儀に断ってから、椿はスマホを取り出した。ケーキスタンド全体を撮ったり、皿の上に乗ったスイーツをアップで撮ったりと何度かシャッターボタンを押した。
「ありがとう、もう大丈夫」
 満足気に頷いた椿はスマホをテーブルの上に伏せた。そして流れるように「いただきます」と手を合わせる。椿の礼儀正しさを垣間見た秀悟は意外だと思いながら、椿に倣って「いただきます」と手を合わせた。
 椿はスコーンを、秀悟はサンドイッチを取り、それぞれ一口食べる。二人の表情がぱっと明るくなり、「美味しい」と声が重なった。二人は思わず顔を見合わせ、小さく笑う。
「見た目だけかと思ってたけど、すごく美味しい」
「僕も、同じこと思ってた」
 秀悟は椿の意見に頷いた。予想外の和やかな雰囲気に、秀悟は一安心していた。最初はどうなるかと思ったが、もしかしたら友達になれるかもしれないという希望が生まれる。二人は「美味しい」と言い合いながら、和気藹々と食事を続けた。
 ケーキスタンドの皿は綺麗に空になり、食事を終えた頃、椿は秀悟に尋ねた。
「ねぇ、ななむらってどんな漢字書くの?」
 椿はフルーツティーソーダをストローでかき混ぜた。カラカラと氷がグラスに当たる音が響く。
「数字の七に、木へんに寸で村」
「七村、さん……」
 椿は確認するように小さな声で秀悟の名前を言い、ティーソーダを一口飲んだ。
 先ほどまでは「あんた」と呼ばれていたので、少しは気を許してくれたのだろうかと秀悟は嬉しくなった。が、すぐにそれが覆される。
「七村さん、なんで今日来たの?」
「え、っと……」
 鋭い質問に、秀悟は返答に詰まる。懐いたように足にすり寄ってきた野良猫に、急に噛まれた気分になった。
 今日ここに来た理由は、椿に対して謝罪の気持ちがあり、また興味があったことからだ。けれど、椿に対して抱いている漠然とした「何か」が言語化できず、興味と呼んでいるだけだった。その「何か」を理解したくて、秀悟は今日ここへ来た。
 正直に答えるべきなのか逡巡している秀悟の姿を、椿の瞳が見つめる。その眼差しの真っすぐさに、秀悟は観念した。
「椿くんに謝りたかったのと、椿くんに興味があったから」
「興味?」
 椿が眉をひそめたので、秀悟は言い方が悪かったと気づき、すぐに「違う、そういう興味じゃなくて」と付け加えたが遅かった。
「俺がΩだからでしょ?」
 言葉を強調するように、椿はトントンとネックガードを指で叩いた。その冷ややかな表情に、秀悟は思わず視線を落とす。手元のコーヒーカップの中で、揺れるコーヒーを見つめた。
 興味というのは、あの甘い匂い、つまり椿のフェロモンに起因するという可能性を秀悟は考えていないわけではなかった。自分の中のαが無意識にそうさせるのか、確固たる意思でここに来たのか、秀悟には判断がつかない。しかし、第二の性を言い訳にするには、無責任だということはわかっていた。小さく息を吐いた秀悟は顔を上げた。椿は先程と変わらず秀悟を見つめている。
「ごめん、多分そうかもしれない」
 椿の瞳が揺れる。これは嫌われてしまったと秀悟は感じたが、続く言葉が自然と口から飛び出した。
「でも、こんなのは初めてで、それだけじゃなくて、どうしてか椿くんに惹かれるんだ。その理由が知りたくて……」
「それって告白?」
「え?」
「俺に惹かれるってやつ」
 秀悟は自分の言葉を思い返し、かぁっと顔を熱くした。
「いや、違う、……あれ?違わないのか?」
 慌てて否定するが、秀悟はすぐに首を傾げた。
「ふふっ」
 椿は口元を押さえて、悪戯に笑った。想定外の反応に、秀悟は驚いて目を丸くする。
「冗談だって」
「冗談?」
 どの言葉をさして冗談と言ってるのか、秀悟にはわからなかった。秀悟の混乱を目前にし、椿は余計に笑いがこぼれる。
「七村さんって、おもしろいって言われない?」
「え?」
「お人好しだよね」
 にっと笑った椿の表情は、子供っぽさは影を顰め、大人の表情を覗かせる。短時間で様々な椿の表情を見せられた秀悟は、椿への興味がさらに膨らんでいく。
 一方、椿は静夏の人選に間違いはなかったと感じていた。秀悟の全てを受け入れたわけではないが、友達という関係を築くには可もなく不可もない人物であることはわかる。花を真剣に見つめる秀悟に好感が持てたこと、作品を素敵だと褒めてくれたこと、理由はいくつかあるが、椿は秀悟への警戒心を解いた。椿の心の中に、もう少し秀悟のことが知りたいという気持ちが生まれる。それに、財布の中には、明音に託されたお釣りの五百円硬貨が入っていた。返さなければ、明音にどやされるのは椿だ。
「七村さん、俺行きたいところがあるんだけど、いい?」
 椿の提案に、秀悟は不思議そうな顔をしながらも頷いた。
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